リバミファ二次小説
【ある王女の死】
―――ハイラル城、リーバルの部屋。
夜中に僕の部屋にやってきて私を殺してほしいとミファーに言われたのは、厄災復活がそろそろではないかと騒がれていた頃だった。
「こんな姿、皆には見せられなくて……」
そう言って英傑の衣を脱いだミファーの体には、いくつもの禍々しい目玉がギョロギョロと彼女の体を這っていた。
「お城の坑道を歩いてたらいきなり襲われて、それでこんな体になっちゃって」
気丈に振る舞ってはいるが内心は恐ろしいようで、ミファーの頭飾りが悲鳴をあげるようにカタカタと震えていた。
極めて冷静にゾーラであるなら電気の矢を複数使えば死ぬことが出来るのではないかと答えれば、彼女は全てを受け入れるように静かに笑っていた。
「厄災に心まで乗っ取られて、皆を傷付けるようなことにだけはなりたくないの」
「だからって、自分から死を選ぶなんて……」
「貴方も私の立場になったら、きっと同じことを考えるよ」
その疲れたような笑みからミファーのこれまでの苦悩と苦痛と覚悟を思い知った気がした。
「……。覚悟は、良いんだね」
「ええ……一思いにお願い」
「じゃあ準備するから少し待ってて」
電気の矢をどれだけ持っているか矢筒の中を確認する為に、僕は立ち上がった。
電気の矢が足りなければミファーには今夜は帰ってもらうことになる。事は急を要する。できれば不足がなければいいが……。
「リーバルさん……」
「!?」
突然ミファーがこちらに近付いてきて、振り向いた僕の嘴に口付けてきた。急なことに体が追いつかず足がもつれて尻もちをつく。
持っていた矢筒も手から離れてしまい、周囲には様々な矢が散乱してしまった。そんな状況でもミファーは構わず僕に倒れ込んできてまた啄むように口付け始める。
「み、ミファー……?」
「…………」
なぜという問いは彼女の潤んだ目に見つめられて頭の隅に追いやられる。
そうして甘く柔らかなミファーの唇の感触に酔って、思わず嘴をそっと開けば彼女の舌が僕の舌に触れた。
「ん……ふ…っ…」
しばし、互いの生を確かめ合うように舌を絡めあう。怨念に体を乗っ取られそうなせいか、ミファーの舌や体は氷のように冷たかった。そんな彼女とこんな風に接触して大丈夫なのかという不安も湧いたが、顔には出せなかった。
「ごめんなさい……急に、こんなことして……」
甘く冷たいひとときが終わった時、ミファーは顔を真っ赤にして僕に謝ってきた。
「自分でもなんでこんなことしちゃったのか分からないの」
その衝動が怨念に乗っ取られそうな体のせいなのか、彼女自身のものなのかは聞けなかった。
「良いよ、気にしてない」
嘘だ。僕はミファーのことを好いている。
突然のことで混乱はしたが、彼女から口付けられて心が躍ったのは確かだった。それがこれから殺さなければならない相手だったとしても。
「そ、それで電気の矢は充分あった?」
散乱した矢を片付けている僕に背中を向けて、ミファーは乱された感情を鎮めるように僕に質問を投げかける。
「ああ、大丈夫」
「……良かった」
それでようやく、彼女の顔に安堵が戻って僕は複雑な気持ちになった。
「―――おいで」
「ええ」
準備を終えて、ミファーを呼ぶ。
後ろから抱きしめた状態で複数の電気の矢を彼女の首筋に長時間突き刺すことでその命を絶つ。手順はシンプルなものだ。
「姫様達にはごめんねって伝えて……」
「ああ」
先程の熱が忘れられないのをおくびにも出さず、淡々と返事をする。
「リンクには、これからも元気でいてほしいって……」
「……あいつに好きだって伝えなくて良いのかい?」
「!」
