吸血鬼パロなリバミファ

【血を舐める/朝を迎える】


 ―――ハイラル城、ミファーの部屋。


「……邪魔するよ」

 お城での晩餐会が終わった後、リトの英傑は薔薇を片手にゾーラの英傑に宛てがわれた部屋を訪れた。

「薔薇、今日も必要かと思って」
「うん……ありがとう」

 出迎えたミファーの表情があまり優れないことを察し、リーバルは彼女に何があったのか尋ねてみた。

「……何かあったの?」
「――今日ね、リンクが姫様の護衛でちょっとだけ怪我をしたらしくて傷を治癒してあげたの。それで、あの人の血がついた包帯を……つい、舐めちゃって……」
「……」
「あ、貴方にずっと負担をかける訳にもいかないし、その…包帯に付いたものなら、大丈夫かなって思って……。でも……」
「でも……?」

 言い淀むミファーに先を促すが、中々口を開かない。辛抱強く言葉を待っていると彼女はようやく小さく呟きだす。

「……。体はすごく楽になったんだけど、ちっとも味がしなくて……」
「…………」
「昔、お母様が『自分を本当に愛してくれている人の血はハチミツみたいに甘くてとっても幸せな気持ちになるのよ』って教えてくれたの」

 ミファーは母親との思い出を語りながら、大事な宝物を見つめるように目を細める。

「ハチミツまでいかなくても、少しくらい甘かったらうれしいなって思ってた。なのに、まさか全然味がしないなんて思わなくて……」

 俯いていたミファーが顔を上げる。その顔には焦りや不安が溢れていた。

「ねぇ、リンクは私のコト……嫌いになっちゃったのかな? もしかして私が英傑になったのが迷惑…だった、とか……?」

 そこまで言って、ミファーは不安げにまた顔を俯かせる。その表情は月明かりに照らされてリーバルには余計痛ましく見えた。

「そんなコト、ある訳ないじゃないか」
「……」
「そもそも君が英傑になるって話が決まった後だって、あいつには特に反対なんてされなかったんだろ?」
「う、うん」
「仮にも幼馴染なのに、あいつがそれを態度にも言葉にも出さずにいきなり君を嫌うなんて有り得るのかい?」
「それは、そうだけど……」

 リーバルの言葉に、ミファーは俯かせた顔を次第に彼に向ける。

「僕はあいつのコトよく知らないし、正直理解し難い所が山ほどあるけど……まぁ、酷い奴じゃないコトくらいは……分かるよ」
「リーバルさん……」
「あいつも姫の護衛で今あまり余裕ないんじゃない? たまにはタイミングを見計らって話してみたらいいと思うよ、僕は」

 僕は真っ平御免だけど、ほら、こういうのは適材適所って言うだろ?と、ミファーから顔をそらしてそう言い切った。

「そ、そうだよね。うん………っっ……!」
「ミファー?!」

 リーバルの言葉に納得したようにミファーが口を開こうとしたが、彼女は急に苦しみだした。
 いつもの吸血衝動による発作のようだが……。

「うっ……く……ぁ、は…ぁ…っ…」
「……大丈夫かい?」
「…リーバルさん…っ……。私…また、苦しくて…喉が、カラカラで…っ……」
「ミファー……」

 おもむろに部屋に据え置かれたベッドに座り、リーバルは首に巻いた英傑のスカーフを緩ませた。以前ミファーに噛まれた際についた噛み痕があらわになる。

「あまり、吸いすぎないでね」
「…ごめんなさい……わたし……っ…」
「何で謝るのさ。その為に僕はここにいるのに」
「……」
「ほら、いつかみたいに思いっ切り首をガブッとやればいい。そうすれば、少しは君の気も紛れるだろ?」

