乾汁の効用~密やかな午後~
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「忍足はどこだ?」
「え…」
「跡部…」
青学のテニスコートにいきなり氷帝の跡部が現われた。
わずかに乱す息は、校門に乗りつけた車から駈けて来たせいか、はたまた忍足への勝手な怒りのせいか、それは定かではない。
「忍足なら試合中だ。まぁ、落ち着いてこれでも飲めよ。走って来たなら暑いだろ?」
「試合だと? 何を勝手にあの野郎…ああ、悪いな」
探しに来た相手がこともあろうに他校で部長である自分の許可もなく試合をしていると聞き、怒りの振れ幅が急に大きくなった。
そのせいか乾から渡された紙カップのジュースをろくに確認しないまま、跡部は口に含んでしまった。
それを見た乾が、目とレンズと口の端でニヤリと笑ったのは言うまでもない。
「…ぅげっ…」
芝生の香りが跡部の口いっぱいに広がる。無論芝生など食べたことなどない。だが、これは確かに芝生の味だ。
「…ぐ…は…」
しかし、氷帝の跡部景吾として吐き出す醜態を青学などでさらしたくはない。何としてもこらえる。
「跡部、急に何の用だ…」
手塚が跡部が来たと聞き、コートから近づいたとたん下を向いたままの跡部は、無言で手にした飲みかけのカップを手塚に突き出した。
「せ…責任取りやがれ手塚。てめぇの学校は、わざわざ来た客にこんなとんでもねぇものを出すのか?」
やっと飲み込んだ芝生ジュースの口に残る味を忘れようと、幾度か唇を手の甲でぬぐいながら跡部は手塚を睨みつけて言った。
「……っ」
手塚にはそれが乾汁だとひと目でわかる。これを飲んだのか、と思いながらも責任とは何だ…と自問する。
が、跡部の目を見ればわかる。
『てめぇも飲みやがれ』だ。
「…乾、グラウンド100周だ」
ジロッとかすかな横目で乾を見てから、覚悟を決めたように跡部から手渡されたカップを見つめた。
明鏡止水の気構え、無我の境地に至るような静かな動作から、一気にカップを空にした。