吸血鬼パロなリバミファ
【誰かに呼ばれる】
―――…す……、だ…か……―――
真っ暗闇の中、どこからか鈴を転がすような美しい声が聞こえてくる。
その声は泣き出す直前みたいに苦しそうでこちらの胸まで締め付けられる心地だ。
―――だれ…、…を…ょ…だ…―――
淡く青い光が射してきて、少し遠くで小さなゾーラ族の少女が泣いているのが見えた。
シド王子と同じくらいだろうか、彼ら特有の頭の大きなヒレを地面に引きずっている。
近付いてみるとコハクか蜂蜜のような色をした綺麗な瞳からは涙が溢れ、小さな肩は苦しげにカタカタと震えていた。
―――の…が…、カ……ラで…―――
どうしてこんなに苦しそうにしているのかは分からないが、出来るなら助けてあげたい…。
そう強く思い、少女に手を差し伸べると急に周囲が強い光に包まれていった。
◇ ◇
「――っ――」
意識がゆっくりと浮上する。
ゆるく開いた視界にぼんやり入ってきたのは豪奢な緋色の天蓋、献上されたリト族の羽毛がふんだんに使われたロイヤルブルーに彩られた柔らかな寝具……。ハイラル城の僕用にとあてがわれた部屋だった。
「――誰かいる……?」
顔だけ動かして辺りを見回す。
だが真っ暗な部屋には当然、己の気配しかない。
「……ただの夢、か」
額に手をやるといつもより熱を帯びていて、喉もカラカラだった。どうも、夢を見てる間に体の方はうなされていたようだ。
「はぁ……」
軽くため息を吐いて、サイドテーブルに据え置かれたプルア特製のシーカーランプに灯りを点けた。
神獣と似た蒼い灯りが部屋を仄かに照らす。
古代遺物の研究成果によって開発されたこのランプは、ボタンを押すだけで灯りが点くスグレモノだ。
「ふぅ……」
部屋に用意されていた水を飲んで一息つく。
だが飲んだ水は妙になまぬるく、どうにも落ち着かない。
「あの女の子……」
なまぬるい水のせいもあるが、大きな理由は先程の夢に出てきたゾーラ族の少女だ。
あの泣き顔と苦しそうな声がずっと頭から離れないのだ。
(誰かに似ていた気もするけど)
どうにか思い出そうとするものの、なぜか頭に靄がかかってうまくいかない。
それが余計に夢に出てきた少女への興味をかきたてていく。
何か足りないものがあって、それを欲して泣いていたようだったが……。
「なんだったんだろう」
途中で覚めた夢はもう一度速やかに寝てしまえば続きが見れることがあるという。
ただの迷信だろうが、試してみるのも悪くない。
そうしてベッドの方に向かおうとしたその時……。
――たす…て……
「……!」
微かに誰かがすすり泣くような声が耳に入ってきた。
「……これは」
夢で聞いた少女の声と同じだ。
音が聞こえる方にじっと耳を澄ます。
声は廊下の方……部屋の外から聞こえてくる。
「……っ!」
当然のように出ていこうとする自分に違和感を覚え、立ち止まる。
「何、やってんだか」
こんな夜中に測ったようなタイミングで声が聞こえるなんて怪しすぎる。
気のせいにして眠りにつくべきだろう。
そう自分に言い聞かせて一度は無理矢理ベッドに戻るも、そのひどく悲しげにすすり泣く声を無視して眠れるわけもなかった。
「……仕方ない」
普段着とスカーフを急いで身に着けて、聞こえてくる泣き声に引きずられるように自分の部屋を抜け出した。
◇ ◇
「え…っ……あ、リー…バル……さん……?」
声を頼りに静まり返った廊下をしばらく歩くと、同じ英傑であるミファーがいた。
明日の朝一で行われる姫と英傑同士の会合のため、僕と同様前日からこの城に来ていたようだ。
「こんばんは、ミファー」
「こ、こんばん…は……」
声は弱々しく震え、いつもよりうんとか細い。
よく見れば壁にもたれかかるようにして肩で息をしている。
どこか具合でも悪いのだろうか。
「こ、こんな夜更けに、どう……したの?」
今の自分を見てほしくなさそうに、ミファーは小さく身をよじる。
「何って、ちょっと眠れなくなっただけさ。そういう君は?」
「私も…、その……ね、眠れなくって」
月明かりに照らされたミファーの顔は酷く青ざめていた。貧血の症状に見えなくもないが……。
「……本当にそれだけ? あまり体調良くは見えないんだけど」
「う、うん……ちょっと、頭が痛くなっちゃって」
「ふぅん、珍しいね」
(あれ……?)
