アストル関連の二次小説
【桜とアストル】
薄紅色の花びらが大樹の枝からこぼれてはらはらと舞い散る。
木漏れ日の光を受けながら音もなくゆったりと地に落ちゆくソレらはひどく儚く、存在そのものが幻のようだ。
風の気まぐれでふわふわと踊る花びら達は薄紅色の雪のようであり、蝶のようでもある。
森は表面上、未だ平穏そのものである。
魔物に占拠され数年、所々赤黒い泥に汚されて久しいハイラル大森林の中心だが、元来の清らかさをギリギリの所でどうにか保っているようだった。
この森の主である大樹と、森の中心に安置されている退魔の剣の力によって……。
退魔の剣が納められている台座の広場の先に男が一人佇んでいる。
宵闇から抜け出したような色のローブの背にはゲルドのとても古い――今は使用を禁じられている文様が金糸で刺繍されている。
持っている天球儀はおそらく星見の為のものだろうが、用途に似つかわしくない毒々しい光を放ち、その光は中心の水晶から今にも溢れ出しそうなほどの邪気が渦巻いていた。
「――はるか昔、良くない未来を変えようとした幼き勇者と王家の姫に……一つの、悲劇が起こった……」
森の主である大樹が男に厳かに語りかける。
だがその声はひどくか細く弱々しい。
数年もの間厄災の汚泥に晒され続ける森を護る為に、その生命力を著しく消耗してしまっているようだった。
「そんな古臭い昔話、今の私に何の関係がある」
昏く濁った虎目石の眼は前方上方の大樹の大きな顔を睨みつける。
「アストルと言ったな。主は、その覚悟はあるのかと聞いておる」
「……。愚問だな」
アストルと呼ばれた男の顔は痩せこけ、そして青ざめている。
目の周りや頬は何やら不気味な色で彩られていてその異様さをより強めていた。
「もしそうであるのならば、私だけでなく王家の者も神獣の繰り手共も皆同様に悲劇に見舞われるべきであろう」
アストルは今まで自分達が仕掛けた策謀をことごとく打ち壊してきた謎のガーディアンの姿を思い浮かべたのか、憤怒の表情で目元を引きつらせる。
あれこそがあるべき未来を捻じ曲げる元凶であり、真っ先に悲劇に遭うべきだと心の中で吐き捨てた。
「未来を変えようとして、起こる悲劇は……誰にでも、気まぐれに降りかかる。それをゆめゆめ忘れぬことだ……」
「ふん、この私が汚泥に侵されて死にかけの木偶から心配されるなぞ怖気が走る」
もう話を聞く気はないとでも言わんばかりにアストルは踵を返そうとした。
――その次の瞬間。
《――――――――――っ!!》
突如として空を裂くような甲高くも美しい神鳥のいななきが森上空に響き渡る。
広場の木々に集っていた小鳥達も突然の大音にパニックを起こして我先にと飛び去っていく。
次第に風が強く吹き荒れ始め、薄紅は蝶から嵐へとその様相を変えていった。
「! あれは……!」
アストルはバタバタと騒ぐフードを抑えて顔を上げる。
猛風によって巻き起こった桜吹雪の中、巨大な影が広場の上空を横切っていく。
「風の神獣――ヴァ=メドー……か」
優雅に天翔ける機械じかけの神鳥の巨翼を垣間見た。
「馬鹿な、もうアレを繰れるようになったというのか……!」
森への襲撃は早くてもあと数週間後というのが星見から得た兆しだったはずだ。
ここまで星見がズレるのは初めてだ。
取り乱す黒衣の男に大樹はやや冷ややかな視線を送る。
「お主の星見も、外れることがあるのだな」
「貴様…っ…。くっ……!」
ズズンと地響きが起き、アストルは足元をよろけさせる。
外周の湖に張り巡らしていた魔物の拠点があの神獣によって早速何箇所か破壊されたようだ。
「おのれ……」
唇を噛む。
厄災の御力で魔物をいくら大量に用意した所で神獣を持ってこられたら一溜りもない。
怨念の汚泥でもって広場への入り口は封鎖しているが、森の内部まで入り込まれたら防ぐ手立てはあまり残されていない。
「何か理由はあったのだろうが……決まっていた筋道に先に大きく干渉してしまったのは、他でもないお主だ。その意味、分かっていような」
「くそ…っ…!」
アストルは今度こそ大樹のそばから離れる。
広場前で天球儀に力を込めると中心の水晶が揺らめかせ、赤黒い光の帯が半球状に広がった。