僕の返答にミファーは一瞬だけ目を見開くが、またすぐに穏やかな笑みを浮かべていた。
「……良いの。鎧も捨てちゃったし、それに……」
「それに?」
「あの人には私のことで苦しい想いをさせたくないから」
「そっか……」
会話がなくなり、しばし沈黙が二人を包む。カーテンの隙間からは昇り始めた太陽の光がこぼれ始めていた。
「ミファー、じゃあ」
「うん」
そう言って、ミファーの体を片方の手でかき抱いて逃げないように固定する。怨念に乗っ取られそうな体が彼女の意に反して抵抗しないように。
「リーバルさん」
「何?」
複数の電気の矢を持った手を振り上げた時、ミファーが僕の名を呼んだ。
「私の願いを聞いてくれて、ありがとう」
「……っ……」
それがミファーの最期の言葉になった。
愛しさも名残惜しさもかなぐり捨てて、僕はミファーの最期の願いを叶えたのだった。
◇ ◇
ミファーを殺した朝、僕は彼女の亡骸をベッドに横たえさせて姫達を部屋に呼んだ。
幸いミファーの亡骸には数は減ったが未だに厄災の怨念が居座っており、事情を説明する手間はそこまでかからなかった。
ミファーの亡骸を見た姫はしばらくショックを受けた表情をしていたが、僕の説明によって事態を飲み込むと涙を流すことなく粛々と今後のスケジュールを組み直していた。
「貴方には辛い役目を背負わせてしまいましたね」
僕に労いの言葉をも忘れない姫の深い慈愛の心と、公の場では涙さえ流せない王家に生まれた者の悲哀を垣間見た気がした。
姫と一緒に部屋に訪れたインパは目に涙を溜めていたし、あいつもミファーの死に顔を見て顔を蒼白くさせていた。その時初めて、退魔の剣の主にも人並の感情が備わっているのだなとぼんやり思った。
そんなあいつにミファーの遺言を知らせるとしばし真上を向いて深く目を閉じた後、「分かった」とだけ言って部屋を出ていく姫の後をついて行った。
部屋には僕と亡骸のミファーだけが残された。これから忙しくなるだろうが、それもまだしばらくしてからの話だ。それまで部屋で待機しておくしかないだろう。
「ねぇミファー」
一人ごちて、僕はミファーの手を片方そっと持ち上げてその甲に嘴を触れさせる。
「これで、本当に良かったのかな……」
その問いに答える者は誰もおらず、未だミファーの亡骸に取り憑いている怨念の目玉がギョロリとこちらを向くだけであった。
◇ ◇
―――ラネール地方、ゾーラの里。
「――して、今のリーバル殿の話は誠なのゾヨか?」
「はい、仔細間違いありません。ハイラル王家の代表として、私が彼の言葉を保証します」
僕の隣でそう語る姫の言葉は重々しい響きがあった。
「そう、ゾヨか……」
今、僕と姫はミファーの亡骸を返す為に彼女の故郷であるゾーラの里を訪れている。
本当なら僕一人だけで来るつもりだったのだが、英傑の長として説明責任を果たさねばならないと姫が一緒に来てくれたのだ。
「英傑として娘を送り出してから絶えず不安に思っていたことが、まさかこんなすぐに現実になるとは……」
「陛下……」
目元をその大きな手で覆い、ドレファン王はしばし悲しみに沈む。大臣や集まったゾーラ族もそれに習い、玉座の間は水を打ったような静けさに満ちていった。
「……すまぬ、時間をとらせてしまったゾヨ」
「良いのです。肉親を亡くすのはとても苦しいことですから……」
ドレファン王の悲しみに寄り添う姫の姿は僕から見ても美しかった。
二人の話が一段落したのを見計らって、僕は再度ドレファン王に対して嘴を開いた。
「陛下、恐れながら一つ頼みがあるのですが……」
「何ゾヨ? 言ってみヨ」
