闇落ちリンクの話

【ハイラル城陥落】


「風、気持ち良いですね」
「ええ」

 いつものように遺物調査を終えてゼルダとリンク二人で一休みしていると、ゼルダの髪が風でそよぎ彼女は優しく目を細める。

「――――」

 この時点で、リンクはこれが夢だと分かってしまう。
 王家の姫巫女は厄災を封じた直後に死んだからだ。
 ゼルダの復活を願うあまり生きている彼女を夢にまで見てしまう自分をリンクは心の中で自嘲する。

「ところで貴方に二つほど質問があるのですが、答えていただけますか?」
「もちろん」

 リンクが目を覚ますべきか悩んでいると、唐突にゼルダが彼に質問を投げかけた。

「もし、私が命じれば貴方は人を殺せますか?」
「貴方の命とあらば」
「ではもし、私が人を殺すなと命じれば従いますか?」
「無論」
「――――その言葉、ゆめゆめ忘れてはなりませんよ」
「ゼルダ様……?」

 突然、ゼルダの姿がいつものフィールドワーク用のものから巫女衣装に変わり、黄金に輝き出す。
 その輝きはいつか彼女が厄災を封じた時と同じものだった。

「ゼルダ様!!」

 リンクは慌ててその手を掴もうとするが、彼の手はゼルダの体をするりとすり抜けてしまう。

「私は貴方をいつでも見守っています」

 そんな言葉を残して、彼女は光の粒子になって消えていった。

「ゼルダ、様……!」

 すり抜けた手を見つめながら、リンクは崩れ落ちて声も上げずに震えていた。夢であっても、目の前でゼルダが消えるのはリンクにとって相当に堪えるものだったようだ。

「……っ……」

 そうして、やはりゼルダを早く復活させなければならないという義務感に近い感情をリンクは強く持つのだった。


 ◇ ◇


 ―――ラネール地方、某所。

「うっ……うぅ……っ」
「気が付きましたか?」
「!」

 ゾーラの里脱出後、雷のダメージにより再び気を失っていたリンクがようやく目を覚ました。

「ここは……」

 見慣れない岩肌を見上げながら、リンクは元宮廷詩人に現在地を訊ねる。どうやら小さな洞窟のようだが……。

「コポンガ村近くの洞窟です。ゾーラの里から脱出した後、貴方が気を失ったのでやむなくここに身を潜めました」
「……すまない」
「礼には及びません。そんなことより……」
「?」

 なにか苛立ちを隠しきれない風の元宮廷詩人はリンクにある一つの疑問をぶつける。

「なぜ、人を殺さないんですか? 今更不殺に拘る理由もないと思いますが」

 国を裏切ったにも関わらず、今まで一度たりとも人を殺さないリンクを元宮廷詩人は不審に思っているようだ。

「………………」
「また、お得意のだんまりですか」

 だがリンクは答えない。
 答えないと言うより答えられないと言ったほうがリンク的には正しいのかもしれないが、元宮廷詩人はリンクの沈黙を回答拒否と受け取った。

「今更、この計画から逃げることは許しませんからね」
「……分かってる」

 どこか冷たい空気が二人の間に流れるが、リンクはいつもの無表情を貫く。その無表情を見て、元宮廷詩人はやれやれと呆れるように溜め息を吐いていた。


「――二人共、ここにいたか」

 二人の話が丁度一段落した時、イーガの幹部が洞窟内に音も無くやってきた。

「アッカレ砦は落とせたが、ゾーラの里ではしくじったようだな」
「…………」

 どこでそれを見て知ったのか、ゾーラの里から退いてまだ間もないというのにイーガの幹部は既に正確な情報を掴んでいた。
 どこぞからリンクや元宮廷詩人を見張っていたのかもしれない。

「元退魔の剣の主でも英傑達の相手は難しかったということか……まぁ、良い」
「計画に支障は?」
「支障はない」

 僅かにだが不安げに訊ねる元宮廷詩人に、イーガの幹部はごく簡潔に告げる。

「次はハイラル城を陥落おとしてもらう。そうすれば厄災復活まであと一歩だ」
「ハイラル城……」
「お前の戦闘能力を鑑みれば不可能ではない筈だ。それに英傑達は全員ゾーラの里に集まっている。城を陥落おとすなら今しかない」
「…………」

