闇落ちリンクの話

【厄災復活】


 ―――ハイラル城、本丸。

 英傑達に脅迫状が寄越されてから少しだけ時間が経過した頃、リンクは城の本丸のある場所へと向かっていた。


「お久しぶりです、ゼルダ様」

 最近その数を増やし始めた姫しずかの花を一輪だけ持って、リンクは静かに呟く。
 玉座の隣に安置された棺の中で、ゼルダは巫女服のまま眠るようにその身を横たえさせていた。

「……もうすぐです。もうすぐ貴女を生き返らせることができる」

 棺に横たわっているゼルダの体は、厄災封印の余波で亡くなった一年前と全く変わっていなかった。
 イーガの者はゼルダの魂が厄災と共に封印された為だとリンクに説明したが、なるほどその説を信じたくなる程に腐敗も損壊も全くないのである。

「もう一度……貴女の……」

 ――もう一度、王家の姫の笑顔が見たい。
 理由はそれこそ色々とあったが、リンクがゼルダを生き返らせたい一番の理由はそれだった。

「それまで、もうしばらくお待ち下さい」

 そう言って、リンクは持っていた姫しずかをゼルダの胸元にそっと手向け黙祷を捧げていた。


「――抜けがけですか。貴方も油断なりませんね」
「…………」

 黙祷が終わった時、図ったように元宮廷詩人がリンクの背後に姿を現した。先程から本丸内部を見張っていたようだが、リンクがゼルダのそばにいるのが我慢ならずに出てきたようだった。

「それにしてもお美しい……」

 そう言って、元宮廷詩人は棺にそっと近付いてゼルダの姿を目に焼き付けるように見つめる。

「亡くなっているとは到底思えません」
「……そうだな」
「…………」

 リンクが珍しくだんまりではなく返事を返したので、元宮廷詩人は若干面食らう。だがそれをおくびにも出さず、元宮廷詩人は目を伏せてゼルダに黙祷を捧げていた。

「――ところで」
「?」

 黙祷を終えたところで、元宮廷詩人はリンクに振り返る。イーガに与してからはいつも静けさを纏っている元宮廷詩人には珍しく、どことなく興味があると呼べるような表情を浮かべていた。

「ゼルダ様が蘇った後、貴方はどうするんですか?」
「……ゼルダ様とこの国を出たい」

 もし万事上手くいって王家の姫が蘇っても、この国では彼女が幸せになる道はないとリンクは思っているようだ。

「全く、本当に油断なりませんね貴方は。まさかゼルダ様を伴って国外逃亡を計画しているとは」
「計画なんて、大層なものじゃない。ただ、ゼルダ様が何も後ろめたく思うことなく生きてほしいだけだ」
「そう言ってのけるだけで大層なものですよ」
「…………」

 また嫌味を言われるとばかり思っていたのが逆に褒められてしまい、リンクは若干戸惑う。
 今は冷徹な元宮廷詩人にもまだ柔らかな面があるのかもしれない。そんなことを思っていたら、リンクは自然と彼に対して言葉を紡いでいた。

「君こそ、ゼルダ様が蘇ったらその後どうするんだ?」
「私は……」
「おい、二人共そこで何をしている」
「!」

 気付けば少し離れた所にイーガの幹部が呆れたように肩をすくめて立っていた。

「浮足立つのは分かるが、持ち場を離れてこんな所で油を売られてはこちらも困る」
「…………」

 リンクも元宮廷詩人もゼルダの復活に浮足立っているわけではない。ただ単に静かに喜びを噛み締めていただけだ。だがこの幹部に何を言っても信じないだろう。

「ハイラル城に英傑達が来るにもまだ時間があります。少し位休んで何が問題なのでしょう」

 元宮廷詩人が不機嫌そうに幹部に噛みつく。ゼルダのそばにいる時間を邪魔されて少しばかり腹を立てているようだ。

「その態度が問題なのだ。ちょっとした隙が我らの破滅へと繋がる。それをゆめゆめ忘れるな」
「――我々は厄災復活の為でなくゼルダ様復活の為だけに動いているということ、そちらこそお忘れなく」
「ふん、言っておけ」

 それだけ言って、幹部は持ち場へ戻っていった。

「――はぁ、我々も戻りましょうか」
「ああ」

 わざとらしく溜め息を吐いて元宮廷詩人がリンクに持ち場へ戻るよう促せば、リンクは静かに頷いてゼルダの棺のそばから離れて歩き出す。
 昇った筈の太陽は分厚い雲に覆われて、本丸内は夜のように暗かった。
 その中にあって、全てが黒く染まった服を身に纏ったリンクはまるで闇が意思を持って動いているようにも見えた。


