からかうリバミファ
【赤い苺の感触は】
―――ハイラル城、中庭。
「あ、あれって」
私が城の中庭を通りがかった時、リーバルが近くのあずま屋で赤々とした大きな苺をやっと見つけた宝物のように大事そうに食べていた。
「わぁ……」
まるで恋人と口付けでもしてるような柔らかな表情が珍しくて、割って入るのもなんとなくはばかられてしまう。
でもリーバルは私と同じ英傑だ。
無視するのもどうかと思い、彼が食べ終わるのを待ってから声をかけることにした。
◇ ◇
「リーバルって、苺がとっても好きなんだね」
「!? なんだ、君か……」
食べ終わったのを見計らってリーバルがいるあずま屋に入って声をかけた。
見られていたとは思ってなかったようで彼は一瞬見開いた目を私に向けるが、すぐ不機嫌そうに咳払いする。
「人の食事を声もかけず、一部始終覗き見るなんてねぇ。お姫様方の間で最近覗きが流行ってるのかい?」
「あ、あの……ごめんなさい。なんだか声かけづらくって」
「たかだか苺食べてただけで? ゾーラのお姫様は一々大袈裟だねぇ」
「だ、だって貴方が…っ…」
そこまで言いかけて、慌てて口を抑えた。
流石に思ってしまったことがコトなので、そのまま伝えるのははばかられたからだ。
「僕が、どうしたのさ」
「えっと、その……なんでも、ない」
なんだか申し訳なくて気恥ずかしくなって、思わず俯く。
あずま屋の近くで流れる滝の音が、普段より大きく聴こえた気がした。
「――ねぇ、言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「えっ……」
口をつぐんで顔をそらした私を、リーバルは腕を組んで憮然とした顔で見つめていた。
「中途半端に黙っていられると、僕も居心地が悪いんだよ」
「で、でも…っ…」
「ふん、英傑同士仲良くすべきだって君が言ってたのに、ここで露骨に隠し事するのはその主張に反するんじゃないのかい?」
「うぅ…っ……」
中々に痛いトコロを突いてくる。
リーバルにそこまで言われると、黙っているというのも難しくなってしまう。
「――えっとね、苺を食べてる貴方がね……」
「うん、それから?」
「その…っ…お、女の子に口付けしてるみたいだなぁって。そう、思っちゃって……」
「――――」
仕方なく思った事を正直に白状すると、リーバルは眉間に深く皺を寄せて黙ってしまった。
気まずい空気があずまやを包んでいく。
(や、やっぱり怒らせちゃったかな。どうしよう……)
彼はどこか気難しい所がある。
この間はリトの村に姫様と訪れたリンクに挑発したと聞いたし、最近だとウルボザさんに身長のことをからかわれて激怒していたと姫様から教えてもらったばかりだ。
その割に叙任式の後の写し絵を皆で撮った時は私が転んでしまいそうになったのを助けてくれたりと、行動の意図がよく読めないのである。
◇ ◇
「あ、あの……」
「なぁ、ミファー」
さっきのことを謝ろうと口を開くと、同じタイミングでリーバルが私の名を呼んできた。
「ど、どうしたの?」
「もしもだ、もしも僕が――苺が君の唇に似てるから大事に食べていた。なんて言ったら……」
「っ?!」
おもむろに長い指先が私の顎にそっと添えられ、リーバルの顔がゆっくりこちらに近付いてくる。
「どうする……?」
「……ぁ…」
彼の嘴の先が私の唇の一寸手前でピタリと止まる。
優しく細められた翡翠の瞳に縫い止められて、金縛りにあったように体が動かない。
「…ぁ、あの……っ…」
突然のことになぜだか鼓動が早まり、声も掠れてしまう。
「りー、ば…る…」
「…………」
止めてとか、離してと言いたいのに、頭が混乱してうまく言葉が出てこない。
当のリーバルは私を見つめるだけで一言も喋らないから、それが急にとても怖くなってきて思わずギュッと目をつぶってしまう。
「――プフッ、冗談だよ」
そうして数十秒ほど経った後、リーバルが吹き出すように黄色い嘴を開く。
「…えっ……ぁ…」
目を開くとフワフワの人差し指はスッと降ろされ、間近まで迫っていた大きな嘴も既に私から遠く離れていた。
その拍子に足の緊張も切れてしまい、あずま屋の石の床にペタンと座り込んでしまう。
「え、えっと……」
状況についていけず、おそるおそるリーバルを見上げる。
「くふふっ、君ってからかうとすごく面白いんだねぇ」
彼は嘴を翼で覆って肩を小刻みに震わせてくつくつと笑っていた。
さっきとはうって代わって、酷く意地悪そうに目を細めている。
「……は…?」
「いやぁ、久々に楽しいものを見せてもらったよ」
リーバルは未だにクスクスと笑いながら、あいつとは大違いだなんて呟いていた。
「……………」
なんだかその笑い方が、すごく――イラッとする。
「でも君もお姫様なんだから他人との距離はしっかり保っとかないと、今に苺みたいにパクッとやられちゃうよ?」
せいぜい気を付けるんだねと絶妙に腹の立つ表情を浮かべたリトの戦士はそれだけ私に言い残し、愉快そうな足取りであずま屋からスタスタと去って行く。
「ちょ、ちょっと…っ……!」
リーバルを問い詰めようと慌てて立ち上がるが、私があずま屋から出た時には彼は既に城内に通じる出入り口付近まで移動していた。
あそこまで一直線に飛んで行ったようだ。
これだけ距離を離されては、私の足ではもう追いつかない。
「……っ……」
知らず己の両手は握りこぶしを作り、肩はワナワナと震えていた。
正直、今自分がすっごくムカムカしてるのが分かる。
確かにあんなコト言った私も悪かったかもしれないけど、こんな酷い意趣返しをしてくるなんてっ……!
