リバミファ二次小説

【仮装の流儀】


 ――ハイラル城、リーバルの自室前

「と、Trick or treat……」
「――はあぁ」

 カボチャで出来たお面を被りハロウィン定番の挨拶をすると、リーバルは私の全身を上から下まで眺めた後呆れたように大きなため息をついていた。

 今日はハロウィンでハイラル城でもそれにちなんだ催しが行われる日だ。
 姫様の計らいで私達英傑やシーカー族の博士達も今回その催しに特別に参加することになった。
 けれどリーバルだけはなぜか不参加になったと聞き、様子が気になってお菓子をもらうついでに彼の部屋を訪れたのだが……。

「え、えっと……」

 ひどく気まずい空気が二人の間を満たしていく。
 私の背後、廊下を慌ただしく通り過ぎる人達の喧騒がどこか遠く聞こえた。

「――全く、ハロウィンの仮装にしちゃあまりにも安直で……貧相だ」
「きゃっ……!」

 急に彼の長い指が伸びてきて、かぶっていたカボチャのお面を取り上げられてしまう。

「お面以外はいつものままじゃないか。やれやれ、何のためのハロウィンなんだか」
「で、でも、衣服は脱ぎ着が大変だし……」

 ゾーラにはあまり服を着る習慣がない。
 そのため凝った衣装を着る勇気が中々出ず、最終的にカボチャのお面のみをかぶってハロウィンに参加することを決めたのだ。

「ふぅん、脱ぎ着の楽な仮装……ねぇ」

 何か思案するようにリーバルは自分の嘴に手を添える。

「ちょっと来てくれない?」
「え? う、うん」

 数秒後、彼は私に部屋に入るよう促して奥に引っ込んでいった。

「お邪魔します……」

 恐る恐る足を踏み入れる。
 リーバルの部屋はきちんと片付けられていてすっきりとしていた。

 床に敷かれている小さな紺色の絨毯やテーブルに置かれた小物入れにはどれも独特の幾何学模様が手描きされている。
 彼が城に持ち込んだ私物のようだ。
 素朴な温もりを感じさせる色合いや模様に心が和むと同時に、ちょっとだけ意外に感じた。

(――案外、可愛らしいものが好きなのかな)

 そういえばイチゴだったり甘いお菓子が好きだったなとか、身につけている鎧の模様もどことなく可愛かったなとか……。
 リーバルの意外だったエピソードがいくつも思い浮かび、村での暮らしようを想像してつい頬が緩んだ。

「待たせてすまないね。必要最低限ってやつを見極めるのが意外と難しくて……」

 しばらく部屋を見回していると、リーバルがクローゼットから何やら黒い布の塊と箒を取り出してこちらに近付いてきた。

「これ、要らないからあげるよ」
「わっ」

 一体なんだろうと首を傾げていたら、黒いツバ広のトンガリ帽子をポスンと頭に乗せられた。

「これ……」

 ――どうやら、魔女の衣装のようだけど…。

「どうして、貴方がこれを?」
「……注文する数間違えたからってプルアに押し付けられたのさ」

 リーバルは面倒そうに説明しながら、持っていたマントを素早く私の肩にかける。

「えっと……」

 私はまだ一言もそれを着るとは言ってないんだけど……。

「これなら脱ぎ着も楽だろ?」
「…………」

 ムッとした顔を隠さずにいると、リーバルはまたため息を吐く。

「――ただの仮装だって少しは可愛くしたら? お面だけじゃあいつを振り向かせられるワケないでしょ」

 マントの皺を丹念にのばしながらリーバルは変なコトを言う。

「ふ、振り向かせるって……」

 正直余計なお世話だ。
 別にリンクの為にハロウィンの仮装をするわけではないのに。

「違うの? なんだ、面白くないねぇ」

 どうせなら恋の火花をバチバチっと燃やしてみれば良いのにと、リーバルはタチの悪い野次馬のようなことを言う。

「もう、人を見世物みたい言わないで」
「そりゃ失礼。ほら、前を結ぶからこっち向いて」
「…………」
「――このままだと集合に間に合わなくなるよ?」

 時計の針は伝えられた集合時間の十分前を指している。
 失礼な物言いにだんまりを決め込みたくなったけど、時間に遅れてはリンクに――皆に迷惑をかけてしまう。
 それはできれば、避けたい。

「…むぅ……」

 仕方なくリーバルの方を向く。
 そもそも彼がこんなことを勝手にし始めなければ遅刻を心配しなくて良かった気もするけど、今更そうも言っていられなかった。

「顎、少し上げてて」
「ええ……」

 私達よりうんと大きな指で、リーバルはマントの襟首に付いた紐を素早くかつ丁寧に蝶々の形に結ぶ。

「――――」

 その所作に、ちょっとだけ目を奪われる。
 なんでもない一連の動作には一切の無駄がなく、純粋に美しかった。
 普段から弓矢を扱うからか、やはり手先が器用なのだろう。