「―――ああ。神獣は私の方でも視認した」
どのような原理か不明だが、彼は天球儀とその中央に満たされた赤毒の光によって離れた場所にいる何者かと会話してるようだ。
「森の外周に設けた拠点は捨てる。神獣がそれらを破壊し終える間にお前達は魔物共と迎撃準備を完了しておけ」
『了解』という声が天球儀から響く。声はやや低いが伸びやかで、会話相手はどうも若い青年のようだ。
「奴らの手の内は既に分かっている。返り討ちにしてくれよう。……ん、まだ何かあるのか?」
会話を切り上げようとした所で相手が口を挟んだようで、アストルは若干苛つきながらも再び天球儀に耳を傾けた。
「…………っ……」
相手の言葉を聞く内に彼はみるみる不機嫌になり、こめかみを引きつらせていく。
「――"メドーと連中を甘く見るな。逃げる算段もしておいた方が身の為だよ?"……だと?」
アストルは相手の言葉を繰り返した後、一際大きなため息を吐く。
今からそれらを迎え撃って戦わなければならないというのにこの言い草である。
この場で『一体お前はどちらの味方なのだ』と詰問してやりたいのをグッとこらえた。
「余計なお世話だ……と言いたい所だが、万が一の事もある。お前の言うとおり、一応退路の準備もこちらでしておこう」
そこで今度こそ会話が切れた。
「相変わらず、口の減らぬ奴だ」
ため息を吐きながら天球儀を戻し、アストルは今後の事を考える。
今からイーガの助力を頼んでも、加勢として数を揃えて集めている内に森を奪還されるのは目に見えている。
イーガには万が一の場合の退路確保を要求しておこう。
森の端で待機しているイーガの構成員と落ち合う為に森の出入り口に向かう。
――その、矢先。
「!」
背後の空が青白く輝いた。
森の上空が突如眩しい光と暴風に満たされていく。
「まさか、ここでアレを放つつもりか……!」
ラネールやデスマウンテンでも目の当たりにした神獣の恐るべき力――雷獣やマグロックの大軍を一瞬で消滅せしめたその一端。
「くそ…っ……!」
けたたましい警告音が森全体はおろか近隣のデスマウンテンやハイラル城周辺にまで響き渡る。
汚れも淀みも知らぬ眩い色が風の神獣の頭部に集束していく。
一瞬の沈黙の後、蒼白い奔流と暴風が大森林に迸った。
「……っ……!」
あまりの眩しさに思わず目を瞑る。
この世の闇の全てを食らいつくすようなその光の洪水に、ただただ恐怖とおぞましさを感じながら。
◆ ◆
「……!」
はっと目が覚める。
眼前に広がっていたのは森上空を裂いた蒼光の奔流ではなく、さえざえとした三日月とサトリ山の桜だった。
「あの時の夢、か……」
アストルはほぅと安堵の息を吐き、汗のにじんだ額に手をやる。
その腕や首周りには幾重にも包帯が巻かれていた。
数日前、森の防衛に失敗し退魔の剣を奪還され、命からがらここまで落ち延びた。
退魔の剣から受けた傷はまだ完治せず、未だ占い師の体にじくじくと痛みを与え続けている。
近くに転がった彼の天球儀も所々傷がついていて、中心の水晶から溢れ出しそうだった強く禍々しい光も今は小さなカンテラの灯程度の輝きしかなかった。
退魔の剣の光は悪しきものを退ける。
迷いの森での戦いの最中、リンクと名乗る青年に抜かれた退魔の剣はアストル達をその聖なる力で散々に打ち払ったのだ。
「くそ…っ……」
あの時の悔しさから自然声が出た。
イーガの者とは退避時の混乱でまだ合流出来ていない。
なるべく早く、彼らと落ち合って話をすべきだ。
「…痛っ……」
アストルは未だ痛む体に鞭打って上半身を起こす。
起き上がった視線の先には、迷いの森奪還を成功せしめた風の神獣が夜空を優雅に飛んでいた。
「忌々しい巨鳥め……」
森を奪還された一番の元凶である機械じかけの巨大な鳥をアストルはしばし睨んだ。
◇ ◇
そろそろ山を降りる準備が終わる頃、黒い卵型の小さな機械が山頂にやってきた。
「ポー!」
「! ガノン様……! ご無事でしたか!」
黒いガーディアンを見るやアストルは即座に跪き、深々と頭を垂れる。
「奴等にあの剣を奪還されてしまいました。私は何をもって償えば……!」
