闇落ちリンクの話

【ゾーラの里での攻防】


 ―――ラネール地方、ゾーラの里。

 ゾーラの里では、リトの英傑を除く残り三人の英傑がゾーラキングであるドレファン王とリンクの件で話し合いを行っていた。

「――して、ウルボザ殿はリンクがイーガと結託してるのではないかと、そう言いたいゾヨ?」
「はい……」

 ドレファン王の声が玉座の間に重く響く。それにゲルドの英傑であるウルボザが静かに頷いた。

「厄災封印後も変わらず王国内で悪事を働いていた奴らが、リンクが城を出奔したと同時にパタリと姿を見せなくなった……。これは何か関連があると思って良いと私は考えております」
「ふぅむ……」
「さ、流石に偶然じゃねぇのか。仮にもイーガ団だぞ? 相棒があいつらの片棒担ぐとは思えねぇんだが……」

 そこにゴロンの英傑であるダルケルが口を挟む。
 ウルボザが立てた仮説をにわかには信じられないようだ。

「けどねぇ、タイミングが良すぎるんだよ。これじゃ偶然の方が気味が悪いくらいだ」
「だがよぉ、あいつらと結託して相棒に何の利がある? 相棒がバナナに目が無いってんならまだ話は分かるが」
「ダルケルさん、流石にバナナは関係ないと思うけど……」
「そ、そうかぁ?」

 ダルケルの言葉に、今まで沈黙を守っていたゾーラの英傑であるミファーがたしなめるように口を開く。

「私も、リンクが行方不明になったのとイーガ団の現在の動向は無関係じゃないと思う。でも……」
「――確定できる情報が足りないゾラ」
「ええ……」

 王の横に控えたムズリが続きの言葉を紡げば、ミファーは目を伏せてそれに頷いていた。

「……リンクが何の為に出奔したのか分からない限り、この話は平行線ゾヨ」
「…………」

 結託したと断じるには情報が足りなさすぎるのである。

「今リーバル殿がアッカレ地方にリンクを探しに行っているのであろう?」
「うん。だからそれを待ってから結論を出しても遅くはないと思うの」

 すぐにでも手を打っておきたいウルボザに、ドレファン王とミファーは確実性を訴えるが……。

「……穏便に、接触出来てればいいんだけどね」
「ウルボザさん、それどういう……」
「ど、ドレファン王! 姫様……!」

 ウルボザがどこか悲しげに目を伏せて呟いた時、ひどく慌てた様子で里の兵士長であるセゴンが玉座の間に走ってやってきた。

「セゴン? どうしたの?」
「里の入り口に……り、リーバル殿が血塗れで倒れていると門兵から……!」
「!!!!」

 兵士長から語られた事実にその場にいる全員が驚愕の表情を浮かべていた。


 ◇ ◇


 ―――ゾーラの里、サカナのねや。

 急遽里の宿屋に運ばれたリトの英傑は失血により意識を失った状態だった。

「み、右腕の腱が完全に斬られてる……」

 リーバルの体を清めて傷がないか診ていたミファーが驚きと動揺が入り混じった声を上げれば、皆にもそれがさざ波のように伝播していく。

「ひでぇ……一体誰がそんなこと」
「………………」

 眉をハの字にさせて驚き悲しむダルケルとは対照的に、傷跡をじっくり見ていたウルボザはどこか固い表情だった。

「失血が酷いゾラ。すぐに治癒を始めないと命に関わるゾラ」

 ミファーと共にリーバルの体を診ていたムズリが若干慌てるようにミファーに言い募る。早く治癒の力を使わないと命の保証はないようだ。

「ミファー、リーバルの命……託したぜ」
「任せて、絶対死なせはしないから」

 ダルケルの言葉にミファーは力強く頷き、彼女は自身の特殊能力である治癒の力を発動させる。
 ミファーが治癒に集中出来るよう、ダルケルとウルボザは一旦宿屋から出ることにした。

「しっかしひでぇな、リト族の命でもある翼の腱を斬るなんてよ」
「……きっと、手段を選ぶ余裕も容赦する気持ちも微塵もなかったんだろうさ」

 なにか訳知り風に呟くウルボザにダルケルは訝しむ。

「なんでい、お前さん誰がやったか心当たりでもあるのか」
「あくまで予想だからまだ言わないけどね。当たってなけりゃその方が御の字だけど」
「そうか……。ま、今はリーバルが無事目覚めることを祈っとこうぜ」
「……ああ、そうだね」