「……? 首元、もしかして締めすぎた?」
「い、いえ、大丈夫……」
「そう? ならいいけど」

 正直に貴方の所作って綺麗だね…なんて言ったら、きっとまたからかってきそうなので適当な言葉で濁した。

「あとはこのお面か……どうしようかな。ま、帽子にくっつけときゃいいか」

 リーバルは最後に私がさっきまでかぶっていたお面をトンガリ帽子の広めのツバに挟み込み、悪くないねと満足げに頷く。

「あぁそれと……箒も忘れずに。よし、これで少しはマシになったんじゃない?」

 渡された箒を持って近くにあった姿見に振り返る。
 そこには漆黒の魔女の衣装に身を包んだ私の姿があった。
 ツバ広の魔女の帽子は顔を小さく見せてくれるし、黒いマントは私の赤い体の色とよく合っているように思う。
 体をくるりと一回転させればマントもそれに合わせてふんわり翻り、まるで本物の魔女になった気分だ。

「………」

 さっきのお面だけの時より、ずっと可愛い……。
 もしこの姿をリンクや姫様達に褒めてもらえたら、すごくうれしいと思う。
 コーディネートが全てリーバル任せだった点がちょっぴり悔しかったけれど。

「――ほら、準備が済んだらさっさと帰った」
「あ、えっ、ちょ、ちょっと…っ……!」

 しばらく姿見を眺めていたら両手で背中をグイグイ押され、あっという間に部屋から押し出されてしまった。

「いってらっしゃい。それはお菓子の代わりだから、返しに来なくていいからね」

 バタンと閉まったドア越しに彼の声が聞こえた。

「あ、あの、これ……ありがとう」
「良いって。早く他の連中に見せに行きなよ」
「うん……。そういえば、どうして貴方は今夜のハロウィンに参加しないの?」
「――こういう催しに出るとさ、ハイリア人の子どもに羽根をむしられたり色んな悪戯されるんだよね」

 げんなりした声音には妙に実感がこもっていて、嘘や冗談では無さそうだった。

「でも相手は子どもだし、英傑として参加するなら余計に乱暴には振り払えないだろ? 姫に相談したら苦笑いされちゃったよ」
「なるほど、それで……」

 確かに子どもは遠慮という言葉を知らない子も多い。
 今は騎士として立派にお役目を果たしているリンクだって、小さい頃はゾーラの子ども達のヒレや尾ヒレをふざけて強く引っ張っては怒った彼らと喧嘩になったものだ。

 ゾーラ族にも言えることだけど、中央ハイラルではリト族は珍しいようでどうしても目立ってしまう。
 好奇心旺盛で悪戯好きな年頃の子ども達には格好の標的になってしまうのだろう。

「君や他の連中には申し訳ないけど、今夜は部屋で大人しくしてるつもりさ」
「そっか」
(――でも)

 いいのかな、それで……。
 もしかして本当はリーバルも今日のハロウィンに参加したかったから、私にお節介を焼いたのかもしれない。

「ね、ねぇ」
「――なにさ」
「リーバルって甘い物好きだったよね? 今日もらうお菓子、後で持ってくるよ。二人で半分こにしよう?」
「――――」

 呆れたような空気をドア越しに感じる。
 これこそ、お節介……だったのかもしれない。

「……ま、君がどうしてもって言うんなら、もらってあげてもいいよ」

 数秒後、ドアの向こうから了承の返事が聞こえてきた。
 ちょっと引っかかる言い方だったけど、一応断られずに済んだのでホッと胸をなで下ろす。

「うん、分かった。なるべく早めに戻ってくるね」
「はいはい。ほら、もう行かないとプルアにドヤされるよ?」
「あっ、いけない! じゃ、また後で来るから」

 慌ててリーバルの部屋の前を去る。
 城内はすっかりハロウィン一色に彩られ、所々置かれたカボチャのランプの灯が可愛らしく揺れていた。


==============================


※翌年の話
【全力仮装王女】


 ―――ハイラル城、リーバルの自室

「よし、これで完成!」

 首元の包帯の端を可愛らしい蝶々結びにして、ミファーはうれしそうに声をあげた。

「ほら、とっても怖そうなギブド姿になったよ!」
「…………はぁ」

 一方のリトの英傑は姿見に写る自分の姿を上から下まで眺め、ひどくげんなりした様子で深いため息を吐いていた。

 リーバルは今、頭からつま先まで包帯でぐるぐるに巻かれた――いわゆるミイラ男の仮装をしている。
 巻かれた包帯は所々赤や紫でペイントされており、とてつもなく不気味な雰囲気を醸し出していた。
 おとぎ話で語られる、恐ろしい死霊であるギブドがまるで絵本から飛び出してきたような迫力である。
 息ができないと困るというリーバルの強い要望で包帯を巻かれなかった黄色い嘴が、皮肉にもよりその異様さを発揮しているのもあったが……。

