英傑と小鳥

【ゾーラの英傑とアオナミスズメ】


 ――この間ね、ルッタの様子を見に行った帰りに怪我をした一羽のアオナミスズメを見つけたの。
 キツネに襲われたみたいで、ボロボロで……。
 虫の息だったから急いで治癒の力で傷を治してあげたら、なんとか持ち直して元気になってくれたんだ。

 ――ひと安心して戻ろうとしたらその子、私の肩に乗って里までついてきちゃって。
 頭を撫でてあげるとうれしそうにピィって鳴いてくれて、とっても可愛かったよ。
 餌も食べていいよって言うまで待ってたり、私の話に相槌打ってくれたり……すごく賢い子だった。

 ――でも、少しだけ気難しい子でね。
 他の人が近づくだけで暴れたり、私がその子の事構ってあげないと拗ねた様に鳴くの。
 ふふっ、知り合ってすぐの貴方を思い出しちゃった。

 ――え? 僕は暴れたり大人気ない真似なんてしてない……?
 もう、貴方が私の治癒に慣れてくれるまで大変だったのに。
 忘れるなんて酷いよ。

 ――あ、ごめん……話が脱線しちゃってた。
 そう……それでね、あんなに小鳥に懐かれるのって初めてだったから、飼いたくなっちゃって。
 ムズリやロスーリに相談して籠や餌を準備したりしたんだ。
 でも、あの子……私の部屋に来て何かにハッとした後、突然籠の中で激しく暴れだしちゃって……。
 籠の扉の鍵をかけてなかったから出るのも簡単だったみたいで、あっという間に空に飛んでっちゃってた。

 ――突然のコトでビックリしちゃって。
 ムズリからは野生の動物を飼うのは一筋縄にはいかないから仕方ありませんゾって言われちゃった。
 分かってはいたんだけど、やっぱりショックだったなぁ。


 ◇ ◇


「――なるほど、君は飼おうとした小鳥に寸前で逃げられちゃった訳か」

 逃げてしまったアオナミスズメの話を聞き終わったリーバルは、そんな風に事の顛末を簡潔にまとめていた。

「そうなの。あれだけ懐いてくれてたのに…。貴方は何故だか分かる?」
「えっ、分からない? とても単純な話だと思うけど」

 リーバルに訊ねてみると、意外な顔をされてしまった。

「どういうこと……? 私にも教えてくれないかな?」

 詳しい話をねだると、彼は腕組みしながら答えてくれた。

「――えっと、そいつ多分雄だろ? 自分を助けてくれた君に一目惚れしちゃったんじゃない?」
「え……えぇっ?!」
「ただの憶測だけどね。でもその小鳥、君以外には一切触らせなかったんだろ?」
「うん、そうだった」
「ならその雄鳥は君の部屋で何か見つけてしまって、ショック受けて逃げ出しちゃったのかもね」

 心当たりはないのかと、リーバルはこちらに視線を寄越してくる。

「――私の部屋……? ……あっ!」

 あの青い小鳥が逃げる直前、部屋には確かまだ未完成だったゾーラの鎧が置いたままだったことを思い出した。
 あの小鳥はとても賢かったから、あれがどんな意味を持つのか直感的に理解してしまったのかもしれない。
 もしリーバルが言うような感情を私に向けていたとするなら……逃げてしまう理由もなんとなくわかった気がした。

「……何か心当たりはあったかい?」
「う、うん……あの子に悪いことしちゃったかも」
「全く、君って罪作りなお姫様だよねぇ」
「……」

 意気消沈していると、リーバルはフォローのようなそうじゃないような……よく分からない言葉を投げかけてくる。

「ま、結果としては良かったんじゃない? その小鳥の恋が実らないのは明らかなんだし」

 バッサリ結論づける彼に少しだけムッとしてしまう。

「そんな言い方しなくてもいいと思うんだけど……」

 リーバルは私の言い分に、呆れたようにため息を吐く。

「やれやれ……君は自分を好いてる雄鳥を籠の中で生殺しにする気だったの?」
「な、生殺しって」
「どこが違うんだい? 今の君の状況と置き換えて考えてごらんよ」
「……っ! それは……」

 それは……姫様を必死で護ろうとするリンクをずっと近くで見続けなければならないのと同じなのかもしれない。

「理解出来た?」
「う、うん……」
「そもそもゾーラと鳥じゃどだい無理な話だろ?」
「そう、だよね……」
「だから、これは当然の結果。その雄鳥だってきっともう忘れてる筈だから、君が気に病む必要なんてないからね」
「うん……」
「じゃあね、これ以上その小鳥の事で悩んじゃだめだよ」

 私に忠告のような事を言って彼は立ち上がる。
 空を見上げると陽がだいぶ傾いていた。
 ……いつものように自分の村に帰るつもりなのだろう。

「リーバル……その、今日も話を聞いてくれてありがとう」
「そりゃどうも。色々考え過ぎて階段転げ落ちたりしないようにね」
「えぇ、貴方も気を付けて村まで帰ってね」
「……ふん、余計なお世話だよ」

 憎まれ口を叩いて、リトの英傑はいつものようにつむじ風を起こして自分の村に帰って行った。


 ◇ ◇


 リトの英傑が去った中庭では、彼が起こした風の残滓がいつもより長く草花や木々の葉を揺らしていた。

「――なんだか、今日はいつもより風が強いみたい……」

 自分では気が付いていないみたいだけど、リーバルは機嫌が悪い時や怒ってる時にあの技を使うと風の勢いが若干強くなる。

「今日の話で機嫌が悪くなるようなこと……あったかな」

 彼とよく話すようになってなんとなくどんな人なのか以前よりかは分かってきたと思うけど、まだたまによく分からない。

「リーバルの気難しさはあのアオナミスズメよりもずっと上なのかも」

 そういえばリーバルの羽毛の色ってアオナミスズメに似てる気がする。
 ふいにリーバルみたいなイジワルな顔をしたアオナミスズメを想像して小さく吹き出してしまった。

「ぷふっ……」

 本人がいる時にこんな事想像しなくて良かった……。
 きっと馬鹿にしたような顔で『そんな事言ったら、あいつを前にした君なんてカエンバトかポカポカマスみたいなものだろ』なんて酷い事言ってくるに違いなかったから。

「くふふっ……今度彼に会った時に思い出して吹き出さないように気をつけなきゃ」

 私はどこか楽しい気持ちで立ち上がり、日が沈み始めた城の中庭を後にした。
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