 ◇ ◇


 ゾーラの里でイーガ団から脅迫状を受け取った英傑四人は急ぎハイラル城へと向かっていた。


 ―――ハイラル城、正門前。

「悪ぃ! 遅くなったか?」
「いや、十分速いよ」

 空から先行していたリーバルとミファーの下にダルケルとウルボザがようやくやってきた。
 ダルケルは転がりで、ウルボザは馬でここまでやってきたようだが……。

「それで……どうしてプルアまでここに?」

 眉間に手を当てながらリーバルがひどく呆れたような声音でウルボザに問う。

「えーっと、里を出る時にどうしてもって言われてね」

 ウルボザは困ったように肩を竦める。プルアの懇願を聞き入れて、ここまで一緒に馬に乗ってきたらしい。

「今のハイラル城はいつものハイラル城とは違うんだ。物見遊山でついてくる所じゃないよ」

 ここで待っててくれなきゃ困ると言いたげなリーバルにプルアは口を尖らせる。

「なによー。私だって陛下のことが心配だし、インパの無事も確認したいのよ」
「でも、何かあった時に私達プルアさんを守りきれないかもしれないし……」
「何かあったらすぐ逃げられるようにちゃんと準備してるし、心配いらないわ!」

 ミファーもプルアの身の安全を心配しているようだが、当のプルアは自信満々でそう言い切る。

「……全く、何が起きても知らないからね」
「ありがと♪」

 プルアの強情っぷりにリーバルが折れると、彼女はウィンクをしてお決まりのチェッキーポーズで礼を言っていた。

「さて、そうと決まれば早くお城に向かわなきゃね」

 話も一段落したところで、一行が城の正門をくぐろうとした時……。

「英傑の皆様! プルア様!」

 彼らを呼び止める声が後方から聞こえてきた。

「! あんたは確か陛下お付きの……」
「久方ぶりです、ウルボザ様」

 ハイラル王付きのやや年配の近衛騎士はきびきびとウルボザや他の者に挨拶する。彼の腕には包帯が巻かれていた。城を制圧された時に怪我をしたのだろう。

「恥ずかしながら城を制圧され、兵士や騎士はもとより貴族や召使い等城にいた者全員外に追い出されてしまいまして……」

 近衛騎士は淡々と状況を説明するが、言葉の端々に悔しさが滲んでいる。沢山の強い兵士や騎士を擁するハイラル城がたった一人の人間に制圧されたのがよほど悔しかったようだ。

「なるほど、だから城下町の中央広場にいつもより人がいたのか」

 中央広場を振り返ってよく見れば、怪我をした騎士や兵士の他に広場を右往左往している貴族や召使いでごった返していた。

「被害の方は?」
「いえ、怪我人は沢山いますが被害はそれだけです。リンク殿は誰一人殺さず城を制圧しましたので」
「リンク……」

 ここでもアッカレ砦と同じくリンクが人を誰も殺していない事実にミファーはホッとしたように目を細めた。

「現在城には陛下と執政補佐官殿が人質としてイーガに囚われております。場所はきっと本丸かと思われます」
「本丸か、私達はそこに向かえばいいんだね?」
「おそらく。奴ら何をしてくるか分かりません。どうかお気をつけて」
「分かった。忠告感謝する」

 近衛騎士は深々と礼をしてその場を去って行った。


 ◇ ◇


 ―――ハイラル城、本丸。

「ようやく来たか……」

 英傑達とプルアが本丸に足を踏み入れると、中にはイーガの幹部や構成員、そしてリンクと元宮廷詩人が待ち構えていた。

「英傑の皆さん?! それにプルアまで……!?」

 そしてその後方にハイラル王とインパが縄で縛られた状態で捕まっていた。

「約束通り、英傑四人で来てやったよ」
「ふっ、ゾーラの里からはるばるご苦労なことだ」
「御託はいい。それよりまず、そこにいるハイラル王と執政補佐官をこちらに引き渡してもらおう」
「そのようなことは一言も言ってないが……まぁいい。おい、二人を離してやれ」
「…………」
「仕方ないですね」

 リンクと元宮廷詩人がハイラル王とインパを英傑達側に引き渡してきた。

「陛下! インパ!」
「英傑の皆よ、儂の為にすまぬ……!」
「私が不甲斐ないばかりに……陛下まで……皆さん本当に申し訳ありません……」

 引き渡された二人の縄を解けば、ハイラル王もインパもどちらもひどく申し訳なさそうに俯いていた。

「我々も肝心な時に陛下のそばにおられず、申し訳ありませんでした。それにインパ、相手はリンクだったんだろ? 勝てなくても仕方ないさ」
「しかし……!」
「大丈夫。私達が来たんだ。もう、あいつらの好きにはさせないよ」
「そうよインパ。ここは英傑達とお姉ちゃんに任せなさーい♪」
「ウルボザ殿……プルア……お気遣い痛み入ります」