 ウルボザはまたどこか悲しげに目を細めて、夜空に浮かぶ月を見上げていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ―――アッカレ地方、アッカレ砦最上階。

 リーバルがゾーラの里になんとか到着したのと同時刻、リンクはとある目的の為にアッカレ砦を制圧していた。

「ぐあぁっ!」

 最後に残っていた新米らしき一兵卒の足の骨を折り、戦闘不能にする。

「ふぅ……」

 砦に攻め入ってから今まで、砦に詰めた全ての兵士を戦闘不能にしてきたリンクはここでようやく一息つく。
 兵士達を戦闘不能にしたのは一々剣で殺していくのは時間の無駄だと判断した結果だった。

「ひぃっ、ひぃっ……い、命だけは……っ!」

 先程倒した兵士が錯乱状態に陥ったのか、折れた足を庇いながら叫び始める。

「………………」

 流石にうるさいのでこの兵士だけは殺しておこうかと思い、リンクは未だに喚いている兵士の前に立って剣を構えた。

「ひぃっ! なにとぞお助けを……!」

 剣を突きつけると兵士は悲鳴をあげ、ガタガタと震え出す。
 そのまま剣を胸か首に突き刺せば、兵士は簡単に息絶えるだろう。

「…………っ?」

 だというのに、リンクの持った剣はピクリとも動かない。リーバルの腱を斬った時は躊躇いなく動いたにも関わらず、だ。

「……っ……」

 やむを得ず、リンク剣の柄で兵士を殴り昏倒させる。
 悲鳴をあげていた兵士は恐怖で顔を歪ませたまま意識を失っていた。

「今のは……」

 剣を鞘に戻して、リンクは何かを確かめるように右手を握りしめる。

「――いや、殺すのは時間の無駄だ」

 しばらくして、自分に言い聞かせるようにリンクは呟く。先程手が動かなかったことに対して言い訳をするように……。

「ここで、未起動のシーカータワーも最後だ」

 黒い外套を翻し、リンクは最近アッカレ砦に出現した古代シーカー族の遺物と思われる塔を見上げる。
 その腰には城から盗み出してきたシーカーストーンが携えられていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 ―――翌朝。ラネール地方、ゾーラの里。

「すぅ……すぅ……」

 まだ未明の里の宿屋からゾーラの英傑の慎ましやかな寝息が聞こえてくる。夜通しの看病で疲労が溜まったのか、治癒していたリトの英傑の体を枕に寝てしまったようだ。
 リーバルの方もなんとか峠を越えたようで、そちらも静かだが確かな呼吸音が部屋に響いていた。

「うっ……うぅん……っ……」

 日が昇り始めてしばらくして、リーバルがようやく目を覚ました。

「――――」

 自分の上に突っ伏して寝ているミファーにギョッとしつつも、冷静に自分が彼女の治癒によって助かったことを理解した。

「ぅうっ……ぁ、あれ、リーバル……?」

 つられるようにミファーが目覚めると、リーバルは出来る限り穏やかな声音で彼女に声をかけた。

「おはよう、ミファー。君には大いに世話になってしまったみたいだね」
「もう、体の方は大丈夫?」

 ミファーが起き上がりながらリーバルに体の具合を聞けば、彼は真面目な顔で嘴を開く。

「ああ、君のお陰で命拾いしたよ。今回ばかりは僕も本気で死ぬかと思った」
「良かった……本当に良かった……」

 そう言って、ミファーは目から零れた涙を静かに拭う。

「お、おいおい、泣くほどのことじゃないだろ」
「だって、だって……あんな酷い傷……っ!」
「…………」

 涙をこぼしながら、ミファーはあの傷の酷さを憤る。その様子をリーバルはどこか複雑な表情で見つめ、ゆっくり言葉を紡いでいた。

「……ミファーが憤ることじゃないさ」
「でも……!」

 更に言い募るミファーの肩に、リーバルは彼女を落ち着かせるように手を置いた。

「……単に僕が、油断したのがいけなかっただけだから」
「リーバル……」

 いつも自信満々なリトの英傑の姿を見てきたミファーは、彼の弱気ともとれる発言にそれだけ過酷な戦いであったことを悟って静かに俯く。
 しばらく、里を流れるせせらぎだけが彼らの間に響いていた。