「先の話の通り、私は陛下の愛娘の命をこの手で奪った大罪人でございます。いかような罰をも受けるつもりであります」
「リーバルそれは……!」
僕の言葉に姫が悲しげに眉をひそめる。
姫的には元々は厄災の仕業なのだから、僕が罪を背負うことはないと考えているのだろう。
だが、ゾーラ族にはゾーラの宝であったミファーを殺した僕に怒りをぶつけるのに正当過ぎる理由があるのだ。
「里に牢がお有りなら、このリーバル……すぐにでも入る覚悟はできております」
そう言って一層深く頭を垂れると、ドレファン王が不思議そうに首を傾げる気配がした。やはり親子なのか、どこかミファーに似た上品な雰囲気があった。
「何を言っておるゾヨ?」
「と、言いますと……?」
恐る恐る面をあげてドレファン王の顔を見ると、悲しみの中に優しさが滲んでいるように見えた。
「お主は娘の恩人ゾヨ。娘の最期の願いを聞き届けてくれて感謝こそすれ、罰を与えるなどできる筈もないゾヨ」
「――――」
ズンと、己の息が詰まる音を聞いたような気がした。
「! ではドレファン王……!」
「うむ、リーバル殿は牢に入る必要はないゾヨ」
「陛下の深いお心遣いに感謝いたします……! リーバル、良かったですね」
「あ、ああ」
ドレファン王の決定に安堵する姫とは裏腹に、心底喜んでいない自分がいた。
ミファーを殺してしまったことを誰でもいいから罰して欲しかったのかもしれない。
そしてそれに一番相応しいのはゾーラ族であるし、きっと激怒されるだろうと思っていた。
しかし、ゾーラ族は僕が想像していたよりずっと深い慈愛の心に満ちていた。
その心に救われたが、結局僕の昏い気持ちは晴れることはなかった。
後日、ミファーの亡骸はきちんと清められた後に水葬された。そしてその葬儀への出席はそれらしい理由をつけて辞退させてもらった。
ミファーを殺した僕が、彼女の葬儀に出る資格なんてない。誰も僕を罰しないなら自ら罰するしかなかったのである。
◇ ◇
―――ラネール地方、ルッタ内部。
「へぇ、ルッタの内部ってこうなってるんだ」
ミファーが死んでから東の貯水湖に放置されたままだったルッタの内部に入る。
所々水に満たされ、また水を利用した機構が多く作られた内部はなるほどゾーラ族の為に作られた神獣なのだと改めて確信した。
ミファーの葬儀が終わって、僕は姫にある提案をした。メドーとルッタ、僕がこの二体の神獣の繰り手になるという提案を。
厄災復活が間近に迫る中、また一から繰り手候補を探している時間はない。
幸い、僕のメドーは遠隔操作が可能だ。
その上ルッタの神獣繰りの試練はどれも僕に達成可能なものばかりである。
最初こそ僕にかかる負担の重さを心配して反対していた姫とプルアだったが、すぐさま繰り手が必要であることは確かだった為に最後には折れてくれた。
繰り手に課せられる試練も、予想していた通り僕の弓の腕とリーバルトルネードがあれば難なく突破できたのである。
「あれが制御装置か」
制御装置のあるルッタ後方の部屋に足を踏み入れる。するとそれを待っていたかのように大きなカボチャのような制御装置がゆっくりと明滅し始めた。
制御装置の前にある台座に触れれば、僕はルッタの繰り手として認証されるのだ。
「………………」
緊張から息を飲む。もしかしてルッタに拒絶される可能性もなくはなかった。
深呼吸をした後ゆっくりと台座に触れれば、制御装置は先程より激しく明滅し始める。
「これは……」
メドーに認証された時にはなかった反応だ。ルッタが新しい繰り手を認証するのを嫌がっているようにも見えた。
(やはり、二体の神獣を操るのは不可能なのか……?)
