ゼノブレ二次小説

【インヴィディアの宿が半焼する話】


 ―――インヴィディアの首都フォンス・マイム

「ワイのこと……好きって言うてくれへんか?」

 裏通りにある小さな宿屋の一室、ジークはメレフを背中から抱き締めて低い声で囁く。
 恋人と呼べる関係になった今でも中々素直になってくれない彼女へのあてつけ半分、揶揄い半分のスキンシップ。

「今日もやっぱ言うてくれへんの?」
「……っ……」

 いつもならこの辺でクリティカル判定の肘鉄や裏拳やら飛んでくるのに、今日のメレフは何故だか借りてきた猫のように静かだった。
 そういえばここに来る前に寄った酒場で好みの果実酒を見つけて、珍しくボトルを一本空にしてはいたが……。

 スンと、抱きしめたメレフの肩の匂いを嗅いでみる。心做しかその時飲んでいた酒の甘い香りが彼女の首筋から仄かにするような気もした。
 メレフは酒にそこまで強い訳ではない。
 ……もしかして酔ってしまっているのだろうか?

「メレフ……?」

 だがもし酔いではなく怒りから静かになっているのならやや拙い……。
 常に冷静沈着な特別執権官殿はその実、炎のような激情家だ。
 下手を打つと最悪この宿が灰になってしまう可能性もないとは言いきれない。

 不安になって俯かれた横顔を覗くと、珍しく頬を赤くしたメレフが緊張した様子で口を開いた。

「その……以前よりもっと……す、好きになって、いる」

 ――ある意味怒っていた方がマシな程、破壊力の高いカウンターを喰らってしまった。

「お、お前には一度きちんと私からも言わなければと思ってはいたんだ」

 メレフは顔を朱に染めて恥ずかしそうに言葉を続ける。

「いつもすまない。こういった接触はあまり慣れていないもので……」

 ポツポツと照れくさそうに呟いた後、彼女は抱きしめた際頭から浮いてしまったお忍び用のハンチング帽を両手で深く被りなおしていた。
 時にスペルビアの元老院の老人達から女狐とまで評される炎の輝公子殿は耳まで真っ赤であった。

「―――」

 その様子が可愛いやら面白いやら愛しいやらで、こちらもなんて返せば良いのか困惑してしまう。

(完全にやられた……)

 このパターンも想定しておくべきだった。なんて迂闊。


「……おいジーク、黙っていられると私もどうすれば良いのか分からないのだが」

 腕の中からどこか不安そうな声が聞こえてきて我にかえり、反射的に口を開く。

「め、メレフが乙女みたいな顔しとる」
「―――は?」

 照れ隠しにしては些か失礼な言葉が己の口から零れて血の気が引く。

「い、いや……何もない」
「私の耳には『私が乙女のような顔をしている』と聞こえたが?」
「…………」

 ――聞こえとるんなら最初からそう言えっちゅうの。

「私はお前にとって、そんなに女らしくするのが似合わないのか……?」
「そ、そうは言うとらんやろっ」
「そうかそうか、似合わないか。似合わないと分かってあんなに何度もあの言葉を強請ってきたのか……。ふふ、ふふふ…っ……!」
「ちょ、人の話ちゃんと聞かんかい」

 こちらのツッコミ全て聞き流して、メレフはどこか悪い笑みを浮かべる。
 ひとしきり静かに笑った後、彼女はこちらを軽く肘で突き飛ばしてきた。

「っとっと!」

 よろける体を踏みとどめると、己の鼻先に蒼炎を纏ったメレフの愛刀がピタリと突き付けられていた。

「め、メレフさん……?」
「――前言撤回だ、ジーク」

 帝国最強のドライバーの顔をおそるおそる窺えば、鳶色の瞳に怒りの炎が渦巻いていた。

「今この瞬間、お前のことが嫌いになった」

 完璧に怒らせてしまったようだった。
 酒が入ってる為か心の融点も沸点もだいぶ下がってしまっているようだ。
 表情が先程の可愛らしいものから変わり過ぎて正直そのギャップがおっかない。

(ああもう、ワイのド阿呆……っ!)