 ウルボザとプルアの言葉にインパはようやく顔を上げる。少しだけ元気を取り戻したのか、固かった表情も少しだけ緩んでいた。

「――リンク、こんなこともう止めよう? 姫様もこんなこと望んでなんか……」
「もう、良いんだミファー」

 王とインパを助け出した横で、ミファーがリンクに再度説得を試みていた。しかしリンクはミファーの言葉を遮るように口を開く。

「リンク……?」
「これでゼルダ様が蘇る……蘇るんだ。それ以上でも以下でもない」

 そう言って、リンクはイーガの幹部の隣に戻って行ってしまった。

「……リンク!? まだ話は終わってないよ!」

 ミファーの呼びかけも、ゼルダ復活を前にしたリンクにはもう届かないようだった。


「我々はこれ以上お前達の問答に付き合うつもりはない。早速始めろ」
「はっ!」

 イーガの構成員が古代シーカー族の遺物に酷似した奇妙な赤い機械に触れる。
 すると機械から赤黒い光が飛び出し……。

「か、体がっ……!」
「う、動かねぇっ……!」

 英傑達を包み、拘束する。拘束されながら何か心をまさぐられるような感覚に、英傑達は言いようのない気持ち悪さを感じていた。

「ふん、僕らを拘束したところで何の意味もないよ……!」
「果たしてどうかな?」
「なに……?」
「! 皆、外を見よ!」

 ハイラル王の言葉に皆が本丸の外に視線を向ければ、信じられない光景が各地で広がっていた。

「し、神獣が……!」
「動きだした……!?」

 各地で鎮座していた神獣達がゆっくりと動き始めたのだ。

「で、でもなんで?!」

 神獣は繰り手の意思でなければ動かない筈だ。
 考えられるとするなら、今自分達を拘束しているイーガの奇妙な機械くらいだが……。

「貴様……私達に何をした!?」

 ウルボザが吠える。その顔には怒りと困惑が入り混じった表情が浮かんでいる。

「英傑の魂が必要だとは言ったが、殺すとまでは言ってない。殺すと面倒だからな。あくまで神獣を動かす為の鍵としてお前達をここに呼んだのだ」
「神獣を? なんの為に!?」
「まあ、見ていれば分かる。おい、シーカータワーの解析の方はどうなってる」
「今終わりました。いつでもいけます」
「よし、では神獣に厄災の封印をこじ開けさせてもらうぞ」

 イーガの幹部が手をあげると、構成員がまた奇妙な機械に触れる。すると動き出した神獣達がある体勢を取り始める。それは神獣の中で一番の攻撃力を誇るあのビーム攻撃を放つ時と同じ体勢だった。

「これはまさか……っ!」
「ルッタ止めて! 目を覚まして!」

 英傑達の叫びの甲斐なく、四体の神獣はビーム発射の準備を着々と終えていく。

「くそっ、打つ手無しかっ……」
「あの機械を壊せればなんとかなりそうだけど……」
「では私が……!」

 プルアの言葉にインパがクナイを複数赤い機械目掛けて投げるが……。

「……甘いですよ」

 インパの動きを察知した元宮廷詩人が投げられたクナイを全て叩き落としていた。

「悔しいけど、今は無理みたいね」
「くっ……」

 やがて警告音が四方から響き始め、その発射が近いことを皆に悟らせ絶望させた。

「万事休すか……」

 そうして遂に汚れも淀みも知らぬ青白い光の洪水がハイラル城に向かって四方から放たれる。
 神獣達の放ったビームは本丸の上空すれすれのとある地点を掠めていった。いや、その地点に吸い込まれたと表現した方が合っているのかもしれない。

「! 今度はなんだ?!」

 その地点を中心に大きな衝撃波が発生し、その余波がハイラル城をガタガタと揺らす。
 やがてガラスが割れるようにその地点の空間が大きく割れ、中から大量の赤黒いヘドロのようなものが溢れ出していた。

「厄災の封印の破壊、成功した!」

 イーガの幹部が高らかに告げる。
 イーガ団はリンクが起動させた各地のシーカータワーによって厄災の封印された地点を特定し、その地点に神獣のビームを放つことで封印を破壊したのであった。


 ◇ ◇


 ゴボゴボと赤黒いヘドロがハイラル城に落ちていく中、割れた空間から黄金に輝く光の球が静かに現れる。
 それはいつの間にか城の本丸内に入り込み、ゼルダの棺がある玉座近くまでゆっくりと近寄っていった。

「あれは……」
「あれこそ、きっとゼルダ様の御魂……」
「なんだって!?」

 元宮廷詩人の言葉に皆が騒然となる。
 そうこうしてる内に黄金の光の球がゼルダの体に触れると同時に球が弾け、眩い光が周囲を包んだ。

「……ん……っ……」

 それが止んだ時、微睡みから目覚めるようにゼルダの目がゆっくりと開いてやがて棺から起き上がった。

「まさかゼルダが……」
「ほ、本当に御ひぃ様が生き返っちまうなんて……」

 四人の英傑やハイラル王達はその奇跡のような光景にしばらく息を飲んでいた。


「よい…しょっと……」

 ようやく姫巫女が棺から立ち上がる。その姿は一年前と変わらずだが、まだ足下が覚束ないようだった。

「ゼルダ様……!」
「……リンク」

 リンクが棺から出た姫巫女に駆け寄ると、唐突にパチンと威勢の良い破裂音が本丸に響いた。
 ゼルダがリンクの頬を平手で打ったのだ。

「ゼルダ……様?」

 頬を張られて呆然とするリンクに、ゼルダは肩を震わせて怒りとも哀しみともとれない表情を浮かべる。

「厄災と共に魂を封印されてから、ずっと……貴方のことを見守っていました。なのに、貴方という人は……!!」
「…………」
「私などの為に国を裏切って……人を傷付けて……!」
「姫様……」

