残酷なリバミファ

【咲けぬまま散った恋】


「…助け、なきゃ……あの、お姫様を…っ…!」

 赤く染まった神鳥の背の上、リトの英傑は満身創痍の我が身を抱きしめ血を吐きながら震え叫ぶ。

 厄災が遣わした化け物から致命傷を受け、もはやこれまでと覚悟を決めた筈だった。
 それなのに、血が足りなくなった頭に浮かんでくるのは同じ英傑であるゾーラのお姫様の優しげな顔ばかりで……。

 そこでようやっと、自分の本当の想いを理解した。
 否……してしまった。

「……ハッ…」

 ――なんて、愚か。
 あのお姫様の瞳には退魔の剣の主しか映っていないのは前から分かっていることなのに。
 勝ち目のない片想いだなんて、リト族最強の戦士が聞いて呆れる。

「…ふっ、は、はは…っ……!」

 血で汚れ無残に割れた嘴から乾いた笑いがこぼれ落ちていく。
 こんな気持ち、このまま気付かなければ僕はほんの少しの未練だけ遺して逝けたのに。

「……ミファー…っ……」

 遥か向こう、ぼやけたラネールの遠景にボロボロになった翼を伸ばす。
 メドーと向かい合わせになるはずの水の神獣は未だその姿を現さない。
 きっと、あのお姫様も似たような化け物に嬲られているのだろう。

 おそらく彼女は泣いている。一人ぼっちの神獣の中、痛みと寂しさに震えているのが容易に想像出来た。

「………」

 考えるだけで胸は引き裂かれるように痛み、悔しさと怒りで頭に血が上りそうになる。

「…く、そ…っ……」

 たとえ叶わなくてもいい。
 今はただ、ミファーを救いたい。それであと幾ばくもない寿命が更にうんと減ったとしても。
 もがきたかった。絶対に諦めたくなんかなかった。

「――」

 その為にはまずこの神獣から飛び立たなければならない。
 翼はボロボロだが一応無事だ。
 今いる場所ならメドーの翼の端も近い。
 あそこまでたどり着けたら、もしかしたら…きっと……。

(けど……)

 そこまでたどり着ける可能性さえ、既に奇跡に近い領域だったが……。

「…っ……」

 血塗れの体を無理に引き摺る。
 メドーの背の上に不出来な赤い模様ができ始める。

 光弾によって片目が潰され、石柱に叩きつけられた際に片足折れてしまった。
 腹部の傷は辛うじて致命傷は避けられたが損傷が激しい。
 あと一撃でも、あの光弾を食らえば命はないだろう。


 会いたい。
 ナノニ体ハウマク動カナイ

 すぐにでも、助けに行きたい。
 サッキ受ケタ傷ハ重症

 助けた後はあいつの前に突き出してさっさと気持ちを伝えるよう焚き付けてやりたい。
 体ニ残ッタ血ノ量ハ限リナク少ナイ


「…グ、うっ……ミ、ファー…っ……」

 血と汚泥に塗れた青い羽根が徐々に抜け落ち、血で出来た模様にいくばくかの彩りを与えていく。

「…ッ……ガハッ……ゲホ、ゴホ…ッ…」

 せり上がってくるものを抑えられず、少なくない血を吐いた。
 王家の姫から賜った衣もずっと身に着けていたお気に入りの羽根の飾りも、何もかもが血で汚れて黒ずんでいく。

「…きみ、の…っ…コト…ぼく、は…っ……」

 再び縋るように、メドーの背中の凹凸に手をかける。


 夕暮れの中深呼吸する可愛らしい横顔がもう一度見たい。
 背後ニハ恐ロシイ風ノ魔物ノ影

 ラネール山の参門で偶然に触れた頬の感触が恋しい。
 奴ノ右手ガマタ激シク明滅シダス


「…きみに、あいたい……っ……あいたいよ…っ……みふぁー……っ…!」

 光弾が発射された瞬間、遠く霞む雷獣山に向かって血まみれの嘴から喉が潰れるような大声で叫ぶ。
 叫ばずにはいられなかった。

「……っ………!」

 そうして叫んだ刹那、背後から生き物を殺す音がして――僕は青白い光に貫かれていた。

(…ミ…ファー……どうか、無…事…で……)

 体が幾分か軽くなったような感覚がした後、意識が次第に遠のき、最後にぶつんと途切れてしまった。


 ◇ ◇


 放たれた青白い死の光弾はリトの英傑の胴を容赦なく貫き、それきり彼は動かなくなった。

 かの戦士の魂はこれより百年、厄災の怨念に晒されながら神獣の中で眠り続ける。

 厄災の討滅と――愛しいゾーラの姫の魂が退魔の剣の主に救われることを切に願いながら……。


遠くからあの子が死んだ音がした
伸ばすは血でまみれて墜ちて

泡になり消えた人魚の幻が
真赤に染める走馬そうまの灯火

気付くより先に命が散った恋
咲かず地に落つつぼみのごとし

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