リバミファ二次小説

【ヒンヤリメロンとスプーンと】


 ―――ゲルド地方、カラカラバザールの宿屋。

「はい、あーん」
「…………」

 宿屋のベッドに寝かされた状態でミファーに差し出されたヒンヤリメロンの果実が乗ったスプーンを口に含む。冷たくて甘い果汁が口の中で広がるが、味わって食べられる状況ではない。

「もう一口ね、あーん」
「…………」

 あまりにも恥ずかしいが諸事情あって拒否できないのがひどく悔しい。

「これで最後だよ、あーん」
「…………っ……」

 それが十回以上繰り返され、僕の羞恥の限界を超えようとした時にようやく終わった。

「――よし、これだけ食べればリーバルさんの体も充分冷えたと思う。あとは明日まで絶対安静だからね」
「……ああ、ありがとう」

 有無を言わせない迫力で笑みを浮かべるミファーに礼を言う。

(しかし参ったな……)

 ずっとじっとしているのは性に合わない。
 特に今日は砂と暑さに少なからずダメージを負ったであろうオオワシの弓の手入れを早急に行わないとまずいのである。

「……絶対に、ベッドから出ちゃダメだからね」

 僕の気持ちが顔ににじみ出ていたのか、ミファーに半眼で睨まれる。

「分かってるって……」

 両手を上げて降参のポーズを取れば、ミファーは呆れたようにため息を吐く。

「もう、熱中症で倒れて本当に危なかったんだよ。ダルケルさんが池に貴方を投げ込まなかったらどうなってたことか」
「そのせいで僕は溺れかけたんだけどね」
「…………」
「いや、なんでもないです」
「分かればよろしい」

 こういう時のミファーはとてつもなく強気だ。大人しくしておくしかない。下手をすれば夜通し僕を見張るなんて言い出しかねない。

(全く、ウルボザがあんなもの僕らに寄越さなければこんなことにはならなかったのに……)

 食器を片付けているミファーを尻目に、数時間前のことを思い返していた。


 ◇ ◇


 ―――数時間前。


「じょ、女装だって?!」
「でもそうじゃねぇと、皆でゲルドの街に入れねぇってウルボザが……」

 それはカラカラバザールに到着してすぐのことだった。
 待っていたウルボザの部下から渡されたのは三着の女物のゲルド装束だった。
 ご丁寧に『これなら暑さも緩和できるし皆街にも入れるだろう?』というウルボザの手紙付きである。
 姫は一足先にゲルドの街に向かっているので、この三着の装束は今いる面子とサイズ的にミファー、あいつ、僕のものということになる。
 要はこの僕に女装しろと言っているのだあのゲルドの英傑は……!

「ゲルドの街にゴロン族以外の男が入れないことくらい僕だって知ってるよ。それならカラカラバザールで落ち合えば良い話だろ?」
「それはそうだけど……この装束着るとすごく涼しいよ?」
「相棒は構わねぇって言ってっし、あとはおめぇ次第なんだよ」

 女装しないで済む側は随分と気楽なことを言ってきて僕のイライラを理解しようともしない。

「ふん、普通に女装出来る奇特なヤツと僕を一緒にしないでほしいね!」
「……確かに」
「……っ……」

 こんな時さえ生真面目に答える退魔の剣の主に更に余計なイライラが募っていく。
 というか、なんでもう既に着替えてるんだよコイツは!

「とにかく、僕は絶っっっ対に女装なんてしないからね!」

 そうして皆から離れて歩き出そうとした矢先……。

「!」

 急激に体中が高い熱を帯び始め、あまりの暑さに視界がぼやけだす。

(しまっ…た……)

 ひんやり薬の効果が切れたようだ。
 リト族は暑さにめっぽう弱い。分厚い羽毛に熱がこもりやすいからだ。
 その為にひんやり薬を大量に用意してきたのだが、それも前に飲んだ薬の効果が切れる前に次の薬を飲まなければ意味がない。

(チッ、皆と無駄な口論していたせいで忘れてた)

 一応ひんやり薬を出して飲もうとするが、手元がフラフラして覚束ず全てこぼしてしまった。

「お、おい、大丈夫かリーバル」

 心配して近づいてくるダルケルの気配は察知出来たが、それに反応する余裕はない。

「く……そ……っ……」
「リーバルさん!?」

 唐突に視界が真っ暗になり、次の瞬間には全身に熱い砂の感触がした。とうとう倒れてしまったらしい。
 その後しばらくして体がふわっと浮いた感触を覚えた直後、放り投げられて僕は水の中で溺れかける羽目になった。
 おそらくバザールの真ん中の池に落とされたのだろう。扱いが大雑把でいかにもダルケルらしい。あとで文句を言ってやらないと。
 幸いゾーラであるミファーがいる。僕が溺れ死ぬことはきっとないだろう。
 かなりあんまりな対応を取られているが、それでも女装せずに済んだ一点だけでも僥倖である。
 そうこう考えている内に強烈な眠気が僕を襲い、意識を手放してしまった。


 こうして熱中症で倒れてしまった僕が皆に介抱されてこのザマなのである。


 ◇ ◇


 ―――その日の深夜。


「よし、今なら……」

 皆が寝静まった深夜、僕は行動を開始した。周囲を注意深く見回して、そっとベッドを降りる。ミファーも今はゲルドの街にいるはずだ。きっとうまくいく。
 部屋の小窓を見上げる。幸い今日は満月だ。弓の手入れも月明かりがあればなんとかなるだろう。

「うわ、滑車の部分に沢山砂が詰まってる……」

 オオワシの弓をチェックしてみると予想していた通り熱と砂でかなり傷んでいた。
 特に滑車に詰まった砂が厄介だ。急いでやらないと朝になってしまうだろう。

「急いで手入れを終わらせてベッドに戻らないと、確実にミファーに怒られてしまうな」
「そうだね、私がこの光景を見てしまったらやっぱりすごく怒ると思うもん」
「やっぱりそうだよね。なおさらバレないようにしないと……」
「…………」
(あれ……?)

 さっきのは独り言を言ったつもりだったのに、なぜ返事があるのだろう。
 おそるおそる声のした部屋の扉の方を向くと……。

「げ」
「…………」

 にこやかな笑みを浮かべるゾーラの英傑が扉の前でしゃがんで僕をじっと見ていた。顔に青筋が浮かんでいるのは見ないふりをした。

「み、ミファーさん……?」
「嫌な予感がしたから、ウルボザさんと戻ってきたら……」

 ややいつもより低めの声で呟きながらミファーが立ち上がり、こちらにゆっくり歩き出す。
 ぺたりぺたりといういつもなら可愛らしく聞こえる足音は今はとてつもなく恐ろしく聞こえた。

「リーバルさん、約束破ったらどうなるか……分かってるよね?」

 ミファーが強い怒りを帯びた笑顔で僕に近づいてくる。その顔は白銀ライネルなんかを遥かに超えて恐ろしかった。


 ◇ ◇


 ベッドから抜け出したのをミファーに見つかった僕が、その後どうなったかは言わないでおこう。
 敢えて一言、言葉にするなら『水浸しの状態で雷を喰らうと本当に危ない』ということだ。
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