宮廷詩人とリトの英傑

【花を避ける理由】


「あの技を使う際、リーバル様はどうして花の近くを避けるのですか?」

 いつかの夜、彼にそう訊ねたことがある。
 答えは既に予測は付いていて、わざわざ訊く必要のない問いではあった。
 ただその日は丁度しのび草の花の盛りで、北の城壁の辺りにも咲き乱れているのを眺めていたらなんとなく聞いてみたくなったのだ。

「君は『無常の風は時を選ばず』って言葉……知ってる?」
「え? えぇまぁ……」

 風が花を散らすのに時を選ばないように人の死も予測できないものである……そういった意味だったはずだ。

「――自然に起こった風で花が散るのはごく普通の話だ。でも僕の風は違う」

 恥じらうように俯いて淡い光を放つしのび草の前にひざまずき、その花弁を優しく撫でながらリーバル様は続ける。

「あの技、細やかな風力調整がまだ難しくてさ。ま、すぐにものにしてやるけどね。でもその間……」

 あれだけの大技を編み出しただけに留まらず、今でもその研究と改良を続けているらしい。
 とても彼らしいと思った。

「僕の風が花達にとっての無常の風になって欲しくないんだよ」

 まぁ結局ただの験担ぎに過ぎないんだけどさと、少しだけ照れくさそうにしてリーバル様は花から手を離した。

「……貴方でも、縁起を担ぐんですね」
「なんだよ、別に悪い事じゃないだろ? 要は気持ちの問題さ、気持ちの」

 そう言って、夜風に揺れるしのび草を見つめる翡翠の瞳は柔らかかった。


「――それにしても……」

 リーバル様は立ち上がり、花から空へ視線を移す。
 咲き乱れるしのび草と周囲の木々は、寝息を立てるようにさわさわとそよぐ。
 子守唄みたいにたおやかなそよ風が僕らの頬を撫でていった。

「今夜の風は……良い風だ」

 目を細めて、リトの戦士は僅かに微笑む。
 彼の三つ編みが草木と似たようなリズムで揺れ、飾りのヒスイはそれに合わせてゆらゆらと踊る。


「えぇ、本当に……」

 目を閉じて、僕も風が織りなすかそけき唄に耳をすます。
 木々の葉が擦れ合う音は星の光の如く降り、遠く聞こえるお堀のせせらぎは妖精の囁きのようであった。
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