ミファーと話している内に、さっきまで確かに聞こえていた少女のすすり泣く声はいつの間にか失せていた。
あれは、やはりただの気のせいだったのだろうか…?
「リーバルさん……?」
「あぁ、いや……なんでもない。それよりもミファー、今からでも医務室に行った方が良いんじゃない? 付き添いくらいなら僕も付き合うよ」
医務室には夜勤の医者が詰めてるはずだ。
病気に関しては門外漢だがその位はしてやれる。
「えっ…で、でも…っ……」
「治癒の力が使える君に何かあったらいけないだろう? ほら、遠慮しないで早く行こう」
「ほ、本当に大したことじゃないのっ! 気持ちだけで大丈夫だから……っ」
「……。なら……いいんだけど」
そこまで強く言われればこちらも無理強いはできない。
「――ごめんなさい。でも、心配してくれてありがとう」
「いや、こちらこそお節介な事言い出してごめん」
「「――――」」
しばらく、静かに並んで窓の外を眺める。
少々気まずい。
そっとミファーの顔を盗み見る。
やはり顔色が悪いようにしか見えない。
(本当に大丈夫なのだろうか)
このお姫様は王家の姫と同じくらい頑張り屋で中々弱音を吐かない。
王族に産まれるイコール常に重い責務を抱えて生きていかなければならないという事なのだろうか。
「はぁ…は、……ふ……」
(………っ……)
ミファーが苦しげに口で息をする。それが妙に艶かしく感じて思わず窓の外に視線を戻した。
◇ ◇
「ねぇ、なんだか……甘い香りがしてこない?」
しばらく窓の外を眺めていたら、唐突にミファーがおかしなことを聞いてきた。
「甘い香り……?」
「うん、焼きたてのお菓子みたいな……」
そう言って彼女はひどくうっとりと目を細める。
普段おとなしいお姫様がこんな顔するのを見るのは初めてだ。
今晩のミファーは、やはりなにか様子がおかしい。
「そんな香り、全然しないけど」
「えっ、うそ……」
「嘘も何も、今夜中だよ?」
今は深夜で城を警護している兵士以外の殆どは寝入ってしまってる時間だ。
その上この辺りは厨房からも離れている為、焼き立てのお菓子の香りがする可能性は極めて低い。
「こんな時間に焼き菓子焼いてるやつなんていないでしょ、普通」
「気の所為、なのかしら…でも……」
僕の言葉が信じられないようで、ミファーは大きく空気を吸い込んで首を傾げる。
「おかしいな…確かに甘い香りがするんだけど」
「体調悪いみたいだし、そう感じてるだけじゃないの?」
「そう、なのかな……」
「ここは調理場からも遠いだろ? 仮にこんな夜更けに焼き菓子焼いてるやつがいたとしても、匂いなんてしてこないと思うんだけど」
「うん……」
未だに訝しむミファーをたしなめるがあまり納得していない様子だった。
「明日も早いし僕は部屋に戻るね。君も早く寝なよ」
「ええ、おやすみなさい」
ミファーにそう言って部屋に戻ろうと踵を返した時、背後からパタリと……白樺の枝が折れたような音がした。
「助けて」と人魚の少女はさめざめに
差し伸べた手は光に満ちて
―――…す……、だ…か……―――
真っ暗闇の中、どこからか鈴を転がすような美しい声が聞こえてくる。
その声は泣き出す直前みたいに苦しそうでこちらの胸まで締め付けられる心地だ。
―――だれ…、…を…ょ…だ…―――
淡く青い光が射してきて、少し遠くで小さなゾーラ族の少女が泣いているのが見えた。
シド王子と同じくらいだろうか、彼ら特有の頭の大きなヒレを地面に引きずっている。
近付いてみるとコハクか蜂蜜のような色をした綺麗な瞳からは涙が溢れ、小さな肩は苦しげにカタカタと震えていた。
―――の…が…、カ……ラで…―――