 それだけ言って、イーガの幹部はもう用はないとばかりに印を結んで姿を消す。彼がいた周囲にはイーガのマークの描かれた術符が散らばっていた。

「私はまた貴方のサポートに回ります。次こそしくじらないでくださいね」

 そう言って、元宮廷詩人も洞窟から音も無く出て行く。

「…………」

 そこでようやくリンクは立ち上がり、足音も立てずに小さな洞窟を後にした。


 ◇ ◇


 ―――ラネール地方、ゾーラの里。

「――今回の里での戦い、英傑の皆よ、誠ご苦労であったゾヨ」

 避難から戻ったドレファン王は玉座に座してすぐ英傑達にねぎらいの言葉をかけた。

「いえ、プルアの策とドレファン王のお許しがあってこそでしたから」

 ウルボザが申し訳なさそうに背後に視線を移せば、里の入口では早速崩壊した部分の修復作業が行われていた。

「修復作業の方は予想より早く終わりそうなので安心して欲しいゾラ」
「そうか、なら良かった」

 ムズリが修復作業について補足するように皆に報告すれば、ウルボザも他の英傑もホッと胸を撫で下ろしているようだった。

「でも、結局リンクを取り逃がしたのは痛かったわね」
「それでも人的被害がゼロだったのは救いだよ」
「違ェねぇ」

 プルアの若干その場の空気に水を差すような言葉に、ウルボザがやんわり反論しそれにダルケルも頷いていた。

「―――して、皆はこれからどうするゾヨ?」
「…………」

 ドレファン王の問いに、玉座の間に集まった皆は一様に黙り込む。現状、リンクのこともあるがイーガの動向も気になる所だ。皆の沈黙はやるべきことが多すぎる故の沈黙のようだが……。

「私……リンクを探したい」
「姫様……」

 しばしの沈黙の後、最初に口火を切ったのはミファーだった。

「まだ、根っこの部分でリンクは迷ってるんだと思う。そうじゃなきゃ、あの時私の手を取ろうとはしなかった筈だから」
「ミファー……」

 胸の前で両手を握りしめて、ミファーは俯きがちに理由を述べる。

「まだ、間に合う筈。その為にも陛下に事の次第を伝えてリンクを止めなきゃ」
「……そうだね。いかなる理由があっても厄災を復活させるのは御ひぃ様の覚悟を無駄にすることになる……。それだけは私も絶対に避けたい」

 ミファーの言葉に呼応するように、ウルボザもリンクを止めることに賛同する。

「おめぇらがそこまで言うんなら、俺様も加勢させてもらうぜ!」
「……決まりだね。僕もあいつには拳で一発入れる位しなきゃ気が済まないし、君達の意見にも大賛成だ」

 ダルケルやリーバルもリンクを止めることに賛同し、四人の意見が一つになった。

「皆……ありがとう……!」

 涙ぐむミファーの肩をウルボザがポンポンと優しく叩いてウィンクすれば、ミファーも柔らかく微笑む。
 それを見届けてから、ウルボザは真面目な顔に戻り口を開いた。

「だが残念ながら今日はもう遅い。夜が明けたら、すぐハイラル城に向かおう」
「そうだな」

 英傑四人が決意を新たにした所で玉座の間での話し合いは終わり、皆は明日に向けて就寝した。


 ◇ ◇


 ―――深夜。ハイラル城、正門前。

「お、おい……あれ……」
「なんだ? ……!?」

 激しい雷が鳴り響き強い雨が打ち付ける中、ハイラル城の正門を護る門兵の一人が幽霊を見たような顔をして前方を指差す。
 そこには何もかもが黒く染められたハイリアの服一式を着た青年が、外套を被って雷雨の中ゆっくりとこちらに歩いていた。
 そのやや小さめの背格好と外套から覗く麦穂のような髪はハイラルの兵や騎士であれば必ず知っているある者と同じだった。