諦めが心を支配したその時―――。
《大丈夫だよルッタ、この人は敵じゃない》
「?!」
凛とした、聞き覚えのある美しい声が背後から聞こえた。慌てて振り向けば、今は亡きゾーラの姫の姿がそこにあった。
「み、ミファー!?」
《ふふっ、リーバルさんったらすごく驚いた顔してる》
ミファーは発光する夜光石のような光を帯びて、そこに確かに存在していた。
だがその体はミファーの背後の風景が見える程には透けていて、彼女が生きていないことを強調していた。
《私がルッタの繰り手だったから、魂だけはかろうじてここに留まることができたの》
「そんなことが……」
だが永遠ではないのだろう。そう考えると辛くなって思わず下を向いた。
《大丈夫、厄災が封印されるまで私の魂は消えることはないから》
それは厄災が封印されればミファーの魂が消え去ると言っているのと同じだった。
「それで……どうして僕の前に?」
《実は貴方に受け取ってほしいものがあって……》
顔を上げる気にもならず俯いたまま呟けば、ミファーの真面目な声音が制御室に小さく響く。
「受け取ってほしいもの?」
《――私の力、貴方に託したいの》
そう言ってミファーは両の手で三角の形を作り、青い光の珠を発現させる。それはするするとこちらに向かってきて、手前で弾けて僕の体に吸い込まれていった。
「!」
それは冷たくて心地良いせせらぎが体の中に染み渡るような感触だった。そうしてそれが体に馴染んでいくのを感じた時、ミファーの癒しの力が使えるようになったことを悟った。
「――これは」
《生前の私と同じように、この力で傷付いた人を癒してほしいの》
「…………」
それはミファーの正真正銘最期の願いだった。これを受け入れることこそ彼女への最大の供養になるだろう。
だけど……。
「こんな……」
《リーバルさん……?》
「こんな力……今更もらったって……!!」
がくりと膝を屈し、握りこぶしを床に思い切り叩きつけた。まだ水の残る制御室にバシャンと二つの水柱が立つ。
「本当は君のこと、殺したくなんてなかった……!」
一番生きていて欲しかったミファーに使えない能力なんて、今更いらなかった。
「生きた君に会いたいよ! ミファー……!」
《リーバルさん……》
僕がそのまま突っ伏して打ちひしがれていると、ミファーがゆっくりと近付いてきて僕の前で静かに膝をつく。
《実はね、リーバルさんが私のこと好きだって前から知ってたんだ》
「!」
《貴方なら、私の最期の願いを叶えてくれるって確信があった》
そう言って、ミファーはいまだ打ちひしがれている僕の頭をそっと抱きしめる。殺す直前に触れた時とは違い、魂だけの彼女は仄かに温かかった。
《私は貴方が思ってるほど純粋じゃないの。ずる賢いお姫様なの》
「そんなこと……!」
思わず顔を上げれば、ミファーはどこか苦しそうに笑みを浮かべていた。
僕が苦しんでいるのを自分のせいだと感じているようだった。
《だから、そのことで貴方が自分を責める必要はないんだよ》
「ミファー……」
そこまで言って、ミファーの手が僕の頭からするりと離れる。
別れの時はすぐそこまで迫っていた。
《これからは貴方と共に私もいるってこと、忘れないで欲しい》
「でも……!」
《大丈夫、貴方なら……きっと……》
「ミファー!!」
そうして太陽の光に紛れるように、霊体のミファーはその姿を消した。
姿を消しただけで僕の近くにいるようだが、再び現れる気はないようだった。
「ミファー……っ……」
ふと振り返れば制御装置はまたさっきと同じようにゆっくりと明滅を繰り返していた。
今ならきっと、繰り手の認証にも成功するだろう。
「…………」
後ろ髪を引かれる想いで立ち上がり、ヨロヨロと制御装置の前に立つ。
「これが、君のためになるなら……」