「おっ! ようやく目が覚めたみてェだな、リーバル!」
「こらダルケル、仮にもリーバルは意識不明の重体だったんだから大声出しちゃだめだろう?」

 数分後、リーバルが目覚めたことに気付いたダルケルとウルボザが宿屋にやってきた。

「お気遣い痛み入るよウルボザ。でも残念だね、僕はこの通り既に傷は完治してるよ」

 試しに一勝負してみる?と、リーバルは挑発的な言葉をウルボザに浴びせる。

「ふん、減らず口が叩けるまでなったなら一安心だね」
「それはどうも。ま、実際はまだちょっと血が足りないみたいだから、まだ無理はできないかな」
「そうかい……なら、あまり無理するんじゃないからね」
「肝に銘じておくよ」

 一通りリーバルとウルボザの言葉の応酬が終わった後、ダルケルが待ちわびたように口を開く。

「――で、一体誰にやられたんだ? おめぇをここまで傷めつけられる奴がいるなんて今でも信じられねぇが」
「…………」
「リーバル……?」

 ダルケルの問いにリーバルは沈黙で返す。どうも、誰にやられたのか三人に伝えるのが彼的に憚られるようだ。

「大丈夫だよ。言いづらいかもしれないけど、ちゃんとあんたのことを皆信じてるからさ」
「……なら、いいんだけど」

 リーバルを安心させるようにウルボザが優しく諭せば、彼は観念したように溜め息を一つ吐いて自分を傷付けた者の名を口にする。

「あいつ、だよ……」
「あいつって、まさか……相棒のことか!?」
「…………」
「……やっぱりか」

 ダルケルの言葉にリーバルは沈黙でもって肯定する。
 その事実にウルボザは納得いったように目を細めた一方、ミファーは信じられないといった表情を浮かべていた。

「う、嘘よ……リンクがこんな、こんな酷いことする訳ない」
「残念だけどミファー、リーバルのあの傷は翼の腱だけを完全に断ち切っていた。そんな芸当、相当腕の立つ剣士しかできないんだ。そしてそれだけ腕の立つ剣士はこの国ではリンク以外他に考えられないんだよ」
「そんな……」

 ウルボザの冷静な言葉に、ミファーは納得しつつもまだショックを受けているようでがっくりと肩を落としていた。

「相棒おめぇ、そこまでして一体何をするつもりなんだよ……」
「………………」

 しばしまた皆の間に沈黙が訪れせせらぎの音がこの場を支配するかと思われた時、リーバルが唐突に何かを思い出したように小さく叫んだ。

「あっ! 忘れてた!」
「忘れてたって何のことだい」
「それは……」
「姫様!」

 リーバルが思い出したことを慌てて言葉にしようとした時、セゴンが急いで宿屋に入ってきた。

「ご報告ゾラ! アッカレ砦が……リ、リンクの手によって陥落したと!」
「なんだってぇ!?」
「死亡者は幸いいないものの、砦に詰めていた兵士達全員戦闘不能にしたらしいゾラ」
「全員を戦闘不能にって……」
「つ、追加の報告によるとその足でこちらゾーラの里に向かっているようだとも……」

 セゴンの追加の報告を聞くやいなや、リーバルが殺気立つ。

「くそ、あいつ僕らを捕まえるつもりだ」
「捕まえるってそんな大袈裟な……」
「大袈裟なもんか。現に僕はあいつに捕まる寸前の所を逃げてきたんだよ」
「そ、そうなのか? しっかしどうして……」

 リーバルの言葉に困惑気味のダルケルに、ウルボザも同意するように頷いて口を開く。

「イマイチ話がよく見えないね。一度情報を整理して共有した方が良さそうだ」
「……確かに。僕の得た情報も皆で共有しないと意味ないしね」

 そう言ってベッドから起き上がろうとするリーバルに、ダルケルが心配そうに声をかける。

「も、もう動いて大丈夫なのか?」
「血がちょっと足りてないけど大丈夫。それよりも早く対策を練らないと今に大変なことになる」
「大変なことってなんだよ」
「――厄災の再復活さ」