「元退魔の剣の主……まさか城に戻ってくるとは……」
「ど、どうします?」
「上に急いで報告し、兵を集めろ。奴はアッカレ砦を単独で落としている。何を企んでいるか知らんがここで奴を止めなければ!」
「はっ!」

 門兵が走り出すと同時にカッと稲光が走り、リンクの影が大きく浮かび上がる。それはまるで伝説に語られる、勇者の影から生まれた魔物のようであった。


「止まれ!」

 リンクが正門の前まで辿り着くと、城の兵士達が彼を包囲した。

「お、お前が国を裏切り、アッカレ砦を陥落させたのは既に分かっている!」
「………………」

 兵士の一人がリンクに対して叫ぶが、彼はそれを無表情で聞いているだけだった。

「つ、捕まえろ!!」

 気圧されそうになった兵士達が一斉に槍が突き出した瞬間、リンクは宙を飛び―――。

「ぐわっ!」
「うっ!」

 着地と同時に剣で下突きを繰り出し、その衝撃波で兵士達の包囲を一瞬で崩す。

「くそっ!」

 後方で指揮していた騎士が剣を抜くが、既に遅い。

「?! ぎゃぁぁ!」

 リンクが騎士の背後に潜り込んだと思ったら、剣を持っていた右腕をあっさり折って昏倒させてしまった。
 英傑数人がかりでも捕まえることが困難だった元退魔の剣の主に、門兵やそこらの騎士が勝てる道理はない。

「…………」

 リンクは再び静かに歩き出す。目指すは本丸。
 城内では既に兵士達や騎士達の戦闘準備が整っただろうがリンクにとってはほんの些末なことだ。
 雷がまた鳴り響く。
 まるでこれから良くないことがハイラル城で起こるのを予感させるような雷だった。


 ◇ ◇


 ―――翌朝。ラネール地方、ゾーラの里。

 朝日がようやくゾーラの里に顔を出した頃、既に英傑達はゾーラの里を出る準備を終えていた。

「リーバルはミファーと共に城に向かって飛んで事の次第を陛下に伝えるんだ。私達もすぐ向かう」
「了解」
「分かった!」

 そうしてリーバルがミファーを乗せて飛び立とうとしたその矢先……。

「その必要はない」
「!」

 どこからともなく声がしたかと思ったら、突然英傑達の前にイーガの幹部が現れた。

「――イーガ団か」
「必要ないって何を根拠に……」
「なぜならハイラル城は既に我らの手に落ちたからな」
「なんだって!?」
「そんな!」
「遅かったか……!」

 驚く英傑達を前に、イーガの幹部は悠々と懐からあるものを取り出した。

「私はこれをお前達に渡す為にここに来たのだ」
「これは……」

 イーガの幹部から一通の手紙が投げて寄越される。
 それには『ハイラル城は我々が占拠した。ハイラル王の命惜しくば四人の英傑は速やかにハイラル城に来い』と書かれていた。

「……ハイラル王は?!」
「お前達を釣る為の餌だからな。今の所命に別状はない、今の所はな」
「………っ…」

 ウルボザがイーガの幹部を憤怒の表情で睨みつけるが、当の幹部はどこ吹く風だ。既に城を占拠している事実が幹部を強気にさせているのは明らかだった。

「この手紙を読んでどうするかはお前達の勝手だが、来なかったら……分かっているな?」
「くそっ……」
「お前達の理性的な判断に期待しておく」

 そう言って、イーガの幹部はなにやら両手で印を結んだかと思ったら忽然と姿を消した。イーガの術だろう。彼がいた場所には代わりに大量のイーガのマークが描かれた術符が舞っていた。

「ちっ……逃げられたか」

 イーガの幹部が現れてからずっとオオワシの弓を構えていたリーバルが悔しげに弓を下ろす。

「で、どうするよ……」

 眉をハの字にさせながら、ダルケルが不安げに皆に訊ねる。
 ハイラル王の命がかかっている現状、城に行かないという判断は不可能に近い。

「罠の可能性しかないが、なにより陛下の御身が心配だ。行くしかないだろうね」

 悔しげに唇を噛んで、ウルボザは空を睨む。
 里にようやく顔を覗かせた太陽に雲がかかり始めていた。

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