「……りっ、リーバルの、意地悪ーーっ!!」
せめて一矢報いたくて、リーバルに聞こえるように声を張り上げる。
城の兵士や侍女が驚いたように中庭の方を振り向く中、あの意地悪なリトの戦士だけは私に振り返ることなく手だけ軽く振りながら悠然と城の中に消えていった。
◇ ◇
「……もうやだっ、あの人…っ……!」
姫様もリンクもダルケルさんもウルボザさんもみんなとっても優しい人達ばかりなのに、どうしてあの人だけはあんな意地悪なんだろう。
「まだ、ムカムカするっ……」
怒って声を張り上げるのも、さっきのが生まれて初めてかもしれない。
怒り由来の興奮は未だ冷めず、動悸で胸は痛いし顔は風邪を引いた時のようにカッカと熱を発していた。
「いつか絶対、あの人に仕返ししてやるんだから……っ!」
大人でも子どもでも、悪いことをしたらちゃんと誰かが叱ってやらないとダメなのだ。
特にあんな――人をすごく困らせるような冗談は言語道断なのである。
「私だって、怒らせたら怖いんだってリーバルに分からせなくっちゃ……!」
胸の前で小さく握り拳を作り、雲一つない昼下りの空を照らす太陽に強く誓うのだった。
―――ハイラル城、中庭。
「あ、あれって」
私が城の中庭を通りがかった時、リーバルが近くのあずま屋で赤々とした大きな苺をやっと見つけた宝物のように大事そうに食べていた。
「わぁ……」
まるで恋人と口付けでもしてるような柔らかな表情が珍しくて、割って入るのもなんとなくはばかられてしまう。
でもリーバルは私と同じ英傑だ。
無視するのもどうかと思い、彼が食べ終わるのを待ってから声をかけることにした。
◇ ◇
「リーバルって、苺がとっても好きなんだね」
「!? なんだ、君か……」
食べ終わったのを見計らってリーバルがいるあずま屋に入って声をかけた。
見られていたとは思ってなかったようで彼は一瞬見開いた目を私に向けるが、すぐ不機嫌そうに咳払いする。
「人の食事を声もかけず、一部始終覗き見るなんてねぇ。お姫様方の間で最近覗きが流行ってるのかい?」
「あ、あの……ごめんなさい。なんだか声かけづらくって」
「たかだか苺食べてただけで? ゾーラのお姫様は一々大袈裟だねぇ」
「だ、だって貴方が…っ…」
そこまで言いかけて、慌てて口を抑えた。
流石に思ってしまったことがコトなので、そのまま伝えるのははばかられたからだ。
「僕が、どうしたのさ」
「えっと、その……なんでも、ない」
なんだか申し訳なくて気恥ずかしくなって、思わず俯く。
あずま屋の近くで流れる滝の音が、普段より大きく聴こえた気がした。
「――ねぇ、言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「えっ……」
口をつぐんで顔をそらした私を、リーバルは腕を組んで憮然とした顔で見つめていた。
「中途半端に黙っていられると、僕も居心地が悪いんだよ」
「で、でも…っ…」
「ふん、英傑同士仲良くすべきだって君が言ってたのに、ここで露骨に隠し事するのはその主張に反するんじゃないのかい?」
「うぅ…っ……」
中々に痛いトコロを突いてくる。
リーバルにそこまで言われると、黙っているというのも難しくなってしまう。
「――えっとね、苺を食べてる貴方がね……」
「うん、それから?」
「その…っ…お、女の子に口付けしてるみたいだなぁって。そう、思っちゃって……」
「――――」
仕方なく思った事を正直に白状すると、リーバルは眉間に深く皺を寄せて黙ってしまった。
気まずい空気があずまやを包んでいく。
(や、やっぱり怒らせちゃったかな。どうしよう……)
彼はどこか気難しい所がある。
この間はリトの村に姫様と訪れたリンクに挑発したと聞いたし、最近だとウルボザさんに身長のことをからかわれて激怒していたと姫様から教えてもらったばかりだ。
その割に叙任式の後の写し絵を皆で撮った時は私が転んでしまいそうになったのを助けてくれたりと、行動の意図がよく読めないのである。
