薔薇を贈り合う二人
【黒薔薇のごと螺子欠片】
「――――」
かつて闇に魅入られ、今は城内の小さな部屋の中でしか生を赦されていない星見はとある者への手紙をしたためていた。
手紙の内容はこうだ。
********
お前の守護星は今とても不安定な位置にある。
このままではおそらく、お前は早い時期に命を終える。そういう定めだ。
だが、一つだけその運命を回避する術(すべ)がある。
身代わりを立てるのだ。
お前の星と反対に位置する柘榴星 ――この星を守護星とする者から近い内にリト族の族長宛に手紙がくるはずだ。
書かれていることに反対せず、ただ黙認すれば良い。
それだけでお前の命は助かる。
代わりにその者がお前の村で死ぬことになるがな。
これがどういうことか分かるか?
その者の死に目をお前だけが独り占め出来るということだ。
まぁ、どうするかはお前次第だ。
良くない未来を常に良い方向に変えられることはまずない。どちらか一方を選ばざるを得ない状況なぞ、それこそ星の数ほどある。
此度の疫病騒ぎも星見のお陰で被害をヘブラ地方のみに留められたが、所詮この程度なのだ。
我々占い師には未来を垣間見ることは出来るが、都合の良い方に"決める"ことは出来ぬ。
負け惜しみでなく、十年前のお前達とその他大勢の民の生存は占星的にもそれだけ異常だったのだ。
姫巫女の力が目覚めぬままに時の扉が開くなど……まるで神力よ。
そして今、その無茶の揺り戻しがこの王国に少しずつやってきているのだ。
世界の根本をいじって無理をさせれば、どこかでそれの埋め合わせしなければならない。
未来から前借りするしかないのだ。
今回はおそらくその類 のものだ。
考えてもみろ。
他国では知らぬがハイラルではこういった病は大抵フィローネ地方等の温暖湿潤な地域より発生し拡大するのだ。
そこから一番縁遠い筈の雪国で突然熱病が流行り始めた時点で不自然極まりない。
私の星見の結果を聴きに来た王も姫巫女もシーカー族の学者達も皆一様に頭をひねっていたよ。
なぜヘブラ地方なのかとな。
――はっきり言おう。
選ばれてしまったのだよ、お前は。
無理をさせられ疲弊した世界が、埋め合わせをする為の贄としてお前のその軽やかな蒼翼を欲したようだ。
かつて厄災復活を星が示した時よりも強い力がある。
王や姫巫女達には言わなかったが、此度の疫病はお前かもう一人の英傑が命を落とすまで終息はおそらくないだろう。
たとえ封印の力に目覚めた姫巫女でも、厄災ガノンであったとしても、だ。
時の女神というのも酷な者よ。
いや、神という存在そのものが我々ヒトにとって"そういう"ものでなければならないのかもしれぬ。
それでも、身代わりという逃げ道を用意している点を鑑みれば幾分かの慈悲の心は持っているのかもしれぬ。
神の慈悲というものが何を以てそう定義づけられるのかは、私には理解し難いがな。
――お前に依頼された星見は以上だ。
行く末が厳しいものになってしまったのは私も非常に残念だよ。
信じられないかもしれないが、これでも私は姫巫女やお前達英傑には感謝しているのだ。
一度は厄災に取り込まれたにも関わらず、何故か生きて戻されてしまった私を救ったのはお前達だ。
おかげで私は狭い部屋の中だけの生であっても、またこうやって星を眺めて暮らせているのだからな。
まぁ、お前の星がいよいよ潰える時は占い師らしく気休めのまじない位はかけてやっておく。
お前がお前の一番大切な者と納得いく別れが出来るように、な……。
********
「――」
そこまでしたためて、星見は息を吐いて筆を置いた。
小さなカンテラの灯に照らされた顔は以前厄災復活を目論み暗躍していた頃より幾分か血色が良く、目も随分穏やかだ。