そう言い聞かせて、僕は改めて制御装置の台座に手を触れたのだった。
ミファーの一件があったからか、その後すぐ王家の姫が封印の力に目覚めて厄災を封印することができたのだが、それはまた別の話である。
また、厄災封印後リトの英傑が亡くなったゾーラの英傑と同じ癒しの力に目覚めたことが公に知られ、彼は王国中の傷付いた人々を癒す為の旅に出た。
一度も所帯を持たず、生涯に渡って傷付いた人々を癒し続けたという。
その懸命に人を救う姿から彼は人々から慈愛の蒼翼と呼ばれ、亡くなった後もその行いは人々に語り継がれるようになったのだった。
―――ハイラル城、リーバルの部屋。
夜中に僕の部屋にやってきて私を殺してほしいとミファーに言われたのは、厄災復活がそろそろではないかと騒がれていた頃だった。
「こんな姿、皆には見せられなくて……」
そう言って英傑の衣を脱いだミファーの体には、いくつもの禍々しい目玉がギョロギョロと彼女の体を這っていた。
「お城の坑道を歩いてたらいきなり襲われて、それでこんな体になっちゃって」
気丈に振る舞ってはいるが内心は恐ろしいようで、ミファーの頭飾りが悲鳴をあげるようにカタカタと震えていた。
極めて冷静にゾーラであるなら電気の矢を複数使えば死ぬことが出来るのではないかと答えれば、彼女は全てを受け入れるように静かに笑っていた。
「厄災に心まで乗っ取られて、皆を傷付けるようなことにだけはなりたくないの」
「だからって、自分から死を選ぶなんて……」
「貴方も私の立場になったら、きっと同じことを考えるよ」
その疲れたような笑みからミファーのこれまでの苦悩と苦痛と覚悟を思い知った気がした。
「……。覚悟は、良いんだね」
「ええ……一思いにお願い」
「じゃあ準備するから少し待ってて」
電気の矢をどれだけ持っているか矢筒の中を確認する為に、僕は立ち上がった。
電気の矢が足りなければミファーには今夜は帰ってもらうことになる。事は急を要する。できれば不足がなければいいが……。
「リーバルさん……」
「!?」
突然ミファーがこちらに近付いてきて、振り向いた僕の嘴に口付けてきた。急なことに体が追いつかず足がもつれて尻もちをつく。
持っていた矢筒も手から離れてしまい、周囲には様々な矢が散乱してしまった。そんな状況でもミファーは構わず僕に倒れ込んできてまた啄むように口付け始める。
「み、ミファー……?」
「…………」
なぜという問いは彼女の潤んだ目に見つめられて頭の隅に追いやられる。
そうして甘く柔らかなミファーの唇の感触に酔って、思わず嘴をそっと開けば彼女の舌が僕の舌に触れた。
「ん……ふ…っ…」
しばし、互いの生を確かめ合うように舌を絡めあう。怨念に体を乗っ取られそうなせいか、ミファーの舌や体は氷のように冷たかった。そんな彼女とこんな風に接触して大丈夫なのかという不安も湧いたが、顔には出せなかった。
「ごめんなさい……急に、こんなことして……」
甘く冷たいひとときが終わった時、ミファーは顔を真っ赤にして僕に謝ってきた。
「自分でもなんでこんなことしちゃったのか分からないの」
その衝動が怨念に乗っ取られそうな体のせいなのか、彼女自身のものなのかは聞けなかった。
「良いよ、気にしてない」
嘘だ。僕はミファーのことを好いている。
突然のことで混乱はしたが、彼女から口付けられて心が躍ったのは確かだった。それがこれから殺さなければならない相手だったとしても。
「そ、それで電気の矢は充分あった?」
散乱した矢を片付けている僕に背中を向けて、ミファーは乱された感情を鎮めるように僕に質問を投げかける。
「ああ、大丈夫」
「……良かった」
それでようやく、彼女の顔に安堵が戻って僕は複雑な気持ちになった。
「―――おいで」
「ええ」
準備を終えて、ミファーを呼ぶ。
