リバミファ二次小説

【抱きしめるリバミファ】


 ―――ゾーラの里周辺、ルト山中腹。

「雨……なかなか止まないなぁ」

 雷がたまに里の上空でピカピカと光るのを眺めながら、私はルト山の中腹にあるヘリで座り込んで一人雨宿りをしていた。
 本当は少し一人で歩きたかっただけだったのだけど、色んなことを考えてる内に天気が崩れてあっという間に雷雨になっていた。

「里の皆は大丈夫かな……」

 この辺りでは昔から雨は良く降るけど、雷まで鳴るのはとても珍しい。
 スババやジョアダは大丈夫だと思うけど、大人しいシドやフララットは雷に怯えてないだろうか。
 今日は里で大人しくしていれば、雷を怖がる子達を元気づけることだって出来た筈だけど……。

(今の私にとっては、一人になれて丁度良かったかもしれない……)

 座り込んだ体を抱きしめて目を伏せた。

 ――夕暮れの貯水湖。
 ルッタの鼻の上にリンクと二人で乗って彼の傷を治してあげたあの日……。

 彼はその時右腕に怪我をしていたのだが、応急処置は姫様にしてもらったらしい。
 処置のお礼を姫様に言った時、彼女が珍しく微笑んでくれたのがとてもうれしかったのだと、語るリンクはぎこちなくだけどはにかんでいた。
 
 近衛の騎士になってから表情を出さなくなってしまったリンクのことを私は密かにずっと心配していた。
 そんなあの人が……昔のようにとはいかなくても、はにかめるようになったのはとても喜ばしいことだった。
 だけど……。

(きっと姫様の笑顔が、彼の凍った心を少しずつとかしてるんだ……)

 もしかしてリンクの瞳には王家のお姫様の姿しか映っていないのではないかと思わされて……。
 結局その日、私は自分の想いを彼に告げることが出来なかった。
 一生懸命繕った鎧も部屋の奥にしまい込んでそのままだ。

「リンク……」

 あの日のことを思い出すと今もすごく胸が苦しくなる。
 まだ伝えるチャンスはある筈なのに、自分の口から彼にこの想いを伝える機会は二度と来ないんじゃないかと……良く分からない確信めいた予感に恐ろしくなってしまうのだ。

 今日私が里の外に出ていたのは、暗い顔を見せて里の皆を不安にさせたくなかったからだ。
 もっと言えば、少しでもいいから一人になる時間が欲しかったからに他ならなかった。

(この雷雨なら、少しくらい泣いちゃっても誰にも気づかれないかな……)

 試しに目に意識を集中させてみたけど、あの日無理やり堪えてしまった涙は都合よく出てはくれなかった。

「やっぱり、ダメみたい……」

 代わりに雷も雨も一段と強まり、まるで世界に私一人しかいないような……そんな孤独を一層強く感じた。


 ◇ ◇


「こんな所で何やってんの」
「!」

 激しくなった雨音と雷鳴をしばらくぼうっと聞いていたら良く通る低めの声にハッとする。
 外に視線を向けると、上空に見知った青い翼が見えた。

「リーバル……?」
「…………」

 同じ英傑であるリトの戦士が何か複雑そうな顔をして私を見下ろしていた。


 ◇ ◇


「全く……雨だけならまだしも雷も鳴ってるのに、君がここまでボーッとしてるとは思わなかったよ」
「………」

 パシャリと水音を立てて近くに着地すると、リーバルは呆れ顔で雨宿りしているへりに入ってきた。
 貴方こそなぜここに?なんていつものように聞く気力は無くて、雨に濡れて艶を増した彼の翼をただ弱々しくみつめる事しか出来なかった。

 今のリーバルは英傑のスカーフこそ付けてはいるが、いつもの軽鎧姿ではなく普段着だった。
 もしかして雨に降られて里に雨宿りに訪れていたのかもしれない。
 それでも、彼がわざわざ雷雨の中私の所にやってきた理由が分からなかった。

