リバミファ二次小説

【貴方と私の初めまして】


 ―――中央ハイラル、ハイラル城。

 叙任式当日の朝。
 お城まで付いてきてくれたムズリや他のゾーラ族と一旦別れて神獣の紋様が施された青い衣に身を包んだ後、私は小さな控え室に通された。

「よいしょっと……」

 控え室のドアをゆっくりと開け、おそるおそる辺りを見回す。
 部屋の中央には青を基調にした豪奢な椅子とシンプルだけど洗練された曲線と猫足が美しい飴色のテーブルが置かれていた。
 テーブルの上には王家の紋章が刻印されたランプが柔らかな光を放っている。

 そのテーブルの先……私から見て向かい側に謁見の間に通じてるであろう廊下が見える。そちらから沢山の人の話し声が反響音として聞こえてきた。
 一方で、この控え室には人影は見えない。もしかして既に皆謁見の間に行ってしまったのかもしれない。

「誰も、いない……」
「いるんだけど、君の目って節穴か何かかい?」
「ひゃあっ!?」

 独り言を呟いたら急に人の声が聞こえてきて、思わず小さく悲鳴をあげる。
 よくよく見れば謁見の間に通じる廊下の出入り口付近に青い羽色をしたリト族の青年が憮然とした表情で立っていた。

「……フン、そんなに驚かなくてもいいのに」
「ご、ごめんなさい、私ったら……」
「謝罪なんていいよ、面倒だし」
「…………」

 彼のどこか不躾な物言いに若干怖じ気づきそうになるが、なんとか我慢して口を開いた。

「あの、他の皆は?」
「先に謁見の間に行っちゃったよ。僕は後で来るだろう君が迷わないようにって他の連中に待つよう言われたんだ」
「そうだったんだ……」

 ここでリンクに会えたら嬉しかったのに……。
 ちょっとだけガッカリだった。

「えっと……良かったら貴方の名前、教えてくれないかな?」

 気を取り直して、リト族の青年にその名を訊ねる。私以外の英傑候補については姫様から一応名前を聞いてはいたけど、やっぱりちゃんと自己紹介しておかなければと思っての行動だった。

「……リーバル、リトの戦士だ」
「私はゾーラ族の王女ミファー。これからよろしくお願いします」

 挨拶のつもりで手を差し出すが、リトの英傑――リーバルさんは握手というものが分からないのか……私の所作を見つめるだけで組んだ翼を崩そうともしなかった。

「…………」

 ――少し、気まずい。
 気恥ずかしくなって差し出した手を静かに引っ込め、思わず俯いてしまった。

「なるほど可憐……か。あの里に求婚者が山程押し掛けてくるって噂、どうやら本当みたいだ」
「えっ?」

 俯く私の頭上でリーバルさんが何かボソボソと呟いたような気がして、彼を見上げる。

「リーバルさん、どうしたの?」
「……。何でもないよ、お姫様・・・
(…………むっ)

 どこか嫌味な呼び方に少しムッとする。
 厄災討伐という大切なお役目の為に選ばれ集まった仲間なのに、"お姫様"呼ばわりは心外だった。

「……その呼び方、止めてほしい」

 リトの英傑の眼を真っ直ぐ見つめて、そう伝える。
 初対面ではあるけれど、嫌なことは嫌だとちゃんと伝えておかないと今後に影響してしまうかもしれないし。

「どうしてだい? 君はゾーラの王族の姫なんだろ。何も間違っちゃいないじゃないか」
「それは……そうだけど」
「何かご不満でも? お姫様・・・?」

 またどこか小馬鹿にしたような顔でリーバルさんはその嫌味な呼称を繰り返す。
 彼の態度に気圧されないよう私は自分の意見を述べた。

「……今の私はゾーラ族の王族である前に貴方と同じ、英傑だよ。突き放されてるみたいで良い気分はしない」
「……同じ? ――ハッ、僕と同じだって?」
「えっ……?」

 私の言葉にリーバルさんは急に気分を害したように眉尻をはね上げ、組んでいた翼を解いてやれやれと大袈裟に両手を上下させる。

「古臭い退魔の剣なんてモノがなければ、本来厄災討伐の要となるべきだったこの僕と君とがかい?」

 まるで話にならないと彼は皮肉げに肩を竦ませた。

「あ、貴方は神獣の繰り手として英傑になったのではないの?」
「王家の姫に請われて仕方なくさ。僕はまだ……あの騎士を認めた訳じゃない」

 私の問いにさも当然と言わんばかりにリーバルさんは断言する。

(うわぁ……)

