失恋するリバミファ

【人魚姫の失恋】


 それは人魚の恋に似ていた。

「私ね、本当はこうなるって最初から分かってたの」

 想いを拒まれた鎧を抱きしめて、ミファーは悲しそうな声で呟く。
 夕暮れの貯水湖はまるでルッタの主の今の気持ちを代弁するように、泣きたくなるような茜に染まっていた。

「あの人ったら、小さい頃から口を開けば姫様のことばかりだったから……」

 聞けば幼い頃から近衛の騎士になって王家の姫をお護りするんだと目を輝かせて自分の夢を語っていたらしい。
 それが幼馴染の心を長年静かに傷つけていたなんて、あいつは考えたことがあるのだろうか。
 いやきっとある筈もないだろう。

「ねぇ、リーバルさん」

 泣き腫らした目をこちらに向けて、恋にやぶれた人魚姫は無理やり笑顔を作る。

「この鎧……デスマウンテンの火口に持っていってくれないかな」

 滝を登れる程水に強い鎧を溶岩の海に捨てればどうなるか、分かっての言葉だった。

「そうしないと、いつまでも泣いてしまいそうで……」

 いつもはゾーラの王女として凛としている彼女のごく普通の少女である部分を垣間見たような気がした。

「こんなこと、貴方にしか頼めなくって」

 ひどくズルい言い方だ。
 そんな風に言われたら、彼女に惹かれてる僕が断れないことをミファーは知っているのだ。

「ありがとう、頼みを聞いてくれて」

 感謝の言葉を述べる声音は力無く弱々しかった。

「お伽話の人魚姫みたいに泡になってしまえば良かったけど……」

 そんなこと冗談でも言わないでくれと強い口調で言えば、傷心の王女は少しだけ表情を柔らかくさせる。

「ふふっ、貴方も慌てることってあるんだね」

 純粋に少しだけからかわれていたようだ。

「全く……タチの悪い軽口言えるんなら僕も一安心だよ」

 いたずらっぽく笑う彼女の首周りは以前より少し痩せたようだった。

「ねぇ、お伽話の人魚姫って……」

 抱きしめていた鎧を僕に渡しながら、ミファーは小さく囁く。

「王子様と結ばれないまま泡になって消えるの、怖くなかったのかな……?」
「……さぁね。僕が人魚姫なら王子を刺してたと思うから、その気持ちは分かりかねるよ」
「……嘘。貴方もきっと王子様を殺せないわ。だって今私がこうやって貴方と話をしているのだから」
「なら余計に答えられないね。実際消える寸前にならないと分かることじゃないだろ? そういうの」
「そう……だよね。ごめんね、変なこと聞いちゃって」
「良いって、気にしてないよ」

 鎧を受け取り、静かに貯水湖を去った。


 ◇ ◇


 村への帰途に着く。
 先程の問いかけを反芻しながら日没直前の太陽を睨んでみるが、彼女が求めた答えになりそうな言葉は結局浮かんできてはくれなかった。

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