居眠りするリバミファ

【居眠りするリーバル】


 ―――ハイラル城、英傑の間


「リーバルさん、腕の怪我キレイに治ったよ……って。あ、あれ……?」

 リトの英傑に頼まれていた怪我の治癒が終わったことを伝えた時、隣から穏やかな寝息が聞こえてきた。

「スピ……ピ…」
「……寝ちゃってる」

 よっぽど疲れていたのだろうか。
 それとも、今日の穏やかな陽気とそよ風がリーバルさんを眠りへと誘ってしまったのだろうか。

 部屋に据え置かれたソファに少しだけもたれ、ほぼ座った状態のまま彼は眠っていた。
 何もかもを射抜いてしまいそうな鋭い翡翠の瞳は今は閉じていて、首に巻かれたメドーのスカーフは彼の呼吸に合わせて静かに上下している。

「えっと……」

 一応、寝たフリしてないか凝視してみるけど、そういった気配は特に感じられない。

 ――どうも、本当に眠ってしまっているみたいだ。

(……すごく、意外)

 リーバルさんはいつも気を張ってる印象が強くて、こんな無防備な姿を見せるコトなんてきっとないと思っていた。

「からかってるワケでは……ないみたい」

 正直今でもこの状況を信じられないくらいで、試しに彼の嘴をツンとつついてみたが反応はなかった。

「やっぱり、起こした方が良いのかな」

 どうしようかと悩んでいたら、一羽のアオナミスズメが開いていた窓から部屋に入り込んできた。

「ピピィ!」

 青い小鳥はリーバルさんの肩当てにちょこんと乗り、元気よく私達に挨拶する。

「こんにちは、小鳥さん」
「……スピ、スピ…ピ」

 残念ながらリーバルさんはまだ夢の中にいるようで、起きる気配は未だにない。

「ピ、ピィ……?」
「あら、ふふっ」

 可愛らしく首を傾げながら、小さなアオナミスズメは寝ている彼の顔を不思議そうに覗き込んでいる。

 まだ独り立ちしてすぐのようだ。
 リーバルさんを見つめるまん丸の瞳が、純粋に彼を心配しているようで微笑ましくなる。

「(…リーバルさんは今、おやすみ中なんだよ)」

 小声で囁くと、青いスズメは考え事をするように少しだけ動きを止め、やがて納得したようにぱちんと瞬きして静かに飛び去っていった。

「……まだ、起きないね」

 件の青いスズメが空に飛んでいくのを見送りながら、風にそよぐ彼の三つ編みと翡翠の髪飾りにそっと触れる。

 いつお願いしても普段絶対触らせてくれない髪飾りは思っていたより硬く、それに束ねられた青い羽根はとても柔らかくて温かかった。


 ◇ ◇ ◇


「…ん…っ……」

 ゆっくりと目を開ける。 
 いつの間にか眠っていたらしい。

 微睡んだ視界には茜に染まった石壁と青を基調とした豪奢な調度品達が静かに佇んでいる。
 ハイラル城本丸の上階にある英傑の間は日暮れ前の肌寒い空気に満たされつつあった。

(そういえば……)

 左肩が少し重く感じて、ゆっくりそちらに視線を移す。

「……すぅ………すぅ……」
「っ?!」

 するとミファーが僕にぴたりと寄りかかってすやすやと眠っていた。
 ――なんでさ。 

「……っと」

 思わず仰け反りそうになる体をすんでで止める。
 ここでお姫様を不用意に起こして自分の動揺した顔を見せる訳にはいかない――その一心だった。

(一体、なんだってこんなことに……)

 ぼんやりしていた意識が少しづつ覚醒していく。
 それでようやく会合が終わった後、ミファーに怪我の治癒を頼んだことを思い出した。

 どうも傷を治してもらってる間に僕が眠ってしまい、その後彼女もまた眠ってしまったのだろうと推測するに至る。

 ミファーのことだ。
 大方僕が起きるまで待っていようとしたのだろう。
 僕を置いてさっさと帰ってしまったって良かっただろうに。

「全く、お人好しが過ぎるよ君は」

 水に濡れたようにきらめく黄水晶色の瞳は今は閉じていて、ルッタの描かれた衣の留め具が寝息に合わせて静かに上下している。
 寄りかかったゾーラのお姫様の頭や肩はつるりと滑らかで、その上ひんやりしていて心地よかった。

「起こすのは……もう少し後でいいかな」

 今日は僕の前に城の兵士達やダルケルの怪我も治していたはずだ。

 僕の怪我の治癒は君が疲れているならしなくて良いって言ったのに……。
 相変わらず、ミファーはすぐに無理をする。

「君の身に何かあったら、僕らだって戦いづらくなるっていうのに」

 このお姫様は自分という存在の重要性をイマイチ自覚していないのだ。
 その上、無邪気で無防備だから異性との距離も近いし遠慮もない。
 いつか下心のある輩にその優しさをつけ込まれやしないかいつもハラハラしてしまうのだ。

「ミファーを起こしたら流石に注意しないと」

 誰かが言ってやらないと、自分の無防備さにミファーは中々気づかない。
 以前もそれとなく言ったことがあるが、その時はキョトンと首を傾げられたっけ。

 でも今回ばかりはきっとミファーも慌てるだろうし、こちらの言うことに耳を傾けてくれるかもしれない。

 もう少しすれば日も沈む。
 その時に起こせばよいだろう。

「ほんと、君も世話が焼けるよね」

 いまだ夢の中にいる無防備なお姫様の頭を空いた手でそっとつつく。

「――――」

 そのまま指を滑らせ、柔らかな頬の輪郭をなぞる。

「……ん…っ………」

 最後に辿り着いた小さな唇を指先で撫でれば、ミファーがむずがるようにか細い声をあげる。
 触れた唇は頬より滑らかで少しだけ甘い匂いがした。

「やっぱり、苺みたいだ」

 ミファーがまだ起きていない事を確認し、軽くため息を吐いて指を離した。

「――僕がいわゆるオオカミの類じゃないことを、君には感謝してほしいところだよ」
 
 彼女の行動には常にハラハラさせられるのだ。
 このくらいイタズラしても問題ないだろう。

 未だに目覚めぬ眠り姫の頭飾りが、消えゆく夕暮れの光を弾いてキラキラと揺れる。
 それはどこか、ミファーが微笑んだ時に漂う柔らかさとよく似ていた。

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