 照れ隠しにあんなことを言ってしまった一分前の我が身を呪う。
 素直に喜んで口付けでもしておけば、今頃いつもより可愛らしい執権官殿を余すこと無く堪能出来た筈なのに……。
 恐ろしく惜しい事をしてしまった。
 すげない態度に慣れ過ぎてしまっていたのだと言い訳めいた屁理屈も浮かぶが今はそれ所ではない。

「前々から、貴殿のその……人をおちょくるような態度が酷く気に食わなかったのだ」

 怒り心頭のメレフは蒼い炎を纏ったサーベルで部屋の床をピシャリと鞭打つ。

 彼女の相棒たるスペルビアの宝珠は現在傍らにいない為炎自体は小さいものだし、今はお忍びなので服もいつものあの暑そうな軍服ではない。
 だが、その堂々たる姿はさすが帝国最強のドライバー……悔しい程サマになっている。
 木製の床板から焦げ付いた匂いがし始めて、見惚れる余裕なんてカメキチ程もなかったが。

「その性根、私自ら叩き潰してくれる……!」
「そ、それ潰しちゃあかんやろ! 直してくれや! その前にここ部屋ん中! しかもここ! インヴィディア!!」
「うるさい! 大人しく我が蒼炎に身を焦がして反省しろ!!」

 炎の輝公子殿は聞く耳を持たず、武器を構えてゆらりと腰を落とす。

「ひぃっ……!」

 ――本当に本気で自分の性根を叩き潰すつもりらしい。

 拙い……。
 狭いこの部屋では確実に火の海になる。
 悪い予感だけは、いつも最高によく当たるのだ。
 こんな事ならあの果実酒をメレフがもっと飲みたいと言ってきた時に断固として止めておけば……!

「か、火事になってもワイは知らへんからなぁ…っ!」

 慌てて愛剣と荷物を引っ掴んで、ジークは宿の窓を割って速やかに部屋を脱出した。


 ◇ ◇ ◇


「のわぁっ!」

 慌てて飛び出したせいで着地に失敗し、ジークは冷たい石畳をゴロゴロと転がる。

「いてて…。……っ!」

 急いで立ち上がろうとした時、頭上の窓から大きな青い焔がゴウと勢いよく噴き上がり衝撃波が宿の周囲一帯をビリビリと揺らしていた。
 後ろを振り向けば先程までいた宿屋の屋根からは火の手が上がり、二階の外壁はブスブスと少なくない黒煙を吐き始めている。

「ひぇえ……」

 手加減の「て」もない火力に小さく悲鳴をあげる。
 中は既にきっと――いや、想像するのは止めておこう。

「今はサイカもおらんし、ワイ……逃げられるやろか」

 いくらジークがブレイドイーターで人並み外れた速さで動けるとはいえ、狭く入り組んだ裏通りではその力を存分に発揮できない。

「しかもここ路地やのうて他人ひとん家の庭やん……。飛び降りる所間違えたわ」

 周りを見回せば四方を建物に囲まれていて逃げ場がない。完全に袋小路だ。

「屋根登るしかあらへんか」
「――ここにいたか」
「!!」

 馴染みある声がしたと同時に、スタリと軽快な着地音が耳に届く。

「ひぃ、もう来おった!!」
「あの一瞬で逃げおおせるとはな。逃げ足だけは褒めてやろう」

 メレフは先程ジークが割った窓ガラスの破片を踏みつけながら、こちらにゆっくり近づいてくる。
 握られた剣が纏う蒼炎は未だ衰えぬまま勢い良く燃えていた。
 宿の二階を丸ごと火の海変えるだけの炎を放ったのに関わらず、だ。

(武器に貯めとるエーテル量、半端ないな)

