アストル短編まとめ
【童子の寝顔】
――深夜、イーガ団アジト アストルの自室前
「占い師殿、今少しよろしいでござるか?」
入口でノックしてみたが返事がなかったので彼の部屋に静かに踏み入ると、世にも珍しい光景が広がっていた。
「………………すぅ」
黒衣の占い師は机に広げた本に突っ伏して静かに寝息を立てていた。
調べ物をしていたようだが、そのまま眠ってしまったようだ。広げられた本には古代シーカー族のものとされる文字がぎっしり詰まっている。
そういえば今日、イーガ団が管理している古文書数冊を団の研究員から借りていたのを見かけたのを思い出した。
隠者ような落ち着いた(悪く言えば慇懃な)いつもの態度とは裏腹に、眠りに落ちた占い師の丸くなった背中はどこか儚げで幾分若く見える。
(本当に眠ってしまっているようでござるな…)
さり気なく刀に手をかけた状態で彼の様子をくまなく伺うが、眠ったフリをしている気配はなかった。
我々にとって貴重で心強い協力者ではあるが、同時に最大限に警戒しなければならない恐るべき人物だと私の第六感が警鐘を鳴らすのだ。
その認識に今も変わりはない。だが……。
「――――」
カンテラの淡い灯火に照らされたフードから覗く顔は常日頃の険しさがなく、ともすれば幼子のようでもある。
「……幼い、な」
その透明な表情になぜかほんの少しだけ、保護欲を掻き立てられてしまう。
きっと彼の頬や手がひどく痩せこけているから、灯りの当たり方で飢えた童子のように見えて余計哀れに感じてしまったのだろう。
そう強引に結論付けて、これ以上その事について考えるのは止めにした。
(――致し方無いでござる)
足音を消して部屋の寝台まで向かう。
石を切り出しただけのシンプルなソレの片隅に几帳面に畳まれた薄い毛布を広げ、眠れる占い師の肩をすっぽり包むようにそっとかけてやった。
「これで風邪を引くこともないでござろう」
夜のアジト内は案外冷える。協力者である彼に体を崩してもらってはコーガ様も我々も困るのだ。
「――このことは占い師殿には内密にしていただけると幸いでござる」
「……。ポー……」
近くで自分の様子を静かに見つめていた黒いガーディアンに囁いて訴えかければ、どこか含みを持った数秒の沈黙の後に肯定と受け取れる音を小さく鳴らした。
「……かたじけない」
その小さな体に秘める怨念は凄まじいものだが、元が機械ゆえか占い師殿よりこちらの方がずっと話が分かっているような気もした。
机にバナナを置いてやろうかとも考えたが、それは流石に止めた。
そこまでしてやる義理はないし、どうも占い師殿はバナナに辟易しているきらいがある。
私だってコーガ様から頂いたバナナは追熟が終わるまで大事にとっておきたい。
「……ふっ…」
カンテラの火を吹き消せば部屋は一気に暗くなり、彼の天球儀や黒いガーディアンの一つ目から発せられる赤い光だけが幽かに浮かび上がる。
それが禍々しくも儚く見えたのは、きっと占い師殿の無防備な寝顔のせいだろう。
「少しは自制なされよ」
最後に静かにそう呟いて、彼の部屋を去った。
微睡んだ星見は何の夢をみる
フードの奥の笑みは無垢なり
――深夜、イーガ団アジト アストルの自室前
「占い師殿、今少しよろしいでござるか?」
入口でノックしてみたが返事がなかったので彼の部屋に静かに踏み入ると、世にも珍しい光景が広がっていた。
「………………すぅ」
黒衣の占い師は机に広げた本に突っ伏して静かに寝息を立てていた。
調べ物をしていたようだが、そのまま眠ってしまったようだ。広げられた本には古代シーカー族のものとされる文字がぎっしり詰まっている。
そういえば今日、イーガ団が管理している古文書数冊を団の研究員から借りていたのを見かけたのを思い出した。
隠者ような落ち着いた(悪く言えば慇懃な)いつもの態度とは裏腹に、眠りに落ちた占い師の丸くなった背中はどこか儚げで幾分若く見える。
(本当に眠ってしまっているようでござるな…)
さり気なく刀に手をかけた状態で彼の様子をくまなく伺うが、眠ったフリをしている気配はなかった。
我々にとって貴重で心強い協力者ではあるが、同時に最大限に警戒しなければならない恐るべき人物だと私の第六感が警鐘を鳴らすのだ。
その認識に今も変わりはない。だが……。
「――――」
カンテラの淡い灯火に照らされたフードから覗く顔は常日頃の険しさがなく、ともすれば幼子のようでもある。
「……幼い、な」
その透明な表情になぜかほんの少しだけ、保護欲を掻き立てられてしまう。
きっと彼の頬や手がひどく痩せこけているから、灯りの当たり方で飢えた童子のように見えて余計哀れに感じてしまったのだろう。
そう強引に結論付けて、これ以上その事について考えるのは止めにした。
(――致し方無いでござる)
足音を消して部屋の寝台まで向かう。
石を切り出しただけのシンプルなソレの片隅に几帳面に畳まれた薄い毛布を広げ、眠れる占い師の肩をすっぽり包むようにそっとかけてやった。
「これで風邪を引くこともないでござろう」
夜のアジト内は案外冷える。協力者である彼に体を崩してもらってはコーガ様も我々も困るのだ。
「――このことは占い師殿には内密にしていただけると幸いでござる」
「……。ポー……」
近くで自分の様子を静かに見つめていた黒いガーディアンに囁いて訴えかければ、どこか含みを持った数秒の沈黙の後に肯定と受け取れる音を小さく鳴らした。
「……かたじけない」
その小さな体に秘める怨念は凄まじいものだが、元が機械ゆえか占い師殿よりこちらの方がずっと話が分かっているような気もした。
机にバナナを置いてやろうかとも考えたが、それは流石に止めた。
そこまでしてやる義理はないし、どうも占い師殿はバナナに辟易しているきらいがある。
私だってコーガ様から頂いたバナナは追熟が終わるまで大事にとっておきたい。
「……ふっ…」
カンテラの火を吹き消せば部屋は一気に暗くなり、彼の天球儀や黒いガーディアンの一つ目から発せられる赤い光だけが幽かに浮かび上がる。
それが禍々しくも儚く見えたのは、きっと占い師殿の無防備な寝顔のせいだろう。
「少しは自制なされよ」
最後に静かにそう呟いて、彼の部屋を去った。
微睡んだ星見は何の夢をみる
フードの奥の笑みは無垢なり