風花雪月二次小説

【平和と本】


 三国が統一されフォドラに平和が訪れてもなお、ガルグ=マクの地下街……アビスは寂れることはなかった。
 そんなアビスの一角である地下書庫に、一人の男が本を抱えて佇んでいた。

「…………」

 その男の髪や髭は緑で、体はよく鍛えられていた。教会の騎士団でも屈強な部類に入るだろう。それなのにどこか知的な雰囲気を持つのは、彼が教会の中でも高い地位にいることを暗に示しているように思えた。
 そんな男に声をかける小さな人影が現れる。

「お兄様!」
「ふ、フレン?! なぜここに!?」

 声をかけたのは男と同じような髪色をした少女だった。“お兄様”と言う言葉を信じれば、フレンと呼ばれた少女は彼の妹ということになるが。

「お兄様の後を追ってみたんですの。修道院にこんな所があったなんて、驚きですわ」

 そう言ってフレンは興味深そうに周囲を見回す。そんな少女の姿を見て、男は深い溜息を吐いて彼女に近付いた。

「フレン、ここには色んな人間がいる。お前が来るべき所ではないのだ」
「まっ、お兄様ったら。わたくしはもう子どもではないのですよ」

 自分の身は自分で守れますわと、魔術書を取り出してフレンは微笑む。その笑みにはどこか哀しみを含んでいて、彼女が何も知らない少女ではないことを示していた。

「それで、お兄様はここで何を? 本を探してらっしゃるのかしら?」
「そ、それは……」
「それとも、不必要な本をこちらに移しにいらしたのかしら?」
「ふ、フレン、なぜそれを?!」
「ふふっ、お兄様のことは私なんでも知っていますの」

 慌てる兄の顔を見て、フレンは小さないたずらが成功した子どものようにクスリと笑う。

「お兄様がわたくしの為にそういうことを行っているのは分かっています、でも……」

 真面目な顔でフレンは真っ直ぐ兄の目を見る。

「多少いかがわしいものや怪しいものでも、読めない歳ではないのです」
「フレン……しかしだな」
「そしてそれは他の皆さんにも言えることではなくて?」
「…………」
「お兄様、きっと皆が自由に羽ばたく時代がやってきているんだと思いますわ」

 そう言って、フレンは地下書庫に積み上がった書物を優しく撫でる。慈愛に満ちた手つきは聖女セスリーンを思わせた。

「修道院の皆様もこの場所で生きる方達も、皆逞しく生きてらっしゃる。それでもう、充分なのではないかしら?」
「フレン……」
「大丈夫、皆さんならそれらの本を読んでも曲解せず正しい道を進める筈ですわ」
「…………」

 男は真面目な顔で逡巡する。
 今まで数え切れない程の本を読み、この国に不必要だと……教えの妨げになると思えるものはこの地下書庫に封じてきた。それはこの少女の為でもあった。
 だが時代は変わった。平和になった今なら、そういった書物も全てとは言えないが封じる必要もないのかもしれない。

「フレン、お前の言葉……胸に響いたよ。すぐにとは言えないが、善処しよう」
「お兄様こそ、わたくしの話を聞いてくださって感謝ですわ」

 少女がホッとしたように微笑むと、男もつられるように微笑んだ。二人の笑みはよく似ていて、なるほど彼らが確かに家族であることを確信させた。

「……では、修道院に戻ろうか」
「はい、お兄様」

 そう言って、緑髪の兄妹はアビスを後にした。

 その後しばらくしてアビスの地下書庫からかなりの数の本が修道院に移されたのはまた別の話である。
3/3ページ
スキ