 ◇ ◇


 リーバルの傷が完治した所で、皆で玉座の間に移動し今後について話し合うことになった。
 そこには丁度里に到着した天才博士プルアの姿もあった。

「――ふーん、リンクが姫様の為に……。気持ちは痛い程分かるけどその為に厄災を復活させる訳にはいかないわね」

 一通りリーバルが力の泉の周辺で起こった事の次第を皆に語れば、プルアは冷静にそんなことを呟く。

「しかしあのリンクがイーガと結託してるとは、とても信じられないゾヨ」
「あいつが自分でそう言ったんですよ。それに僕を射落とした矢にもイーガのマークがありました。結託は間違いないと思われます」
「……リーバル殿がそう言うのであれば、確かなのであろうゾラ」
「とても残念ゾヨ」
「御父様……」

 リンクを幼い頃より知っているゾーラ族にとって、彼が国を裏切りイーガと結託してる事実は想像以上に堪えるようだった。

「あと、あいつは厄災復活には神獣の繰り手の魂も必要だって言っていた」
「た、魂だって」
「僕らをその為に殺すのかどうかはまだ分からないけど、用心するに越したことはない」

 そこまで言ってリーバルは一旦言葉を切り、ドレファン王の方に向き直って改めて嘴を開く。

「だから十中八九、あいつは僕ら英傑のいるゾーラの里を目指してきます。ゾーラ族には悪いですが全員どこかに避難した方が得策かと思われます」
「そんな……」
「今のあいつに情け容赦という言葉は存在しないよ。僕の翼の腱を斬ったのがその良い証拠さ」
「やむをえん。――セゴン、皆に急いで避難の指示をするゾヨ」
「はっ!」

 リーバルの助言を聞いて、ドレファン王がセゴンに避難の指示を出す。急いで玉座の間を去って行く兵士長を尻目に、今度はウルボザが口を開く。

「それで、里に来たリンクをどうする?」
「僕ら英傑四人で戦う以外手はないと思う」
「四人……」

 そこで周りの言う事に静かに耳を傾けていたミファーがポツリと呟いた後、皆に向かって再び口を開いた。

「皆、ちょっと良いかな」
「ミファー、どうしたんだい?」
「私、申し訳ないけどリンクとは戦えない……。まだ、覚悟できないの。このまま戦っても、きっと皆の足手まといになっちゃうと思う」
「ミファー、おめぇ……」
「ミファーはリンクの幼馴染だし、仕方ないよ。三人でどうにかするから安心しな」

 ウルボザの言葉に他の英傑二人も頷き、賛成の意を示す。

「ウルボザさん……皆……ありがとう」

 涙ぐむミファーに優しく目を細めた後、仕切り直すようにダルケルが口を開いた。

「――なら、里にやってきた相棒を三人でどうするかだな」
「遠距離から僕が弓矢で射るのは?」
「馬鹿、まだ体力戻ってないのに無理するつもりかい?」
「ぐっ……だけど!」

 真っ先に案を出したリーバルだったが、ウルボザに即刻却下されてしまった。無論、リーバルは納得いかないようだが……。

「それにあんた、昨日リンクと戦った時に射落とされたんだろ? 下手に刺激してまた同じ目に遭っても知らないよ」
「…………。確かに、またあんな目に遭うのは御免こうむる」

 そう言ってリーバルは先程と打って変わって酷く嫌そうな顔をして口を噤む。 口には出さないがリンクとの戦いが余程トラウマになっているのだろう。

「私の雷を確実に当てられる術があるなら捕縛することも可能だと思うんだけど、正直リンク相手だと掠るのも難しいかもしれないね」
「じゃあ、煙玉で撹乱してウルボザが雷を撃つのは?」
「……だめだね。煙玉は僕が逃げる時に使ってるから撹乱することはできないと思う」

