盗み聞きと無自覚なジェラシー

【盗み聞き】


 ―――中央ハイラル、ハイラル城正門


 英傑同士の会合の為、ハイラル城を訪れた。
 正門を抜け、そこから一の丸までの長い坂をゆっくり歩いていく。
 飛んで行けば会合のある本丸まで一直線なのだが、生憎城内では緊急時以外での僕の技リーバルトルネードの使用はできるだけ控えるよう言い含められている。
 なのでこうやって他のハイリア人と同じように歩いていくしかないのだ。

 脚を踏み出す度、鉤爪が道に敷かれた石畳に当たってカツカツと乾いた音を鳴らす。
 日陰の石畳の道は涼しく、爽やかな風が脇を通り抜けていった。
 石畳で鉤爪や脚を痛めないか気になってしまってそれを楽しむ余裕はあまりなかったが…。

 ――城に入る為の諸々の決まり事や手続きは、正直面倒なコトこの上ない。
 いくら警備上必要だとしても、僕らリト族に対して正門からは飛ばずに延々歩けというのはどうかと思うのだ。
 姫がこの辺りの決まり事を変えようと色々案を講じているらしいが、かんばしくないようだ。
 気長に待つしかないだろう。

「ホント、この城って……」

 石造りの鳥籠のようで息苦しいと、心の中で軽く毒づいた。


 ◇ ◇


 ようやく本丸に足を踏み入れると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。

「あれは……」

 入り口より右側――英傑の間へと繋がる階段の片割れ付近で退魔の剣の主とゾーラの英傑が立ち話をしていた。

「(チッ……)」

 あの場に進んで割り込む程野暮ではない。
 ただ少し様子が気になり、彼らと反対側の柱の影にそっと身を隠す。
 幸い二人とも話に夢中なのか、こちらに目を向けることはなかった。

「――」

 柱の陰から少しだけ顔を出し、二人の様子をうかがう。
 あいつは相変わらずの仏頂面だったがミファーはとてもうれしそうだ。
 どんな話をしてるのか彼らの会話に聴き耳を立てれば、やれ弟の背がまた少し伸びたとか、ゾーラ族の誰それが試しの岬から怪我なく飛び込めて無事プロポーズを成功させたとか、そんな内容だった。
 幼馴染だから共通の知人も多いのだろう。
 あいつも無表情なりにとつとつと相槌を打ち、ミファーの話に興味を持って聞いているようだ。
 謁見の間に据え置かれた沢山の燭台の灯達は、彼らの会話を微笑ましく眺めるようにゆらゆらと揺れていた。

(……ふぅん)

 なんとなく面白くなくて、出した顔を引っ込めて軽くため息を吐く。
 ミファーはあいつと話す時、とても幸せそうにはにかむ。ついでに言えば声音は微かに緊張をはらみ、頬は赤く色づいてまるでポカポカマスか何かのようだ。
 本人もあいつもそれに全く気付いていないようだが、あんな様子ではすぐにでも城の中で面倒な噂が立ってしまいそうでヒヤヒヤする。

 あのゾーラのお姫様は危うく思える程に無垢だ。
 喜怒哀楽をあまり隠したりしない。
 別に感情のまま声を荒げたり泣いたりするわけではないが、例えば何か可愛らしい花を見つければそちらに目が釘付けになったり、雨上がりの空に虹がかかればその美しさにホロリと涙を見せたりと、何かに対する反応がごく自然かつ素直なのだ。

(僕も恋をしたらあんな顔することもあるんだろうか)

 想像しようとしたが、脳がそれを本能的に拒否した。
 我ながら賢明な判断だと思う。

「恋……か」

 微かに声に出して言ってみる。
 ただの二文字の言葉にどれだけの情と、その他それにまつわる様々な感情が渦巻くものなのか…。僕の想像の範疇にない。

(もし恋が叶わなかったらあのお姫様はどうするんだろう)

 その底の見えない深淵を思うと、少しばかり背筋に寒いものがはしった気がした。

(――僕はまだ、当分先でいいかな)

 そんなのよりも今はやりたい事、やり遂げなければならない仕事が山積みなのだ。
 まだ会話中の二人を尻目に彼らとは反対側の階段へと歩き出す。
 鈴を転がすような上品で可愛らしい声に尾羽を引かれそうになったが、鉤爪を大袈裟に鳴らして振り切った。
 恋なんて自分には程遠いものであると言い聞かせて……。

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