 そこまで言って、ゼルダは一呼吸置く。復活してすぐの体で叫ぶのは存外堪えるようだった。

「……ですが、貴方の想いは痛いほど伝わりました。それを分からず死んだ私に貴方を一方的に責めることは出来ません」
「御ひぃ様……」
「だから、貴方が人を殺めようとした時はせめてそれが叶わないように祈りを込めていました」
「なっ!?」

 リンクは驚くと同時にようやく合点がいったような表情を浮かべる。まさか死んだ筈のゼルダの力が自分に及んでいたとは露ほども思わなかったようだ。

「夢の中で貴方は言いましたよね? 私が人を殺すなと命じれば従うと……」
「! あれも貴女の力でしたか……」
「ええ。それくらいしか、貴方に呼びかける術がありませんでしたから」
「…………」
「……相棒が人を殺さなかったのは姫さんのおかげだったのか」

 俯き押し黙るリンクを見つめながら、ダルケルが納得いったように呟く。

「でもなんで、そんな……」

 リンクは絞り出すように言って、若干足下がふらつかせる。なぜゼルダが自分に対してそんなことをしたのか理由がよく分からないようだ。

「大切な貴方に人殺しになってほしくなかったからです」
「大切……?」
「私だけではありません。英傑や他の皆だって、貴方を大切に思っているのですよ」
「な、何を根拠に……!」
「でなければ、貴方を殺すのではなく必死に止めようとしたり説得しようとはしないでしょう?」
「!!」

 思えば、リーバルがリンクと戦った時からそうだった。皆が皆、彼を止めようと必死だった。ミファーも力ではなく言葉でリンクを止めようとしていた。
 その全てに背を向け刃を向けたのは他でもないリンクである。

「…………………………っ……」

 先程からふらついていたリンクの体が大きくぐらりと揺れ、俯いたまま膝から崩れ落ちる。

「――貴女が死んでから、俺の中で全てが死んだような気がしていました」
「…………」

 自分も含めて、リンクは全てが赦せなかった。
 ゼルダがいなくなったこの国を護る気持ちにどうしてもなれなかったのである。

「……イーガから話を持ちかけられた時、これでやっと赦されると信じていました。でも……」

 そこまで言ってリンクはようやく顔を上げ、苦しげに目を細めてゼルダを見つめる。

「……それはただの、逃げだったんですね」
「リンク……」

 いつの間にか分厚い雲が薄れ始め、玉座後方の窓から太陽の光が柔らかく差し込む。それによって出来た影は限りなく薄く、リンクの影さえ淡いものにしていた。

「………………………………………………………………まだ……」
「?」

 長い長い沈黙の後、リンクはまた俯いて小さく呟く。それは今にも泣き出しそうな声音だった。
 まるで小さな子どもが何か大きな失敗した時に親に許しを請うのとよく似ていた。

「…………まだ、俺は間に合いますか……?」
「勿論」
「…………まだ、俺は赦されますか……?」
「他の者がなんと言おうと、この私が貴方を赦します」

 ようやくリンクが絞り出した問いに、ゼルダは限りなく優しくも強い言葉で答えて手を差し出す。

「御意……!」

 それに安堵したのか、リンクはまた絞り出すように言葉を紡ぎ差し出された手を強く掴んで立ち上がった。

「リンク……!」
「全く、仕方のないヴォーイだねぇ」
「相棒! 俺ァはずっと信じてたぜ!」
「ふん、後で一発拳を入れていいなら許してやってもいいよ」

 英傑達は深く深く反省したリンクに各々激励の言葉を投げる。
 リーバルだけは彼に腱を斬られて死にかけていたので言葉は厳しめだったが、浮かべている表情は柔らかなものだった。


 ◇ ◇


 リンクがゼルダに赦されて柔らかな空気が本丸に流れたのも束の間に終わる。

「――茶番は終わったか?」
「!」

 いつの間にか、本丸の中心に一人の褐色の大男が泰然と立っていた。本丸の窓から覗く空は血のように赤く、まるでその大男の復活を邪悪な何かが祝福しているようであった。

「あれは……!」

 その姿は神話にて語られる盗賊王ガノンドロフそのものだった。
 封印を力づくで破壊した影響か、厄災は厄災としてではなく一人の自我を持ったゲルドの魔王として復活を果たしたようだった。

