赤月夜のロンド


 ――恋というものは、とても不思議なものである。

 すぐに求愛しようとする者もいれば、恋を自覚できず悩む者もいる。
 自分は相手に相応しくないと心に蓋をしてしまう者もいれば、想い人の恋を不器用に見守ろうとする者もいる。

 十人十色――恋模様は人それぞれ。
 同じカタチは一つとしてない。

 ――それでも、その苦しみを分かち合う事はできるかもしれない。
 例え分かちあった相手の想い人が自分だと知ってしまったとしても。



【赤い月の明けたあと】



「もう、行っちゃったよね……」

 リトの英傑が私の部屋から去って暫くして、静かにドアを開けて周りの様子を窺う。
 誰もいないのを確認してまた静かにドアを閉めて、ようやく深い溜め息を吐き出した。

「……はぁ。リーバルの記憶が消えてて本当に助かった」

 ゾーラの鎧のことも、私が泣き止むまで寄り添ってくれたことも…彼の記憶からはすっかり消えていた。

「でも……」

 ―――まさか、リーバルの想い人が、私…だったなんて。

『君を強引にでも奪いたくなるのを…僕はずっと耐えてきたんだ。それを…それをっ、代わりだなんてっ…!!』
『君の代わりなんて何処探してもいるワケないのに…っ…!! 当の本人がそんな事言うなんて酷過ぎだろうっ?!』

 投げ飛ばして気絶させてしまう直前のリーバルの言葉を思い出す。
 流石にあそこまで言われれば、私だって……分かる。

「代わりだなんて、酷いコト言っちゃったな」

 知らなかったとは言え、彼が怒る理由はよく分かる。
 もしリンクに同じことを言われたら私だってすごく怒ってしまうと思う。

『いるけどその子、他の奴に片想いしててね』

 あんな事も言っていたのだから、私がリンクを好きな事も前から知っていたのだろう。

「……私ってそんなに分かりやすいのかな」

 リーバルの想い人をてっきり姫様だとばかり思って話をしていたのが、今は少し恥ずかしい。
 彼は私が話していた事をどう感じていたのだろうか。
 記憶が消えてしまった今、問い質す事は出来なくなってしまったけど……。

「好きな人の恋路を応援する、かぁ……」

 私よりもうんと年は下の筈なのに、リーバルは大人びている。
 リト族は少数民族の上にハイリア人よりも短命であると聞いたことがある。
 彼のそういった言動にはその辺りの事情が絡んでいるのかもしれない。

「私も、見習わないとな」

 半ば襲われそうになったのに、あのリトの英傑の事を嫌いにはなれそうにない自分がいた。

(本当にその気なら私に腕を貸した時に出来たはずだし……)

 重度の毒気に侵されて尚、それに流されない強い意志を持つ彼はやはり選ばれた英傑なのだろう。
 純粋にすごいと思えるし、そこまで大切に想っている――という事なのかもしれない。

「…………」

 それが自分の事なのだと思うと、どうしても照れくさくて仕方がなかった。
 ちょっとだけかぁっとなる頬を両の手で冷やすように押し付けた。

「私も、リーバルみたいに好きな人を想う事が出来ればよかったのかな」

 リンクの成長を見守って、怪我をしたら治してあげて……恋をしたならそれを、応援…して、あげて……。

「……っ…」

 想像しようとして、また目に涙が溜まりそうになる。

「私には……まだ無理みたい」

 それなら私は後悔せずにリンクに想いを伝えるべきなのだろう。
 その結果がどんなものであれ……。
 その後、幼馴染の恋路を応援できるかは別としても。

「今度リンクが里に来た時、ちゃんと言えるかな」

 まだ、想いを告げる勇気が残っているか……分からない。
 鎧が完成してすぐは、その嬉しさのまま勢いで想いを告げられたかもしれないけれど。
 今日のあの二人を見てしまってから、告白する勇気は余計に目減りする一方だった。

 リンクの瞳の中に姫様しかいないのはずっと前から分かっていたことだ。
 その事実が……あの人に自分の想いを伝えたい気持ちにブレーキをかけてしまう。

 でも、昔々のゾーラのお姫さまも勇気を出して剣士さまに告白したのだ。
 私も同じ様に頑張ってリンクに想いをぶつけるべきなのだと思う。

「――きっとそれを、リーバルも見守ってくれるはず……だよね?」

 同じ様な苦しみを抱えていると分かって、心が少し軽くなったのは事実だ。
 それは彼の想い人が分かった今でも同じだった。

「――もしかして、姫様がリンクに心を開いたのも、そう思える何かがあったから……なのかな」

 何だろう、とっても気になる。
 ちょっぴり妬けちゃうけど、いつかそんな話を姫様と出来たらうれしい。

 厄災ガノンとの戦いが終わったら、勇気を出して姫様とももっと沢山話をしたい。
 ウルボザさんも誘って――皆で恋の話とか好きな食べ物の話とか、とにかくいろんな話をしてみたい。

「ゲルドだとヴァーイズトークって呼ぶんだっけ」

 ゲルドの街には酒場もあるらしいし、そこで三人楽しくおしゃべり出来たら……想像するだけで楽しそうだった。

「フフッ、その為にも姫様とちゃんと話せるようにならなくちゃ」

 ――楽しい先の事を色々考えていると、急に眠気が襲ってきた。

「ぁ……ふぁ……いけない。もう、こんな時間…」

 明日は朝に英傑の会合がある。
 寝坊なんてしたら、あのリトの英傑が今夜のことでまた何か疑ってしまうかもしれない。
 急いでベッドにもぐり込む。
 ――が、そのフワフワな毛布の柔らかさに不意にリーバルの手の感触を思い出してしまって……。

「!!」

 思わず跳ね起きてしまった。

「…っ……」

 押し倒された時に掴まれた肩の感触を思い出して何故だかまた体が強張り、心臓の鼓動が少しだけ早まる。
 何を今更、こんなに緊張する必要があるのだろう。

「……はぁ、こんなんじゃリーバルに笑われちゃうね」

 ――君の想いは誰かに好意を伝えられただけで揺らぐ程軽いものだったのかい? 
 もし今の私をリーバルに見られていたら、鼻で笑ってそう言ってきそうだ。

「……そんなコト、ないよ」

 ここには既にいない人に、宣言するように呟く。

「私だって貴方の想い人を想う気持ちに負けないくらい、リンクのこと……好きだから」

 ――一体、私……彼と何を張り合ってるつもりなんだろう。

「ふふっ……私ったら変なの」

 不思議と笑みがこぼれて、先ほどの緊張もほぐれていた。

「よし、もう大丈夫。さぁ、早く眠らなきゃ」

 改めてベッドにもぐり込むと、あの群青の羽毛の優しい温もりが思い起こされて……私は漸く眠りについたのだった。
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