リーバルと泥の人魚
【呪いの悪夢】
――赤黒い細身の影がゾーラの王女に迫る。
『――――■■■■!!』
恐るべき影は赤い髪を振り乱しながら巨大な槍を振り回し、じわじわと着実に水の神獣の繰り手を追い詰めていく。
ゾーラの王女は最初こそ護身用に持っていた銀鱗の槍で応戦していたものの、それも何合か打ち合った後に容易く折られてしまった。
幼少の頃より共に苦楽を共にした光鱗の槍であれば持ちこたえられたかもしれないが、今手元にない武器の事をあれこれ考えても何の意味もない。
以降の戦いは酷く痛ましい一方的な消化試合だった。
一度脱出して体制を整えようにも奪われたルッタのバリアがそれを阻み、彼女はただただ神獣内を逃げ惑う事しか許されない。
『はぁ……はぁ…っ……いき、が…っ……けほけほっ…!』
しばらく苛烈な攻撃から逃げ続ける王女の顔に次第に疲労の色が見え始める。
『…っ……まだ、大丈夫…っ……』
化け物の放つ氷槍が王女の腕のヒレかすめ、優美な赤肌に痛々しい朱色が滲んでいた。
応戦する武器もなく地形を無視して容赦なく攻撃をしかけてこられては、ゾーラの中でも上から数える方が早いほど手練の彼女でも苦戦するのは目に見えている。
現在ルッタは貯水湖の上に浮上中だ。
神獣内には水は殆どない状態である。
得意の泳ぎを封じられたゾーラの機動力はたかが知れている。
その上彼女の力では疲労は回復出来ない。
仮に出来た所で外からの救援が望めない限り焼け石に水だっただろうが。
『……痛…っ……!』
遂に化け物の巨槍が王女の脚を捉え、片方の足首が斬り飛ばされた。
『…ぁ……足……っ…』
赤い肢体が投げ出されるように転び、水面がバシャリと弾ける。
今まで散々走り回された華奢な体は既に限界を越えていて、治癒の力を使おうとしても手が震えてうまくいかない。
『…っ……だめ、動いて…おねがい……』
チアノーゼ色の唇から溢れた吐息には忍び寄る死の気配への恐怖が滲む。
『…ぁ……ぃゃ……』
追いつかれた化け物の影に気圧され、彼女はメイン制御端末近くの壁際に追い詰められる。
じわじわと嬲られた身体は傷だらけで、王女の肌はおろか身につけている頭飾りや英傑の証たる浅葱の布さえ鮮血に染まっていた。
追い詰めた側も追い詰められた側も、この一方的な戦い の終わりを静かに悟っていた。
蒼い巨大な槍が虫の息の王女に狙いを定める。
『……っ……』
その様を彼女は息を呑んでじっと見つめていた。
溢れそうな涙を振り払いながら、決して敵から目をそらそうとしない。
繰り手として英傑としての矜持がそうさせたのかもしれない。
『(……こわいよ、リンク……っ…)』
心の中でだけ幼馴染 の名前を呼んで、ゾーラの王女は化け物の槍に刺し貫かれていた。
そうしてまた繰り返す。
回り続ける風車のように延々と延々と。
ある王女の悲劇の終わりを克明に刻みつけるように何度も何度も何度も何度も何度も…………。
痛ましき悪夢 は絶えず繰り返す
呪いは地獄の嵐の唄なり
◇ ◇
―――迷いの森、ハイラル軍野営地
「――っ!!」
あまりにもリアルな悪夢に思わず飛び起きた。
「夢、か……。…痛…っ……」
泥で汚れた頬の傷がまた刺すような痛みを放ち始める。
正体不明の寒気によって肩は小刻みに震え、喉の奥は渇ききっていてカラカラだった。
ハイラル軍より支給された水筒から水を飲んで一息つく。
「呪われた、なんて言われてもいまいちピンと来なかったけど……」
こんな胸糞悪いものを寝てる間中ずっと見せられるなんて思ってもみなかった。
甘く見ていた過去の自分のお気楽さに腹が立った。
『……呪い?』
『はい。あなた方の偽物達が纏っていた泥は強い怨念を帯びていました。それが頬の傷口と接触した事で悪質な呪いにかかってしまったのではないかと…』
退魔の剣奪還後、ミファーの手で治癒された頬の傷は治ったそばから時を巻き戻すように元通りの傷口を覗かせた。
傷口が再生したとしか言えない恐ろしい現象をその手の話に詳しそうなインパに相談した所、あの泥の魔物の呪いではないかと言われた。
あの魔物を完全に倒すまで傷口は治ること無く汚泥に冒され続けるだろうと。
心配そうな皆に今度会ったら必ず倒してやると豪語して迷いの森の野営地の床に就いた筈だったのにこのザマである。
「――でもあれ」
一体どうしてあんな夢を見させられるのか。
デタラメに趣味の悪い夢を見せる呪いならまだ分かる。
あまりにもリアル過ぎる悪夢を一種類だけ見せ続けるやり方に少なからず疑問が沸いた。
しかも夢の中のミファーが戦っている化け物がどことなくガーディアンと似てることも気になる点だ。
「もしかして」
あれは一種の警告なのかもしれない。
白いガーディアンのもたらした画像が見せるような、未来からの警告と似たナニカ……。
「なら、あの魔物は一体……」
その問いに答えるものは既にここにはおらず、ただただ森の夜闇に吸い込まれて消えるばかりであった。
