リーバルと泥の人魚
【泥の人魚との邂逅】
ソレは血の泡が湧き上がるように姿を現した。
迷いの森と退魔の剣を奪還する為に訪れた遠浅の湖に出現したのはゾーラのお姫様そっくりの泥の魔物だった。
その魔物は血と泥が混じりあったような色をしていて、そこにいるだけで周囲に強い呪詛と嘆きを撒き散らしている。
あの泥に触れれば自分も同じモノになってしまうような、良くない感覚に嘴や羽根が焦げつくようだった。
「フン、どんなに似せようが所詮はニセモノ。紛い物にはこの世から早々にご退場願うのみさ……!」
どうにか己を奮い立たせて空中に舞い上がり、いつもより多めのバクダン矢をお見舞いしてやった。
――それが良くなかったと今なら分かる。
この時の僕はゾーラの王女に似た泥人形が彼女と同じような技を使える可能性をこれっぽっちも考慮していなかったのだから。
血の泡は王女の死霊を招きたり
嘆きは湖面を幽かに揺らして
◇ ◇
「ねぇ……」
「……!!」
バクダン矢の猛攻で倒したと思った泥の人魚が急に真下から現れて僕の脚を掴んできた。
「うわぁ……!」
そのまま勢いよく空から引きずり下ろされ、浅い水面に叩きつけられる。
「体中とても痛くて……すごく寒いの……」
馬乗りになった僕の顔の近くで泥の人魚は淫靡に囁く。
目の焦点はあっておらず、悪夢の只中にいるようにひどく遠い。
正気を失っているようだった。
「あたためて……」
「………ぁ……」
金縛りにあったように体は動かす、目を逸らす事も出来ないまま泥の人魚と数秒見つめ合う。
間近に迫った紅い瞳は底知れない悲しみに満ちていて、この上なく優美だった。
「おねがい……」
彼女の瞳から一筋……黒い泥の涙があふれ、動けなくなった僕の顔に落ちる。
黒い涙はここまでの道中で頬に受けた切り傷にずるりと入り込み……。
(――!)
――ほんの一瞬、惨い悪夢が垣間見えた気がした。
『はぁ、はぁ…っ……いき、が…っ……』
最初に写ったのは何者かの攻撃から逃れ続けるミファーの姿だった。その顔には濃い疲労の色が見える。
『…っ……だめ、動いて…おねがい……』
映像が切り替わり、今度はチアノーゼ色の唇から荒く息を吐き出す彼女の姿だ。何かに恐怖するような表情を覗かせている。
『(……こわいよ、リンク……っ…)』
最後に見えたのは心の中で幼馴染の名前を呼びながら大きな槍に刺し貫かれ絶命するお姫様の惨い終わりだった。
「………ッ…ガ、ァ…!」
刃物でめった刺しにされたような激しい痛みに呆けていた頭が叩き起こされ、思わず呻く。
「……く、そ…ッ……!」
体をバネのように使い、渾身の力でもって泥の人魚の華奢な体を張り飛ばして距離を取った。
「くらえ…ッ…!」
頬の激痛に気を失いそうになるのをどうにか気合で耐え、突き飛ばした魔物に大量のバクダン矢で釣瓶撃ちにする。
爆炎が収まった時、件の泥の魔物は周辺に垂れ流されていた赤黒い汚泥と共に消えていった。
だが頬の泥だけは消えず、ジクジクとした痛みだけが残り続けた。
まだ終わりではないと、その痛みそのものが嬉しくない未来を告げているようでもあった。
「…………」
今日はなんとかなったが、次は分からない。
あの偽物は――あの偽物だけは僕には倒せないという嫌な確信を胸に秘めたまま、皆と合流する為に霧の空に飛び上がった。
「あたためて」泥人魚の眼は燃え ていた
呪い遺せり虚ろな黒涙
ソレは血の泡が湧き上がるように姿を現した。
迷いの森と退魔の剣を奪還する為に訪れた遠浅の湖に出現したのはゾーラのお姫様そっくりの泥の魔物だった。
その魔物は血と泥が混じりあったような色をしていて、そこにいるだけで周囲に強い呪詛と嘆きを撒き散らしている。
あの泥に触れれば自分も同じモノになってしまうような、良くない感覚に嘴や羽根が焦げつくようだった。
「フン、どんなに似せようが所詮はニセモノ。紛い物にはこの世から早々にご退場願うのみさ……!」
どうにか己を奮い立たせて空中に舞い上がり、いつもより多めのバクダン矢をお見舞いしてやった。
――それが良くなかったと今なら分かる。
この時の僕はゾーラの王女に似た泥人形が彼女と同じような技を使える可能性をこれっぽっちも考慮していなかったのだから。
血の泡は王女の死霊を招きたり
嘆きは湖面を幽かに揺らして
◇ ◇
「ねぇ……」
「……!!」
バクダン矢の猛攻で倒したと思った泥の人魚が急に真下から現れて僕の脚を掴んできた。
「うわぁ……!」
そのまま勢いよく空から引きずり下ろされ、浅い水面に叩きつけられる。
「体中とても痛くて……すごく寒いの……」
馬乗りになった僕の顔の近くで泥の人魚は淫靡に囁く。
目の焦点はあっておらず、悪夢の只中にいるようにひどく遠い。
正気を失っているようだった。
「あたためて……」
「………ぁ……」
金縛りにあったように体は動かす、目を逸らす事も出来ないまま泥の人魚と数秒見つめ合う。
間近に迫った紅い瞳は底知れない悲しみに満ちていて、この上なく優美だった。
「おねがい……」
彼女の瞳から一筋……黒い泥の涙があふれ、動けなくなった僕の顔に落ちる。
黒い涙はここまでの道中で頬に受けた切り傷にずるりと入り込み……。
(――!)
――ほんの一瞬、惨い悪夢が垣間見えた気がした。
『はぁ、はぁ…っ……いき、が…っ……』
最初に写ったのは何者かの攻撃から逃れ続けるミファーの姿だった。その顔には濃い疲労の色が見える。
『…っ……だめ、動いて…おねがい……』
映像が切り替わり、今度はチアノーゼ色の唇から荒く息を吐き出す彼女の姿だ。何かに恐怖するような表情を覗かせている。
『(……こわいよ、リンク……っ…)』
最後に見えたのは心の中で幼馴染の名前を呼びながら大きな槍に刺し貫かれ絶命するお姫様の惨い終わりだった。
「………ッ…ガ、ァ…!」
刃物でめった刺しにされたような激しい痛みに呆けていた頭が叩き起こされ、思わず呻く。
「……く、そ…ッ……!」
体をバネのように使い、渾身の力でもって泥の人魚の華奢な体を張り飛ばして距離を取った。
「くらえ…ッ…!」
頬の激痛に気を失いそうになるのをどうにか気合で耐え、突き飛ばした魔物に大量のバクダン矢で釣瓶撃ちにする。
爆炎が収まった時、件の泥の魔物は周辺に垂れ流されていた赤黒い汚泥と共に消えていった。
だが頬の泥だけは消えず、ジクジクとした痛みだけが残り続けた。
まだ終わりではないと、その痛みそのものが嬉しくない未来を告げているようでもあった。
「…………」
今日はなんとかなったが、次は分からない。
あの偽物は――あの偽物だけは僕には倒せないという嫌な確信を胸に秘めたまま、皆と合流する為に霧の空に飛び上がった。
「あたためて」泥人魚の眼は
呪い遺せり虚ろな