 プルアの案に、彼女からもらった煙玉のお陰で助かったリーバルが口を挟む。

「相棒は一度見たものは次は確実に対処してくるからなぁ。そんな小細工通用しねぇよ」

 それに呼応するようにダルケルがどこか自慢気に元退魔の剣の主の強さを述べれば、リーバルが口を尖らせる。

「ちょっと、あんたは一体どっちの味方なんだよ」
「ど、どっちの味方って言われてもな。相棒の強さはそんだけ半端ねェんだよ」
「……生半可な仕掛け方しても、こっちがやられるのは確かなようだね」
「僕らがここでやられたら、それこそアウトだ。どうやって厄災を復活させるかまでは知らないけど、イーガの奴らが何か企んでるに違いない」
「相棒の意表を突くのに何か適した方法があれば良いんだが……」
「そんな都合の良い方法、簡単に見つかれば世話ないよ」
「うーむ、これでは堂々巡りゾラ」

 皆の案が尽きたと思われたその時……。

「――ねぇ、私に考えがあるんだけどちょっと聞いてくれない?」

 先程から玉座の間の眼下の里の様子をじっくり見ていたプルアが静かに口を開く。

「それにはドレファン王、貴方のお許しが必要になるのですが……」
「余の……? どういうことゾヨ」
「はい、実は――――」

 ドレファン王に何やら許可を求めるプルアはどこか不敵な笑みを浮かべていた。


 ◇ ◇


 日が傾き始めた頃、遂に城を出奔しアッカレ砦を陥落させたリンクがゾーラの里にパラセールで降り立つ。

「…………」

 人の気配が殆どないことに気付いたリンクは被っていた外套を下ろして周囲を警戒する。その刹那……。

「!」

 死角から突如電気の矢がリンク目掛けて放たれる。
 だが予測済みだったようでリンクは横っ飛びで難なく避けていた。

「チッ……」

 電気の矢を射掛けたリーバルが舌打ちしながら姿を現したと同時にダルケル、ウルボザがリンクの前に立ちはだかる。二人とも既に持っていた武器を抜刀していた。

「相棒! 悪ぃが大人しく捕まってくれよ!」

 そう言って、ダルケルは巨岩砕きを構える。

「でりゃあ!」

 雄叫びの共にダルケルが巨岩砕きで突きを繰り出す。巨大な剣が豪速でリンクに迫る。だが……。

「なぁっ!?」

 いつの間に、リンクは巨岩砕きの上に乗っていた。巨岩砕きが突き出される瞬間、上に高く飛んでやり過ごしたようだ。

「なんて動きだ……」

 リンクの脅威的な身体能力の高さに、三人は戦慄する。

「…………」
「あ、相棒……」

 あ然としているダルケルにリンクは巨岩砕きの上で黒い近衛の剣を抜き、それでダルケルの目を斬ろうとする。

「ダルケル! しっかりしてくれよ!」

 そこにリーバルがリンク目掛けて再び電気の矢を放てば、リンクはすぐさま巨岩砕きの上から飛びのいて矢を躱す。

「これならどうだっ!」

 間髪入れずにダルケルが丸まって突進攻撃を繰り出すが……。

「…………」
「うわぁぁぁ!」

 紙一重で避けられてダルケルはあえなく里の下層へと落ちていく。

「何やってんのさ……」

 幸い水深の浅い所に落ちたようで、一応無事であることをリーバルが確認していた。

「次は私が相手だよ!」

 ウルボザの舞うような激しい剣技がリンクに迫る。
 十重二十重の剣戟は美しくも苛烈だ。
 だがリンクはそれらを涼しい顔で剣で全ていなしていく。

「くっ……!」

 ウルボザも次第に押され始め、最後には彼女の愛剣である七宝の剣を弾き飛ばされてしまった。

「ちっ……なんて剣の腕だい」

 剣を弾き飛ばされた衝撃で膝をつくウルボザにリンクがゆっくりと近づいてくる。トドメを刺すのか人質に取るのかは分からないが、非常に危険な状況だ。

「大丈夫かい、ウルボザ!」

 それを阻止せんと、リーバルが今度は複数の電気の矢でリンクに射掛けるが彼はこれを全てハイリアの盾であっさり弾く。

「くそ、電気の矢も弾き返すなんて!」

 バクダン矢の嵐さえ盾一つで掻い潜ってきたのだ。電気の矢など元退魔の剣の主にとっては今更恐るるに足らないのかもしれない。

「恩に着るリーバル……!」

 リーバルの足止めによりなんとか体勢を整えたウルボザが指を鳴らせば、リンクの周囲に雷が降り注ぐ。だが少し遅い。
 バック宙で降り注ぐ雷を全て躱したリンクは里の入口付近にいた。