「ガノン様……いやガノンドロフ様」

 そんなガノンドロフの背後でイーガの幹部と構成員が頭を垂れる。

「――我を復活させたお前達の手腕、見事であったぞ」

 己を復活させたイーガの幹部と構成員に対して、ガノンドロフはその手腕を大きく褒めた。

「お前達の名はこれから永劫に歴史に刻まれるだろう。強く誇るが良い」
「「ありがたき幸せにございます!」」

 魔王の言葉にイーガの幹部と構成員は更に深々と頭を垂れていた。

「……して、この者達は我々で排除してもよろしいので?」
「!」

 しばらくしてイーガの幹部がまた口を開き、その視線がガノンドロフから姫巫女や英傑達の方に移される。
 その言葉にガノンドロフは凶悪な笑みを浮かべつつ、ゆっくりと口を開いた。

「まぁ待て。良い余興だ。我に排除させよ」
「では手出し無用と」
「そうだ。我の復活と我がこれからこの地を支配する様をその目で見届けるが良い」
「はっ!」

 イーガの幹部と構成員はガノンドロフの後方に下がり、その姿をじっと目に焼き付けるように見つめていた。

「しかしながら……」

 ガノンドロフはリンクとゼルダの方に振り返り、二人を品定めするように睨めつける。

「まさか王家の姫を蘇らせる為に我まで復活させる愚かな勇者がいるとは思わなかったぞ」
「!」

 どうも、姫巫女だけでなく厄災の方も封印されている間にハイラルで起きた出来事を全て把握していたようだった。

「此度の勇者は随分と女々しいようだな」
「…………っ!」

 ガノンドロフは自分の願いの為に一度国を裏切ったリンクに対してくつくつと笑い、その行為を揶揄する。

「リンクのやったことは確かに愚かだったかもしれません。それでも、その願いを誰にも揶揄される謂れはありません!」
「ゼルダ様……」

 反論できないリンクの代わりに、ゼルダが彼を庇うように前に出て魔王に反論する。

「そうかそうか……勇者だけでなく此度の姫君も愚かだったか。しかしその愚かさ、高くつくぞ」

 そう言い切った瞬間、ガノンドロフの手元の空間が歪み一対の大剣が現れる。その大剣を持ってガノンドロフがゼルダに迫った。

「ゼルダ様!!」

 武器を持たないゼルダに代わってリンクが黒い近衛の剣で魔王の大剣を受ける。だが……。

「!」
「そんな、近衛の剣が……」

 近衛の剣は魔王の一撃を一応防いだが、代わりに刀身が粉々に砕けてしまった。

「退魔の力のない武器では我には勝てぬ」

 元々脆い剣だったというのもあるが、それ以上にガノンドロフの邪悪な魔力を纏った大剣の破壊力が途轍も無かったようだ。

「ふん、退魔の剣に見限られた貴様が我に敵う道理などないわ」

 魔王は剣を失ったリンクを憐れむように見つめていた。

「くっ……!」

 その時、北東の方角から一筋の青白い光が本丸に飛び込んできた。

「これは……まさか……!」

 それは一度はリンクの手から離れてしまった退魔の剣だった。主の危機を察してコログの森から飛んできたらしい。

「また……俺を主だと認めてくれるのか……?」

 リンクが信じられない顔で退魔の剣に触れれば、剣は彼の問いに肯定するように厳かに青白い光を放つ。

「……ありがとう……」
「チッ……女神め、余計なことを」


 ◇ ◇


「リンク……! 退魔の剣、戻ってきて良かったね」
「ミファー……。うん、今は素直に嬉しく思うよ」

 退魔の剣がリンクの手元に戻ったタイミングで四英傑がリンク達の下に集まった。イーガの奇妙な機械の拘束がなくなってようやく動けるようになったようだ。

「ガノンドロフと言ったか……リンクだけじゃない、私達もいること、忘れてもらっちゃ困るね」
「ウルボザ!」
「御ひぃ様、怖い思いさせてすまなかったね」

 ウルボザは柔らかく微笑んでゼルダを軽く抱きしめた。

「――貴様らが此度の神獣の繰り手共か……」

 ガノンドロフは値踏みするように四英傑達を睨めつける。その目にはある種のあざけりの色が浮かんでいた。何かを企んでいるような表情である。

「ふっ、ではまとめてかかってくるがいい」
「言われなくとも、そのつもりさ……!!」
「俺様の一撃、食らいやがれ!!」

 皆の攻撃が迫る中、ガノンドロフは悠々と指を鳴らし……。

「!? うわぁぁぁぁ!!」

 次の瞬間四英傑が各々立っていた場所が歪み、赤黒い闇に呑まれるように消えていった。

「ダルケル?! 皆?!」

 あっという間の出来事に驚きながらリンクは英傑の皆を呼ぶが、いなくなった彼らにその声が届くことはなかった。

「貴方……英傑達を異次元に落としましたね?」
「くくっ、そうだと言ったら?」

 ゼルダの問いにガノンドロフは狡猾な笑みを浮かべる。

「あの四人は今、異次元にて各々カースガノンと戦っている」
「! よりにもよってカースガノンだなんて……!」

 ガノンドロフの言葉にインパが顔を蒼白とさせる。
 ――カースガノン、それは英傑を屠る為に厄災によって生み出された化け物達だ。
 一年前の厄災復活の際は姫巫女の予知夢によって奇襲は防がれ、万全に準備していた英傑達によってなんとか倒されたのが記憶に新しい。