「……たまたま里に雨宿りに来てたら、君の教育係から探してくるよう頼まれたんだよ」
「えっ……」

 どうしてこの人は、私が思っていることがすぐ分かってしまうのだろう。

「頼まれでもしなきゃ、僕がこんな所まで来る訳ないだろ」
「……そ、そうだよね。ごめんなさい。迷惑かけちゃって……」
「謝る位ならこんなコトしないでくれる? 里の連中にも後でちゃんと謝っておきなよ」
「う、うん……分かってる」

 いつものリーバルの歯に衣着せない物言いに何故だか少しホッとする。
 もし私が彼のように言いたいことをもっとハッキリ口に出せたなら、今の苦しい気持ちももう少しだけ小さかったのかもしれない。
 そんなことを考えると、ますます胸が苦しくなって虚しさと悲しみが私の心の中を満たしていった。

「君の弟クンや教育係がやたら心配しててね。背中乗せてあげるから、一緒に里に戻るよ」
「えぇ……」

 差し出されたリトの英傑の手を取って立ち上がる。

 フワフワの彼の手の感触に安心感を覚えた反面、その優しい感触に今の苦しい気持ちから無性に逃げ出したい衝動にかられてしまう。

「…リーバル……」
「何だよ、僕だっていそがし」
「少し…このままでいさせて……」

 何もかもが虚しくて悲しくて…藁に縋るような気持ちで、私はリトの英傑の胸に頭をそっと埋めていた。


 ◇ ◇


「ちょっと、困るん……だけど」
「……」

 ざあざあとうるさい雨音の中、リーバルは迷惑そうに呟く。
 私はといえば理由も中々言い出しにくくて、らしくない自分の衝動的な行動を後悔し始めていた。

「――ミファー……」

 激しい雷音と彼の責めるような口調に耐えかねて、私は意を決して口を開く。

「私ね、少し前リンクに告白しようって心に決めてたの。でも、出来なくて…。あの人の瞳に姫様しか映ってないのが分かっちゃって……」
「……」

 こんな事突然言ったらきっとすごく呆れられるだろうし振り払われてしまうんだろうなと、どこか冷静な頭が他人事のように考える。

(でも、それでいい)

 いつ厄災が復活してもおかしくないのに、恋だの何だのと女々しいお姫様……同じ英傑として恥ずかしいとか。
 彼らしい厳しいことをはっきり言ってもらえれば、私の心を覆ってる虚しさも少しは晴れるかもしれない。
 他の人では弱い私に優しくて……そんなこと決して言ってはくれないだろうから。

 リーバルは自分を偽らない。
 言う事がちょっと厳しいけど、それは彼の実直さ故なのだと理解したのは最近だ。

 ――それでも、振り払われるのも少し怖くて……。
 自然、手に触れた彼のメドーのスカーフの端を強く握りしめていた。

「……これだから君は……」

 しばらく経ってまた雷がゴロゴロと鳴り始めた時、リーバルが大仰にため息をついたので私は思わず体を強ばらせた。
 だけど……。

「えっ……? ………ぁ」

 次の瞬間、予想とは正反対に彼の翼が私を包み込むように背中に回されていた。
 密やかなため息が間近で聞こえてドキリとする。

(ど、どうして……??)

 彼が認めていない人を好きだと言った私に……?
 何の為……? 同情……? 憐れみ……?
  ――もしかして気まぐれ……?

 混乱が頭を駆け巡るが、羽毛の柔らかさが邪魔して上手く考えがまとまらない。

「あ、あの…ごめん…っ…私…大丈夫だから、そのっ……!」
「…そういう無駄な強がりはいいから」
「っ!!」

 慌ててリーバルから離れようとしたけど、彼は胸に埋めた私の頭を更にしずめるように乱暴に押し付けてきた。
 理由は良く分からないけど、その声音は少し怒ってるようにも聞こえた。