「よしよし、プルアさんに協力してもらってギブドについてみっちり調べた甲斐があったよ」

 うんうんと感慨深げに頷くミファーの今年の仮装のテーマは小悪魔だ。
 頭には角付きのカチューシャをはめ、黒くテカテカした生地で出来たミニ丈のワンピースに身を包んでいる。
 服に取り付けられた作り物にしてはややリアルな悪魔の羽根や尻尾が機嫌良くふりふりと揺れていた。
 プルア女史特製のスペシャルな衣装らしいのだが……一体どんな素材が使われているかは定かではない。
 素材を取りに行かされたロベリーとシーカー族の宮廷詩人が口を揃えて『知らない方が良い……』と顔を青白くさせていたので真っ当なものではないようだったが。

「ねぇ、さっきからすごく静かだけど、もしかして包帯の巻き方きつかった……?」
「そういうコトはないけど」
「本当に? 貴方って私にすぐ嘘つくから信用できないよ」
「ちょ、ちょっと…! 本当に大丈夫だから! 安易に触らないでってば!」
「そ、そう? なら良いんだけど……」

 包帯以外ほぼ何も身に付けていない体をぺたぺたと触ろうとするミファーをリーバルはやんわりかつ迅速に止めていた。

 今日はハイラル城で年に一度のハロウィンパーティが催される日だ。
 昨年、英傑やシーカー族の博士の面々もこの催しに招待され、ハロウィンの仮装やこの祭り独特のやり取りを皆で楽しんでいた。

「ねぇ、やっぱり僕……今年も不参加じゃダメ?」

 ――不参加を決め込んで部屋に引きこもっていたリーバル以外は。

「えぇっ? きゅ、急にどうして?」

 お願いした時は二つ返事で了承してくれたのに……と、ミファーは顔を曇らせる。

「その……あまりにも仕上がりが良過ぎて、これじゃ子どもに泣かれそうでさ」

 今年こそは皆揃って参加したいとミファーが意気込んだ結果、リーバルの今のギブド姿があるのだが……。

「全身を包帯ぐるぐる巻きにすれば、子どもにも羽根をイタズラされづらくなるからちょうど良いと思ったのに……」

 姫様やウルボザさんにもちゃんと相談したんだよ!と、ミファーは姿見に写る己を不気味そうに眺めるリーバルに握り拳を作って力説する。

「い、いやだから、僕は別に何もここまで本格的に仮装してまでハロウィンに参加したかったワケじゃ」
「やっぱり、迷惑だったかな……? 去年のハロウィンは貴方に可愛い衣装コーディネートしてもらったから、ちゃんとお返ししたいと思って頑張ったんだけど……」
「……ミファー」
「ごめんね。私だけ変に張り切って、貴方を振り回しちゃって」

 その時、一体どんな仕掛けなのか……作り物であるはずの悪魔の羽根や尻尾がミファーの心を代弁するかのようにどこか悲しげにへなへなと揺れた。
 カチューシャの角も、気持ち……さっきより元気がないように見えなくもない。

 今日のミファーの衣装にプルアが変な機能を搭載したのはどう見ても明らかだったが、落ち込み俯くミファーがへにょへにょ動く羽根や尻尾に気付く様子はなかった。

「………」

 リーバルはそれを数秒ほど困惑気味に凝視していたが、やがて観念するように軽く息をして嘴を開いた。

「――出るよ」
「えっ……?」
「だから、ちゃんと今年のハロウィンに参加するって」
「……本当に、いいの?」
「君がここまで力を入れたのに今すぐ脱ぐのも大変だし。何より勿体ないしね」
「あ、ありがとう……!」

 ミファーの顔がパッと明るくなると萎れていた角や羽根が急に元気を取り戻し、特に尻尾はハイリア犬のようにちぎれんばかりに激しく左右に振れ始める。
 もし退魔の剣の主に今の状態で可愛いなんて言われでもしたらあの尻尾が引きちぎれてしまいそうだなと、リーバルは他人事のように思いながら再び口を開いた。

「ただし、子どもに泣かれたら君もしっかりフォローしてくれなきゃ困るよ?」
「うん、分かった!」
「ほら、もう集合時間ギリギリだ。早く行かないとプルアにドヤされる」
「あっ、本当だ。早く行こう!」
「はいはい、慌てて転ばないようにね」

 去年と違い、今年は二人で部屋を出る。
 城の廊下を可愛らしい魚の小悪魔と恐ろしげな鳥のミイラ男が早足でパタパタと駆けていく。

 廊下には毎年恒例のかぼちゃをくり抜いて作られたランプがいくつも飾られ、ハロウィンの楽しげな空気に彩りを与えていた。
3/10ページ
スキ