リバミファ二次小説

【失恋を覚悟した時】


「君なんて、嫌いだよ」

 正面きって、ミファーにそう告げる。
 これで終わる。これで終わってしまうんだと心の中で何度も繰り返しながら。

「……」

 なのに彼女はどこか不思議そうに僕を見て、儚げに微笑んだ。

「……嘘は良くないよ、リーバルさん」

 優しい優しい人魚のお姫様はそんな事を僕に告げる。

「う、嘘じゃ……っ!」
「じゃあどうして貴方はこんなに悲しそうな顔をしているの?」
「!」

 うかつだった。
 覚悟して、ポーカーフェイスを決め込んでいた筈の顔は今にも泣き出しそうなのに今更気付く。

「嘘なんか、つかなくて良いんだよ」

 そっと人魚姫の両手が頬に触れる。そのままやわやわと抱き締められた。

「……っ!」

 触れた人魚の肌は冷たくて心地よくて、何もかもがよく分からなくなって……思わず涙がこぼれていた。





【結婚前提の付き合い】


 気付けばミファーと付き合うことになっていた。
 それも結婚前提の。
 ミファーは一体、何を考えているのだろう。

「どうしたの? ハーブティー、冷たかった?」

 ゾーラの里のミファーの部屋でヒンヤリハーブの冷茶を二人で飲んでいると、ミファーが不安げにこちらを覗き込んできた。

「君は一体どういうつもりなのかい? 急に僕と付き合うとか言い出して。しかも結婚前提なんて……」
「あぁ、そのこと……」

 ミファーは飲んでいたグラスから口を離し、テーブルに置いた。夜光石製のグラスはカタリと上品な音を立てる。

「そうでも言わないと、貴方と付き合えないから」
「は? それはどういう」

 続きは彼女の手に嘴を捕われて言えなかった。

「知りたいの。貴方のことをもっと」





【膝枕】


「貴方の膝ってフカフカしてるんだね」

 ハイラル城から程近い石切場近くの岩場の上に僕らはいた。
 城の近くでゆっくり昼寝出来る場所はないかと聞かれた結果、二人でここにいる。

「少しチクチクするかなって思ってたけど、そんな事なかったね」

 膝枕はミファーに請われて仕方なく貸してやってる。
 ちなみに人に膝を貸すのはこれが初めてだ。

「満足かい?」
「うん。ありがとう、ここに連れてきてくれて」

 城の近くにもこんな素敵な場所があったなんてと、ミファーは上品に微笑む。

「英傑同士の会合前とか重宝したもんさ。ここは下から人が上がって来れないからね」
「どおりで寸前まで姿を見せないと思ったら……。だめだよ、これからはそういうコトしちゃ」

 僕の膝に寝転がったまま、ミファーは嘴に人差し指を押し付けてくる。

「……善処するよ」
「ふふっ、素直でよろしい」

 それから沈黙が訪れる。
 穏やかな風が吹き、寄りかかっていた木立の葉を緩やかに揺らしていた。

「――――」

 悪くない沈黙だった。





【疑念】


「一体どういうつもりなんだい?」

 ハイラル城のミファーにあてがわれた部屋で彼女に詰め寄った。

「どういうつもりって?」
「どうもこうも、僕との付き合いのことだよ」
「だから貴方のことをもっと知りたいからって」
「付き合わなくてもお互いを知ることだって出来るはずだ」
「つ、付き合わないと分からないことだってあると思うのだけど…」
「……。君が僕と付き合う直前、あいつに振られたって聞いたんだよ」
「……!」
「僕は……あいつの代わりなのかい……?」
「…………」

 ミファーは答えない。
 答えない代わりにクッションを投げられ、部屋から締め出された。

「ミファー! 答えてくれミファー……!」
「今日は二人とも冷静じゃないから……。だから、今はお互い頭を冷やそう?」
「ミファー……」
「お願い、リーバルさん。理由は必ずいつか教えるから……だから……」
「…………っ…」

 足早にミファーの部屋の前を去る。
 冷静になるったって明日どんな顔で彼女と顔を合わせればいいのか……。全くもって分からないまま自分の部屋へと戻るしかなかった。





【クールダウン】


 結局翌日、ミファーと一切顔を合わせる事無くリトの村へと戻った。
 我ながら酷いコトを聞いたと思う。でも必要なことだ。

「僕は僕だ。あいつの代わりになんて、なれない」

 それから一日二日も経てば後悔もいくらか薄らぎ、三日後には隣にミファーがいないことにも慣れていった。
 五日経った頃には、きっとこのまま付き合っていた事実もなかったことになるのだろうと少しだけ寂しく思ったりもした。
 一週間後、リトの村の入口が何やら騒がしかった。野次馬根性で見に行くと、信じられないものが目に飛び込んできた。

「リーバルさん……!」

 そこには防寒具を着込んだ人魚のお姫様が泣きそうな顔で立っていた。





【ミファーの気持ち】


「あの時、貴方が私のことを好きなんだって分かって正直戸惑ったけど嬉しかったの」

 僕の家で少しだけ痩せたミファーは絞り出すようにそんなことを呟く。

「怖かったの。好意を断るという行動が」
「好意を断る行動?」
「うん。リンクに振られた時、すごく辛かった。でもリンクも同じ位辛そうな顔で……相手の想いを拒絶するってお互い辛いことなんだなって」
「それであの時僕と付き合おうってなったの?」

