吸血鬼パロなリバミファ
【薔薇を買う/薔薇を食む】
―――ハイラル城下町、中央広場。
「ふわぁ……いかんいかん」
大きな欠伸を噛み殺しながら雨模様の空を眺める。空には重苦しい雨雲がひしめき合っていた。
だがこの感じの厚さの雲なら数時間も経てば雨は止むだろう。
「うぅーん……」
軒先でもう何度目かも分からない欠伸を噛み殺しながら伸びをして、そろそろ店じまいを考え始める。
私はここでもうかれこれ四十年近く花屋をやっているが、こんな日は大体客足が遠のく。これ以上店を開けていても無意味だろう。
早めに店じまいしようかと思い椅子から腰を上げたその時――。
「ねぇ、まだ店やってる?」
紺色の外套を被った一人のリト族が私に声をかけてきた。
◇ ◇
「いらっしゃいませ」
声をかけてきたリト族は紺色の外套を目深に被っていて、見えるのは黄色い嘴と青い尾羽くらいだった。
とてつもなく怪しいが、私の店には王族や名の知られた近衛騎士等がお忍びで花を買い求めることも少なくない。
見るからにみすぼらしかったり挙動が怪しい者であれば私も警戒するが、このリト族の羽織ってる外套は一級品だ。
ここまで上等なものは相当腕が立つ戦士でなければ羽織ることは許されないことくらい、私でも知っている。
「どんなご用件でしょうか?」
「花を買いたいんだけど」
「どの花をお望みで?」
「……薔薇。赤い薔薇を十本欲しい」
「ほぉ」
ははんこれは恋人へのプレゼントかそうでなければ告白でもするつもりだなと、心の中で推測する。
幸い赤い薔薇は今日仕入れたばかりでまだ沢山ある。すぐに準備できるだろう。
だが薔薇は花の王。手間暇をかけて咲かせる花なので一本でも結構な値段がする。
目の前のリト族は成人した彼らと比べるとまだ背も低く、声も若々しい。まだ青年といった所だ。
高価な薔薇を十本も買える程のルピーをこんな歳で持ってるものなのだろうか。
「恐れ入りますが、薔薇十本になりますと結構な値段になりますが……」
手持ちがないとは思えないが、一応確認する。向こうもこちらの意志を汲み取ったのか、小さくため息を吐いて外套から覗く黄色い嘴を開いた。
「……ルピーには余裕あるから」
おもむろにリトの青年は大きめのサイフを開いてこちらに見せてきた。中には金や銀のルピーがぎっしり詰まっている。
多少値が張っても代金を支払えないなんてことにはならなさそうだ。
「……これは大変失礼致しました」
「いいって。商売なんだし気にするコトないよ」
「ご理解いただいて恐縮です。ではすぐに花束にしてお作りしますので少々お待ちを……」
「ああ、なるべく早く頼むよ」
水の張った大きなバケツに入れた沢山の赤い薔薇の中から色艶の良いものを手早く選んで切り揃えていく。切り花は素早くかつ適切に処理しないとすぐに元気がなくなり、瑞々しさが失われてしまうのだ。
◇ ◇
「……恋人にですか?」
薔薇を包む紙を選びながら、未だに外套で顔を隠しているリトの青年に質問を投げかけた。
「……ばっ?! ち、知人から頼まれただけだ…っ」
「…………」
なんとも微笑ましい方便を使う若者がいたものだなぁと、内心微笑えましく思う。
「その、至急赤い薔薇が欲しいから買ってきて欲しいって……」
「なるほど」
当たり障りのない相槌を打ちながら、そんな頼み事を恋人以外にする者なんている筈がないだろうと、心の中でツッコミを入れた。
「でも、わざわざ貴方に頼むんですからお相手もまんざらではないのでは?」
「いや、絶対に……有り得ないんだよ」
リトの青年のそうだったらどんなに良いかと、嘆くようなごく小さな独り言が聞こえてきた。