まるで死刑執行を待つ罪人のようにアストルは呻く。
「――――」
「罰は如何用にも……」
「――――」
黒いガーディアンは赤黒い煙を小さく吐き出す。
ヒトで言う所の溜息を吐く仕草とよく似ていた。
ガーディアンは短い脚を伸ばして跪いたアストルのローブの裾を引っ張る。
「ガノン様……」
赤い一つ目は『そんなことしている暇があったらさっさと行くぞ』と、呆れているようだった。
「貴方様のご慈悲に心より感謝を……」
黒いガーディアンの様子に、アストルはほぅと安堵のため息を吐く。
「身支度が終わり次第すぐ参ります」
「ピポ……」
黒いガーディアンはアストルを振り返ることもせず、赤黒い邪気を放ちながら悠然と去っていった。
◇ ◇
「ようやくお目覚めかい? あんたも案外寝坊助なんだねぇ」
ガーディアンと入れ替わりにやってきたのはリト族の青年だった。
その体は所々赤黒い汚泥に覆われており、目も血のような色をしている。
加えて、彼からは仄かに死臭がする。
真っ当な生物でないのだけは見て取れた。
「だから言ったろ。僕の メドーやあの連中を甘く見るなって」
アストルの座す桜の下までやってきた死鳥は開口一番味方らしからぬ言葉を言い放つ。
まるで自慢でもするように、遠くタバンタの空を飛ぶ風の神獣を誇らしげに見つめていた。
「……フン、あの神獣はお前のでは ないだろう。それに甘く見ていたのはお互い様ではないのか?」
「ま、確かにね」
アストルの言葉にリトの青年は肩をすくめるだけだった。
「それで、これからどうすんのさ」
「イーガ団のアジトに向かう」
「へぇ、僕らもそこに?」
「いや、あの者達に私の手の内の全てを見せる気はない」
「ゲルドキャニオンと砂漠の境の高台に手頃な洞窟があった筈だ。そこに潜んでおけ。何かあれば天球儀 を介して通達する」
「了解。他の三人も下であんたを待ってる。早く降りてきなよ」
リトの死鳥は赤黒い風を纏って飛び立った。
アストルはそれを眺めながらゆっくりと立ち上がり、もう一度風の神獣振り向く。
「私はまだ、諦めぬぞ……」
しばし風の神獣を睨んだ後、夜明けと共にサトリ山の頂上を去る。
厄災復活と王国滅亡という正しい未来を切り開く為に。
薄紅色の花びらが大樹の枝からこぼれてはらはらと舞い散る。
木漏れ日の光を受けながら音もなくゆったりと地に落ちゆくソレらはひどく儚く、存在そのものが幻のようだ。
風の気まぐれでふわふわと踊る花びら達は薄紅色の雪のようであり、蝶のようでもある。
森は表面上、未だ平穏そのものである。
魔物に占拠され数年、所々赤黒い泥に汚されて久しいハイラル大森林の中心だが、元来の清らかさをギリギリの所でどうにか保っているようだった。
この森の主である大樹と、森の中心に安置されている退魔の剣の力によって……。
退魔の剣が納められている台座の広場の先に男が一人佇んでいる。
宵闇から抜け出したような色のローブの背にはゲルドのとても古い――今は使用を禁じられている文様が金糸で刺繍されている。
持っている天球儀はおそらく星見の為のものだろうが、用途に似つかわしくない毒々しい光を放ち、その光は中心の水晶から今にも溢れ出しそうなほどの邪気が渦巻いていた。
「――はるか昔、良くない未来を変えようとした幼き勇者と王家の姫に……一つの、悲劇が起こった……」
森の主である大樹が男に厳かに語りかける。
だがその声はひどくか細く弱々しい。
数年もの間厄災の汚泥に晒され続ける森を護る為に、その生命力を著しく消耗してしまっているようだった。
「そんな古臭い昔話、今の私に何の関係がある」
昏く濁った虎目石の眼は前方上方の大樹の大きな顔を睨みつける。
「アストルと言ったな。主は、その覚悟はあるのかと聞いておる」
「……。愚問だな」
アストルと呼ばれた男の顔は痩せこけ、そして青ざめている。
目の周りや頬は何やら不気味な色で彩られていてその異様さをより強めていた。
「もしそうであるのならば、私だけでなく王家の者も神獣の繰り手共も皆同様に悲劇に見舞われるべきであろう」
アストルは今まで自分達が仕掛けた策謀をことごとく打ち壊してきた謎のガーディアンの姿を思い浮かべたのか、憤怒の表情で目元を引きつらせる。
