ティアキン二次小説

【ある戦士の失恋】


 それは突然のことだった。

「あっ、リン……」

 夜遅くにリトの村の入り口近くの木の下で腰を下ろしているリンクとゼルダ姫様を見つけて声をかけようとした時、それは起こった。

「リンク……」
「ゼルダ、様……」

 二人は何やら甘く見つめあった後、唇と唇を合わせて目を閉じていた。

「……っ!」

 反射的に木の陰に隠れてしまった。
 あれは……俗に言う口付けというものだ。
 まさかそれをリンクとゼルダ姫様がするとは思わず、驚いてしまった。

(あの二人、付き合ってるのかな……)

 二人の様子を気づかれないように改めて伺えば、口付けを終えて二人共満更でもない表情を浮かべていた。
 魔王が倒されてから、あの二人が共にいる時間も随分増えた。同じような年頃の上に想像も出来ないような色んな経験をしてきた二人なら、付き合っていてもそこまで不自然なことではないのかもしれない。

(…………?)

 そこでおかしなことに気付いてしまう。
 リンクと口付けしていたゼルダ姫様のことを思うと、なぜだか胸が茨の棘が刺さったようにチクチクと痛むのだ。ゼルダ姫様は何も悪いことなんてしていないのに。

(オイラ、どうしちゃったんだろ……)

 こんな日は早く寝るに限る。
 二人に気取られないように、その場を後にした。


 ◇ ◇


 ―――翌朝の早朝。

 未だ寝静まった我が家を静かに抜け出して、リーバル広場の飛び立ち台に座る。

「――――」

 昨晩は結局あまり眠れなかった。
 あの二人の口付けがそれだけ鮮烈に目に焼き付いてしまったからだ。
 ようやく寝付けたかと思えば、今度は夢にリンクが沢山出てきてドキドキし過ぎて寝た心地が全くしなかったのである。
 ただ、この夢のお陰で一つ分かったことがあった。

(オイラ、リンクのことが好き……なんだ)

 人としての好きじゃなくて、恋としての好きだ。
 自分ももう一人前だ。その区別はとっくにできている。
 思えばメドーを鎮めにリンクがリトの村を訪れた時から既にそうだったのかもしれない。
 その頃は憧れだと思っていたものが実は恋だったなんて、気付くのが遅過ぎて我がことながら呆れてしまう。

「でも……」

 リンクはゼルダ姫様と既に口付けをする程良い仲だ。これは想いを告げなくても失恋が決定してるようなものである。

「ははっ……オイラ馬鹿みたいじゃん……」

 乾いた笑いが誰もいない広場に小さく響く。

(それにオイラじゃ、く……口付けだってうまく出来ない……)

 二人共、唇は柔らかそうだった。自分が同じような真似をしても、リンクの唇を傷付けるだろう。

(そうだ……)

 立ち上がり、晴れやかな空を見上げる。
 この想いだけでもリンクに伝えても良いのではないかという気持ちがムクムクと大きくなる。

(ゼルダ姫様の為にも、それでケジメを付けよう)

 オイラの足は自然と村の宿屋に向かっていた。


 ◇ ◇


 宿屋に行くと、まだぐっすり寝ているリンクを発見した。

(珍しい……)

 魔王を討伐するまでは、朝日と共に目覚めてすぐ活動を再開していたのに……。今はゼルダ姫様を探す必要もないから、安心して寝入っているようだ。
 ちなみに宿には店主もリンクと一緒に宿泊したであろうゼルダ姫様もいなかった。

「リンク……」

 静かに寝息を立てるリンクを覗き込む。
 その麦穂のような髪も、今は閉じられている空色の瞳も、どこか朴訥とした声も、たまに撫でてくれる手も、全てが愛しかった。

(やっぱりオイラ、君を諦められないよ……!!)

 愛しさから衝動的に嘴をリンクの唇に擦り寄せようとする。
 ――と、その時。

「おはようございます、チューリ」
「!!」

 背後から声をかけられて、慌ててリンクから距離を取る。

「今日もお早いですね」
「ぜ、ゼルダ姫様……」

 ゼルダ姫様は柔らかな笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。自分のやろうとしたことがバレた様子は微塵もない。だけど罪悪感や羞恥心がつむじ風のように襲ってきて……。

「ゼルダ姫様、ごめん……!!」
「チューリ?! どこに行くのです?!」

 彼女の横をすり抜けて宿屋を飛び出し、そのままの勢いで村を飛び立った。

「ははっ……オイラったら何やってるんだか……っ」

 この想いは一生誰にも言わずに胸にしまっていよう。
 そうすることでリンクが幸せになるなら……それ以上にオイラの幸せはない。

「……今だけ、少し、泣かせて欲しいなぁ」

 いつの間にこぼれていた涙が冷たいヘブラの風に吹かれて飛ばされていく。
 気付くのが遅過ぎた初恋の甘さも、早過ぎた初めての失恋の痛みも、全てこの風に飛ばされてしまえばいいと心から願った。

(……でも)

 リンクとゼルダ姫様に心から感謝する。二人の口付けを見なかったら、きっと一生この温かな想いに気付けなかったから。

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