この青年の周りでは、自分が想像している以上に複雑な恋愛模様が展開されているようだった。
(最近の子は進んでるんだなぁ)
薔薇の花束を紙に包みながら、ある種の羨望を込めた目でリトの青年を見つめた。
◇ ◇
「薔薇の花束、出来上がりました」
出来上がった花束をリトの青年に渡すと、彼は本数を検めて首を傾げる。
「? 一本多いんだけど」
「それは私からのおまけです」
「おまけ……?」
「知ってますか? 薔薇は贈る本数によって特別なメッセージがある事を」
私の言葉に青年は不思議そうに首を横に振る。
「いや、知らないね」
「薔薇は十本で『貴方は完璧』ですが、十一本なら『最愛』となります」
「さ、最愛……」
「ちゃんと渡せるといいですね」
ニッコリ笑って肩を軽く叩けば、目の前のリトの青年がひどく狼狽えたのが分かった。
「だ、だから余計なお世話だって!」
彼は薔薇の代金を払いながら捨て台詞のようにそう言って、店から小走りで去って行った。
「しかしあのリト族……」
あの尾羽の色、リトの英傑リーバル様によく似ていたように思う。もしかして先程の青年は……。
「いや、まさかな……」
余計な詮索はすまい。
お忍びで買いに来たのには何かしら理由があるはずだが、わざわざお客の詮索はしない。それがこの花屋のルールだ。それが長く店を続ける為の秘訣でもあるのだ。
「雨、止んだな……」
淀んだ雲はそのままだが雨が止んだ。店じまいする良い頃合いだろう。
今度こそ店じまいの為に、私は店先に置いていた花達の片付けを始めたのだった。
曇天の赤薔薇どこか柔らかで
青年の恋を応援するよに
◇ ◇ ◇ ◇
――――ハイラル城、ミファーの部屋の前。
「――よし」
城下町で買ってきた薔薇の花束を外套で隠すように持って、リトの英傑は城内のゾーラの英傑にと宛てがわれた部屋に滑り込むように入りこんだ。
「あっ、お帰り、リーバルさん」
「……薔薇、買ってきたよ。これで、本当に良かったのかい?」
「ありがとう! うん、これで合ってるよ」
薔薇の花束を渡されながら、その中身を確認するミファーに照れるような素振りは一切ない。まるで食べ物を買ってきてもらったような……そんな態度だった。
その内彼女はごく冷静に頼んでいた本数より薔薇が多いことに気がついた。
「……あれ? 頼んでた数より多いような……」
「あぁ、それね」
首を傾げるミファーに、リーバルは少々言いにくげに事情を話す。それは花屋で彼が言われた事とは若干異なる内容だった。
「……花屋の店主に誤解されちゃってさ。『恋人に贈るならもっと豪華にしないと』っておまけの薔薇を一本押し切られて」
「あら……」
「そんなんじゃないって断ったんだけど……その、花が花だから……」
事実を誤魔化してリーバルが言った言葉をミファーが疑うことは全くなく、むしろ彼が受けた誤解について本当に申し訳なさそうにしていた。
「……ごめんなさい。私が急にお願いしちゃったから……」
「いいよ、別に。君、城下町のお店で何か買ったことなんて今まで一度もないだろ?」
「うん……。リーバルさん、改めてありがとう」
「どういたしまして」
◇ ◇
「それにしても、薔薇の花びらだけで吸血衝動の方は本当に抑えられるのかい?」
花束を渡して手持ち無沙汰になったリーバルは、薔薇を買った経緯を反芻しながらミファーに問いかけた。
どうも、彼が薔薇を買ってきたのはゾーラの王女の吸血衝動を抑える為らしい。
「ええ、大丈夫。元々ゾーラの王族はね、ハスや薔薇の花びらを食べて血の渇きを抑えているの」
「不思議な習慣だね」
ミファーは花束から薔薇を一本取り出し、その花びらを何枚かちぎる。
「ン……ッ……あぁ……おいしい…」