 流石――帝国最強のドライバーである。

「しかし、逃げ込んだ先は行き止まりか。ふっ…不幸ここに極まれりだな、ジーク」
「……むっ」

 絶体絶命ではあるが勝利を確信したメレフの余裕の笑みが気に食わない。

「ぬ、抜かせ!ワイの極かアルティメット究極エクストリームな脚力でここの屋根なんぞひとっ飛びや!」
「はぁ……威勢は買うが、その意味不明な言葉の羅列は相変わらずだな」
「やかましいわ!」

 思わず憎まれ口を叩いてしまうが、メレフは一瞬哀れみの表情を浮かべただけだった。

「あ、あんさんは後ろで燃えとる宿……あれどう落とし前つける気や」

 大剣を構えたまま壁伝いで屋根まで登れそうな所を探しつつ、メレフと一定の距離を保つ。

「――と、匿名で宿再建の為に必要な資金を援助するつもりだ。無論、金は全てお前持ちだがな」

 一応考え無しではなかったようだが、全部自分持ちとは聞き捨てならない。

「なんで全部ワイ持ち?! どう考えてもおかしいやろソレ!」
「くどいぞジーク! お前が外に逃げさえしなければあの宿だって燃えずに済んだのだ! 」
「いやいや、言ってる事めちゃくちゃやって……」
「う、うるさい! 全て全部絶対にお前が悪い!!」

 やはり酒に酔ってるのか執権官殿の言動がちぃとおかしい。
 どこか子供の癇癪めいたメレフの怒鳴り声は怖さ7割可愛さ3割の絶妙な割合である。

「ふっ、全くあんさんはホンマ……」

 可愛ぇなぁと、ジークは改めて感じ入っていた。


 ◇ ◇ ◇


「おい、貴様ら! ここで一体何をやっている!」
「「!!」」

 突然後方から怒鳴り声が聞こえ、二人は声がした方に即座に目を向ける。

「武器を降ろせ! そちらの対応次第ではこちらも攻撃の用意がある!」

 傭兵のような武装した集団が怒りと困惑の表情でこちらに睨んでいた。
 宿屋のボヤ騒ぎに驚いて外に出てきたここの住人のようだ。
 全員が武器――銃を携行している。
 もしかしてここはどこかの傭兵団の拠点なのかもしれない。
 此処にはメレフもいる。
 下手に騒がない方が良さそうだ。

「おいメレフ」
「……仕方ない」

 メレフに声をかけ、武器を納める。
 些か酔っているとはいえ、何の罪もない一般人を巻き込むような真似はしないようだ。

「(とりあえず外の通りに出るまで一時休戦だ)」
「(……りょーかい)」

 通りに出たら港か外郭の池を目指そう。
 水が大量にある場所ならメレフも手は出せない筈だ。

「おーい、あんさんたち……ちょっと」

 ヘラりと笑いながら、ジークは胡散臭い傭兵らしき男達に近づきながら声をかけた。

「……あの女……どこかで……」

 位置的に今までジークの背中に隠れてほとんど見えていなかったメレフの姿と彼女の愛剣が彼らの目に晒される形となる。

「いや待て、あの剣……ま、まさか…っ!」

 メレフの顔と武器とを交互に見た彼らの一部が何かを悟って騒ぎ始めた。

「ど、どないしたんや急に血相変えて」

 騒いでいた兵士の中の一人が二人の前に飛び出してきて、メレフを指さして大声で叫び出す。

「貴様、もしかしてもなくメレフ・ラハットだな?!」
「なんだと……!?」
「その剣、もう一本見当たらないが間違いない、スペルビアの宝珠のものだ!!」

 叫び出した男が今度はメレフの納刀した剣を指差すと、胡散臭い男達が更に殺気立っていく。

「くそ、まさかここを突き止められるとは!!」
「どこで情報が漏れた?! 全員構えろ!」

 彼らは一斉にこちらに銃を向け、取り囲んできた。

「ちょい待ちぃや! 連れはただのスペルビア人や! 人違いやで!」
「嘘を言うな! むざむざここで我らブリューナクの怨敵を逃す訳にはいかん!」
「どこから嗅ぎつけてきたか知らんが、ブレイドも連れずにのこのこやって来るとはな。そこの男共々返り討ちにしてくれる!」

