ブレワイ&厄黙二次小説

【10センチが憎い】


―――ハイラル城 ゼルダの研究室


「すぐに身長を伸ばす薬はないか……ですか?」
「あぁ」

 穏やかな風が研究室の高窓から入り込んでくる昼下がり、リトの英傑は神妙な面持ちで頷いた。
 リーバルが珍しく私の研究室を訪れた理由はそれらしい。

 確かに体力や脚力を増強する薬はあるが…身長を伸ばす薬なんて聞いた事がない。
 そもそも、彼はもう十分上背があるように見えるのだが……。

「そりゃ姫から見ればそうかもしれないけど、僕はリト族の中じゃまだ小さい方なんだよ」

 やや恥ずかしそうに答えるリトの英傑は、いつもより年相応に見えて微笑ましかった。

「まだこれから伸びる時期があると思いますし、それまでは然るべき栄養を摂取しておく位しか出来る事はないと思いますよ?」
「そ、それじゃ遅いんだよ……っ!」

 私の答えにリーバルはこれまた珍しく食い下がってきた。なんだか焦っているようだけど、どうしたのだろう。

「ねぇ、本当に何かないの? 王家に伝わる秘伝の薬とか、迷いの森の奥にひっそり生えてる怪しげなキノコの噂とかさ」
「そ、そのような話どちらもおとぎ話でしか聞いた事ありませんよ……」

 リーバルの食い下がりように面食らう。
 そんなに急を要する理由があるようにも見えないのだが……。

「まぁ、姫も知らないんじゃ仕方ない。プルアに聞くと代わりにタダ働きさせられそうだし……ダメ元で図書室で調べてみるよ」
「ごめんなさい。力になれなくて」
「いいって。僕こそ時間取らせてすまなかったね」

 残念そうに言ってリーバルが踵を返そうとした時、突然軽快なノック音が部屋に響いた。

「御ひぃ様、いるかい?」

 扉に顔を向けると、ゲルドの英傑で族長でもあるウルボザが研究室のドアを開けてこちらを覗いていた。

「ウルボザ? どうなさいました?」
「ナボリスの通電機構について聞きたい事が出来たんだが……。おや? 珍しいね、アンタがここにいるなんて」
「げっ」

 ウルボザの顔を見た途端、リーバルは何故かすごく嫌そうな声を出す。

「はぁ……。知合いに会って最初に出る言葉かいソレは。御ひぃ様を困らせるようなこと、してないだろうね?」

 リーバルの反応にため息をつきながらウルボザが研究室に入ってくる。

「フン。そんなこと、この僕が姫にするとでも?」

 一方のリーバルはと言うと、腕を組んでウルボザを睨んでいる。
 何だか少し険悪な雰囲気だが、二人の間に何かあったのだろうか…。

「それは分からないだろう? アンタは数日前、御ひぃ様と共に村にやってきたリンクに挑発なんて大人気ない真似した実績があるんだからねぇ」
「!」

 ウルボザの言葉にリーバルの眉尻が跳ね上がり、やがてバツが悪そうな顔をしていた。

「チッ……相変わらず耳聡いね、ゲルドの族長は」
「なに、お前達(リト族)程ではないさ」
「ふん、よく言うよ」
「……」

 数日前私達がリトの村を訪れた時にそんな事があったなんて……。
 私はその時あの騎士と共に村を訪れていた筈なのに、彼は何も教えてはくれなかった。
 少しショックだ。
 退魔の剣の主として選ばれたあの青年も、やはり私が無才の姫だから何も話してくれなかったのかだろうか……。

 それにしてもウルボザは何処でそれを知り得たのだろう。砂漠を統べるゲルド族の族長だから成せることなのだろうか。
 退魔の剣に選ばれたあの騎士も、ウルボザもリーバルも皆、存在がとても遠く感じる。

(未だに何の力を持たない私が彼らの長だなんて……やっぱり、とてもじゃないけど相応しいとは思えない)

 二人のやり取りを聞きながら、軽い自己嫌悪に陥る。
 その間も彼らの少々棘のあるやり取りが続いていった。

「――そういうの嫌いじゃないけどさ。城内でも徐々に噂になってるみたいでね。悪目立ちする行動は出来れば控えておくれよ」
「あいつが厄災討伐にやる気のある態度をもっと僕に見せてくれたら、考えてやってもいいよ?」
「はぁ、相変わらず素直じゃないねぇアンタは」
「なんとでも言えば? 僕はあいつのこと、まだ認めた訳じゃないんだよ」
「リーバル、城でそう言うことは……」