 強い血の渇きに抗えなかったようで、ミファーはベッドの上で膝立ちして座ったリーバルの首筋に縋り付く。初めて血を吸った時のように再び首筋に牙を突き立てた。

「…っ…」

 噛まれる瞬間の痛みにビクリと震える青い肩を宥めるように触れ、ミファーは目をゆっくり閉じて血を吸い始める。

「…ンッ……む、ぁ……ふ…っ…」

 厳かな吸血音が密やかに部屋に響く。

「……っ…!」

 いつもより血を吸う勢いが強く、その内ミファーが押し倒す形で二人でベッドに倒れ込んだ。

「…ちょっ…と……っ…」

 リーバルは反射的に身を捩ろうとしたが、ミファーが夢中で血を嚥下しているので抗するのを止めた。
 部屋にはしばらく二人の呼吸音とミファーの血を嚥下する音だけが響いていた。


「…ミファー……っ…これ以上…は…っ…」

 何分か経って、流石に苦しくなったのかリーバルが呻く。

「…ぁ……ごめんなさ…っ……ケホッ、ゲホッ…!」
「……もう、言わんこっちゃない」

 リーバルは少し呆れながら咳き込む彼女の背中をそっとさすった。

「……落ち着いた?」
「えぇ、ありがとう。……」

 しばらくして、ミファーはベッドに寝転んだまま、同じく寝転んだままのリーバルに顔を向けて口を開く。

「――貴方の血、ハチミツとは違うんだけど、苺みたいに甘酸っぱいんだ」
「……」
「私……貴方を好きになってれば…良かったの、かな……」
「ミファー……」

 金の瞳に惑いと悲しみを纏わせて、ミファーは一筋の涙を流す。涙が頬を伝い落ちて柔らかな羽毛に吸い込まれた時、彼女は僕の腕を枕に寝息を立てていた。

「――もし本当にそうだったら、どんなに良かっただろうにね……」

 すやすやと眠るミファーをリーバルはじっと見つめる。思わず指先で彼女の頬に触れようとしたが、止めた。
 ミファーが無防備に眠ってしまったのはきっと彼女の中で今の自分を家族やゾーラの同胞と似た存在だと認識するようになった為だろうと推測する。
 それなら下心でこのお姫様に触れるなんて言語道断だった。

(頃合いを見計らって部屋を出るしかないか……)

 今後のことを算段しながら、リトの英傑は眠りに落ちたゾーラの英傑をただただ見つめるしかできなかった。


安らかに眠る王女は儚くて
吸血鳥のような口元


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ―――翌朝。

「んん…っ……」

 ミファーがベッドの上で目覚めた時、太陽は高い位置まで昇っていた。

「いけない、もうこんな時間」

 プルア特製の時計を確認すると、あと少しで英傑同士の会合の時間だった。
 これでは昨夜リトの英傑の血を吸った意味がない。急いで支度しなければと、ミファーはベッドからそっと降りる。

「そういえば……」

 昨夜の後、リーバルはどうしたのだろうとミファーは不安になった。
 ここにいないということは自分の部屋に戻ったのだろうが……。
 そんなことを考えていると部屋のドアがノックされた。

「おはよう、ミファー。ようやくお目覚めかい?」
「リーバルさん……」

 昨夜ミファーに血を吸われたのにも関わらず、リーバルは元気そうだった。

「昨日の今日じゃ、まだ調子戻ってないだろ? 姫には既に君の欠席を伝えてあるよ」
「えっ、そんな……」

 ミファーに有無を言わさぬような勢いで、リーバルは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「会合が終わり次第、里まで送ってくから。それまでせいぜいここで大人しく寝ておくんだね」
「う、うん」

 昨晩のことが少し後ろめたいようで、ミファーは俯きがちに返事をする。

「……それと」
「?」
「ゴーゴースミレの茶葉と薔薇」
「あ、ありがとう」
「じゃ、おやすみ。また来るから」

 そう言って、リーバルはミファーの部屋の前から静かに去っていった。

「……リーバルさん、ありがとう」

 リーバルの血の味を反芻しながら、ミファーはもらった茶葉と薔薇の花束をしばらくギュッと抱きしめていた。


奔走す青い鳥王女の為に
報酬は淡い淡い微笑み
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