後ろから抱きしめた状態で複数の電気の矢を彼女の首筋に長時間突き刺すことでその命を絶つ。手順はシンプルなものだ。
「姫様達にはごめんねって伝えて……」
「ああ」
先程の熱が忘れられないのをおくびにも出さず、淡々と返事をする。
「リンクには、これからも元気でいてほしいって……」
「……あいつに好きだって伝えなくて良いのかい?」
「!」
僕の返答にミファーは一瞬だけ目を見開くが、またすぐに穏やかな笑みを浮かべていた。
「……良いの。鎧も捨てちゃったし、それに……」
「それに?」
「あの人には私のことで苦しい想いをさせたくないから」
「そっか……」
会話がなくなり、しばし沈黙が二人を包む。カーテンの隙間からは昇り始めた太陽の光がこぼれ始めていた。
「ミファー、じゃあ」
「うん」
そう言って、ミファーの体を片方の手でかき抱いて逃げないように固定する。怨念に乗っ取られそうな体が彼女の意に反して抵抗しないように。
「リーバルさん」
「何?」
複数の電気の矢を持った手を振り上げた時、ミファーが僕の名を呼んだ。
「私の願いを聞いてくれて、ありがとう」
「……っ……」
それがミファーの最期の言葉になった。
愛しさも名残惜しさもかなぐり捨てて、僕はミファーの最期の願いを叶えたのだった。
◇ ◇
ミファーを殺した朝、僕は彼女の亡骸をベッドに横たえさせて姫達を部屋に呼んだ。
幸いミファーの亡骸には数は減ったが未だに厄災の怨念が居座っており、事情を説明する手間はそこまでかからなかった。
ミファーの亡骸を見た姫はしばらくショックを受けた表情をしていたが、僕の説明によって事態を飲み込むと涙を流すことなく粛々と今後のスケジュールを組み直していた。
「貴方には辛い役目を背負わせてしまいましたね」
僕に労いの言葉をも忘れない姫の深い慈愛の心と、公の場では涙さえ流せない王家に生まれた者の悲哀を垣間見た気がした。
姫と一緒に部屋に訪れたインパは目に涙を溜めていたし、あいつもミファーの死に顔を見て顔を蒼白くさせていた。その時初めて、退魔の剣の主にも人並の感情が備わっているのだなとぼんやり思った。
そんなあいつにミファーの遺言を知らせるとしばし真上を向いて深く目を閉じた後、「分かった」とだけ言って部屋を出ていく姫の後をついて行った。
部屋には僕と亡骸のミファーだけが残された。これから忙しくなるだろうが、それもまだしばらくしてからの話だ。それまで部屋で待機しておくしかないだろう。
「ねぇミファー」
一人ごちて、僕はミファーの手を片方そっと持ち上げてその甲に嘴を触れさせる。
「これで、本当に良かったのかな……」
その問いに答える者は誰もおらず、未だミファーの亡骸に取り憑いている怨念の目玉がギョロリとこちらを向くだけであった。
◇ ◇
―――ラネール地方、ゾーラの里。
「――して、今のリーバル殿の話は誠なのゾヨか?」
「はい、仔細間違いありません。ハイラル王家の代表として、私が彼の言葉を保証します」
僕の隣でそう語る姫の言葉は重々しい響きがあった。
「そう、ゾヨか……」
今、僕と姫はミファーの亡骸を返す為に彼女の故郷であるゾーラの里を訪れている。
本当なら僕一人だけで来るつもりだったのだが、英傑の長として説明責任を果たさねばならないと姫が一緒に来てくれたのだ。
「英傑として娘を送り出してから絶えず不安に思っていたことが、まさかこんなすぐに現実になるとは……」
「陛下……」
目元をその大きな手で覆い、ドレファン王はしばし悲しみに沈む。大臣や集まったゾーラ族もそれに習い、玉座の間は水を打ったような静けさに満ちていった。
「……すまぬ、時間をとらせてしまったゾヨ」
「良いのです。肉親を亡くすのはとても苦しいことですから……」
ドレファン王の悲しみに寄り添う姫の姿は僕から見ても美しかった。
