リーバルと泥の人魚

【決着/願い】


 ―――ヘブラ地方、タバンタ雪原上空

「リーバル様! 前方にまたあの化け物が!」

 魔物の拠点を壊しつくした後、ローム山で倒し損ねた化け物……風のカースガノンが再度メドーと僕らを狙って襲いかかってきた。

「分かってる!」

 風の神獣の光の刃が近づいてきたカースガノンを捉え、四方から刺し貫く。
 それでようやく動きを止める事に成功した。
 メドーのレーザーで一気に倒しきる絶好のチャンスだ。

「この一撃で……!」

 メドーが高く鳴き、素早く発射体勢を取る。
 眼前の化け物は光の刃に阻まれて逃げる事もできず、蒼白い熱線によってその身を蒸発させていった。

「リーバル様、やりましたね!」
「ああ、君のおかげだよテバ。本当に助かった」

 奴を倒せたことで未来から来たという白いリトの戦士もようやく安堵の顔を見せた。


 ◇ ◇


 ――本当に執念深くて恐ろしい魔物だった。
 ローム山ではすんでのところで逃げられたが、再度襲って来た奴をメドーのレーザーでなんとか倒すことに成功した。
 奴にとっては取り返そうとしていたらしい神獣の放った光に焼かれたのだ。
 これ以上ないトドメだろう。

 戦ってる間中、頬の呪いのせいでひどく胸糞悪いものをずっと見せられた。
 さながらルッタに閉じ込められたゾーラの王女の悪夢の焼き直しのように。
 雪が舞い飛ぶ強風の中で化け物にボロ雑巾のように叩きのめされて惨めに死ぬを、頭の中に何度も何度もぶち込まれた。
 それのせいで奴への狙いがぶれ、隙を突かれて幾度となく窮地に立たされたのだ。
 『お前もすぐにこうなるぞ』と化け物に耳元で常に囁かれているような心地だった。

 泥の魔物達は、もしかしたら神獣も命も厄災に奪われる未来の僕らかそれに近い存在なのかもしれない。
 呪いによって見せられるあの悪夢こそ彼らの最期であるなら、それは最悪の悲劇に他ならない。
 なす術なく倒され、神獣をも奪われたのが余程悔しかったのだろうか。
 もしこの仮定が正しいとしたら、あの化け物が執念深く僕を狙いどうにかメドーを奪おうとした気持ちだけは十二分に理解できた。

「……」

 頬の傷が弱々しく痛む。
 どうやら奴が……泥の僕がかろうじて生き残っているようだ。
 気配が弱過ぎて何処にいるかまでは分からないが、とにかく完全に消滅していない事だけはなんとなく理解した。
 またしばらくしたら戦わなければならなくなりそうな予感がして、若干うんざりした気持ちになる。

「……出来れば、あまり戦いたくはないかな」

 テバや他の皆が助けに来てくれたから良かったが、奴は桁違いに強かった。
 風も砲撃も巧みに操る姿は敵ながら見事だったが、その精度は常軌を逸していた。
 バクダン矢を圧縮した風の力でタイミング良く弾き返すなんぞ狂気の沙汰だ。

 それでも、あの化け物の戦法や戦いの癖は分かった。
 もしまた戦う事になっても、遅れを取ることはきっともうないだろう。
 だがあの自分が殺される悪夢を再び脳内に叩き込まれるのであれば、再戦は出来れば遠慮願いたい。

(頼むから、すぐには復活してこないでくれよ……)

 風のカースガノンが消えた中空を睨みつけながらそれだけを強く願う他なかった。


 ◇ ◇


「水のカースガノンを倒した後に、できれば看取ってやってほしい……?」

 化け物が倒れてようやく落ち着きを取り戻したメドーが告げた言葉に、驚きを隠せなかった。

「……ミファーと戦ってるのは、あの魔物なんだな」

 僕の所に姿を変えた泥の僕が来たのなら、ミファーの所にはきっとあの泥の人魚が向かった筈だ。

〈――――〉

 メドーは沈黙で肯定の意を返す。

「そうか……」

 今絶対の窮地にあるお姫様の命と窮地に立たせている泥の人魚の心、その両方を救ってほしいとメドーは言いたげだった。
 呪いにかかった僕だけじゃなく、あの泥の人魚の事をメドーなりに心配しているのかもしれない。
 メドーがあの魔物の事を心配する理由はよく分からなかったが……。

「――外でもない君の願いだ。聞く以外に選択肢はないさ」

 その後テバにメドーのことを頼み、姫達に無理を言ってミファーとダルケルの救援に向かう人員に加えてもらうことになった。


 本物も偽の人魚あの子も救ってと
 寒空に願い鳴く神鳥かな

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