この小さな小さな石造りの冷たい部屋の中で一生を過ごす事が義務付けられた身であっても、彼は心身満たされているようにも見える。
「感謝などと……随分らしくない言葉を書き綴ってしまったものだ」
もっと違う事を書いて話を結ぶつもりだったのだが、思わぬ方向に筆が進んでしまった。
そんな感情が自身に残っていたことに星見は驚いていた。
「私も存外、あの者達に絆されてしまったのかもしれぬ」
星見は自嘲めいたため息を吐き、おもむろに机の端に目をやる。
その視線の先にはかつて厄災の怨念が取り憑いた黒いガーディアンだったモノの一部である単眼や脚の破片などのいくつかがやや大きめのガラス瓶に入っていた。
厄災封印後、姫巫女達があの広大な地下室で拾い集めたものらしい。
「貴方 はそれを……望んでいたのですか?」
己が罪を背負い、一人の人として他者と共に再び生きていくのを。
答えはない。
あの黒いガーディアンの破片はかつて彼が信奉した主 ではなく、ただの残骸だ。
「――本当はあのまま道連れにされても、構わなかったのに」
くすんだ虎眼石のような瞳をどこか悲しげに細めて、星見は俯く。
その姿はどこか愛する伴侶に先立たれた未亡人のようでもある。
「でも、それが貴方の願いであれば……」
その通りに生きましょう。
貴方が私に『イキヨ』と言い遺した理由を知るためにも。
「あと五十年だろうと、八十年だろうと」
生きてやる。
生きて、ハイラルという国が厄災に滅ぼされずに足る価値があったのかどうか、私はこの身を以て確かめなければならない。
この地を永い間欲し続け、遂には怨念と化した魔王の成れの果ての為にも。
気持ちを切り替えるように星見はまた短く息を吐き、手紙を厚手の封筒に入れ蝋を垂らす。
その後ドアを部屋の内側からノックし、顔を出した番兵に手紙を渡して『リトの英傑宛に速達を頼む』と言付けていた。
◆ ◆
黒薔薇のごと螺子欠片そっと撫ぜ
星見は主を偲び目を閉じ
「――――」
かつて闇に魅入られ、今は城内の小さな部屋の中でしか生を赦されていない星見はとある者への手紙をしたためていた。
手紙の内容はこうだ。
********
お前の守護星は今とても不安定な位置にある。
このままではおそらく、お前は早い時期に命を終える。そういう定めだ。
だが、一つだけその運命を回避する術(すべ)がある。
身代わりを立てるのだ。
お前の星と反対に位置する
書かれていることに反対せず、ただ黙認すれば良い。
それだけでお前の命は助かる。
代わりにその者がお前の村で死ぬことになるがな。
これがどういうことか分かるか?
その者の死に目をお前だけが独り占め出来るということだ。
まぁ、どうするかはお前次第だ。
良くない未来を常に良い方向に変えられることはまずない。どちらか一方を選ばざるを得ない状況なぞ、それこそ星の数ほどある。
此度の疫病騒ぎも星見のお陰で被害をヘブラ地方のみに留められたが、所詮この程度なのだ。
我々占い師には未来を垣間見ることは出来るが、都合の良い方に"決める"ことは出来ぬ。
負け惜しみでなく、十年前のお前達とその他大勢の民の生存は占星的にもそれだけ異常だったのだ。
姫巫女の力が目覚めぬままに時の扉が開くなど……まるで神力よ。
そして今、その無茶の揺り戻しがこの王国に少しずつやってきているのだ。
世界の根本をいじって無理をさせれば、どこかでそれの埋め合わせしなければならない。
未来から前借りするしかないのだ。
今回はおそらく
考えてもみろ。
他国では知らぬがハイラルではこういった病は大抵フィローネ地方等の温暖湿潤な地域より発生し拡大するのだ。
そこから一番縁遠い筈の雪国で突然熱病が流行り始めた時点で不自然極まりない。