 リーバルの発言にウルボザは顔を曇らせるが、彼はどこか不敵な笑みを浮かべていた。

「変な噂になるから言うなって? フン、まだ認めてもいない奴におべっか使うなんて僕は死んでも御免だからね」

 リンクと同じ近衛の騎士ですら今では彼に対抗心を燃やす者などいなくなったと聞くのに、リーバルははっきりとそう言った。例え王命であの騎士が厄災討伐の任を受けていようと、認めていないと堂々と口に出せるリーバルはとても豪胆だと思う。

「……ま、いいさ。で、そんな優秀なリトの英傑様が何故ここに? 神獣繰りに何か不安な事でも出来たのかい?」
「そんなコトある訳ないじゃないか。僕を馬鹿にしてるの?」
「はぁ、またそうやって無駄に刺々しくする。アンタのとこの族長の苦労が忍ばれるよ」

 頭を抱えながらウルボザがそう言うと、リーバルは余計目付きを鋭くさせて舌打ちする。

「……喧嘩売ってるんなら、今すぐ買ってあげても別に構わないんだけど?」
「売ってもいないものを買うと言われてもねぇ」

 先ほどよりもっと険悪な雰囲気になり始めたので、私も慌ててリーバルがここに来た理由をウルボザに伝えようと口を開いた。

「違うんです、ウルボザ。リーバルは私に……」
「ちょ、ちょっと姫……! さっきの話は黙っててくれよっ!」

 すると急にリーバルが焦ったように私の言葉を遮ってきた。

「? どうしてです?」
「そ、それは…っ…と、とにかく他言無用だからね!」
「きゃっ! ちょっと、リーバル……?!」

 リーバルは慌てて研究室の高窓に向かって飛び上がる。そこから外へ出ようとしているようだ。

 ――が……。

「待ちな……」
「……っ?!」

 そんな彼の尾羽をウルボザが即座に掴む。

「無作法にも王家の姫君の部屋を窓から出ていくんじゃあ、ない……よっ!」
「!!ぅ、うわぁあ……っ!!」

 ウルボザはそのまま一本背負いの要領で、ブンと……研究室の出入り口の前にリーバルを勢い良く叩き下ろす。
 この部屋には天井から釣り下げている植木鉢や大量の本が積み上がっているのだが、ウルボザはそれらに一切触れる事無く見事な美しい投げ技を決めていた。


 ◇ ◇


「げほ、ゲホッ……! な、何するんだよ急に……! 尾羽が千切れたらどうしてくれるんだ?!」

 地面に叩き落とされたリーバルは咳き込みながら身を起こしてウルボザを睨みつける。そんな彼を見下ろしてゲルドの族長はまた呆れたように口を開いた。

「全く……ここはリトの村とは勝手が違うんだ。英傑であるアンタがそんな無精を働くと、やり玉に挙げられるのは御ひぃ様なんだよ?」
「! それは…っ…あ、あんたがこの部屋に急に入ってきたから仕方がなかったんだよ…っ…!」
「へぇ? 私が御ひぃ様の研究室にきて不都合なコトねぇ」

 ウルボザはイタズラを思いついた子供の様にニヤリとして、ようやく立ち上がったリーバルにズイッと近寄る。

「な、何だよ。僕は疚しいコトなんて一切してないからな」
「ふん、万が一そんなことしでかしていたら、今頃お前は消し炭すら残っていないよ」

 ウルボザは妖艶な笑みを浮かべて平然と物騒なコトを言い放つと、彼女の空気に気圧されたのかリーバルは部屋の隅に後退していく。

「なら何で今…っ…僕に詰め寄る必要があるんだよっ……」
「別に詰め寄ってなんかいないさ。個人的に確かめたくなった事ができてね」

 壁際まで追い詰められたリーバルの目元に、ウルボザのしなやかな褐色の指が触れる。

「!? な、何する気だ……!」

 驚き叫ぶリーバルを意に介さず、ウルボザはその指を平行に自分の方に動かす。
 指が到達した場所はウルボザの目元から10センチ程下だった。

(あっ、これ……もしかして)

「フフッ、あと10センチ程……私には届かないようだね?」
「――クソッ、やっぱりあんた分かっててわざと……!」

 私が予想した通り……リーバルはウルボザに目線の高さで負けていることが気になって仕方がなかったようだ。

「全く、そんな無駄なことで御ひぃ様の少ない自由時間を浪費させるなんて嘆かわしいよ」
「む、無駄……?! だ、大体あんたが顔合わす度に僕を見下ろしてニヤニヤしてくるのがいけないんだろ!」

 ウルボザの言葉にカチンとしたのか、リーバルは声を荒らげて長い人差し指を勢いよく彼女につきつける。

「おやおや、そんなことでイライラしてるようじゃ心身ともに強いヴォーイにはなれないよ?」
「な……っ」

 ウルボザは余裕の表情でリーバルの言い分をバッサリ斬り捨てる。あまりのバッサリさに狼狽えるリトの英傑の様子に、ウルボザは愉快そうに更に追い打ちをかけていた。

「そういう意味じゃあ、あんたの挑発に一切乗らなかったリンクの方がヴォーイとしても英傑としてもお前より一枚上手ってことだ」
「!! ……そ、それとコレとは関係ないだろ……っ!」

