盗み聞きと無自覚なジェラシー
【不愉快なのに笑っていられる程器用じゃない】
―――中央ハイラル、ハイラル城本丸
英傑同士の会合の為、本丸に足を踏み入れると謁見の間の隅でミファーがあいつとまた話をしていた。
(チッ……またか)
つい、いつもの癖で二人に見つかる前に柱の影に身を隠す。
城で会合が行われるようになって以降、その直前に本丸で二人が会話しているのに遭遇するのはこれで十回目。
ほぼ毎回に近い頻度だ。
ひどくうんざりする。
「あのね、この前コダーがね……」
会話の主な話題はきっといつものゾーラの里の近況についてだろう。
話に上がった人物の名前も何度か聞いた事がある。
確かあいつを「リンリン」と(やや理解に苦しむ愛称で)呼んでいるゾーラ族だった筈だ。
そんなどうでも良いことをわざわざ聞き取ってしまう聴力にも、前に話していたことを忘れずに憶えている己の脳みそにも何もかもうんざりしてくる。
「……うん、そうなの。皆もリンクにまた会いたいって」
あいつが訥々と相槌を打つ度に、ミファーは上品に目を細めて笑む。
それはあいつ以外には決して向けない、とてもとても可憐な表情だ。
傍から見れば露骨に違うのだが、ミファー自身はそれに気付いていないから余計にタチが悪い。
今までもこれからも……きっと自分には向けられることのないソレに、体の中でよく分からない灼けつくようなつむじ風が吹き上がる。
「…っ……」
体のどこそこがギクシャク軋んで気分は一気に最低まで急降下だ。
彼らの会話を無性に止めさせたくなって、大きな舌打ちが出そうになったのはどうにか耐えた。
そうして柱の影に身を潜んだまま、知りたくもない二人の会話を盗み聞く行為を続行する。
吊り上がって引きつった目が中々元に戻らなくて、そうせざるを得なかったとも言う。
ミファーと知り合って、まず幼馴染という言葉が嫌いになった。
あいつだけ呼び捨てなのも特別扱いしてるのが一目瞭然で、はっきり言って気に食わない。
極めつけはあいつのあのカカシみたいな表情だ。
あのお姫様の想いに気付いているとは僕には到底思えない。
もっと言えば、もし想いに気づいていたとしても変化のなさそうなあの顔にどうしてもイラつきが止まらないのだ。
――もっとも、ミファーよりあいつより何より、他人の恋愛事情にここまで心を乱される僕という存在が一番許せなかったが……。
英傑になって、なぜこうも他人の言動や顔色に振り回されるようになったのか不思議でならない。
一つだけ心当たりがあったが、それは決して認める訳にはいかない類のものだった。
◇ ◇
「そんなに眉間にシワ寄せちゃヴァーイにモテないよ、リーバル」
「! なんだあんたか」
あくまで不可抗力で二人の会話を盗み聞いていたら、ウルボザが隣にやってきて僕の肩を軽く肘で小突いてきた。
「もう少し、にこやかに出来ないのかい? 顔は良いのにつくづく勿体無いねぇ」
「フン、余計なお世話だよ」
「城の下働きの子達がさ、最近あんたが会合がある度にすっごく怖い顔してるって噂してたよ?」
せめて周囲には気取られないようにしておけと、ウルボザは僕に言外に忠告してくる。
「―――」
言いたいことは分かる。
分かるが僕にも限界ってものがある。
「……放っておいてくれ」
会合の度、毎回のようにアレを見せられるこっちの身にもなってほしい。
「僕は自分が心底不愉快な時に、それを全部飲み込んで笑っていられる程器用じゃないのさ」
ウルボザにそれだけ言い残して今度こそ柱の影から外に出た。
「君達、会合前にイチャイチャするならよそでしてくれない?」
「!」
「えっ、リーバルさん……?!」
わざとらしく咳払いをして嫌味を言えば、ミファーもあいつも驚いた顔でこちらに目を向ける。
それで少しだけ溜飲が下がった気がした。
本当に、ほんの少しだったけど。
「――全く、お喋りに夢中とは関心しないねぇ。僕ら、仲良しごっこする為に集められたワケじゃないのに」
そうしてまた、リト族一の戦士の……本音を覆い隠す為の仮面を被る。
もしこの仮面にいつか大きなヒビが入って、彼らに僕の無様な胸の内を晒してしまう可能性については敢えて考えないようにした。
