モノクロとブルー

【英傑叙任式と二人】


 ―――中央ハイラル、ハイラル城控え室。

「なんでバカ兄貴が僕の叙任式に一緒に来るんだよ」

 きらびやかな調度品で彩られた控え室で、リーバルは年季の入ったテーブルに頰杖をついて不機嫌そうに呟く。その首には今日新しく王家から賜った青い衣が巻かれており、英傑叙任式が直前に迫っていることが分かった。

「なんでって、王家から直々に付き添いを一人必ず連れてくるように言われているんだよ。少しは我慢してくれ」

 肩を竦めてクラフィカがそう言えば、リーバルは小さく溜め息を吐く。それは自分の兄がそんな理由だけでここにいる訳はないという分かりにくい類の信頼だった。

「……代理を立てても良かっただろうに」
「弟の一世一代の晴れ姿を間近で見れるんだ。こんな役得な仕事はないさ」
「そんなこと言って、本当は族長の仕事を休める良い口実が欲しかっただけだろ?」
「……それが全くないと言えば嘘になるな」
「やっぱりそうだと思ったよ」

 ようやく兄の真の目的が判明しそれが予想通りだった為、リーバルは先程より大仰に溜め息を吐いていた。

「でもなリーバル。今日の叙任式には他の部族から選出された英傑も来るんだ。彼らとの交流も族長の大切な仕事だからな」
「ちょっと、何余計なことしようとしてるのさ。別に仲良しごっこをする為に集められた訳じゃないのに」
「おいおい、納得は出来なくても今は皆と力を合わせる為にコミュニケーションを取るのは大切なことだぜ?」
「そんなの、最低限で良いでしょ。頼むから叙任式が終わった後に他の連中の所に挨拶に行くなんて恥ずかしい真似はしないでね」

 クラフィカが族長らしくコミュニケーションの大切さを説くが、リーバルにはあまり響かないようだ。加えてリーバルはクラフィカがやりそうなことを先手を打ってやらないようにと釘を刺していた。

「お前がしないなら俺が……と思ってたが、やれやれ、お前の頼みとあらば大人しくしているさ」
「なんか釈然としないけど、大人しくしてくれればそれで良いよ」

 話が一段落したところで、部屋のドアがノックされ騎士が部屋に入ってきた。騎士は臙脂と紺の上等な服に身を包んでいて、騎士の中でも一番上の近衛の騎士であることが伺えた。
 厄災討伐を仰せつかる退魔の剣の主が近衛の騎士であるとゼルダ姫から聞いていたリーバルは少しだけ顔をしかめる。

「リーバル様、クラフィカ様、叙任式の準備が整いましたので本丸に移動願います」
「お、もうそんな時間か。報告感謝する」
「良ければ本丸まで案内いたしますが……」
「経路は既に確認しているから大丈夫だ」
「分かりました。くれぐれも遅れないようにお気を付けください」
「リーバル、行こう」
「分かってるさ」

 騎士は深々とお辞儀をして去り、二人はゆっくりと豪奢な椅子から立ち上がった。


 ◇ ◇


 城外に出て、外の景色を眺めながら本丸に向かう。城下町も今日の叙任式に盛り上がっているようで、遠目でもそれがはっきり分かった。

「――城下町でも盛り上がっているみたいだな、今日の叙任式」
「ま、ハイリア人でも中々経験できないことだろうしね」
「そんなお祭りのメインゲストの一人がお前だと思うと、とても感慨深いよ。思えばお前が産まれた時から――――」
「はいはい、感慨深いのは良く分かったから式中に変なことしたりしないでよ」

 軽口を叩きあって本丸に向かう。
 そうしてようやく本丸が見えてきた頃、少し離れた所で私語を話す二人の兵士を見かけた。

「なぁ! 新しいリトの族長、お前見たか?」
「見た見た!」
「………………」

 本来なら通り過ぎるところだったが、クラフィカのことをあまり小さくない声で話していたので二人は思わず聞き耳を立てる。

「――あの巻き毛、面白いよな」
「ああ、あれ見た瞬間吹き出しそうになったぜ」
「――――――」

 二人の兵士はクラフィカの巻き毛について話していたが、あまり愉快な内容ではなかった。確かにクラフィカの巻き毛は特徴的な髪型ではあるが、それを一介の兵士が嘲笑する立場にはない筈だ。

「……やれやれ、城の兵士は案外暇なのかもな」
「――――」

 だがクラフィカはそれを咎めに行く気配はない。族長としてハイリア人と接するようになってよくあることのようだ。こんなことに一々目くじらを立てていても埒が明かないと、クラフィカはこの二人の兵士のことも無視するつもりのようだ。
 対してリーバルはこのような場面に初めて遭遇したようで、とても不機嫌そうに目を細めていた。

「……兄貴、そこでちょっと待っててくれない?」
「お、おい、リーバル?」

 リーバルは不機嫌そうな顔のまま、件の二人の兵士の方に早足で歩き出す。それはどこか魔物を倒しに行くような空気を漂わせており、リーバルをよく知る者であれば何かしでかす予兆だと分かったであろう。だがクラフィカもリーバルが具体的に何をするか分からず、見守るしかなかった。

「ねぇ、ちょっと」
「は、はぁ」
「人の髪型を笑うのがこの国の兵士の仕事なのかい? それならなんて楽な仕事だろうねぇ?」
「はぁ? 何を言って……」
「!! お、おい首のスカーフ見ろ!」
「!? も、申し訳ありませんでした…!」
「どこで誰が何を聞いてるか分からないからね。言葉には気をつけなよ」
「「ははっ……!」」

 二人の兵士が慌てて深々と頭を下げるのを見て溜飲が下がったのか、リーバルは彼らに軽く忠告をしてクラフィカの下へ悠々と戻ってきた。

「リーバル、何もあそこまで詰めなくて良かったんじゃないか? 二人ともすごく青い顔してたぞ」
「兄貴が気にしなさ過ぎなんだよ。こうやって少しは釘を刺しとかないとすぐ舐められるぜ?」

 弟の気遣いは嬉しいが、やはりやりすぎは良くないとクラフィカはリーバルをやんわり咎めるがリーバルはどこ吹く風である。

「それにしても、王家から賜ったこのスカーフの効き目はすごいね。あの二人が血相を変える瞬間は見ていてとても爽快だったよ」
「分かってるとは思うが、悪用するなよ……?」
「まさか、こんなことするのは今回だけだよ。あんな無礼なハイリア人がいるとは思わなかったからね」
「リーバル……!」
「ちょ、ちょっと! なに目を潤ませてるんだよバカ兄貴! ほら、本丸もすぐそこなんだからさっさと行くよ!」

 目を潤ませるクラフィカを置いてリーバルは一人で本丸の方に行ってしまった。
 それが照れ隠しであると理解しているクラフィカはリーバルの後ろ姿を微笑ましそうに見ながらゆっくりと本丸へと向かっていった。


 ◇ ◇


 その後リーバルとクラフィカは英傑叙任式に参加し、リーバルは晴れてリトの英傑となった。
 そんなリーバルの晴れ姿をクラフィカは目に焼き付けるように式が終わるまでずっと見つめていた。
 ちなみにその日の夜行われた晩餐会で、クラフィカはゾーラの英傑ミファーと弟談義で大いに盛り上がりリーバルが密かに青筋を立てていたのはその場に護衛で居合わせた騎士の間で語り草になったという。
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