どうしてこんなに苦しそうにしているのかは分からないが、出来るなら助けてあげたい…。
そう強く思い、少女に手を差し伸べると急に周囲が強い光に包まれていった。
◇ ◇
「――っ――」
意識がゆっくりと浮上する。
ゆるく開いた視界にぼんやり入ってきたのは豪奢な緋色の天蓋、献上されたリト族の羽毛がふんだんに使われたロイヤルブルーに彩られた柔らかな寝具……。ハイラル城の僕用にとあてがわれた部屋だった。
「――誰かいる……?」
顔だけ動かして辺りを見回す。
だが真っ暗な部屋には当然、己の気配しかない。
「……ただの夢、か」
額に手をやるといつもより熱を帯びていて、喉もカラカラだった。どうも、夢を見てる間に体の方はうなされていたようだ。
「はぁ……」
軽くため息を吐いて、サイドテーブルに据え置かれたプルア特製のシーカーランプに灯りを点けた。
神獣と似た蒼い灯りが部屋を仄かに照らす。
古代遺物の研究成果によって開発されたこのランプは、ボタンを押すだけで灯りが点くスグレモノだ。
「ふぅ……」
部屋に用意されていた水を飲んで一息つく。
だが飲んだ水は妙になまぬるく、どうにも落ち着かない。
「あの女の子……」
なまぬるい水のせいもあるが、大きな理由は先程の夢に出てきたゾーラ族の少女だ。
あの泣き顔と苦しそうな声がずっと頭から離れないのだ。
(誰かに似ていた気もするけど)
どうにか思い出そうとするものの、なぜか頭に靄がかかってうまくいかない。
それが余計に夢に出てきた少女への興味をかきたてていく。
何か足りないものがあって、それを欲して泣いていたようだったが……。
「なんだったんだろう」
途中で覚めた夢はもう一度速やかに寝てしまえば続きが見れることがあるという。
ただの迷信だろうが、試してみるのも悪くない。
そうしてベッドの方に向かおうとしたその時……。
――たす…て……
「……!」
微かに誰かがすすり泣くような声が耳に入ってきた。
「……これは」
夢で聞いた少女の声と同じだ。
音が聞こえる方にじっと耳を澄ます。
声は廊下の方……部屋の外から聞こえてくる。
「……っ!」
当然のように出ていこうとする自分に違和感を覚え、立ち止まる。
「何、やってんだか」
こんな夜中に測ったようなタイミングで声が聞こえるなんて怪しすぎる。
気のせいにして眠りにつくべきだろう。
そう自分に言い聞かせて一度は無理矢理ベッドに戻るも、そのひどく悲しげにすすり泣く声を無視して眠れるわけもなかった。
「……仕方ない」
普段着とスカーフを急いで身に着けて、聞こえてくる泣き声に引きずられるように自分の部屋を抜け出した。
◇ ◇
「え…っ……あ、リー…バル……さん……?」
声を頼りに静まり返った廊下をしばらく歩くと、同じ英傑であるミファーがいた。
明日の朝一で行われる姫と英傑同士の会合のため、僕と同様前日からこの城に来ていたようだ。
「こんばんは、ミファー」
「こ、こんばん…は……」
声は弱々しく震え、いつもよりうんとか細い。
よく見れば壁にもたれかかるようにして肩で息をしている。
どこか具合でも悪いのだろうか。
「こ、こんな夜更けに、どう……したの?」
今の自分を見てほしくなさそうに、ミファーは小さく身をよじる。
「何って、ちょっと眠れなくなっただけさ。そういう君は?」
「私も…、その……ね、眠れなくって」
月明かりに照らされたミファーの顔は酷く青ざめていた。貧血の症状に見えなくもないが……。
「……本当にそれだけ? あまり体調良くは見えないんだけど」
「う、うん……ちょっと、頭が痛くなっちゃって」
「ふぅん、珍しいね」
(あれ……?)
