リバミファ二次小説

【昔の恋の話をしようか】


 ―――タバンタ辺境、リトの村。

「遠い昔、人魚姫を好きになったことがあったんだ」

 星が瞬き始める夕暮れ時、父は東の空を見つめて語りだした。

「綺麗で優美で……ハスの花が似合う人だった」

 昔の恋の話を語る父の表情はいつもより穏やかで、村で気難しいと評判の父でもこんな顔をするのだと驚いたのは内緒だ。

「そのお姫様はある剣士に恋をしていた。初対面の僕がすぐに分かる程一途でね。見守るしかなかったよ。だってそうだろ? 他の奴なんて眼中にないんだから、無理に近づこうとしても迷惑なだけだからね」

 そう言う父の眼はどこか悲しげで、今なお自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

「お姫様の想い人である剣士には護るべき王家の姫がいたんだ。剣士が姫を護る中でいつしかその二人は次第に心を通わせていった」

 そこで一旦言葉を切ると、父は普段は飲まない麦酒を少しだけあおる。まるで酒の力でいつもは言えない言葉を押し出そうとするように。

「あの時のお姫様の悲しそうな顔は見てられなかったよ。でも悲しむ彼女に僕は何もしてやれなかった。あの時もし涙を拭ってあげられていたら……。いや、所詮何十年も前に終わったことさ」

 父がまた麦酒をあおり、溜めこんだものを吐くように深い息をする。いつのまにか夕陽は完全に沈み、父の横顔には暗い影が広がっていた。

「厄災討伐を無事終わらせた後、剣士と王家の姫は結ばれた。でもあのお姫様は吹っ切れた顔をしていた。失恋の悲しみから自力で抜け出した彼女の笑顔は清々しかったよ。同時に、僕の恋も終わったんだなって漠然と思ったりもした。結局見てるだけで理由をつけて何も出来なかった自分が許せなかったのもある。けど――」

 そう言って父は残った麦酒を飲み干し、空になったコップを備え付けのテーブルに静かに置く。木で出来たコップが微かに音を立てて静止したが、その音はやけに大きく聞こえた。

「――それ以上に吹っ切れたお姫様の笑顔が眩し過ぎて、直視することができなかった。高嶺の花とは良く言ったものだよ。僕にとって彼女は……恋をして良い相手じゃなかったんだ。まぁ、元々種族は違うから生物的にも……おっと、これは生々しい話だから忘れてくれ」

 誤魔化すようにそう言って、父は今までずっと東の空を向いていた顔をボクに真っ直ぐ向ける。ボクと同じ翡翠の眼は多大な痛みと自嘲を含んでいるようだった。

「以降はずっと、彼女……ゾーラの英傑とは共に厄災に立ち向かった仲間として仲良くしてる。きちんと気持ちを整理出来たから、お前の母さんと一緒になれたんだ。でもいつか朝起きた時に言われたっけな。『寝言であの方の名前を呟いてましたよ』って。怒らず微笑ましそうに言うから、こっちは酷く気まずかったよ」

 大仰に肩をすくめて、父は泣きそうな顔で微笑んだ。申し訳無さとやるせなさが同居したような複雑な表情であった。

「僕が心から愛してるのはお前の母さんで、ミファーじゃない。質問の答えはこれで納得してもらえるかい? 今となっては若い頃のほろ苦い憧れみたいなものなんだ。お前は父さんより素直で賢い。自分を大切にしてくれる人を傷つけるようなことは極力するなよ。 あと、この話は皆には内緒だからね」

 ボクの頭をやわく撫でながら、父……リトの英傑リーバルはボクらの家をそっと出て行った。きっと夜風に当たりに自身の名の付いた広場へ出かけたのだろう。

「それにしても……」

 意外だった。偶然村に訪れていたゲルドの英傑であるウルボザ様から耳打ちされなかったら知る由のないことだったのだ。
 どうも母もこのことを知っているようだが、泰然として笑っていられるその懐の深さに敬服する気持ちでいっぱいである。
 興味本位で父の初恋の話を聞いてしまったが、不思議と嫌悪感はなかった。それはきっと、父の母への愛情が本物だからなのだろう。そこは子どものボクから見て疑いようのない事実だから。

「ミファー様、一度会ってみたいな」

 そんなことを言い出したら父はどんな顔をするだろうか。案外、普通に送り出してくれそうな気もする。

「ふぁ……いけない、もう寝なきゃ」

 欠伸を抑えながらハンモックに潜り込む。
 父の秘密を抱えて眠るのは正直ドキドキするが、きっとよく眠れるだろう。
 部屋から見える月はどこか柔らかく、優しい月明かりが村の広場を照らしていた。
12/16ページ
スキ