「君みたいな泣き虫なお姫様は、泣き虫らしく涙が枯れるまで黙って泣いてれば良いんだよ」
「……ぅ…ぅん…」

 そうしてしばらく、その身をリーバルに預ける。
 いつもの鎧がない彼の胸元は雨に濡れてはいたけど、とてもフカフカで……泣きたくなる程温かくて……。

「ごめん…っ…なさい……やっぱり、私…っ」

 気付けばあの日から今までずっと堪えていた涙が私の目から止めどなく溢れていた。

「……気が済むまで泣けばいい。君にそんな酷い顔されちゃ、僕も調子が狂ってしょうがないんだ」

 少しだけ大きくなってしまった嗚咽は未だに止まない雷と雨音に掻き消され、目からこぼれ落ちる沢山の涙は彼の羽毛に吸い取られていく。
 その間、リーバルは震える私の肩を幼子にするように優しく触れてくれていた。

 自分にも他人にも厳しい筈のリトの英傑が、一体どんな想いを抱いてこんなコトしたのか。
 悲しみと虚しさに囚われた今の私には正しい判断が出来ない。

 ――それよりも今は……。
 彼のお陰で何もかも忘れて涙を流せる事を心の底から感謝した。


 ◇ ◇


(……彼は確かに素直じゃないけど、私が思ってるよりずっと優しい人なのかもしれない)

 漸く涙が止まり始めてそんなコトをぼんやり考える余裕が出始めた頃には雷雨も止み、私達がいるルト山付近は雨粒が夕陽に染まってキラキラ輝いていた。

「落ち着いた?」
「え、えぇ……」

 頷くと、リーバルは即座に私から離れて背中を向けてしまう。
 かなり長い時間泣いていたから、うんざりされてしまったのかもしれない。

「……背中、乗りなよ。里まで送っていくから」

 それでも、私を気遣ってくれる彼はリンクやダルケルさんみたいに優しい心根なのだろう。
 ただ……私は同じ英傑として、その優しさにいつまでも甘える訳にはいかなかった。

「い、いいよ。雷も止んだし自分で帰れるから。貴方こそ村に帰るなら急いだ方がいいと思う」

 ここからタバンタまでかなりの距離がある。
 リト族は鳥目だから日没前に村に辿り着けないと危険な筈だ。

「少しくらい日が沈んだって飛べない事もないんだけど」
「だ、だめだよ! それでもし貴方が怪我しちゃったら、私…っ……」

 迷惑かけた上にそのせいで怪我までさせてしまったら、彼に申し訳が立たない。

「はぁ……そこまで言うんじゃ仕方ないか」

 ちょっと残念そうに聞こえたけど、気のせいかな。この人の考えてることは私にはまだイマイチよく分からない。

「一足先に里に戻って君の教育係にその旨伝えとくよ。彼らを待たせないよう、寄り道せずに帰りなよ」
「……あ、あの」
「何?」
「さっきは、その……ありがとう。でも、どうして…?」

 里に一旦戻ろうとしているリーバルに、涙を拭ってくれた理由を聞いてみた。

「……」
 リーバルは少しだけこちらを振り向いて、またすぐ前に向き直る。
 三つ編みを飾るヒスイの髪飾りがふわりと揺れた。

「……不愉快なだけさ」
「えっ」
「陰気な顔してる君を見るのが、ね……」

 捨て台詞のようなコトを言って、彼はそのままルト山の中腹から里まで一直線に飛んで行ってしまった。
 崖際からリーバルを見送りながら、更なる疑問に頭を捻る。

(――不愉快なのに、慰めてくれたんだ)

「……やっぱり、貴方のコトよく分からないや」

 心配だからとか、涙を見たくないからではない点に何となくリーバルらしさを感じて、思わずクスリと笑みがこぼれる。
 泣き過ぎて引き攣ってしまった頬が少しだけ痛い。
 でも、何故だか悪くないと思える優しい痛みだった。

「……よし、もう大丈夫。皆を心配させちゃったし早く帰らないと」

 ぬかるみに足をとられて転ばないよう、私はゆっくりだけどなるべく急いで里への道を戻ることにした。


恋破れ雨しとしとと雷獣山
見上げ潤む目覆った翼
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