瞳を淡く金色に煌めかせながら薔薇の赤い花びらを食めば、ミファーはうっとりとした表情を浮かべた。
そうしてしばらくして何か思いついたような顔をしてリーバルの方を振り返る。
「貴方もどう?」
「いや、僕は……」
「今の貴方にも美味しく感じられると思うよ」
「……なら、一枚だけ」
差し出された薔薇の花びらを一枚、リーバルは口の中に入れる。すると彼は驚いたように目を軽く見開いた。
「なんだか、甘い」
「でしょう? しっかり冷やしたゴーゴースミレのお茶と相性抜群なの」
貴方の分も淹れてあげると、ミファーは嬉しそうに茶器を用意し始める。
「別に僕のことなんて気遣わなくていいのに」
「いいから。少しだけ私のわがままに付き合ってほしいの」
「……」
「私ね、こんな風にお母様やお父様以外の誰かと薔薇の花びらを食べながらお茶会してみたかったんだ」
茶器に冷えたゴーゴースミレのお茶を淹れながらミファーは照れくさそうにはにかむ。
「シドはまだ小さいから血が欲しくなる時期じゃないし、ムズリも給仕はしてくれるけど『恐れ多いので』って一緒に飲んでくれないの」
それがちょっとだけ寂しくてね、と……ミファーは少し悲しそうに笑っていた。
「……でも、本当はこういうの、あいつとしたかったんじゃないのかい?」
「それは……そうだけど……」
ゴーゴースミレの冷茶を淹れた茶器をリーバルに渡しながら、ミファーは少しだけ俯くがすぐに彼の方に向きなおる。
「でも、リーバルさんとこんな風にお茶会出来るなんて思ってなかったから、私はすごくうれしいんだよ?」
「……そこまで君が喜んでるなら僕も光栄だよ」
「ふふっ、分かってくれてありがとう。あ、ほら、ゴーゴースミレのお茶もぜひ飲んで」
「ではお言葉に甘えて……」
ゴーゴースミレの冷茶が波波入った茶器をそっと持って、リーバルは静かに茶を飲む。ややあって、彼は目元を綻ばせながら茶器をソーサーの上に置いた。
「本当だ。薔薇の花びらによく合うよ、このお茶」
「ふふっ、貴方もやっぱりそう思う?」
「いや、本当に驚いた。他の連中に勧められないのが惜しいくらいだよ」
「そうでしょう?」
「もしもの話だけど、ウルボザは確実に気に入るな。たまに湯船に薔薇を浮かべて湯浴みするって言ってたし」
「……本当に、惜しいよね」
「ま、ダルケルはきっと岩の方が良い!って言い出しそうだけどさ」
「クスッ、ダルケルさんならきっとそう言うだろうね」
リーバルの冗談にミファーが静かに微笑む。
薔薇の花びらのおかげで、吸血衝動は完全に収まっているようだ。この間ひどく苦しんでいたのが嘘みたいに彼女は元気になっていた。
その様子にホッとしたように息を吐くと、リーバルはちょっとだけ言いにくそうに嘴を開く。
「ごめんミファー、薔薇の花びらとゴーゴースミレのお茶、おかわりもらってもいいかい?」
「! いいよ、その為に準備したんだし沢山飲んでいって」
ミファーはリーバルの言葉を聞いてぱっと花が咲いたように微笑んだ。その表情は彼女の想い人である退魔の剣の主も中々見れないような可憐さだった。
「まだおかわりあるから、欲しい時は言ってね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
リーバルの茶器に茶を注ぎ、ミファーは何かを閃いたように頬を緩ませる。
「そうだ、私が初めて薔薇の花びらを食べた時の話をしてあげる」
「へぇ、興味深いね。その話、聞かせてよ」
「うん! あれは確か私の数十回目のお誕生日の時に……」
そうして、二人だけの夜のお茶会は結局深夜まで続いた。お茶会がお開きになった時、リーバルは慌てて自室に戻る羽目になったのだという。