あれこそがあるべき未来を捻じ曲げる元凶であり、真っ先に悲劇に遭うべきだと心の中で吐き捨てた。
「未来を変えようとして、起こる悲劇は……誰にでも、気まぐれに降りかかる。それをゆめゆめ忘れぬことだ……」
「ふん、この私が汚泥に侵されて死にかけの木偶から心配されるなぞ怖気が走る」
もう話を聞く気はないとでも言わんばかりにアストルは踵を返そうとした。
――その次の瞬間。
《――――――――――っ!!》
突如として空を裂くような甲高くも美しい神鳥のいななきが森上空に響き渡る。
広場の木々に集っていた小鳥達も突然の大音にパニックを起こして我先にと飛び去っていく。
次第に風が強く吹き荒れ始め、薄紅は蝶から嵐へとその様相を変えていった。
「! あれは……!」
アストルはバタバタと騒ぐフードを抑えて顔を上げる。
猛風によって巻き起こった桜吹雪の中、巨大な影が広場の上空を横切っていく。
「風の神獣――ヴァ=メドー……か」
優雅に天翔ける機械じかけの神鳥の巨翼を垣間見た。
「馬鹿な、もうアレを繰れるようになったというのか……!」
森への襲撃は早くてもあと数週間後というのが星見から得た兆しだったはずだ。
ここまで星見がズレるのは初めてだ。
取り乱す黒衣の男に大樹はやや冷ややかな視線を送る。
「お主の星見も、外れることがあるのだな」
「貴様…っ…。くっ……!」
ズズンと地響きが起き、アストルは足元をよろけさせる。
外周の湖に張り巡らしていた魔物の拠点があの神獣によって早速何箇所か破壊されたようだ。
「おのれ……」
唇を噛む。
厄災の御力で魔物をいくら大量に用意した所で神獣を持ってこられたら一溜りもない。
怨念の汚泥でもって広場への入り口は封鎖しているが、森の内部まで入り込まれたら防ぐ手立てはあまり残されていない。
「何か理由はあったのだろうが……決まっていた筋道に先に大きく干渉してしまったのは、他でもないお主だ。その意味、分かっていような」
「くそ…っ…!」
アストルは今度こそ大樹のそばから離れる。
広場前で天球儀に力を込めると中心の水晶が揺らめかせ、赤黒い光の帯が半球状に広がった。
「―――ああ。神獣は私の方でも視認した」
どのような原理か不明だが、彼は天球儀とその中央に満たされた赤毒の光によって離れた場所にいる何者かと会話してるようだ。
「森の外周に設けた拠点は捨てる。神獣がそれらを破壊し終える間にお前達は魔物共と迎撃準備を完了しておけ」
『了解』という声が天球儀から響く。声はやや低いが伸びやかで、会話相手はどうも若い青年のようだ。
「奴らの手の内は既に分かっている。返り討ちにしてくれよう。……ん、まだ何かあるのか?」
会話を切り上げようとした所で相手が口を挟んだようで、アストルは若干苛つきながらも再び天球儀に耳を傾けた。
「…………っ……」
相手の言葉を聞く内に彼はみるみる不機嫌になり、こめかみを引きつらせていく。
「――"メドーと連中を甘く見るな。逃げる算段もしておいた方が身の為だよ?"……だと?」
アストルは相手の言葉を繰り返した後、一際大きなため息を吐く。
今からそれらを迎え撃って戦わなければならないというのにこの言い草である。
この場で『一体お前はどちらの味方なのだ』と詰問してやりたいのをグッとこらえた。
「余計なお世話だ……と言いたい所だが、万が一の事もある。お前の言うとおり、一応退路の準備もこちらでしておこう」
そこで今度こそ会話が切れた。
「相変わらず、口の減らぬ奴だ」
ため息を吐きながら天球儀を戻し、アストルは今後の事を考える。
今からイーガの助力を頼んでも、加勢として数を揃えて集めている内に森を奪還されるのは目に見えている。
イーガには万が一の場合の退路確保を要求しておこう。
森の端で待機しているイーガの構成員と落ち合う為に森の出入り口に向かう。
――その、矢先。
「!」
背後の空が青白く輝いた。
森の上空が突如眩しい光と暴風に満たされていく。
「まさか、ここでアレを放つつもりか……!」
ラネールやデスマウンテンでも目の当たりにした神獣の恐るべき力――雷獣やマグロックの大軍を一瞬で消滅せしめたその一端。