―――中央ハイラル、ハイラル城本丸
英傑同士の会合の為、本丸に足を踏み入れると謁見の間の隅でミファーがあいつとまた話をしていた。
(チッ……またか)
つい、いつもの癖で二人に見つかる前に柱の影に身を隠す。
城で会合が行われるようになって以降、その直前に本丸で二人が会話しているのに遭遇するのはこれで十回目。
ほぼ毎回に近い頻度だ。
ひどくうんざりする。
「あのね、この前コダーがね……」
会話の主な話題はきっといつものゾーラの里の近況についてだろう。
話に上がった人物の名前も何度か聞いた事がある。
確かあいつを「リンリン」と(やや理解に苦しむ愛称で)呼んでいるゾーラ族だった筈だ。
そんなどうでも良いことをわざわざ聞き取ってしまう聴力にも、前に話していたことを忘れずに憶えている己の脳みそにも何もかもうんざりしてくる。
「……うん、そうなの。皆もリンクにまた会いたいって」
あいつが訥々と相槌を打つ度に、ミファーは上品に目を細めて笑む。
それはあいつ以外には決して向けない、とてもとても可憐な表情だ。
傍から見れば露骨に違うのだが、ミファー自身はそれに気付いていないから余計にタチが悪い。
今までもこれからも……きっと自分には向けられることのないソレに、体の中でよく分からない灼けつくようなつむじ風が吹き上がる。
「…っ……」
体のどこそこがギクシャク軋んで気分は一気に最低まで急降下だ。
彼らの会話を無性に止めさせたくなって、大きな舌打ちが出そうになったのはどうにか耐えた。
そうして柱の影に身を潜んだまま、知りたくもない二人の会話を盗み聞く行為を続行する。
吊り上がって引きつった目が中々元に戻らなくて、そうせざるを得なかったとも言う。
ミファーと知り合って、まず幼馴染という言葉が嫌いになった。
あいつだけ呼び捨てなのも特別扱いしてるのが一目瞭然で、はっきり言って気に食わない。
極めつけはあいつのあのカカシみたいな表情だ。
あのお姫様の想いに気付いているとは僕には到底思えない。
もっと言えば、もし想いに気づいていたとしても変化のなさそうなあの顔にどうしてもイラつきが止まらないのだ。
――もっとも、ミファーよりあいつより何より、他人の恋愛事情にここまで心を乱される僕という存在が一番許せなかったが……。
英傑になって、なぜこうも他人の言動や顔色に振り回されるようになったのか不思議でならない。
一つだけ心当たりがあったが、それは決して認める訳にはいかない類のものだった。
◇ ◇
「そんなに眉間にシワ寄せちゃヴァーイにモテないよ、リーバル」
「! なんだあんたか」
あくまで不可抗力で二人の会話を盗み聞いていたら、ウルボザが隣にやってきて僕の肩を軽く肘で小突いてきた。
「もう少し、にこやかに出来ないのかい? 顔は良いのにつくづく勿体無いねぇ」
「フン、余計なお世話だよ」
「城の下働きの子達がさ、最近あんたが会合がある度にすっごく怖い顔してるって噂してたよ?」
せめて周囲には気取られないようにしておけと、ウルボザは僕に言外に忠告してくる。
「―――」
言いたいことは分かる。
分かるが僕にも限界ってものがある。
「……放っておいてくれ」
会合の度、毎回のようにアレを見せられるこっちの身にもなってほしい。
「僕は自分が心底不愉快な時に、それを全部飲み込んで笑っていられる程器用じゃないのさ」
ウルボザにそれだけ言い残して今度こそ柱の影から外に出た。
「君達、会合前にイチャイチャするならよそでしてくれない?」
「!」
「えっ、リーバルさん……?!」
わざとらしく咳払いをして嫌味を言えば、ミファーもあいつも驚いた顔でこちらに目を向ける。
それで少しだけ溜飲が下がった気がした。
本当に、ほんの少しだったけど。
「――全く、お喋りに夢中とは関心しないねぇ。僕ら、仲良しごっこする為に集められたワケじゃないのに」
そうしてまた、リト族一の戦士の……本音を覆い隠す為の仮面を被る。
もしこの仮面にいつか大きなヒビが入って、彼らに僕の無様な胸の内を晒してしまう可能性については敢えて考えないようにした。