ミファーと話している内に、さっきまで確かに聞こえていた少女のすすり泣く声はいつの間にか失せていた。
あれは、やはりただの気のせいだったのだろうか…?
「リーバルさん……?」
「あぁ、いや……なんでもない。それよりもミファー、今からでも医務室に行った方が良いんじゃない? 付き添いくらいなら僕も付き合うよ」
医務室には夜勤の医者が詰めてるはずだ。
病気に関しては門外漢だがその位はしてやれる。
「えっ…で、でも…っ……」
「治癒の力が使える君に何かあったらいけないだろう? ほら、遠慮しないで早く行こう」
「ほ、本当に大したことじゃないのっ! 気持ちだけで大丈夫だから……っ」
「……。なら……いいんだけど」
そこまで強く言われればこちらも無理強いはできない。
「――ごめんなさい。でも、心配してくれてありがとう」
「いや、こちらこそお節介な事言い出してごめん」
「「――――」」
しばらく、静かに並んで窓の外を眺める。
少々気まずい。
そっとミファーの顔を盗み見る。
やはり顔色が悪いようにしか見えない。
(本当に大丈夫なのだろうか)
このお姫様は王家の姫と同じくらい頑張り屋で中々弱音を吐かない。
王族に産まれるイコール常に重い責務を抱えて生きていかなければならないという事なのだろうか。
「はぁ…は、……ふ……」
(………っ……)
ミファーが苦しげに口で息をする。それが妙に艶かしく感じて思わず窓の外に視線を戻した。
◇ ◇
「ねぇ、なんだか……甘い香りがしてこない?」
しばらく窓の外を眺めていたら、唐突にミファーがおかしなことを聞いてきた。
「甘い香り……?」
「うん、焼きたてのお菓子みたいな……」
そう言って彼女はひどくうっとりと目を細める。
普段おとなしいお姫様がこんな顔するのを見るのは初めてだ。
今晩のミファーは、やはりなにか様子がおかしい。
「そんな香り、全然しないけど」
「えっ、うそ……」
「嘘も何も、今夜中だよ?」
今は深夜で城を警護している兵士以外の殆どは寝入ってしまってる時間だ。
その上この辺りは厨房からも離れている為、焼き立てのお菓子の香りがする可能性は極めて低い。
「こんな時間に焼き菓子焼いてるやつなんていないでしょ、普通」
「気の所為、なのかしら…でも……」
僕の言葉が信じられないようで、ミファーは大きく空気を吸い込んで首を傾げる。
「おかしいな…確かに甘い香りがするんだけど」
「体調悪いみたいだし、そう感じてるだけじゃないの?」
「そう、なのかな……」
「ここは調理場からも遠いだろ? 仮にこんな夜更けに焼き菓子焼いてるやつがいたとしても、匂いなんてしてこないと思うんだけど」
「うん……」
未だに訝しむミファーをたしなめるがあまり納得していない様子だった。
「明日も早いし僕は部屋に戻るね。君も早く寝なよ」
「ええ、おやすみなさい」
ミファーにそう言って部屋に戻ろうと踵を返した時、背後からパタリと……白樺の枝が折れたような音がした。
「助けて」と人魚の少女はさめざめに
差し伸べた手は光に満ちて