 リーバルはこういった言い合いにムキになる人だと思ってなかったのだが、そうでもなかったらしい。
 なんだかそれに不思議と親近感が湧いて、少しホッとする。

「……リーバルにも、子どもっぽい所があるんですね」
「だ、誰が子どもっぽいだって……!? その発言、今すぐ取り消してくれよ!」

 思わず呟いた私の言葉に、リーバルが脊髄反射でこちらを向いて怒り出す。どこか必死なリトの英傑の姿に何を思ったのか、ウルボザの顔はますます意地悪になっていく。

「こら、御ひい様になんて口利くんだい」
「?! ちょ、何するんだ……!」

 ウルボザはリトの英傑の首根っこをむんずと掴み、そのまま持ち上げてしまった。
 持ち上げられてしまった当人は相当激しく抵抗しているが、彼女は微動だにしない。

(ゲルド族がこんなにも力が強いなんて……)

 これは新しい発見かもしれない。近い内にプルアに頼んでウルボザの身体検査でもしてみようかしら。

「くそ、離せ! 離せって言ってるだろ!!」
「これ以上暴れるなら、このまま御ひい様お付の騎士に引き渡してやっても良いんだよ?」
「?! ひ、卑怯だぞウルボザ…っ!!」

 それは彼にとって一番の悪夢なのではないのだろうか。現在のリーバルの状況に心底同情する。

(ウルボザってもしかして実はすごくSっ気があるのかしら)

 私と過ごす時はいつもとても優しくしてくれるから、こんな一面があるとは今まで知らなかった。

「さぁどうするんだい、リーバル。私だって忙しいんだ。どっちが良いか今すぐ決めな」

 若干うんざりしたようにウルボザが持ち上げたリーバルに顔を向ける。
 早く答えないとすぐにでも研究室から出て行って、その先の橋で待機しているであろうあの騎士に引渡しそうな勢いだ。

「―――分かった、僕が悪かった。これでOK? 姫に免じて今日の所は大人しく退いておいてあげるよ」
「反省の色があまり見えないが……?」
「ふん、ゲルドの族長は顔色だけで人を判断するのかい?」

 絶体絶命のピンチだと思うのだが……こんな態度が取れるリーバルは心が強いのだと思う。
 素直じゃないと村の族長がポツリと呟いていたのも間違いではないとは思うけど。

「……はぁ。ま、しょうがない。今日の処はこれで勘弁しておいてやるよ」

 深いため息をついて、ウルボザは掴んでいた手をようやく離す。
 解放されたリーバルは暴れた際乱れたメドーのスカーフを整えながら怒りの形相で彼女を睨みつけていた。

「いつか絶対に上から見下ろしてやるからな…」
「はいはい、いつまでも待ってやるから、中身もちゃんと良いヴォーイになるんだよ?」
「……チッ。あんたのそういう所、とてつもなく虫唾が走るよ!」

 言い捨てて、リーバルは研究室のドアを乱暴に開け閉めして出て行ってしまった。
 すぐにつむじ風が巻き起こる音がしたので、おそらく私の部屋へ続く橋からそのまま空へ飛び立ってしまったようだ。


 ◇ ◇


「全く……あのリトの戦士には困ったもんだよ」

 悪い奴じゃないんだけどねと、ウルボザは肩を竦ませる。

「ウルボザもからかい過ぎだと思うんですが。もしかしてわざとやってません?」
「おや、御ひぃ様にはバレちまったか」

 私の言葉に、ウルボザはわざとらしくおどけてカラカラと笑う。

「ああいう片意地張ってる奴は根が生真面目な分、からかうと面白くてねぇ。つい、やり過ぎてしまうのさ」

 いたずらっぽくウィンクして笑うゲルドの族長は年若いヴァーイのような無邪気な空気を纏っていた。

「もう、ウルボザったら」
「ほら、そんな事よりナボリスについてだよ。あの神獣の事で早く知恵を授けてほしいんだ。頼むよ御ひい様」
「えぇ、任せて下さい」


 ◇ ◇


「なるほど……電気の力もちゃんと道を通してやらないと動かないもんなんだねぇ」
「えぇ、電気の矢や貴女の雷で一時的に稼働する事も出来るようですが、基本的には胴体部分の通電機構を利用するのが一番だとプルアも言ってました」
「ふむ……」

 ウルボザは私が渡したナボリスの研究資料を暫く真剣に眺め、その後漸く顔を上げた。

「いやぁ、助かったよ御ひぃ様。胴体部分を試しに少しだけ動かしてみたらいきなりナボリスの首が下がって来て肝が冷えたけど、大した事じゃなかったみたいで安心したよ」
「こちらこそ何か大きな問題になる前に相談してもらえて良かったです。四神獣については、未だに分からない事も多いですから」