薔薇を食む ふたりぼっちのお茶会で
楽しそうに笑う王女よ永遠 に
―――ハイラル城下町、中央広場。
「ふわぁ……いかんいかん」
大きな欠伸を噛み殺しながら雨模様の空を眺める。空には重苦しい雨雲がひしめき合っていた。
だがこの感じの厚さの雲なら数時間も経てば雨は止むだろう。
「うぅーん……」
軒先でもう何度目かも分からない欠伸を噛み殺しながら伸びをして、そろそろ店じまいを考え始める。
私はここでもうかれこれ四十年近く花屋をやっているが、こんな日は大体客足が遠のく。これ以上店を開けていても無意味だろう。
早めに店じまいしようかと思い椅子から腰を上げたその時――。
「ねぇ、まだ店やってる?」
紺色の外套を被った一人のリト族が私に声をかけてきた。
◇ ◇
「いらっしゃいませ」
声をかけてきたリト族は紺色の外套を目深に被っていて、見えるのは黄色い嘴と青い尾羽くらいだった。
とてつもなく怪しいが、私の店には王族や名の知られた近衛騎士等がお忍びで花を買い求めることも少なくない。
見るからにみすぼらしかったり挙動が怪しい者であれば私も警戒するが、このリト族の羽織ってる外套は一級品だ。
ここまで上等なものは相当腕が立つ戦士でなければ羽織ることは許されないことくらい、私でも知っている。
「どんなご用件でしょうか?」
「花を買いたいんだけど」
「どの花をお望みで?」
「……薔薇。赤い薔薇を十本欲しい」
「ほぉ」
ははんこれは恋人へのプレゼントかそうでなければ告白でもするつもりだなと、心の中で推測する。
幸い赤い薔薇は今日仕入れたばかりでまだ沢山ある。すぐに準備できるだろう。
だが薔薇は花の王。手間暇をかけて咲かせる花なので一本でも結構な値段がする。
目の前のリト族は成人した彼らと比べるとまだ背も低く、声も若々しい。まだ青年といった所だ。
高価な薔薇を十本も買える程のルピーをこんな歳で持ってるものなのだろうか。
「恐れ入りますが、薔薇十本になりますと結構な値段になりますが……」
手持ちがないとは思えないが、一応確認する。向こうもこちらの意志を汲み取ったのか、小さくため息を吐いて外套から覗く黄色い嘴を開いた。
「……ルピーには余裕あるから」
おもむろにリトの青年は大きめのサイフを開いてこちらに見せてきた。中には金や銀のルピーがぎっしり詰まっている。
多少値が張っても代金を支払えないなんてことにはならなさそうだ。
「……これは大変失礼致しました」
「いいって。商売なんだし気にするコトないよ」
「ご理解いただいて恐縮です。ではすぐに花束にしてお作りしますので少々お待ちを……」
「ああ、なるべく早く頼むよ」
水の張った大きなバケツに入れた沢山の赤い薔薇の中から色艶の良いものを手早く選んで切り揃えていく。切り花は素早くかつ適切に処理しないとすぐに元気がなくなり、瑞々しさが失われてしまうのだ。
◇ ◇
「……恋人にですか?」
薔薇を包む紙を選びながら、未だに外套で顔を隠しているリトの青年に質問を投げかけた。
「……ばっ?! ち、知人から頼まれただけだ…っ」
「…………」
なんとも微笑ましい方便を使う若者がいたものだなぁと、内心微笑えましく思う。
「その、至急赤い薔薇が欲しいから買ってきて欲しいって……」
「なるほど」
当たり障りのない相槌を打ちながら、そんな頼み事を恋人以外にする者なんている筈がないだろうと、心の中でツッコミを入れた。
「でも、わざわざ貴方に頼むんですからお相手もまんざらではないのでは?」
「いや、絶対に……有り得ないんだよ」
リトの青年のそうだったらどんなに良いかと、嘆くようなごく小さな独り言が聞こえてきた。
