ブレワイ&厄黙二次小説

【焼け墜ちる鳥の籠】


 ―――タバンタ辺境、リトの村。

 ある新月の夜、リト族の住まう小さな村は突如炎に包まれた。
 村の通路や住居は木製だったため、すぐさま火の手が村全体に広がり、勢いが強い所は既に焼け落ち始めていた。
 普通、この非常事態に村の者が騒ぎ出す筈なのだが、炎に怯える女子どもの悲鳴も戦士の怒号も一向に聞こえてこない。
 辛うじてまだ残っている住居には夥しい羽と血が撒き散らされていた。火が出る前に皆死んでいるのなら、それらが悲鳴をあげる事も焼け落ちる村から脱出を試みる事もないのだから……。

「――リト族って案外脆いんだね」

 村の象徴だったリトの巨塔の上、村を焼き焦がす紅に染まったソコで何者かの声が冷ややかに響く。
 群青の翼にヒスイの瞳……そこにいたのは、今や中央ハイラルでも知らぬ者はいないリトの英傑だった。
 ただ、その瞳は時折り紅く煌めき、纏った空気もどこかほの昏い。この英傑をよく知る者なら皆一様に違和感を感じたに違いないだろう。

「〝あの時代〟から相当時が経った筈なのに、まさかまだ鳥目を克服出来てなかったなんてさ」

 正直失望したよと……。まるで遥か昔から存在し続けているかのような事を呟いて、リトの英傑の皮を被ったナニカは眼下で燃える村をつまらなさそうに眺める。
 この者が腰に携えているリトの片手剣の柄をよく見れば、血糊と色とりどりの羽根がこびり付いていた。その血が何の血なのか……もはや言うまでもなかった。

 しばらく村が焼けていく様を眺めていたリトの英傑らしきモノが、ふと……どこか楽しそうな顔をしてまた口を開く。

「ほら、〝君〟の村……全部焼けちゃったよ」

 歌うように告げられた言葉を聞く者は周囲には誰もいない筈なのに、その数秒後…誰かの返事を聞いたように無邪気に笑っていた。

「ふふっ、アハハハ! あぁ……君の慟哭がとても心地良いよ、リーバルリーバル・・・・!!」

 ――このどこか怪しげなリトの戦士が話しかけていたのは他でもない。
 その体の本来の主……今は厄災に乗っ取られ体の中に抑え込まれ囚われてしまったリトの英傑の魂だった。

 これより一か月前、リトの英傑は城の坑道より溢れ出た厄災の怨念の一部に善戦虚しくその身を侵されてしまったのだ。彼はそれから……この日まで厄災の浸食に耐え続けていたが、それ以上は保たなかった。

 一万年に渡って封じられ続けてもなお滅する事の無かった厄災の怨念の前には、神獣の繰り手として聖なる力を得ていた英傑でさえ無力だった。
 否、もしかすると彼らが行った神獣繰りの試練自体になにか綻びがあったのならば……。しかしそれは今となっては既に意味のない仮定の話だった。


 ◇ ◇

「さて、村もキレイに無くなったし。君のメドーも僕が貰ってあげるね」

 通路や住居がほぼ完全に焼け落ちて村を支えていた巨塔の岩肌が見え始めた頃、闇に塗れた英傑が月のない空を仰ぐ。その視線は今も塔の上空を飛ぶ風の神獣に向けられていた。

「あの優雅な姿を見るのもいつぶりか。まさかこんなにも簡単に奪える時がくるなんて」

 未だ青く輝く神獣ヴァ=メドーを愛おしげに見つめ、厄災の分身は巨塔から飛び立とうとした。

 ――だが、体はピクリとも動かず、宵闇に染まった翼は羽ばたこうともしない。

「……あれ?」

 何かおかしいと首を傾げた刹那――彼の右手が意に反して腰の剣を抜き、自身のノド元に突き付けていた。

「!?」

 リトの戦士の首から、つぅっと一筋…ほのかに毒々しい色の血が流れる。辛うじて剣が更に刺さる寸前で残った左手がその凶行を阻止したが、剣を持った右手は未だにガタガタと震えていた。

〈……ろ…て、…る…!〉

 頭の中でリトの英傑の絶叫が響き渡る。

〈…ころして、やる……! おまえ、だけは……!!〉

 かの英傑の声音は殺された同胞への無念から恐ろしい殺気を放っていた。小さな魔物ならその殺気のみで息の根を止められそうな勢いだ。

「フン、厄災の呪縛を振り払って殺そうとしてくるなんて意外とやるじゃないか」

 しかし厄災の分身はリーバルの憤怒からの行動に少しだけ驚く素振りを見せただけで、ノド元に突き付けられた剣に焦る様子はどこにもなかった。

「けど、それも厄災の前では全て無駄な足掻きだよ」

 急にリトの英傑の身体から赤黒い風が立ち上る。すると己の首に刃を突きつけ震えていた右手はストンと下がり、持っていた剣をあっさり鞘に収めていた。
 体の内で暴れ回っていたリトの英傑の魂は更に強固な牢獄に囚われてしまったようだった。

「ちょっと驚いたけど……いやいや、残念だったねぇ」

 心底愉快そうに口元を歪ませて、厄災の分身はリトの英傑の決死の覚悟をあざ笑う。その後、まるで天上の歌声でも聴くかのように目を瞑る。彼の頭の中でどんな音が流れているのか、想像に難くなかった。
 あるじの激する心に呼応したのか、感情のない筈の大きな鳥が上空で悲し気に啼いていた。その様子を厄災の分身は冷めた眼で見据える。

「君が護りたかったもの、愛おしいと思ったもの……。全部僕が奪って壊してあげる」

 羽ばたき一つで気流を生み出し、空に飛びあがる。その風は近づくモノ全てカマイタチのように切り刻んでしまいそうだった。

「そうだ、全てが上手くいった暁には僕の為だけに甘美な詩を君の美声で唄ってくれよ。リトの英傑クン」

 風の神獣のもとに向かいながら、厄災の分身はまた身の内に封じたリトの英傑の魂に語りかける。優しく頼むような口調の中に何か有無を言わせない底知れない不気味さがあった。

「――それまでは、僕の胸の内でちゃんと生かしておいてあげるから」

 未だ焼け落ちた村の煙が燻ぶるリリトト湖の上空、闇に堕ちたリトの戦士の嗤い声だけが月の無い真っ暗な夜にずっと響いていた。
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