吸血鬼パロなリバミファ

【血を吸われる】


「!」

 振り返ると先程から調子の悪そうだったミファーが赤い絨毯の上でうずくまっていた。

「……はぁ、は…っ……く…っ、ふ……!」

 お姫様は陸に上がった魚のように身を捩り、酷く苦しげに息を吐き出している。
 よほど苦しいようだ。
 緋色の絨毯に突き立てられた彼女の爪が分厚い筈の布地をガリガリと引き裂いていた。

「はぁっ、はぁ……ッ…! く、うぅ……っ…!」
「ちょ、ちょっと君、大丈夫…っ…?」

 苦しむミファーを介抱しようとその肩に触れた時、突然彼女の目が突然淡く輝き始める。

「? うわぁっ!?」

 何事かと思っていたら強い力で突き飛ばされ、押し倒された。
 反射的に踏ん張ったがミファーの力が異様に強くてあえなく押し負けてしまう。

「あまい、かおり……」
「ちょ、ちょっと…っ……」

  お姫様は熱に浮かされた顔で、押し倒した僕にゆらりと馬乗りになる。
 お腹にペタンと座られ、その柔らかな感触に腰辺りの羽がぞわりと逆立った。

「や、やめ……っ!」

 反射的にはねのけようとする。
 だが――。

「ダメ……うごいちゃ」
(?! なん、で……っ…)

 ミファーの淡く輝く瞳に見つめられた途端、体はピクリとも動かなくなる。 

「……だいじょうぶだから……」
「……み、ミファー………?」

 僕の首に巻かれたスカーフをそっと緩ませながら、お姫様は陶然と呟く。
 うっとりとした声は酷く甘ったるく、僕を見つめる目はトロンと蕩け、頬は上気している。吐かれる息は先程より更に艶めかしい。
 いつもとはまるで別人だ。
 熱のせいでおかしくなったにしても、ミファーの豹変はあまりにも異常だった。

「あぁ、おいしそう……」
「……っ!」

 ミファーの指先が僕の鎖骨をゆるゆると撫で、羽毛が逆立つ。その指の冷たさに、体がひくりとびくついた。

「おびえないで……」
「……ぁ…」

 それを宥めるように、ミファーは僕の嘴に触れ優しく頬を擦り寄せた。柔らかくつるりとした肌の感触に強ばっていた体が急激に弛緩していく。

「……痛く、しないから……」

 小さな唇が僕の首の一番太い所に触れる。
 そのままミファーはゆったりと口を開き、僕の首筋に躊躇いなく牙を立ててきた。

「…っ……!!」

 ズブリと、首の辺りから肉が裂ける嫌な音が聞こえて思わず呻きそうになる。
 長く鋭いミファーの牙は容易く僕の首の地肌を食い破り、その下の血管まであっという間に到達していた。

(――あ、れ?)

 しかし、不思議なことに覚悟した筈の痛みはこれっぽっちもない。

「…………ッ…!」

 だが代わりに強烈な心地良さに襲われ、体が大きく波打った。
 まるでとびきり甘くて強い酒を間違って一気に飲んでしまったような…。水面に浮いた浮草みたいに身も心もふわふわとし始める。

「……く、ぁ……ッ……ダメ、だっ…て……ッ…」

 彼女の頭飾りがシャラシャラと揺れる音さえ気持ちよさに変換され脳内に甘く響きわたる。
 動かなくなっていたはずの手が、すがるようにミファーの後頭部を抱えこんでいた。

「……ン、ふ……っ…ん、ぅ……」

 こくりこくりと僕の血を飲む音と時折漏れる悩ましげな吐息がやけに艶めいて聞こえ、心臓の鼓動がおかしなリズムを刻み始める。

 腕の中で懸命に僕の血を嚥下するミファーの姿は親鳥から与えられた餌を必死に啄む雛鳥のように愛らしく、いっそ健気でさえあった。

(――このお姫様に、なら――)

 血を吸い尽くされても構わないと、ややアブない考えが心に芽生える。
 気づけばごくごく自然にもう片方の手を華奢な背中にそっと這わせていた。

(……っ……ゆきおんな、みたいだ……)

 触れた背中は新雪のように柔らかく、血のかよった生き物とは到底思えない程に冷たい。
 幼い頃亡き母から聞かされたヘブラの奥地にひそむという氷から産まれた少女の肌は、こんな感触なのだろうか?

 血が足りなくなってきた頭でおかしなコトをぼんやりと考え始める。

「…ン、む…っ……ァ……ふ…」

 その間にもミファーは容赦なく僕の血を吸い上げていく。本格的に血が減ってきたのか、足先の感覚もいつの間にか消えていた。

「ミ、ファー……さむい、よ……」

 自分の指先がミファーの肌と同じ位冷たくなった時、強い眠気に襲われ……僕はとうとう意識を手放したのだった。


白雪の牙首筋に突き立てて
紅い人魚は乳飲み子みたいで

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