二人の話が一段落したのを見計らって、僕は再度ドレファン王に対して嘴を開いた。
「陛下、恐れながら一つ頼みがあるのですが……」
「何ゾヨ? 言ってみヨ」
「先の話の通り、私は陛下の愛娘の命をこの手で奪った大罪人でございます。いかような罰をも受けるつもりであります」
「リーバルそれは……!」
僕の言葉に姫が悲しげに眉をひそめる。
姫的には元々は厄災の仕業なのだから、僕が罪を背負うことはないと考えているのだろう。
だが、ゾーラ族にはゾーラの宝であったミファーを殺した僕に怒りをぶつけるのに正当過ぎる理由があるのだ。
「里に牢がお有りなら、このリーバル……すぐにでも入る覚悟はできております」
そう言って一層深く頭を垂れると、ドレファン王が不思議そうに首を傾げる気配がした。やはり親子なのか、どこかミファーに似た上品な雰囲気があった。
「何を言っておるゾヨ?」
「と、言いますと……?」
恐る恐る面をあげてドレファン王の顔を見ると、悲しみの中に優しさが滲んでいるように見えた。
「お主は娘の恩人ゾヨ。娘の最期の願いを聞き届けてくれて感謝こそすれ、罰を与えるなどできる筈もないゾヨ」
「――――」
ズンと、己の息が詰まる音を聞いたような気がした。
「! ではドレファン王……!」
「うむ、リーバル殿は牢に入る必要はないゾヨ」
「陛下の深いお心遣いに感謝いたします……! リーバル、良かったですね」
「あ、ああ」
ドレファン王の決定に安堵する姫とは裏腹に、心底喜んでいない自分がいた。
ミファーを殺してしまったことを誰でもいいから罰して欲しかったのかもしれない。
そしてそれに一番相応しいのはゾーラ族であるし、きっと激怒されるだろうと思っていた。
しかし、ゾーラ族は僕が想像していたよりずっと深い慈愛の心に満ちていた。
その心に救われたが、結局僕の昏い気持ちは晴れることはなかった。
後日、ミファーの亡骸はきちんと清められた後に水葬された。そしてその葬儀への出席はそれらしい理由をつけて辞退させてもらった。
ミファーを殺した僕が、彼女の葬儀に出る資格なんてない。誰も僕を罰しないなら自ら罰するしかなかったのである。
◇ ◇
―――ラネール地方、ルッタ内部。
「へぇ、ルッタの内部ってこうなってるんだ」
ミファーが死んでから東の貯水湖に放置されたままだったルッタの内部に入る。
所々水に満たされ、また水を利用した機構が多く作られた内部はなるほどゾーラ族の為に作られた神獣なのだと改めて確信した。
ミファーの葬儀が終わって、僕は姫にある提案をした。メドーとルッタ、僕がこの二体の神獣の繰り手になるという提案を。
厄災復活が間近に迫る中、また一から繰り手候補を探している時間はない。
幸い、僕のメドーは遠隔操作が可能だ。
その上ルッタの神獣繰りの試練はどれも僕に達成可能なものばかりである。
最初こそ僕にかかる負担の重さを心配して反対していた姫とプルアだったが、すぐさま繰り手が必要であることは確かだった為に最後には折れてくれた。
繰り手に課せられる試練も、予想していた通り僕の弓の腕とリーバルトルネードがあれば難なく突破できたのである。
「あれが制御装置か」
制御装置のあるルッタ後方の部屋に足を踏み入れる。するとそれを待っていたかのように大きなカボチャのような制御装置がゆっくりと明滅し始めた。
制御装置の前にある台座に触れれば、僕はルッタの繰り手として認証されるのだ。
「………………」
緊張から息を飲む。もしかしてルッタに拒絶される可能性もなくはなかった。
深呼吸をした後ゆっくりと台座に触れれば、制御装置は先程より激しく明滅し始める。
「これは……」
メドーに認証された時にはなかった反応だ。ルッタが新しい繰り手を認証するのを嫌がっているようにも見えた。
(やはり、二体の神獣を操るのは不可能なのか……?)