「しかし、カースガノンなら英傑の皆は一度は勝っておる。負けることはないじゃろう」

 ハイラル王が言う通り、一度は戦って勝利した相手だ。楽勝とは言わずとも勝てないことはないと思われるが……。

「彼奴らには我の力で多大な強化を施している。こちらの勝ちは揺るがぬ」
「……やっぱり、対策してない訳ないよね」

 プルアはそう言って悔しげに爪を噛む。

「異次元に落とされたって姫様が言ってたし、一年前みたいに手助け出来ないのが悔しい所ね」
「…………っ……!」

 リンクは卑劣な罠を張った魔王を睨みつける。その顔は珍しく憤怒に染まっていた。

「……憤るか。己が主を復活させる為にあの四人とも対立しただろうに、なんとも都合良く怒ることだ」
「……っ……」

 ガノンドロフの言葉にリンクはハッとし、言い返せずに悔しげに俯く。

「まぁ、万が一カースガノンを倒せればこの場所に戻って来れるようにしている。倒せればの話だがな」

 ガノンドロフは皮肉げに笑い、また戦闘態勢に入る。

「来ぬのなら、こちらからいかせてもらうぞ!」
「ゼルダ様は下がって! くっ!」

 再びガノンドロフが一対の大剣を携えてリンクに襲いかかる。

「ふん、やはり退魔の剣は砕けぬか」

 ガィンと剣同士が豪快にぶつかり合う音が本丸内に響き渡るが、先程の近衛の剣とは違って退魔の剣は刃こぼれ一つしなかった。正に魔王を討つ為に存在する剣であることをリンクは改めて認識した。

「ふんっ! せいっ! どりゃあ!」

 その後もガノンドロフは一対の大剣を豪快に振り回し、リンクは徐々に防戦一方になっていく。

「はっ、その剣は飾りか?」
「……っ……」

 やはりいなくなった英傑達が気になるようで、リンクは戦いに集中できないようだった。

「……つまらぬ」
「?」

 何度も剣を交わし鍔迫り合いになった時、魔王は失望したような表情でポツリと呟いた。

「貴様との戦い、楽しみにしていたのだがな……!」
「! ぐっ……!」

 鍔迫り合い中にガノンドロフに蹴りを入れられ、リンクはたたらを踏む。

「早々に幕引きと行こうではないか」

 言いながら魔王は特大の魔力を一対の大剣に込め、隙だらけになったリンクに対して思いきり振りかぶる。

「リンク!!」

 ゼルダやインパ達が助けに入ろうと動き始めるが間に合わない。
 リンクでさえも倒される恐怖から目を瞑ったその次の瞬間――。

「だいぶ苦戦してるようだねぇ!」
「リンク、大丈夫?!」

 異次元に囚われていた筈のリーバルが電気の矢をガノンドロフ目掛けて放ち、これまた異次元にいた筈のミファーが魔王とリンクの二人の間に割って入って光鱗の槍で連続突きを放つ。

「リーバル! ミファー! よくぞ戻ってきてくれました!」

 ゼルダは笑みを浮かべ、無事異次元から帰還した二人にねぎらいの言葉を述べる。

「攻略法さえ分かれば、あんなの楽勝だね」

 リーバルは流石怪我なく勝利したようで、余裕の表情だ。

「私だってあれからずっと鍛錬してきたんだもの。負けられないよ」

 治癒の力を使って水のカースガノンに負わされたであろう傷を癒しながら、ミファーは柔らかく微笑む。

「……ふん、何人かは倒せたようだが全員とはいくまい」

 若干気分を害したように顔をしかめ、ガノンドロフは負け惜しみに近い言葉を言い放つ。

「では三人まとめて相手してやろうではないか!」

 そう言って、ガノンドロフは一対の大剣を構え直す。
 だがその背後に大きな影が急接近していた。

「うぉおおおおおお!」
「! チッ、今度はなんだ!」

 マントを翻してガノンドロフが間一髪でそれを避ける。

「うーん、やっぱりうまく当たらねぇなぁ」

 大きな影の正体はダルケルで、転がりで突進攻撃を繰り出したのであった。

「貴様、炎のカースガノンはどうした……?!」
「へっ、多少強くなってやがったが俺様の敵じゃなかったぜ!」
「ダルケル!」
「なんでぇ相棒、泣きそうな顔して。そんな顔おめぇにゃ似合わねぇよ!」

 ダルケルがカラリと笑ってみせれば、リンクは心底ホッとしたような顔をしていた。

「くそっ、どいつもこいつも我を愚弄しおって!」

 自分の筋書き通りにいかないことに業を煮やした魔王が吠える。

「この一撃で消し炭にしてやる」

 そう言ってガノンドロフは剣を床に刺して、拳に膨大な魔力を溜め始める。このままにしていると見るからに危険だ。

「その言葉、そっくり返させてもらうよ!」

 次の瞬間、魔力を溜めていたガノンドロフ目掛けて雷撃が落ちる。
 ガノンドロフはすんでの所で避けるが、苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「ウルボザさん!」
「あの化け物も相応に強くなってたけど、今の私達は負けはしないよ」