 つい最近だって、シーカー族の調査班からルッタの水を作り出す機構についての調査報告がやっと上がってきたばかりだ。
 報告書の内容をプルアと取り纏めて、ミファーにもなるべく早く伝えられるように準備しなければならない。

「ふふっ、我らが英傑の長にかかれば古代の遺物も丸裸さね」
「いえ、プルアやロベリーと比べればまだまだです……」

 ルーダニアやメドーの調査報告書もまだ積み上がったままだ。課題もやる事も山積みなのである。

「ここに来る前にフルーツケーキを拵えたんだ。丁度三時だし、このまま休憩しないかい?」
「まぁ、是非いただきます……!」
「ははっ、御ひぃ様は相変わらずフルーツケーキに目がないね」
「し、仕方ないじゃないですか。好きな物は好きなんですから……っ」

 からかうウルボザに思わず口を尖らせると、彼女は微笑ましげに頬を緩ませていた。


 ◇ ◇


「なぁ、御ひぃ様」
 研究室を片付けて自室に向かおうとした時、ウルボザが私を呼び止める。
「? どうしたんですか?」
「あの退魔の剣の騎士、リンクとは仲良くやっていけそうかい?」

 急にあの騎士の話を振られるから、私は思わず目を泳がせた。

「正直……あまり自信がありません。彼は終始顔色も変えず、ほぼ無言で私の後ろからついてくるだけなので……」

 私からリンクに何か話しかけても、城の騎士が座学で学ぶ教科書の模範解答でも聞いてるような受け答えしかしないので酷く息が詰まるのだ。

「そうかい……」

 ウルボザは少し不安そうに眉尻を下げる。
 私は封印の力を振るわなければならない王家の姫で、あの騎士は厄災と戦う退魔の剣の主だ。
 その両者の仲が良くないなんて噂が立てば、それだけでも国民の心に不安をもたらしてしまう。
 ……心配されるのも無理はない。

「御ひぃ様……」

 だけど、私も彼と顔を合わせる度にその背中に携えた退魔の剣がチラつくのがとても苦しくて、話しかけるにも結構な勇気を要してしまうのだ。
 どうにかしなければならないのは分かってはいるのだが……解決策を見いだせなくてあの騎士の事を考えるだけで気持ちがズンと沈んでしまう。

「……ま、言いたい事があればあの騎士にもハッキリ言うといい。あいつ(リーバル)程感情をぶつける必要はないと思うが、たまには溜め込まずに吐き出す事も肝心さ」

 かの英傑とのこれからを考えて俯いてしまった私に、ウルボザは明るい口調でアドバイスしてくれる。
 だけどそれは、今の私にとってとてつもなく難易度の高い話だった。

「しかし、果たして彼に私の思いを受け止めてもらえるのでしょうか」

 力に目覚めてもいない者が何を言ってるんだと思われてしまうなら、とても苦しいし辛い……。

「大丈夫さ。そうじゃなけりゃ退魔の剣なんて大層なモノに選ばれる訳ないだろう?」
「でもやはり……不安なものは不安なんです」

 太古の儀式を真似た際、かの完璧な騎士の終始全く表情の読めない顔を思い出してげんなりしてしまう。

「心配ないって御ひぃ様。あいつは叙任式の後に写し絵撮った時だって……」
「写し絵、ですか?」
「……!」

 何かしまったと言いたそうな顔をしてウルボザは急に黙りこんでいた。

「ウルボザ……?」
「……あー、えぇっとなんだったっけな。すまないね、忘れちまったよ」
「そ、そんな……! 酷いです。肝心な所で忘れてしまうなんて!」

 何か話せるきっかけになればと期待していたのにがっかりしてしまう。

「ごめんよ、御ひぃ様。また思い出した時には必ず教えてやるからさ」
「もう、約束ですからね?」
「ああ、約束する。その時には御ひぃ様もあの騎士と少しは話せるようになってたらいいんだけどねぇ」
「うっ……ど、努力は、します……」
「よしよし、その意気だよ」

 ウルボザはニコニコしながら私の背中を優しく叩いてくれる。それだけで少しだけ心が軽くなったような気がした。


 ◇ ◇


「あ、そうだ」
「……? どうしたんですか?」
「一つリーバルの事で面白い話を思い出したからさっきのお詫びにそっちを教えてやるよ」
「え、リーバルのですか?」
「そうそう、叙任式の後に写し絵撮ったろう?あの時にさ……」

 そうしてゲルドの族長は先程のようにとてもイキイキした顔で、プライドの高いリトの英傑に聞いたと知られればまた酷く怒りそうな話を私に教えてくれたのだった。

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