アストル関連の二次小説

【彼岸花とアストル】


 ―――ラネール地方南部、アラブー平野。

「……」
「……」

 雨上がりの夕暮れの中、大小二つの影が黙々と草原を歩いている。

 大きい方の影は暗闇のような黒衣のローブ姿でその出で立ちは占い師を思わせる。その手には星を見る際使われる天球儀があり、彼は星の動きや配置を見て先読みを行う占星術師のようだった。

 一方、小さい方の影はひどく特異な姿をしていた。
 王家主導の下、主だって発掘研究が行われている古代遺物ガーディアンと似通った機械は卵のような形をしていて、その大きさはオルディンダチョウのソレの二周り程である。
 特徴的な赤い一つ目やその機体の色は見る者に本能的な恐れや嫌悪を抱かせる禍々しさがあった。

 雨露に濡れた草原が夕暮れの陽を浴びて黄金色に輝く中を往く二つの黒は、真っ白な紙に落とされた二滴の墨のようでもあった。


 ◆ ◆


「おや」

 ラネール参門西口やカカリコ村に通じる街道近くの林までやって来た時、黒衣の占い師が急に立ち止まる。

「あの花は……」

 また小さく呟いて、占い師は林のある一点に吸い寄せられるように歩いていった。

「まさかこんな場所で咲いていようとは」
「……」

 共に歩を進めていた黒い小型のガーディアンも彼の後を追い、その様子を大きな赤い一つ目でじっとうかがう。

「あぁ、これは彼岸花と呼ばれる花でございます、ガノン様」

 ガーディアンの視線に気付いた黒衣の占い師は、恭しく頭を下げて花の名前を告げる。
 驚いた事にこの占い師は黒い小型のガーディアンを『ガノン様』と呼び、最大限の敬意で以て接しているようだ。
 人が見れば気が狂ったと思われても仕方ない彼の振る舞いだが、今この場所には彼ら以外は人っ子一人いないので見咎める者も皆無である。

「赤い花弁のものは現在のハイラルでは珍しいのですよ」
「ポ〜……」

 ガーディアンは『ほぉ、そうなのか』と相槌を打つように音を鳴らす。

「今から十年以上前……厄災復活の予言がもたらされた時、貴方様のお色と似ていて不吉というだけでこの色の彼岸花は民の間であらかた駆除されてしまったのです」

 厄災復活の噂を恐れたハイリア人の一部が、その恐怖から少しでも逃れる為に手近な物に手を出したのが発端だったらしい。

「……」

 黒衣の占い師は花の前にしゃがみ込み、その不遇の花にそっと触れる。
 燃え上がる炎のような花びらは雨露に濡れて少々ヒンヤリとしていた。

「生まれ育った集落でも僅かではありましたが植えてありました。……集落自体はなくなって久しいですが」

 一方的なものの見方で危険なもの不吉なものだと決め付けられ、駆除されるのは何も植物だけとは限らない。

「今の時期は丁度花の盛りで……。特に夕暮れ時はこの赤が茜空によく映えてとても綺麗でしたよ」

 占い師は思い出に浸るように目を細める。
 その脳裏には、何もかもが彼岸花のように真っ赤に染まった生まれ故郷の夜空と遠くから聞こえた母の断末魔……。

「……っ……」

 知らず、彼は唇を噛む。
 昏く濁った虎目石のような瞳は過去の憎悪の炎が未だくすぶっているようだった。

「……そうだ」

 占い師は何か思い立ったように急に赤い彼岸花を根から掘り起こし始める。

「ペ、ペポ……?」

 痩せこけた手を泥だらけにしながら一心に花を掘り起こす占い師の姿に、黒い小型ガーディアンは機体を傾げさせて困惑の音を漏らす。
 赤い一つ目は気でも狂ったのかとでも言いたげだ。

「ガノン様に、この花を捧げようかと思いまして」

 この林はカカリコ村からさほど遠くない。
 このままにしておけば、いつかきっと誰かに見つかって今までの赤い彼岸花と同じように根から枯らされてしまうだろう。

「ならば貴方様の供物にした方がこの花も喜ぶのではないかと。それに……」
「ポ……?」

 占い師はガーディアンに跪いて掘り起こしたばかりの花を両手で捧げる。

「ガノン様にはやはり燃えるような赤が似合う」
「ピー……」

 何か……表情のない機械である筈のガーディアンが一瞬ニヤリと慇懃に笑ったように見えた。

 赤い一つ目が激しく明滅し、赤黒い邪気が黒いガーディアンからどぶりと吹き出す。
 その禍々しい色や邪気の濃さは今この国で復活が危ぶまれている厄災ガノンと同種のものだった。

 吹き出した赤黒い邪気は大きなかいなの形を成していく。
 やがて大きな大きな赤黒い手が捧げ持たれた彼岸花をぐしゃりと鷲掴む。
 掴まれた花は一気に黒くなったと思ったら、砂のようにサラサラと崩れていった。

「――お気に召されましたでしょうか?」

 渦巻いていた邪気の塊が黒いガーディアンに全て収まってから、占い師は静かに口を開く。

「――――」
「ガノン様……?」

 占い師は立ち上がり、何も言わず先に行ってしまったガーディアンの後ろ姿を見つめる。

「♪〜〜〜♫〜〜〜♫〜〜〜♫〜〜〜」

 歩き出した黒いガーディアンは頭部や側面のフイゴをゆったり動かしながら、地の底から這い上がってくるようなおどろおどろしいメロディを奏でる。
 それは今や忘れ去られた筈のおとぎ話の魔王を讃える旋律。

「おぉ……」

 どうもこのガーディアンは占い師からもたらされた供物にとても喜んでいるようだった。
 よく見れば足取りも先程よりどこか軽やかで楽しげである。

「――お喜びいただけたようで何よりです」

 黒衣の占い師はひどく無邪気に笑って黒いガーディアンの後に続く。
 そこについ先程まで在った筈の赤い彼岸花の残滓は気まぐれなつむじ風に吹かれて四散した。
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