 所々傷ついてはいたが、ウルボザも雷のカースガノンとの戦いに辛くも勝利したようだった。

「チッ、役立たず共が……!」

 まさか全てのカースガノンが倒されるとは思わず、ガノンドロフは負けた彼らに怒りをあらわにしていた。

「それでこれからどうする、相棒?」
「いや、ここからは俺だけで。皆に沢山迷惑かけたし……」

 皆に迷惑をかけた分、リンクは魔王を自分一人で倒したいようだった。

「リンク……」
「ふん、かっこつけちゃって」

 リンクの言葉に、リーバルはやれやれと肩を竦める。

「本当に一人で大丈夫かい?」
「ああ。この退魔の剣にかけて」

 ウルボザの問いにリンクは真面目な顔で頷く。

「まぁ、相棒がそう言うんなら信じてやろうじゃねぇか」
「ダルケル、ありがとう」

 そうして、四人の英傑達はハイラル王達のいる場所に戻っていく。戻りしな、リーバルがリンクに向かって檄を飛ばした。

「こんなこと君に言うのも癪だけど、しくじるなよ!」
「リーバル、こういう時は頑張れ!って言うんだよ」
「はっはっ、リーバルにゃそりゃ無理な話だぜミファー」
「全く、こんな時まで素直じゃないヴァードだねぇ」

 英傑達の癖のある声援を受けて、リンクは改めてガノンドロフと相対する。

「ふん、先程より覇気が出てきたな。絆とやらの力か? 実にくだらん」

 魔王は心底くだらないという顔で腕組みをしていた。

「貴様の力、どれほどのものか我が試してやる」

 改めて一対の大剣を構え、ガノンドロフはギロリとリンクを睨みつける。
 魔王と勇者の戦いの火蓋が今切って落とされたのだった。


 ◇ ◇


 激しい剣戟の音が本丸内にこだまする。
 リンクが魔王と戦い始めてからどれだけの時間が経っただろう。太陽は既に沈み、今は三日月が昇り始めていた。

「せい! はぁっ! おおっ!」
「はっ……!」

 一対の大剣が交互に豪速でリンクに迫るが、その全てを紙一重で避けてガノンドロフの懐に果敢に飛び込んでいく。

「くっ……中々やるな、小僧……!」

 魔王の豪奢なマントは退魔の剣を振る度に破れ、ひどく短くなっていた。
 青白く輝く退魔の剣はその輝きを衰えさせることなく魔王の体力と魔力を少しずつ少しずつ削っていく。

「すごい……どんな原理なのか分からないけど、確実にあいつの体力と魔力を削ってる。今すぐ調べてみたくなるくらいあの剣に興味あるわね」
「プルア……全く、貴女という人は」

 一体あの退魔の剣にどんなしかけがあるのだろうと興味津々のプルアをインパが呆れ顔でたしなめる。

「二人とも静かに。この戦い、隅々まで目に焼き付けるのだ」
「! 申し訳ありません陛下」
「良い、儂もここまでの戦いは見たことがない。興奮するのも分かるというものよ」
「陛下……」
「皆で見守ろうぞ」
「はい……!」

 インパが柔らかく微笑んでハイラル王に返事をしているその矢先……。

「! 危ないリンク!」
「……っ!!」
「もらった!」

 ガノンドロフの剛撃に耐えられず、またリンクがたたらを踏む。好機と見た魔王がすかさずリンクの脳天目掛けて剣を振りかぶった。

「はぁ……っ!」
「なにっ?! ぐぉおっ?!」

 二刀の大剣がリンクの頬や前髪をギリギリ掠めていった次の瞬間、カウンター気味に退魔の剣がガノンドロフの体を袈裟懸けに斬り払う。
 それは、リンクによって張られた罠だった。
 常のままでは全く隙がないガノンドロフの虚を突くのは不可能に近い。だが敢えて大きな隙を見せて大振りの攻撃を誘い、そのカウンターで攻撃したのだ。