未来像? 悲劇の悪夢泥の呪い
闇に消える問い「君は何者?」
――赤黒い細身の影がゾーラの王女に迫る。
『――――■■■■!!』
恐るべき影は赤い髪を振り乱しながら巨大な槍を振り回し、じわじわと着実に水の神獣の繰り手を追い詰めていく。
ゾーラの王女は最初こそ護身用に持っていた銀鱗の槍で応戦していたものの、それも何合か打ち合った後に容易く折られてしまった。
幼少の頃より共に苦楽を共にした光鱗の槍であれば持ちこたえられたかもしれないが、今手元にない武器の事をあれこれ考えても何の意味もない。
以降の戦いは酷く痛ましい一方的な消化試合だった。
一度脱出して体制を整えようにも奪われたルッタのバリアがそれを阻み、彼女はただただ神獣内を逃げ惑う事しか許されない。
『はぁ……はぁ…っ……いき、が…っ……けほけほっ…!』
しばらく苛烈な攻撃から逃げ続ける王女の顔に次第に疲労の色が見え始める。
『…っ……まだ、大丈夫…っ……』
化け物の放つ氷槍が王女の腕のヒレかすめ、優美な赤肌に痛々しい朱色が滲んでいた。
応戦する武器もなく地形を無視して容赦なく攻撃をしかけてこられては、ゾーラの中でも上から数える方が早いほど手練の彼女でも苦戦するのは目に見えている。
現在ルッタは貯水湖の上に浮上中だ。
神獣内には水は殆どない状態である。
得意の泳ぎを封じられたゾーラの機動力はたかが知れている。
その上彼女の力では疲労は回復出来ない。
仮に出来た所で外からの救援が望めない限り焼け石に水だっただろうが。
『……痛…っ……!』
遂に化け物の巨槍が王女の脚を捉え、片方の足首が斬り飛ばされた。
『…ぁ……足……っ…』
赤い肢体が投げ出されるように転び、水面がバシャリと弾ける。
今まで散々走り回された華奢な体は既に限界を越えていて、治癒の力を使おうとしても手が震えてうまくいかない。
『…っ……だめ、動いて…おねがい……』
チアノーゼ色の唇から溢れた吐息には忍び寄る死の気配への恐怖が滲む。
『…ぁ……ぃゃ……』
追いつかれた化け物の影に気圧され、彼女はメイン制御端末近くの壁際に追い詰められる。
じわじわと嬲られた身体は傷だらけで、王女の肌はおろか身につけている頭飾りや英傑の証たる浅葱の布さえ鮮血に染まっていた。
追い詰めた側も追い詰められた側も、この一方的な
蒼い巨大な槍が虫の息の王女に狙いを定める。
『……っ……』
その様を彼女は息を呑んでじっと見つめていた。
溢れそうな涙を振り払いながら、決して敵から目をそらそうとしない。
繰り手として英傑としての矜持がそうさせたのかもしれない。
『(……こわいよ、リンク……っ…)』
心の中でだけ
そうしてまた繰り返す。
回り続ける風車のように延々と延々と。
ある王女の悲劇の終わりを克明に刻みつけるように何度も何度も何度も何度も何度も…………。
痛ましき
呪いは地獄の嵐の唄なり
◇ ◇
―――迷いの森、ハイラル軍野営地
「――っ!!」
あまりにもリアルな悪夢に思わず飛び起きた。
「夢、か……。…痛…っ……」
泥で汚れた頬の傷がまた刺すような痛みを放ち始める。
正体不明の寒気によって肩は小刻みに震え、喉の奥は渇ききっていてカラカラだった。
ハイラル軍より支給された水筒から水を飲んで一息つく。
「呪われた、なんて言われてもいまいちピンと来なかったけど……」
こんな胸糞悪いものを寝てる間中ずっと見せられるなんて思ってもみなかった。
甘く見ていた過去の自分のお気楽さに腹が立った。
『……呪い?』
『はい。あなた方の偽物達が纏っていた泥は強い怨念を帯びていました。それが頬の傷口と接触した事で悪質な呪いにかかってしまったのではないかと…』
退魔の剣奪還後、ミファーの手で治癒された頬の傷は治ったそばから時を巻き戻すように元通りの傷口を覗かせた。
傷口が再生したとしか言えない恐ろしい現象をその手の話に詳しそうなインパに相談した所、あの泥の魔物の呪いではないかと言われた。
あの魔物を完全に倒すまで傷口は治ること無く汚泥に冒され続けるだろうと。
心配そうな皆に今度会ったら必ず倒してやると豪語して迷いの森の野営地の床に就いた筈だったのにこのザマである。
「――でもあれ」
一体どうしてあんな夢を見させられるのか。
デタラメに趣味の悪い夢を見せる呪いならまだ分かる。
あまりにもリアル過ぎる悪夢を一種類だけ見せ続けるやり方に少なからず疑問が沸いた。
しかも夢の中のミファーが戦っている化け物がどことなくガーディアンと似てることも気になる点だ。
「もしかして」
あれは一種の警告なのかもしれない。
白いガーディアンのもたらした画像が見せるような、未来からの警告と似たナニカ……。
「なら、あの魔物は一体……」
その問いに答えるものは既にここにはおらず、ただただ森の夜闇に吸い込まれて消えるばかりであった。
未来像? 悲劇の悪夢泥の呪い
闇に消える問い「君は何者?」