この青年の周りでは、自分が想像している以上に複雑な恋愛模様が展開されているようだった。
(最近の子は進んでるんだなぁ)
薔薇の花束を紙に包みながら、ある種の羨望を込めた目でリトの青年を見つめた。
◇ ◇
「薔薇の花束、出来上がりました」
出来上がった花束をリトの青年に渡すと、彼は本数を検めて首を傾げる。
「? 一本多いんだけど」
「それは私からのおまけです」
「おまけ……?」
「知ってますか? 薔薇は贈る本数によって特別なメッセージがある事を」
私の言葉に青年は不思議そうに首を横に振る。
「いや、知らないね」
「薔薇は十本で『貴方は完璧』ですが、十一本なら『最愛』となります」
「さ、最愛……」
「ちゃんと渡せるといいですね」
ニッコリ笑って肩を軽く叩けば、目の前のリトの青年がひどく狼狽えたのが分かった。
「だ、だから余計なお世話だって!」
彼は薔薇の代金を払いながら捨て台詞のようにそう言って、店から小走りで去って行った。
「しかしあのリト族……」
あの尾羽の色、リトの英傑リーバル様によく似ていたように思う。もしかして先程の青年は……。
「いや、まさかな……」
余計な詮索はすまい。
お忍びで買いに来たのには何かしら理由があるはずだが、わざわざお客の詮索はしない。それがこの花屋のルールだ。それが長く店を続ける為の秘訣でもあるのだ。
「雨、止んだな……」
淀んだ雲はそのままだが雨が止んだ。店じまいする良い頃合いだろう。
今度こそ店じまいの為に、私は店先に置いていた花達の片付けを始めたのだった。
曇天の赤薔薇どこか柔らかで
青年の恋を応援するよに
◇ ◇ ◇ ◇
――――ハイラル城、ミファーの部屋の前。
「――よし」
城下町で買ってきた薔薇の花束を外套で隠すように持って、リトの英傑は城内のゾーラの英傑にと宛てがわれた部屋に滑り込むように入りこんだ。
「あっ、お帰り、リーバルさん」
「……薔薇、買ってきたよ。これで、本当に良かったのかい?」
「ありがとう! うん、これで合ってるよ」
薔薇の花束を渡されながら、その中身を確認するミファーに照れるような素振りは一切ない。まるで食べ物を買ってきてもらったような……そんな態度だった。
その内彼女はごく冷静に頼んでいた本数より薔薇が多いことに気がついた。
「……あれ? 頼んでた数より多いような……」
「あぁ、それね」
首を傾げるミファーに、リーバルは少々言いにくげに事情を話す。それは花屋で彼が言われた事とは若干異なる内容だった。
「……花屋の店主に誤解されちゃってさ。『恋人に贈るならもっと豪華にしないと』っておまけの薔薇を一本押し切られて」
「あら……」
「そんなんじゃないって断ったんだけど……その、花が花だから……」
事実を誤魔化してリーバルが言った言葉をミファーが疑うことは全くなく、むしろ彼が受けた誤解について本当に申し訳なさそうにしていた。
「……ごめんなさい。私が急にお願いしちゃったから……」
「いいよ、別に。君、城下町のお店で何か買ったことなんて今まで一度もないだろ?」
「うん……。リーバルさん、改めてありがとう」
「どういたしまして」
◇ ◇
「それにしても、薔薇の花びらだけで吸血衝動の方は本当に抑えられるのかい?」
花束を渡して手持ち無沙汰になったリーバルは、薔薇を買った経緯を反芻しながらミファーに問いかけた。
どうも、彼が薔薇を買ってきたのはゾーラの王女の吸血衝動を抑える為らしい。
「ええ、大丈夫。元々ゾーラの王族はね、ハスや薔薇の花びらを食べて血の渇きを抑えているの」
「不思議な習慣だね」
ミファーは花束から薔薇を一本取り出し、その花びらを何枚かちぎる。
「ン……ッ……あぁ……おいしい…」
