ギスギスしたリバミファ

【恋心なんて焼け死ねばいい】


「――まぁ、あいつも好きなんじゃない? 君のこと」
「ほ、本当にそう思う……?!」

 城の中庭のあずま屋にて、ゾーラのお姫様の驚いた声が少しだけ大きく響く。
 神獣の操作訓練が始まってすぐの会合の後、突然僕にこっそり恋愛相談してきたミファーは黃水晶色の瞳を丸くして僕を見つめていた。

「ああ、あくまで僕の見立てだけどね」

 表情からあいつの考えてるコトは今も全くもって窺いしれないが、何度か顔を合わせる内に態度の端々からこのお姫様が大切な存在であること位は僕にも見てとれた。

 それが家族に向ける親愛と似たものなのか、異性に向ける恋情なのかは定かではなかったが……。

「――そっか。あぁ、そっかぁ」

 ミファーは両手を胸に当て、噛みしめるように呟く。
 頬は夕暮れ時に負けないくらい赤く、その唇は甘やかに緩んでいた。

 ――嘘を言ったつもりはない。

 僕がその旨も含めて言ってるのを理解してないなんて、聡い彼女には有り得ないだろう。

「うん、ありがとう。貴方の言葉、すごく勇気をもらえたよ」

 それでもミファーは、まるで失くしてしまった宝物を再び見つけられたかのように清らかに微笑む。

「……そ、それはどういたしまして」

 花が恥じらって閉じてしまいそうな程の美しい微笑であったが、それがなおさら面白くなくて目をそらした。
 その可憐な笑みを真に向けられる相手は確実に自分ではないという事実をさっき知ってしまったから。

「(チッ……)」

 目の前にいるミファーにさえ聞こえない極小さな音で舌打ちする。

 このお姫様の事に関してだけ言えば、やはり、僕は到底…あいつには……。

(―――かなわない)

「――――――」

 考えるまでもない至極当然の結論に、心のどこかで何かが打ち砕かれる音がしたような気がした。

 軋むような鼓動が体を巡る。
 酷く苦々しい感覚に自分の羽根を毟りたくなる衝動に駆られた。

 恋が甘酸っぱいものだなんて大嘘にも程がある。
 だって、今僕が感じてるのは身の内から体を燃やされるような灼熱なのだから。

「もう少し、頑張ってみるね」

 ミファーは胸元でぎゅっと握りこぶしを作って、小鳥みたいに小さく呟いた。
 お姫様の決意を後押しするかのようにゾーラ族の印を象った頭飾りが茜に煌めく。

 その儚くも確かな輝きは宵の明星のソレを思い起こさせた。
 手を伸ばせばすぐ届きそうな距離にあるお姫様はその実、僕の翼でも辿り着けない空よりも遥か遠い処で瞬いているのだ。

「――星みたいだ」

 息苦しさを覚えて、駆け出しの吟遊詩人みたいな陳腐な言葉を吐き出した。
 何のひねりもないありきたり過ぎる言葉。
 もっとマシな例え方はなかったのかと、鏡の前で指差して大いに笑ってやりたくなる。

「? どうしたの?」

 ――ホント、どうかしてる。

 どうしてこの僕がこんな――惹かれかけの相手の恋にアドバイスなんぞしなければならないのか。
 よく考えなくてもおかしい状況を今になってようやく悟る己の愚鈍さを呪う。

 だからといって自分の都合の良い嘘を吹き込む勇気はなく、あるいは他をあたってくれとミファーの相談ごと突っぱねる程の覚悟も出来てはいなかったが……。

「――なんでもないさ、ただの独り言」

 心の一番柔らかい所に重々しい蓋をして、勢い良く立ち上がる。

「リーバル……?」
「そろそろ、村に帰る」

 これ以上、ミファーの口からあいつの名前が出るのを平然と聞いてられる自信はなかった。

 撤退も立派な戦略の一つだ。
 何も恥ずべきことはない。

「じゃあね。せいぜい頑張りなよ、お姫様」
「……うん! あ、ちょっと待って」

 あずま屋を足早に出て後ろを振り返れば、ミファーもペタペタと小走りで僕を追いかけてきた。

「一体なにさ」
「えっと……そろそろ日が暮れそうだし、気を付けて帰ってね」

 ニコニコした顔で僕を見上げ、見送りの言葉を述べるお姫様はリト族の腕であればすぐにでも抱き寄せられる距離にあった。

「――――」

 ここまで無警戒に近寄って来られると、彼女が僕を男として全く認識していないのがよく分かってひどく悔しかった。
 つい、その無防備な唇ごと攫ってしまいたくなる衝動に駆られてしまう。

(本当に、このお姫様は…っ……)

 ギリと、拳を握りしめて湧き出る衝動を即座に殺した。

 こっちの心は既に限界だってのに。
 本当にたまったものではない。

「フン、君は僕を誰だと思ってるんだか」

 言いながら、ミファーに背を向けて翼を広げる。

 いつもの…僕らしい表情リト族一の戦士の仮面は、外れずに顔に張り付いていただろうか。
 正直、あまり自信がなかった。

「君こそはしゃぎ過ぎて、帰りに溺れたりしないようにね」

 いたずらに揺さぶられ続ける心を早くどうにかしたい一心で、僕はミファーから逃げるように空へと飛び上がった。


 ◇ ◇


「はぁ…………」

 日没近くのハイラル城上空の温度は、既に0℃を下回っていた。
 涙さえ凍てつく寒風が灼きついた僕の心を一気に冷やし、癒やしてくれる。
 それでようやく体が楽になった。

(――恋心なんて、焼け死ねばいいんだ)

 心の中で毒づきながらのんびり沈んでいく太陽を睨みつける。

 これはきっと恋なんかじゃないし、まして愛なんかでもない。
 だからさっきこの僕の胸を灼いた感情も、ただの気のせい、気の迷い。

 ――そういうコトにして早く忘れてしまおう。

 これ以上あのお姫様に心を乱されてなるものかと、意味もなく沈みかけの太陽に誓うのだった。

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