私の星見の結果を聴きに来た王も姫巫女もシーカー族の学者達も皆一様に頭をひねっていたよ。
なぜヘブラ地方なのかとな。
――はっきり言おう。
選ばれてしまったのだよ、お前は。
無理をさせられ疲弊した世界が、埋め合わせをする為の贄としてお前のその軽やかな蒼翼を欲したようだ。
かつて厄災復活を星が示した時よりも強い力がある。
王や姫巫女達には言わなかったが、此度の疫病はお前かもう一人の英傑が命を落とすまで終息はおそらくないだろう。
たとえ封印の力に目覚めた姫巫女でも、厄災ガノンであったとしても、だ。
時の女神というのも酷な者よ。
いや、神という存在そのものが我々ヒトにとって"そういう"ものでなければならないのかもしれぬ。
それでも、身代わりという逃げ道を用意している点を鑑みれば幾分かの慈悲の心は持っているのかもしれぬ。
神の慈悲というものが何を以てそう定義づけられるのかは、私には理解し難いがな。
――お前に依頼された星見は以上だ。
行く末が厳しいものになってしまったのは私も非常に残念だよ。
信じられないかもしれないが、これでも私は姫巫女やお前達英傑には感謝しているのだ。
一度は厄災に取り込まれたにも関わらず、何故か生きて戻されてしまった私を救ったのはお前達だ。
おかげで私は狭い部屋の中だけの生であっても、またこうやって星を眺めて暮らせているのだからな。
まぁ、お前の星がいよいよ潰える時は占い師らしく気休めのまじない位はかけてやっておく。
お前がお前の一番大切な者と納得いく別れが出来るように、な……。
********
「――」
そこまでしたためて、星見は息を吐いて筆を置いた。
小さなカンテラの灯に照らされた顔は以前厄災復活を目論み暗躍していた頃より幾分か血色が良く、目も随分穏やかだ。
この小さな小さな石造りの冷たい部屋の中で一生を過ごす事が義務付けられた身であっても、彼は心身満たされているようにも見える。
「感謝などと……随分らしくない言葉を書き綴ってしまったものだ」
もっと違う事を書いて話を結ぶつもりだったのだが、思わぬ方向に筆が進んでしまった。
そんな感情が自身に残っていたことに星見は驚いていた。
「私も存外、あの者達に絆されてしまったのかもしれぬ」
星見は自嘲めいたため息を吐き、おもむろに机の端に目をやる。
その視線の先にはかつて厄災の怨念が取り憑いた黒いガーディアンだったモノの一部である単眼や脚の破片などのいくつかがやや大きめのガラス瓶に入っていた。
厄災封印後、姫巫女達があの広大な地下室で拾い集めたものらしい。
「
己が罪を背負い、一人の人として他者と共に再び生きていくのを。
答えはない。
あの黒いガーディアンの破片はかつて彼が信奉した
「――本当はあのまま道連れにされても、構わなかったのに」
くすんだ虎眼石のような瞳をどこか悲しげに細めて、星見は俯く。
その姿はどこか愛する伴侶に先立たれた未亡人のようでもある。
「でも、それが貴方の願いであれば……」
その通りに生きましょう。
貴方が私に『イキヨ』と言い遺した理由を知るためにも。
「あと五十年だろうと、八十年だろうと」
生きてやる。
生きて、ハイラルという国が厄災に滅ぼされずに足る価値があったのかどうか、私はこの身を以て確かめなければならない。
この地を永い間欲し続け、遂には怨念と化した魔王の成れの果ての為にも。
気持ちを切り替えるように星見はまた短く息を吐き、手紙を厚手の封筒に入れ蝋を垂らす。
その後ドアを部屋の内側からノックし、顔を出した番兵に手紙を渡して『リトの英傑宛に速達を頼む』と言付けていた。
◆ ◆
黒薔薇のごと螺子欠片そっと撫ぜ
星見は主を偲び目を閉じ