瞳を淡く金色に煌めかせながら薔薇の赤い花びらを食めば、ミファーはうっとりとした表情を浮かべた。
そうしてしばらくして何か思いついたような顔をしてリーバルの方を振り返る。
「貴方もどう?」
「いや、僕は……」
「今の貴方にも美味しく感じられると思うよ」
「……なら、一枚だけ」
差し出された薔薇の花びらを一枚、リーバルは口の中に入れる。すると彼は驚いたように目を軽く見開いた。
「なんだか、甘い」
「でしょう? しっかり冷やしたゴーゴースミレのお茶と相性抜群なの」
貴方の分も淹れてあげると、ミファーは嬉しそうに茶器を用意し始める。
「別に僕のことなんて気遣わなくていいのに」
「いいから。少しだけ私のわがままに付き合ってほしいの」
「……」
「私ね、こんな風にお母様やお父様以外の誰かと薔薇の花びらを食べながらお茶会してみたかったんだ」
茶器に冷えたゴーゴースミレのお茶を淹れながらミファーは照れくさそうにはにかむ。
「シドはまだ小さいから血が欲しくなる時期じゃないし、ムズリも給仕はしてくれるけど『恐れ多いので』って一緒に飲んでくれないの」
それがちょっとだけ寂しくてね、と……ミファーは少し悲しそうに笑っていた。
「……でも、本当はこういうの、あいつとしたかったんじゃないのかい?」
「それは……そうだけど……」
ゴーゴースミレの冷茶を淹れた茶器をリーバルに渡しながら、ミファーは少しだけ俯くがすぐに彼の方に向きなおる。
「でも、リーバルさんとこんな風にお茶会出来るなんて思ってなかったから、私はすごくうれしいんだよ?」
「……そこまで君が喜んでるなら僕も光栄だよ」
「ふふっ、分かってくれてありがとう。あ、ほら、ゴーゴースミレのお茶もぜひ飲んで」
「ではお言葉に甘えて……」
ゴーゴースミレの冷茶が波波入った茶器をそっと持って、リーバルは静かに茶を飲む。ややあって、彼は目元を綻ばせながら茶器をソーサーの上に置いた。
「本当だ。薔薇の花びらによく合うよ、このお茶」
「ふふっ、貴方もやっぱりそう思う?」
「いや、本当に驚いた。他の連中に勧められないのが惜しいくらいだよ」
「そうでしょう?」
「もしもの話だけど、ウルボザは確実に気に入るな。たまに湯船に薔薇を浮かべて湯浴みするって言ってたし」
「……本当に、惜しいよね」
「ま、ダルケルはきっと岩の方が良い!って言い出しそうだけどさ」
「クスッ、ダルケルさんならきっとそう言うだろうね」
リーバルの冗談にミファーが静かに微笑む。
薔薇の花びらのおかげで、吸血衝動は完全に収まっているようだ。この間ひどく苦しんでいたのが嘘みたいに彼女は元気になっていた。
その様子にホッとしたように息を吐くと、リーバルはちょっとだけ言いにくそうに嘴を開く。
「ごめんミファー、薔薇の花びらとゴーゴースミレのお茶、おかわりもらってもいいかい?」
「! いいよ、その為に準備したんだし沢山飲んでいって」
ミファーはリーバルの言葉を聞いてぱっと花が咲いたように微笑んだ。その表情は彼女の想い人である退魔の剣の主も中々見れないような可憐さだった。
「まだおかわりあるから、欲しい時は言ってね」
「ああ、そうさせてもらうよ」
リーバルの茶器に茶を注ぎ、ミファーは何かを閃いたように頬を緩ませる。
「そうだ、私が初めて薔薇の花びらを食べた時の話をしてあげる」
「へぇ、興味深いね。その話、聞かせてよ」
「うん! あれは確か私の数十回目のお誕生日の時に……」
そうして、二人だけの夜のお茶会は結局深夜まで続いた。お茶会がお開きになった時、リーバルは慌てて自室に戻る羽目になったのだという。
薔薇を食む ふたりぼっちのお茶会で
楽しそうに笑う王女よ