諦めが心を支配したその時―――。
《大丈夫だよルッタ、この人は敵じゃない》
「?!」
凛とした、聞き覚えのある美しい声が背後から聞こえた。慌てて振り向けば、今は亡きゾーラの姫の姿がそこにあった。
「み、ミファー!?」
《ふふっ、リーバルさんったらすごく驚いた顔してる》
ミファーは発光する夜光石のような光を帯びて、そこに確かに存在していた。
だがその体はミファーの背後の風景が見える程には透けていて、彼女が生きていないことを強調していた。
《私がルッタの繰り手だったから、魂だけはかろうじてここに留まることができたの》
「そんなことが……」
だが永遠ではないのだろう。そう考えると辛くなって思わず下を向いた。
《大丈夫、厄災が封印されるまで私の魂は消えることはないから》
それは厄災が封印されればミファーの魂が消え去ると言っているのと同じだった。
「それで……どうして僕の前に?」
《実は貴方に受け取ってほしいものがあって……》
顔を上げる気にもならず俯いたまま呟けば、ミファーの真面目な声音が制御室に小さく響く。
「受け取ってほしいもの?」
《――私の力、貴方に託したいの》
そう言ってミファーは両の手で三角の形を作り、青い光の珠を発現させる。それはするするとこちらに向かってきて、手前で弾けて僕の体に吸い込まれていった。
「!」
それは冷たくて心地良いせせらぎが体の中に染み渡るような感触だった。そうしてそれが体に馴染んでいくのを感じた時、ミファーの癒しの力が使えるようになったことを悟った。
「――これは」
《生前の私と同じように、この力で傷付いた人を癒してほしいの》
「…………」
それはミファーの正真正銘最期の願いだった。これを受け入れることこそ彼女への最大の供養になるだろう。
だけど……。
「こんな……」
《リーバルさん……?》
「こんな力……今更もらったって……!!」
がくりと膝を屈し、握りこぶしを床に思い切り叩きつけた。まだ水の残る制御室にバシャンと二つの水柱が立つ。
「本当は君のこと、殺したくなんてなかった……!」
一番生きていて欲しかったミファーに使えない能力なんて、今更いらなかった。
「生きた君に会いたいよ! ミファー……!」
《リーバルさん……》
僕がそのまま突っ伏して打ちひしがれていると、ミファーがゆっくりと近付いてきて僕の前で静かに膝をつく。
《実はね、リーバルさんが私のこと好きだって前から知ってたんだ》
「!」
《貴方なら、私の最期の願いを叶えてくれるって確信があった》
そう言って、ミファーはいまだ打ちひしがれている僕の頭をそっと抱きしめる。殺す直前に触れた時とは違い、魂だけの彼女は仄かに温かかった。
《私は貴方が思ってるほど純粋じゃないの。ずる賢いお姫様なの》
「そんなこと……!」
思わず顔を上げれば、ミファーはどこか苦しそうに笑みを浮かべていた。
僕が苦しんでいるのを自分のせいだと感じているようだった。
《だから、そのことで貴方が自分を責める必要はないんだよ》
「ミファー……」
そこまで言って、ミファーの手が僕の頭からするりと離れる。
別れの時はすぐそこまで迫っていた。
《これからは貴方と共に私もいるってこと、忘れないで欲しい》
「でも……!」
《大丈夫、貴方なら……きっと……》
「ミファー!!」
そうして太陽の光に紛れるように、霊体のミファーはその姿を消した。
姿を消しただけで僕の近くにいるようだが、再び現れる気はないようだった。
「ミファー……っ……」
ふと振り返れば制御装置はまたさっきと同じようにゆっくりと明滅を繰り返していた。
今ならきっと、繰り手の認証にも成功するだろう。
「…………」
後ろ髪を引かれる想いで立ち上がり、ヨロヨロと制御装置の前に立つ。
「これが、君のためになるなら……」
そう言い聞かせて、僕は改めて制御装置の台座に手を触れたのだった。
ミファーの一件があったからか、その後すぐ王家の姫が封印の力に目覚めて厄災を封印することができたのだが、それはまた別の話である。
また、厄災封印後リトの英傑が亡くなったゾーラの英傑と同じ癒しの力に目覚めたことが公に知られ、彼は王国中の傷付いた人々を癒す為の旅に出た。
一度も所帯を持たず、生涯に渡って傷付いた人々を癒し続けたという。
その懸命に人を救う姿から彼は人々から慈愛の蒼翼と呼ばれ、亡くなった後もその行いは人々に語り継がれるようになったのだった。