リバミファ短編まとめ

【挨拶という魔法】


 三日後に神獣繰りの試練を控え、私達は城で姫様とプルアさんから試練の概要を聞かされた。

 ――いよいよルッタが目覚める。
 あの可愛らしい神獣が動く様子を想像するだけで胸がドキドキして、その日の夜は中々寝付けなかった。

「だめだ……全然眠れない」

 少しだけ外を散歩でもしようかと思い立ち、宛てがわれた部屋を抜け出す。
 静かな長い廊下を抜け、この間ウツシエを撮った中庭にたどり着いた。

「あれ……?」

 いつかのあずまや近くまで来た時、見知った後ろ姿が視界に入った。

「こんばんは、リーバル」
「……なんだ、君か」

 こちらを振り向いた翡翠の瞳には篝火の赤が差し色のように入り込んでいた。
 リト族って鳥目で夜目は利かないって教わったのだけど大丈夫なのだろうか。
 お城は外も夜警の兵士の為に篝火が焚かれているから、夜でも出歩けるのかもしれない。

「……貴方も、眠れないの?」
「まぁ、そんなとこ」

 何か考え込んでいる風のリトの戦士の隣に立つ。
 星を眺めてる訳でもないようだ。そもそも星が彼の瞳に見えるかどうかも危うい所だが……。


「――三日後、いよいよ神獣繰りの試練だ」

 しばしの沈黙の後、リーバルがおもむろに嘴を開く。

「……試練が終わった後にメドーを起動する時、あの神獣に何て声をかけたらいいか…それで少し悩んでいてね」
「……」

 リーバルとはまだ二、三度顔を合わせただけだけど、そういうことを気にする人だとは思わなかった。
 彼、意外とロマンチストなのかも。

「やっぱり、変……かい?」
「ううん、そんな事ないよ。そういえば、そうだよね。私もルッタになんて声をかけようかな……」

 一旦考え込む。

「! そうだ」

 しばらく考えてとても良い言葉が出てきてくれたので思わず頬が緩む。

「おはよう……がいいんじゃないかな」
「おはよう、かい?」
「うん、目が覚めたらやっぱりおはようだよ」
「そうか……」

 噛んで含むように呟いた後、リーバルは大きく頷いてこちらに振り向く。

「そうだね……挨拶って大事だし。ましてこれからずっと世話になるんだからおはようが最適だ。ありがとう、これでぐっすり眠れそうだよ」
「ふふっ、どういたしまして」

 話が一段落した所でおやすみの挨拶を済ませ、私は部屋に戻った。


「おはよう、か……」

 我ながら良いアイディアだと思う。
 ルッタにその言葉をかける瞬間を思うと楽しみでしょうがない。
 そんなことを考えてると次第に睡魔が忍び寄り、気づけば深い眠りに落ちていた。


 ◇ ◇


「おはよう、でいいんじゃないかな」

 これから目覚めさせる風の神獣になんと声をかけるべきか……。ゆらゆらと揺れる銀鎖に柔らかな月光を煌めかせ、ゾーラの英傑は悩む僕にそう言って優しく微笑んでいた。


 ◇ ◇


 全ての神獣繰りの試練を終わらせ、僕はメドーのメイン制御端末の前にやってきた。
 どこか大きな大きなヨロイカボチャを思わせるソレは、繰り手の存在を察知したかのように青白い光を明滅させる。
 試練を全て終わらせた後、この台座のようなものに触れれば繰り手として認証され、神獣を起動出来るとプルアが言っていたが……。

(そういえば……)

 台座に触れようとして、数日前のミファーとの会話を思い出す。

『おはよう…かい?』
『うん。目が覚めたら、やっぱりおはようだよ』

 古代に造られた機械を動かすのに、なんて声をかけようかなんて……今考えれば変な話だ。
 なのに彼女は笑いもせずに僕の相談に真面目に答えてくれた。

(あのお姫様も、今頃ルッタに『おはよう』って言ってるんだろうか)

 あの優しそうなコハクの目を更に柔らかく細めて、かの水の神獣に優しく呼びかける様を思い浮かべてみる。

「――――」

 その時、心のどこかがキュッと柔らかく締め付けられるような音を聞いた気がした。
 極めて不思議な感覚に我を忘れそうになる。

(……? なんだ、今の)

 気を取り直して、メイン制御端末の前に立った。

「……」

 軽く息を吐いて、端末に触れる。
 すると鈍い駆動音が響き始め、メイン制御端末は先程より更に強い光を帯びていく。

 ――神獣の起動に成功したようだ。
 メドーに声をかけるなら、このタイミングが一番だろう。
 そう判断し、僕は昔からの友人にするようにメドーに優しく声をかけた。

「おはよう、メドー。調子はどうだい?」

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