残酷なリバミファ

【無明の泥人魚】


「ねぇ、リーバル……」

 厄災ガノンの造り出した化け物に乗っ取られた風の神獣の中枢奥深くの無明にて、鈴を転がすような可憐な声が響く。
 出口のない暗闇の牢獄の中で座り込んだリトの英傑の魂に寄り添う怪しげな影が一つ。

「貴方のことが、好きなの」
「…………」

 影はリーバルをそっと抱きしめ、嘴や頬に愛しそうに口付けを落としていく。

 その影をよく見れば、リーバルと同じくカースガノンに敗れて命を落としたゾーラの英傑の姿と瓜二つであった。
 だがその顔や体は出来の悪い白磁のように薄汚れていて、所々赤黒いシミのようなものがこびり付いている。
 何者かによって作られた偽物の土塊であることは誰が見ても明らかだった。

「君に、聞きたいことがあるんだけど」
「……なぁに?」
「"あいつ"のことはどうするの?」
「……? あいつって、だぁれ?」

 ゾーラの王女そっくりのソレはリーバルの問いかけに静かに首を傾げる。
 本物のミファー本来の想い人など、この土塊が知るはずもないのだから。

「――やっぱり、君も"そう"なんだ」
「? ……!? いやぁっ…!!」

 リーバルはいっそ泣き出しそうな声で呻き、自分に抱きついていた偽物の首を無造作に掴んでそのまま真っ暗な床に抑え込んだ。
 赤黒い泥で出来た彼女の頭飾りが、床にぶつかった拍子にバリンと乾いた音を立てて割れる。

「どう、シて…ッ……?! リーばル…ッ…! 酷イ、ヒどいヨぉ……!!」
「全く、相変わらずの雑な作りにほとほと呆れるよ」

 先程とは全く違う耳を塞ぎたくなるような醜い電子音が暗闇に響き渡る。
 土塊と泥で造った人形だからか、元が粗雑な素材しか使われていない為か……とても壊れやすいようだ。

「こんナにアナタヲ愛シてるノニ! コンなにアなたヲダイ事ニオモってルノにッ……!!」

 怨嗟と悲哀が入り交じった声で土塊の偽物がヒステリックに泣き叫ぶ。
 本物のゾーラの英傑であれば、逆立ちしたって絶対にしない――いや出来ないような行動だ。

「――――」

 リーバルはその様子を感情の見えない瞳でしばらく見つめ、やがてその口を塞ぐように自分の嘴を押し当てた。

「………!!」

 リトの英傑の意外な行動に、偽物は驚き泣き叫ぶのを止めて大人しくなる。
 彼女に刷り込まれた偽りの恋情がそうさせたようだった。

「リー…バる……どう、シて……?」
「一つ、君に教えといてあげるよ」

 ようやく大人しくなった泥の人魚に、リーバルは諭すように呟く。

「僕が大好きなミファーはね……」

 柔らかく目を細め、首を掴んだ指にギリギリと強い力を込められていく。

「…ッ……!」

 このまま力を入れていけばすぐに首が折れてしまうだろう。

「…ゥ、グ…ッ…!」

 抵抗しようとして翼に絡みついた偽物のミファーの爪がリーバルの地肌に深く食い込む。
 だが彼は全く動じない。
 抵抗は無意味だったようだ。

「僕じゃなくて、あいつを愛してるミファーだから」
「……ギ…ッ…」

 苦悶に歪んだ目と唇の端から赤黒い泥が零れる。
 ポキリと……花を手折ったような音がして、それきりゾーラの英傑の偽物は動かなくなった。

「――おやすみ、偽物のお姫サマ」

 愛しさすら感じさせる声音で囁き、リーバルは事切れた泥の人魚の体を丁寧に横たわらせる。
 赤黒い泥で汚れた口元を綺麗に拭い、かっと見開いた目をそっと閉じさせた。


 ◇ ◇


「はぁ……」

 一通りの作業が終わり、リーバルは深い溜め息を吐いて少し離れた所に座り込む。

「――ホント、カースガノンも悪趣味だよね」

 酷く渇いた声でリトの英傑は誰に言うとも無しにぼやく。
 周囲の暗闇をよく見れば、先程の偽物と同じような姿の屍の山が彼の周りを取り囲んでいた。
 どの首にも絞首跡があり、これら全てリーバルがその手で息の根を止めた偽物の土塊達のようだった。

「これで、百人目…か……」

 さっき偽物の首を折った己の手をリーバルは無感情に見つめる。

 風のカースガノンはリーバルの魂を厄災側に引き入れようと、定期的に想い人そっくりの土塊を寄越していた。
 偽物の誘惑を一度でも受け入れれば最後、メドーは真に厄災の手中に収まってしまう恐ろしい罠なのである。

「あんな見え見えの罠、かかる方がおかしいってもんさ」

 肩を竦めて、リーバルは皮肉げに笑う。

「でも、まぁ……」

 だがその翡翠の瞳には僅かに翳りがあった。
 元が生物ではない人形であっても、想い人そっくりの偽物を殺すという行為にほとほと疲れきっているようにも見える。

「もうそろそろ、あいつに起きてもらわないと」

 僕の心が壊れそうだよと、周りの屍の山々を苦しげに見つめてリーバルは呻く。

 きっとこれもカースガノンの思惑なのであろう。
 罠にかからずとも、こんな事が延々続いていけば魂がいつか疲弊する。
 そうして耐えられなくなった瞬間を今か今かとあの化け物は舌なめずりして待っているのだ。

「本当に、反吐が出るほど悪趣味じゃない?」

 そう言ってリーバルは虚空を――自分を今尚見張っているだろう風のカースガノンを睨む。
 だが暗闇の牢獄は彼を密やかにあざ笑うような生ぬるい静寂のままであった。

「フン、今はせいぜいカカシみたいな顔してだんまり決め込んでいればいいさ」

 リトの英傑はあいつより煽りがいがないと、大袈裟に溜め息を吐いていた。


常闇よりいづる汚泥の人形ひとがた
人魚と同じ目で指で脚で

想い人への眼差しをに向けて
お前は誰だ誰だお前は

無明にて泥の人魚は繰り返す
「貴方が好き」とブリキのように

泥人魚の首を掴んで花のごと
手折った君の眼は血の色をして

最悪の悪夢は徐々に積み上がり
人魚墓場の墓守の如き僕
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