「くそ…っ……!」
けたたましい警告音が森全体はおろか近隣のデスマウンテンやハイラル城周辺にまで響き渡る。
汚れも淀みも知らぬ眩い色が風の神獣の頭部に集束していく。
一瞬の沈黙の後、蒼白い奔流と暴風が大森林に迸った。
「……っ……!」
あまりの眩しさに思わず目を瞑る。
この世の闇の全てを食らいつくすようなその光の洪水に、ただただ恐怖とおぞましさを感じながら。
◆ ◆
「……!」
はっと目が覚める。
眼前に広がっていたのは森上空を裂いた蒼光の奔流ではなく、さえざえとした三日月とサトリ山の桜だった。
「あの時の夢、か……」
アストルはほぅと安堵の息を吐き、汗のにじんだ額に手をやる。
その腕や首周りには幾重にも包帯が巻かれていた。
数日前、森の防衛に失敗し退魔の剣を奪還され、命からがらここまで落ち延びた。
退魔の剣から受けた傷はまだ完治せず、未だ占い師の体にじくじくと痛みを与え続けている。
近くに転がった彼の天球儀も所々傷がついていて、中心の水晶から溢れ出しそうだった強く禍々しい光も今は小さなカンテラの灯程度の輝きしかなかった。
退魔の剣の光は悪しきものを退ける。
迷いの森での戦いの最中、リンクと名乗る青年に抜かれた退魔の剣はアストル達をその聖なる力で散々に打ち払ったのだ。
「くそ…っ……」
あの時の悔しさから自然声が出た。
イーガの者とは退避時の混乱でまだ合流出来ていない。
なるべく早く、彼らと落ち合って話をすべきだ。
「…痛っ……」
アストルは未だ痛む体に鞭打って上半身を起こす。
起き上がった視線の先には、迷いの森奪還を成功せしめた風の神獣が夜空を優雅に飛んでいた。
「忌々しい巨鳥め……」
森を奪還された一番の元凶である機械じかけの巨大な鳥をアストルはしばし睨んだ。
◇ ◇
そろそろ山を降りる準備が終わる頃、黒い卵型の小さな機械が山頂にやってきた。
「ポー!」
「! ガノン様……! ご無事でしたか!」
黒いガーディアンを見るやアストルは即座に跪き、深々と頭を垂れる。
「奴等にあの剣を奪還されてしまいました。私は何をもって償えば……!」
まるで死刑執行を待つ罪人のようにアストルは呻く。
「――――」
「罰は如何用にも……」
「――――」
黒いガーディアンは赤黒い煙を小さく吐き出す。
ヒトで言う所の溜息を吐く仕草とよく似ていた。
ガーディアンは短い脚を伸ばして跪いたアストルのローブの裾を引っ張る。
「ガノン様……」
赤い一つ目は『そんなことしている暇があったらさっさと行くぞ』と、呆れているようだった。
「貴方様のご慈悲に心より感謝を……」
黒いガーディアンの様子に、アストルはほぅと安堵のため息を吐く。
「身支度が終わり次第すぐ参ります」
「ピポ……」
黒いガーディアンはアストルを振り返ることもせず、赤黒い邪気を放ちながら悠然と去っていった。
◇ ◇
「ようやくお目覚めかい? あんたも案外寝坊助なんだねぇ」
ガーディアンと入れ替わりにやってきたのはリト族の青年だった。
その体は所々赤黒い汚泥に覆われており、目も血のような色をしている。
加えて、彼からは仄かに死臭がする。
真っ当な生物でないのだけは見て取れた。
「だから言ったろ。
アストルの座す桜の下までやってきた死鳥は開口一番味方らしからぬ言葉を言い放つ。
まるで自慢でもするように、遠くタバンタの空を飛ぶ風の神獣を誇らしげに見つめていた。
「……フン、あの神獣は
「ま、確かにね」
アストルの言葉にリトの青年は肩をすくめるだけだった。
「それで、これからどうすんのさ」
「イーガ団のアジトに向かう」
「へぇ、僕らもそこに?」
「いや、あの者達に私の手の内の全てを見せる気はない」
「ゲルドキャニオンと砂漠の境の高台に手頃な洞窟があった筈だ。そこに潜んでおけ。何かあれば
「了解。他の三人も下であんたを待ってる。早く降りてきなよ」
リトの死鳥は赤黒い風を纏って飛び立った。
アストルはそれを眺めながらゆっくりと立ち上がり、もう一度風の神獣振り向く。
「私はまだ、諦めぬぞ……」
しばし風の神獣を睨んだ後、夜明けと共にサトリ山の頂上を去る。
厄災復活と王国滅亡という正しい未来を切り開く為に。