 そう叫んだリーダー格らしき男がこちらに発砲してきた。
 問答無用のようだ。

「っとと、エラいご挨拶やなぁ」

 大剣を盾がわりに、ジークは殺到する銃弾を全て弾く。
 少なからず宿を焼いた分はメレフの方がエーテルを消費している。当然の手助けだ。

「しかしブリューナクなぁ。なんか知っとる?」
「――少し前、同じ名前の反帝国組織天の聖杯一行によって壊滅した・・んだが…。大方彼らはその残党なのだろう。まさかこのような所に潜んでいたとは」
「反帝国組織の残党……ねぇ」

 人づてに聞いた体でメレフが事の経緯を説明してくれた。
 ようやく冷静さを取り戻しただろうメレフの様子に密かに胸を撫で下ろしながら大剣を再び構える。

この国インヴィディアは潜伏先として色々都合良いんやろなぁ」
「本当にな、心底ウンザリするよ」

 国同士が仲悪いんも困ったもんやなとボヤくと、メレフもため息を吐いて肩を竦ませていた。

「仇討ちに息巻くのは結構だが、私がメレフ・ラハットではない可能性は考えないのか?」

 言いながら、メレフは一度納めた愛剣を静かに抜く。

「ぬかせ女狐! その剣に付いた青薔薇……スピルビアの宝珠のもの以外有り得ない。そしてそれを今扱えるのはただ唯一、貴様以外に有り得るか!」
「――フッ……愚問だったようだな」

 彼らの言葉にメレフはどこか嬉しそうに口元を優雅に緩ませる。
 それを挑発ととったのか、テロリスト達は更に激昂してきた。

「俺達を馬鹿にしやがって! クソッタレ!」
「同胞の無念……我々がここで晴らしてやるっ!!」
「逃げられると思うなよ……!」
「覚悟っ……!!」

 兵士達の怒号が飛び交う。
 多勢に任せて蜂の巣にする気満々のようだ。

(数は十三、ドライバーも無し……か。ワイとメレフなら余裕のよっちゃんやな)

 ブレイドが傍らにいない今の二人にとっても、ものの数に入らない。

(せや……)

 ここでメレフと共に彼らを倒した後にササッと謝り倒して許してもらおう。
 メレフも反帝国組織との遭遇に少しずつ冷静さを取り戻してるようだからきっといける筈だ。
 多分、いや絶対に……!

(よし、漸くワイにも運が向いてきたで……!)

 その目論見は約二秒後に崩れ去る事になるが……。

「フッ、丁度いい。今私はとてつもなく気が立っていてね。ジーク共々まとめて剣の錆にしてくれる……!」
「ぅわちぃっ!」

 蒼炎の剣がまた勢いよくピシャリとしなり、ジークの外套の裾をチリチリと焦がす。
 剣を振る方向を間違えた訳ではないようで、彼の悲鳴にもメレフは動じない。

「ちょ、ちょちょちょい待ちメレフ! どうしてワイまで攻撃対象なんか?!」

 状況を飲み込めないジークを炎の輝公子は横目でギロリと睨む。

「――当然だろう? お前がこの中で今一番罪が重いのだからな!!」
(――アカン、まだ怒っとる……!)

 非常事態とはいえ、普通に会話されたらこっちも怒り収まったと思うやろうが……!