「――この勝負、リンクの勝ちじゃな」

 ハイラル王が重々しく告げる。
 長い長い戦いの末、遂にガノンドロフが膝を屈したのだ。

「くそ……っ……まだだ……! くっ?!」
「ゼルダ様!」

 魔王が立ち上がろうとした時、複数の光の輪が彼を拘束する。ガノンドロフが隙を見せた一瞬を見逃さず、ゼルダが封印の力の一部を行使したのだ。

「私が貴方を、再び封印しましょう」
「し、しかしそれではゼルダ様が……また……!」

 再びゼルダが死ぬのではないかとリンクはひどく狼狽える。それにゼルダは笑顔で答える。

「もう、大丈夫です。厄災と共に魂が封印された時、ようやくあの力を自身に宿らせることができたのですから」
「では……」
「ええ……」

 そう言ってゼルダは真面目な顔で封印の力を徐々に高めていく。

「リンク……お願いがあるのですが、聞いていただけますか?」

 封印の力が限界まで高まった時、ゼルダはリンクを見つめて口を開いた。

「なんなりと」
「手を……握っていてくれませんか? やはりというか以前厄災を封印した時を思い出して、少し手が震えてしまって」
「……御意」
「……ありがとう」

 そうして、リンクはゼルダの空いた手をそっと握る。 
 この微かな触れ合いは、ゼルダに大きな勇気を与えた。

「これで終わりです。厄災よ、再び封印の眠りにつきなさい……!」
「くっ、このままでは済まさぬぞ……! いつか貴様らと、貴様らに与する全ての人間を一人残らず血祭りに上げてやるからな!!」

 そんな言葉を吐いて、魔王は再び異空間へと封印されていった。


 ◇ ◇


「良かった……皆のおかげで、今度こそちゃんと厄災を封印出来ました! ……うっ!」
「ゼルダ様……!」

 封印の力を行使したゼルダが倒れ込むのをリンクが抱きとめる。

「無茶しないでください。貴女あっての俺なんですから」
「リンク……ありがとう」

 抱きとめ肩を貸すリンクにゼルダは柔らかく微笑んでいた。

「ゼルダ……本当によくやった。お前は儂の自慢の娘だ」
「お父様……はい、また生きてお父様に会えて、私もとても嬉しいです」

 ハイラル王が嬉し涙を流しながらゼルダに言葉をかければ、ゼルダもまた涙を流して親子の感動の再会と相成った。


「ま、まさか復活した厄災が再び封印されるとは……!」
「コーガ様になんて説明すれば!」

 一方、イーガの幹部と構成員は魔王の敗北に慌てふためいていた。

「も、もう一度だ! もう一度神獣を操って……」

 イーガの構成員が慌てて赤黒い奇妙な機械に触れようとした瞬間、ウルボザの指が鳴り奇妙な機械に彼女の雷撃がピシャリと落ちる。

「あぁ……」

 奇妙な機械は雷撃をまともに喰らい、黒焦げになっていた。もう二度と動くことはないだろう。

「何度も同じ手には乗らないよ!」
「くそ、こうなったら王家の姫の命だけでも!」
「! しまった! 御ひぃ様!」
「えっ……?」

 封印の余波で若干ふらついていたゼルダに、イーガの凶刃が迫る。リンクも近くにいたが、ガノンドロフとの戦いで疲労困憊で間に合わない。

「ゼルダ様!!!」
「詩人君!!!」

 次の瞬間、構成員の首刈り刀がゼルダを庇った元宮廷詩人の背中から腹部にかけて深々と刺さっていた。

「ぐ……う……っ……」

 そのまま、元宮廷詩人はゼルダに覆いかぶさるように倒れこむ。

「よくも……!」
「ひぃっ……!」

 リーバルが怒りの形相でイーガの幹部と構成員に即座に弓を構えると、彼らは情けない悲鳴を上げながら印を結んでいなくなってしまった。

「くそっ、また逃げられた……!」

 悔し紛れにリーバルが彼らがいた場所に矢を射るが、カツンと無機質な音がしただけだった。

「どうか、どうか気を確かに……!」
「ゼルダ、さま……」

 倒れ込んだ元宮廷詩人の体をゼルダが仰向けに戻して自身の膝に乗せる。着ていた巫女服は徐々に血で染まり、赤くなっていく。

「貴方のことも、ずっと見ていました。私などの為に音楽を捨て、シーカー族まで裏切らせてしまって……」

 感極まって大粒の涙を流すゼルダに、元宮廷詩人は困ったような顔をして口を開く。

「泣かないで、ください……。全ては、私が勝手にやったこと……ゴホッ…ゴホッ……」
「! 喋らないでください! 傷に障ります!」

 喋りながら血の塊を吐く元宮廷詩人に、ゼルダは真っ青になりながら介抱する。

「元々……貴女を復活させた後……命を絶つ、つもりでしたし……」
「!」

 元宮廷詩人の衝撃の告白に、珍しくリンクがショックな顔をしていた。ゼルダが復活する前にそんな事を訊ねた記憶があるが、まさか死ぬつもりだったとは思わなかったようだ。

「おや……貴方でも、そんな顔……するんですね。ははっ……最期に珍しいものを見れて、私は満足です……」

 元宮廷詩人は掠れた声で弱々しく笑う。

「ミファー!」
「だめ……傷が深くて、私じゃ詩人さんを助けられない……」
「そんな……」
「良いん、です。今まで……してきたことへの、罰は受ける、つもり……ですから……」
「詩人君……」

 元宮廷詩人と交友があったのか、リーバルも珍しくひどく悲しげな顔をしていた。

「ゼルダ、さま……先に暇を、いただき、たく……」
「!!」

 そう言い残して、元宮廷詩人は静かに息を引き取った。天頂に至った三日月の光が彼の銀の髪を淡く輝かせていた。
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