リトの英傑短編まとめ

【おぼろな追憶】


「なぁ……」

 俺の名前も姿もすっかり忘れてしまってるのに、メドーを解放してくれた御褒美と称してお節介にも自分の力を分け与えてくれたリトの英傑が躊躇いがちに呼びかけてきた。

「リンクって言ったっけ……? 君、これから他の神獣も解放しに行くんだろ」

 問われてすぐに頷くと目の前の透けた群青が少し不自然に揺れた気がした。

「もしまだゾーラの里に訪れていないなら、さっさと行って開放してやると良い」
「それは、どうして?」
「…………」

 少し間があった後、どこか困ったような顔でリトの英傑は何事かを小さく呟いていた。

「なんだか、あそこの神獣だけは早く解放してもらわないとって。ずっと、昔からそう思ってた気がして……」

 自分でも理由が分からなくなっているようで、リーバルは気まずけに俺から目をそらす。

「……リー、バル?」
「なんだろう、誰かが……泣いているような……? ――あぁいや、やっぱり何でもない……今のは忘れてくれ」

 理由を述べた言葉は風の音でよく聞こえなかったが、もう一度言う気はないようだった。

「あぁ、あと……もし君があいつ寝坊助に会ったら伝えてほしいことがあるんだけどさ」
「…………」

 何か覚悟したようなヒスイの瞳で俺を射抜くように見るから、こちらも思わず身構える。

「一度くらい、君と真剣に勝負したかったって……そう、伝えておいてくれ」
「……っ…」

 目の前の戦士に今すぐ言わなきゃいけない事がある筈なのに、言葉が詰まってしまう。
 継ぎ接ぎだらけの記憶しか持ち合わせていない自分が『俺が本人らしいです』なんてこの英傑に言える勇気はついぞ出なかった。

「おいおい、赤の他人の話にどうして君がそんな苦しそうな顔をするんだい?」

 こっちの気持ちも知らない癖に、リトの英傑は俺の顔を見て苦笑する。
 その表情は思い出した遠い昔の記憶より柔らかだった。

「お人好しが過ぎると、どっかの王家の姫みたいに苦労するよ?」

 記憶すら朧気になってもなお百五十年近く俺を待ってた君だって人のコト言えないじゃないかと、喉元まで出かかった言葉は結局声にならずに消えてしまった。

「じゃあね、あとは頼んだよ。お節介な旅人クン」

 言いたいことはもうないとばかりにリーバルは俺に背を向けた。
 息さえ上手く出来ない内に、己の体が輝き始める。

「ちょ、ちょっと……リーバル、待っ……!」

 やっと口から出た言葉を待たず、光は無情にも俺をさっさと包み込んでリトの英傑の姿は見えなくなっていた。


 ◇ ◇


 気が付いた時には、俺はリト族が住まう村の広場に一人立っていた。

「――――」

 メドーを解放した時はまだ強い光を放っていた太陽も既に沈み、周囲には虫の鳴き声と風車の回る音だけが静かに響いていた。

 リーバルに伝えたかった言葉なんてよく考えればそれ程なかったのに、何も口に出せなかった。
 それがひどく悔しくて悲しい。

 もっと早く目覚めて、もっと早く神獣に辿り着けていたなら……。
 あのリトの英傑も記憶が曖昧になる事もなく、仲間との再会を果たせていたのかもしれない。

 ――その再会が例え今の自分にとっては蚊帳の外に感じたとしても、だ……。

「はぁ……」

 無意識に握り締めていた手に気付き、自嘲気味に白い息を吐く。

 広場の遥か上を仰ぎ見ると、いつの間にリトの巨塔の頂上を止まり木に降り立った風の神獣が朧月の柔らかな光に照らされていた。

「リーバル……」

 メドーの姿を焼き付けるように暫し瞬きせずにじっと眺める。
 もの言わぬ神獣は俺に『僕のことはもういいから他の連中を頼むよ』と諭しているようにも見えた。

「――村の族長に……テバさんに報告しに行かなきゃ」

 もっと若けりゃオレがあの馬鹿デカいのをぶっ潰しに行ったのにと、悔しさを滲ませて豪語していたご老体を待たせてはまずい。

 俺はかの英傑と同じ色の風車が回る広場を静かに後にした。
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