「いやいやいや! 流石にテロリストとワイを一緒に始末しようとするなや! やっぱりあんさん酔ってる、絶対酔ってるってぇ!!」
「やかましい!」

 メレフが振り上げた蛇腹剣の柄に咲く薔薇が眩い程の蒼光を放ち始める。

「貴様も男ならここで潔く燃え散れぇっ!!」

 武器に残ったエーテル全てを燃焼させ、メレフはさっき宿を燃やした時の数倍の炎を剣に纏わせて華麗に宙を舞った。

「結局こうなるんかーーーい!!」

 美しき蒼炎が巨大なとぐろを巻いて裏通りの小さな庭を呑み込んでいく。
 不運な放蕩王子と反帝国組織の兵士達をも巻き込み、死なない程度に焼き尽くしていった。


 ◇ ◇ ◇


 夜の王都の裏通りにて、突如蒼い炎の竜巻が発生した。
 渦巻く炎はさながら蒼天のレギオスのようで、インヴィディアの内壁の天井まで届く勢いだったらしく、翌朝の王立新聞の朝刊の一面を飾ったという。

 紙面には『反帝国組織、インヴィディアで破壊活動。帝国の炎の輝公子、これを壊滅す』という文字がデカデカと並んでいた。


 ◇ ◇


――翌日、フレースヴェルクの村 傭兵団本部前

「――まさかあのような所にブリューナクの残党の一派が潜んでいたとは…。いやはや、単独でアジトを割り出して壊滅まで追い込んだメレフ様の手腕、見事としか言いようがありませんね」

 ビャッコは昨夜の一連の騒ぎを収めたメレフに最大限の賛辞を送っていた。

「流石だよね! やっぱりメレフはすごいよなぁ」
「アッパレも! メレフは強くてかっこいいも! 憧れるも!」

 レックスもトラも、仲間の出来たてほやほやの武勇伝に目を輝かせている。

「ジークの協力もあってこそだが……なに、私にかかれば造作もないさ」
「確か彼ら、腹いせに近くの宿を燃やしたりしたんでしょう? 大きな被害がなくて本当に何よりです」
「そっ、そう、そうだったな! 幸いジークとブリューナクの残党以外怪我人はいなかったが、巻き込まれた宿の主には悪いことをしたよ」
「? えっと……。はい、本当に良かったです」

 宿という言葉に一瞬言葉を詰まらせたメレフにホムラは首を傾げるが、ヒカリに何か言われたのか無難な相槌を打っていた。


「――でも、メレフ様も人が悪いです。私にも黙って彼らと戦闘だなんて」

 メレフの活躍に皆の賛辞がそこかしこから聞こえてくる中、カグツチだけは己がドライバー単独の戦闘行為に拗ねたように口を尖らせていた。

「カグツチ」
「昨晩は私もサイカと一緒にフォンスマイムにいたのをメレフ様もご存知でしたでしょう? 遠くから蒼炎がとぐろを巻いているのが見えた時は、貴女の身に何が起こったのかと」

 何かあってからでは遅いのにと、カグツチはやや険しい顔をして苛立ちと不安を吐露する。

「――すまない。丁度情報を得てすぐ奴らと鉢合わせしてな。お前を呼ぶ時間がなかったんだ」
「…………」
「あの後、すぐにカグツチ達が駆けつけてくれてとても助かったよ。本当に感謝している」

 言葉を重ねるメレフにまだどこか納得いかないものの、カグツチの表情は先程より和らいだものになっていく。

「……どんな埋め合わせを、してくださるのかしら?」
「それは当然、お前の気が済むまで……だ。私はいくらでも埋め合わせするつもりだよ」

 メレフはカグツチの手を柔らかく取り、まるで物語に出てくる騎士のように静かに自分の手を重ねていた。

「も、もう、メレフ様ったら……!」
「わわっ、メレフとカグツチがとってもアダルティーな空気ですも。ハナ、羨ましいですも」

 二人のやりとりにハナJSがぱちぱちと可愛らしく目を瞬かせる。
 それをレックス達はまた微笑ましそうに眺めながら、メレフが王都で買い込んできたチョコットを摘んでいた。