◇ ◇
「あ、あの……」
「なぁ、ミファー」
さっきのことを謝ろうと口を開くと、同じタイミングでリーバルが私の名を呼んできた。
「ど、どうしたの?」
「もしもだ、もしも僕が――苺が君の唇に似てるから大事に食べていた。なんて言ったら……」
「っ?!」
おもむろに長い指先が私の顎にそっと添えられ、リーバルの顔がゆっくりこちらに近付いてくる。
「どうする……?」
「……ぁ…」
彼の嘴の先が私の唇の一寸手前でピタリと止まる。
優しく細められた翡翠の瞳に縫い止められて、金縛りにあったように体が動かない。
「…ぁ、あの……っ…」
突然のことになぜだか鼓動が早まり、声も掠れてしまう。
「りー、ば…る…」
「…………」
止めてとか、離してと言いたいのに、頭が混乱してうまく言葉が出てこない。
当のリーバルは私を見つめるだけで一言も喋らないから、それが急にとても怖くなってきて思わずギュッと目をつぶってしまう。
「――プフッ、冗談だよ」
そうして数十秒ほど経った後、リーバルが吹き出すように黄色い嘴を開く。
「…えっ……ぁ…」
目を開くとフワフワの人差し指はスッと降ろされ、間近まで迫っていた大きな嘴も既に私から遠く離れていた。
その拍子に足の緊張も切れてしまい、あずま屋の石の床にペタンと座り込んでしまう。
「え、えっと……」
状況についていけず、おそるおそるリーバルを見上げる。
「くふふっ、君ってからかうとすごく面白いんだねぇ」
彼は嘴を翼で覆って肩を小刻みに震わせてくつくつと笑っていた。
さっきとはうって代わって、酷く意地悪そうに目を細めている。
「……は…?」
「いやぁ、久々に楽しいものを見せてもらったよ」
リーバルは未だにクスクスと笑いながら、あいつとは大違いだなんて呟いていた。
「……………」
なんだかその笑い方が、すごく――イラッとする。
「でも君もお姫様なんだから他人との距離はしっかり保っとかないと、今に苺みたいにパクッとやられちゃうよ?」
せいぜい気を付けるんだねと絶妙に腹の立つ表情を浮かべたリトの戦士はそれだけ私に言い残し、愉快そうな足取りであずま屋からスタスタと去って行く。
「ちょ、ちょっと…っ……!」
リーバルを問い詰めようと慌てて立ち上がるが、私があずま屋から出た時には彼は既に城内に通じる出入り口付近まで移動していた。
あそこまで一直線に飛んで行ったようだ。
これだけ距離を離されては、私の足ではもう追いつかない。
「……っ……」
知らず己の両手は握りこぶしを作り、肩はワナワナと震えていた。
正直、今自分がすっごくムカムカしてるのが分かる。
確かにあんなコト言った私も悪かったかもしれないけど、こんな酷い意趣返しをしてくるなんてっ……!
「……りっ、リーバルの、意地悪ーーっ!!」
せめて一矢報いたくて、リーバルに聞こえるように声を張り上げる。
城の兵士や侍女が驚いたように中庭の方を振り向く中、あの意地悪なリトの戦士だけは私に振り返ることなく手だけ軽く振りながら悠然と城の中に消えていった。
◇ ◇
「……もうやだっ、あの人…っ……!」
姫様もリンクもダルケルさんもウルボザさんもみんなとっても優しい人達ばかりなのに、どうしてあの人だけはあんな意地悪なんだろう。
「まだ、ムカムカするっ……」
怒って声を張り上げるのも、さっきのが生まれて初めてかもしれない。
怒り由来の興奮は未だ冷めず、動悸で胸は痛いし顔は風邪を引いた時のようにカッカと熱を発していた。
「いつか絶対、あの人に仕返ししてやるんだから……っ!」
大人でも子どもでも、悪いことをしたらちゃんと誰かが叱ってやらないとダメなのだ。
特にあんな――人をすごく困らせるような冗談は言語道断なのである。
「私だって、怒らせたら怖いんだってリーバルに分からせなくっちゃ……!」
胸の前で小さく握り拳を作り、雲一つない昼下りの空を照らす太陽に強く誓うのだった。