 ――正直信じられなかった。
 厄災復活が迫っている噂がどこそこで囁かれている今、そんな下らないプライドに拘れる状況ではない筈なのに。

「り、リンクは小さい頃から大人も負かしてしまうくらいには強いの。雷獣だってあっという間に倒してしまえるし、厄災にだってきっと……!」

 リトの英傑の不穏かつ不遜な物言いに、思わず反論する。
 自分でもらしくないと思う。
 でもリンクのことをそんなふうに言われれば、私だって嫌な気分にもなる。

「……おやおや、自分のコトでもないのにムキになっちゃって。もしかして、怒ったのかい?」

 私の反論にリーバルさんは先程の怒りの表情を一変させ、どこか愉快そうに翡翠の瞳を細めていた。
 反応をからかわれてるのが見え見えで、思わず彼を睨んでしまう。

「……っ」

 初対面の人にこんな態度を取ってしまうなんて初めてだ。
 自分の反応に内心混乱を覚える。
 でも、そもそも今までこんな偉そうに私に話しかけてくる人なんて存在しなかったのだ。
 混乱して当たり前だった。

「ま、それならそれで結構さ。大体、僕らが集められたのは厄災を倒す為で馴れ合う為じゃないし」
「で、でも……っ」
「ハイラルに住まう種族同士仲良くしなきゃいけないって? フン……だからお姫様なんだろうね、君は」

 何か先程よりもリーバルさんの声音に大きな怒りと失望の色が見えた気がした。

「君は、ハイリア人の身勝手さを知らないんだ」
「――――」

 私とは相容れないと……仲良くする必要などないと、暗に言われてるようで言葉が出なかった。

「ま、君が嫌なら止めてあげてもいいけど?」

 呆然としていると、リーバルさんは鷹揚にそんなことを言い出す。
 "お姫様"の気分を害したなんて、ゾーラ族のお偉方に知られたら何言われるか分からないからねぇと……また嫌味を言い放つ。

「……何か条件があるの?」

 一応聞いてみると嫌味なリトの英傑は機嫌を良くしたようで、今度は明るい声音で喋り始める。

「そうだな。あの騎士のコト……君は良く知ってるみたいだし、あいつがどれだけ強いのか後でこっそり教えてよ」

 それだけ言うと、リーバルさんはさっさと謁見の間に繋がる廊下を進み始めた。

「ちょ、ちょっと……!」
「――ああ、それとさ」

 呼び止めようとした時、彼は何か思い出したように私に振り返る。
 その顔は先程とはうって変わってどこか拗ねた子供みたいだった。

「な、何……」

 コロコロと表情を変えるリトの英傑に狼狽える。そんな私を知ってか知らずか、彼は不機嫌そうに嘴を歪ませていた。

「僕のこと、"リーバルさん"だなんて気持ちの悪い呼び方……君こそ二度としないでね」

 それだけ言って、リーバルさんは鉤爪をわざとらしくカツカツと鳴らしながら今度こそ謁見の間の方へ去って行った。


 ◇ ◇


 ――リーバルさんとの初会話は、まるで質の悪い夕立にでも降られたみたいだった。

「……"さん"付け、そんなに嫌だったのかな」

 彼、もしかしてそれでわざと私のことを"お姫様"なんて呼んだのかしら。それならあの言動にも一応の説明が着く。
 それでも、ハイリア人を『身勝手』だと言い放つ理由はよく分からなかったけど……。

「初めからそう言ってくれれば良かったのに、どうしてリンクのコトまであんな風に……」

 何か事情があるのかもしれないけど、あのリトの戦士の言動がまるで理解できなかった。
 初対面であんな物言いしてくる人なんて、今まで生きてきて初めてだった。
 『世の中色んな者がいるのだから対応には注意すべきですゾ』とムズリからよく言い聞かせられていたけど、まさか私と同じ英傑に選ばれた人にこんな人がいるなんて……。
 少しだけ今後が思いやられてしまう。

(英傑に選ばれる位だから悪い人ではないって信じたいけど……)
「でもあの人、ちょっと苦手……」

 誰にも聞かれないようこっそりこっそり呟いて、鷹揚なリトの英傑の後を追うように謁見の間へと伸びる廊下を歩き出した。
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