 僕の言葉にお姫様の肩が微かに揺らぐ。

「……それは違う。怖さは確かにあったけど、それよりも貴方の好きって想いがどんなものなのか、知りたかったから」
「じゃあ僕はあいつの代わりって訳じゃ……」
「……信じてもらえないのは分かってる。でも、違うの。貴方の想いを前向きに捉えたかっただけなの」
「……」
「貴方の想いは風みたいだった。重みはないのに確かにそこに強く"在る"……。それがすごく心地良かった」
「風……」
「正直に言うと、リンクが好きな私もまだいると思う。それでも私、貴方のことがもっともっと知りたい。貴方の風を、戦い方を、本当の貴方を」

 それはもう既にただの興味の域を逸脱した感情だが、お姫様は気付いていないようだった。

「……やっぱり、ダメだよね。こんな都合が良い話」
「ミファー……」

 ダメなワケ、ない。
 なのに言葉が追いつかず名前を呼ぶことしか出来なかった。

「お父様には私から言っておく。貴方には絶対に迷惑をかけないようにするから」
「ま、待ってよミファー……!」

 今にも家から出ていきそうなミファーの肩を思わず掴もうとするがスルリと逃げられてしまった。

「さようなら、リーバルさん」

 ミファーはそれだけ言って僕の家を飛び出した。その目には溢れそうな涙が浮かんでいた。





【吹雪】


「ミファー……」

 僕の家には僕だけが残された。部屋に置いてある何もかもが僕を冷ややかに見てるように思えた。

(追いかける? いや、でも……)

 あれこれ思案している内に、急に天気が崩れてきてあっという間に吹雪となった。

「あのゾーラのお嬢ちゃん、足元覚束ない感じだったが大丈夫なのか?」

 心配した村の連中が僕にそんなことを言ってくる。
 まだそこまで遠くには行ってないはず。

「仕方がない……」

 ミファーを探す為、吹雪のなか村を飛び出した。


 ◇ ◇


 ミファーは村からやや離れた場所で倒れていた。近くの山小屋に連れてきた時、彼女の意識は既になかった。

「軽めだけど低体温症だ。このままじゃミファーは……」

 悩む時間は残されていない。

「絶対に死なせない……!」

 鎧と服を脱ぎ、生まれたままの姿で意識の失ったミファーを抱きしめた。山小屋の古いベッドがギシリと鳴る。
 この際このまま振られても良い。だけどどうにかミファーには助かってほしい。
 リト族の体温は他の種族よりもうんと高い。軽めの低体温症ならこれでなんとかなるはずだ。
 全身で触れるお姫様の体はひどく冷たくて、そして柔らかかった。
 ただひたすら、意識が戻ることだけを祈って彼女の頭をかき抱いた。






【夜明け】


 ――――翌朝。

「……っ…」

 窓から差し込む朝日の眩しさに起こされた。
 どうやら吹雪はすっかり止んだようだ。

「そうだ、ミファーは……」
「………ん…ぅ…っ……」

 弱々しく身じろぎするミファーの頬は発見時より血色がうんと良くなっていた。懸命な介抱の結果、低体温症はすっかり治ったようだった。

「……んんっ…あれ? …リー、バル…さん……?」

 数分遅れて、ミファーが目を覚ました。
 まるで花が綻ぶような彼女の美しい目覚めに一瞬目を奪われる。

「!」

 だがそこで自分が裸であることを思い出した。

「こっ、これは、その……っ!」

 反射的にベッドから飛びのきそうになったが、ミファーにやんわり止められた。

「……分かってる。私を……助けてくれたんだね」
「ま、まぁ、そうなるかな……」
「ありがとう、リーバルさん」
「ど、どういたしまして」

 腕の中にいるミファーを直視出来ず明後日な方向を見ながらそう濁せば、彼女はホッとしたように微笑んでまたその小さな口を開く。

「ねぇ、もう少しだけこのままでいさせて?」
「あ、あぁ。構わないよ」

 ミファーは心底安心したように僕に体を預けてきた。

「あぁ、あったかい……」

 その姿は親鳥に甘える雛のようだった。

「……えっとその、昨日は折角村まで来てくれたのに何も返事できなくて……すまなかった」

 ミファーをゆるく抱きしめたまま、昨日のことを謝ると彼女は首を横に振った。

「ううん、いいの。私こそ急に村に押しかけてきて迷惑だったと思うし……」
「迷惑なもんか。ただまさか僕のことあんな風に思ってるとは思わなかったから、驚いただけなんだ」
「本当に……?」

 不安げに首を小さく傾げるお姫様を安心させたくて、その頭をそっと撫でた。

「ああ、誓って嘘じゃない」
「……そっか。なら良かった」

 ミファーは少しだけ驚いた顔をしたが、すぐまた優しく微笑んでくれた。
 それだけで暖かな想いが心から溢れ出てくるようだった。

「――それで、昨日ミファーが言ってたことについてなんだけど……その、僕はまだ君と…っ」

 そこまで言って、嘴に人差し指を押し付けられた。

「無理に言葉にしなくていいんだよ。ここまでして私を助けてくれたこと……それだけで十分気持ち、伝わってるから」

 言いながら、ミファーは僕の頬をそっと撫でる。さっきの僕のように、僕を安心させたくてそうしたようだった。

「じゃあ…その……」
「うん。改めてこれからもよろしくね、リーバルさん」
「こ、こちらこそ」

 静かなやり取りをしてる間に朝日が昇っていく。まるで僕らを祝福するような暖かな光だった。
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