 ◇ ◇


「はぁぁぁぁああ」

 スペルビア最強のドライバーとそのブレイドの優雅でこそばゆいやり取りを少し離れた所で眺めていたジークは深い深いため息を吐いた。

「カグツチには素であんなコト出来るんになぁ」

 その顔には絆創膏がいくつも貼られ手や腕には軽くない火傷を負い、所々包帯でグルグル巻きにされている。

 一連の騒ぎをどうにか収めてこの村に引き上げてきた時ニアに怪我の治療を頼んだのだが、何を勘づいたのか『多分亀ちゃんの自業自得だから治してやんない。ビャッコも貸してやんないから』ときっぱり断られてしまった。

 不幸なことに他の回復ロールのブレイドも傭兵任務で全て出払っており、仕方なく傭兵団から薬箱を借りてサイカに包帯を巻くのを手伝ってもらったのである。


「ふぅぅう……」

 再びまた大きなため息を吐く。
 火傷の痛みこそ既に殆どないが、インヴィディアの内壁に到達する程の火柱の火元にいたのだ。
 蒼い焔で何もかもが見えなくなったあの恐ろしいひと時を思い出せば、ため息が出てしまうのは当然なのかもしれない。


「はぁぁあ」
「あ、メレフがこっち来るよ、王子」
「!」

 そうして何度目かのため息をついていたら、メレフがこちらにやってきた。
 ため息が聞こえたからというワケでもなさそうだが、どうしたのだろうか。

「その、ジーク」
「はい」

 昨晩の恐怖体験から反射的に背筋が伸びて他人行儀な言葉を返す。

「反乱分子の潜伏先への急襲時の貴殿の助勢、感謝する。礼を言っておこう」

 悠然と笑みを浮かべて、メレフはジークの手を両手でがっしり握る。

「……っ…」

 火傷で包帯だらけの手をギリギリと掴む彼女の指には『本当の事を言ったら殺す』という強い意志が滲んでいた。
 よく見ればこめかみに青筋が浮かんでいる……。
 余計な事は言わん方が身のためのようだ。


「お、おう! またなんかあったら頼ってくれや!」

 少々引きつった笑顔で明るく返事をする。
 すると『とりあえずカタレッタ一週間分で手を打とう』とさりげなく囁かれた。

 ――この件の埋め合わせにしては安い気もするが。


「……被害に遭った例の宿の修繕費用も私の方で算段する。とりあえず、それだけお前に伝えたかったのだ」
「なるほどな」

 メレフも昨晩の件には思う所があったようで内心胸を撫で下ろす。
 修繕費用の建替えがナシになったのはあまり温かくない己の懐的にも非常に助かる措置だった。


「――ではな」
「……おう」

 メレフは執権官用の帽子を洗練された仕草で被り直して踵を返す。
 そのまま酒場ヴァーゲルでセリオスティーを飲んでいたホムラやカグツチのもとに颯爽と合流し、これまた優雅に腰掛けて何やら飲み物を頼んでいた。


「――――」

 まじまじと、その様子を見つめる。
 好きだと口にした時の少女のような可憐さや怒りに任せて室内で剣を振り回すおっかなさは、今そこにいる麗人からは微塵も感じられなかった。

 ――リベラリタスの港で見た時のままの、自分とは考え方から違う麗しき蒼焔のドライバー。

 穴を開けるほどメレフを見つめても、同じ人物とはとても思えなかった。

 羞恥から頬を赤く染めたり怒りから蒼い焔をまとったり、まるで万華鏡のようだ。

 逆に言えば、普段冷静沈着そのものの彼女の素の一面を特等席で拝んでるのと同義なのかもしれない。


「王子、どうしたん? まだ傷痛むー?」
「いや、大丈夫や」
「……なら、いいんやけど」

 しばらく怪訝そうにしていたサイカも、やがてホムラ達に呼ばれてカフェの方に駆けて行った。

 それをひらひらと手を振って見送りながら、ジークは一つ胸に深く刻む。


(――これからはホンマ、気ぃつけとこ)


 酒に酔った炎の輝公子殿を決して怒らせてはならないという事を。
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