「もう一丁!」

 そこにダメ押しのようにウルボザが再度雷を放つ。だがそれはリンクのいる場所でなくそこからやや手前だった。

「!?」

 次の瞬間突如としてバクダン矢の炸裂音が里に響き渡り、リンクのいた里の入口周辺の床がガラガラと崩落する。
 入口付近の床の下部にあらかじめ埋め込んでいた大量のバクダン矢がウルボザの雷によって起爆し炸裂したのだ。

「なっ?!」

 今まで冷静そのものだったリンクの顔に驚きの表情が浮かぶ。
 まさか彼らが自分を倒す為に元々あった建造物まで破壊してくるとはリンクでも予測出来なかったようだ。
 崩落に巻き込まれ瓦礫と共に里の下層に落ちたリンクに大きなかいなが伸び、彼を拘束する。

「!」
「捕まえたぜ、相棒!」

 先に里の下層に落下したダルケルが、落ちてきたリンクをその手で捕まえたのだった。

「こんな拘束……っ!」

 リンクがダルケルの拘束を解こうと動き出したまさにその時……。

「これで終いだ!」

 ウルボザの叫びと共に彼女の放った雷が今度こそリンクの頭上に落ちる。
 そう、先程ダルケルが里の下層に落ちたのも、里の建造物を一部破壊したのも、全てはこの一瞬の為。
 耳を劈く落雷音が再び里に轟く。

「ぐっ……」

 放った雷はかなり出力を絞っていたようで、リンクとダルケルは消し炭にはならずに済んだ。
 ただ出力を絞っていたとは言え、無防備な状態でウルボザの雷を受けたのだ。元退魔の剣の主もこれには流石に耐えられなかったようで、戦闘不能状態に陥っていた。
 ちなみにダルケルも同じように雷を食らっていたが、体が岩で出来ているゴロン族の特性上、あまりダメージは受けてはいないようだった。

「か、勝った……」

 プルアが立てた作戦は建造物を破壊するという過激な面もあったが、それがリンクの意表を突いて文字通り彼を戦闘不能まで追い込んだのだった。


 ◇ ◇


 下層と上を結ぶハシゴは床と一緒に崩落していて使えないので、ウルボザは急ごしらえの縄梯子を使って下層に移動した。

「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけどなんとか上手くいったね」

 崩落した場所を見上げながらウルボザが感慨深げに呟く。

「あいつに床に仕込んだバクダン矢を勘付かれなくて本当に良かった」

 若干肝が冷えたよと、自身の翼で下層に降りてきたリーバルもウルボザの言葉に同意する。

「とりあえず、後で作戦を立ててくれたプルアと許可してくれたドレファン王にお礼言っとかなきゃね」
「ああ、そうだね。でも……その前にまずは……」
「…………」

 雷を直に食らった影響で未だに衣服からぷすぷすと煙が上がったまま、ダルケルの腕の中でぐったりしているリンクを二人で見つめる。
 リンクに意識はあるようだが、まだ動けないようだ。
 捕縛の為の縄はウルボザが持ってきている。
 ここでリンクを捕縛して城に連行すれば全てが終わる。
 これで彼がイーガと企んでいた厄災の再復活の計画も立ち消えることになるだろう。

「少々痛いが、我慢しなよ」
「…………」

 ウルボザの手によって縄がリンクにかけられる。リンクは抵抗する意思を見せるが、思うように体が動かずひどく苦い顔をしていた。

「皆!」

 そこへ他のゾーラ族と共に避難していた筈のミファーがやってきた。

「ミファー?! 他のゾーラ族と避難してたんじゃ……」
「どうしても皆のことが心配で見に来たの。それに……」
「それに……?」
「リンクと、少しだけお話したくて……いいかな?」
「……分かった。なるべく手短にね」
「ありがとう」

 上品に微笑んでウルボザに礼を言うと、ミファーはリンクの方に向き直る。

「リンク……」
「……ミファー」

 どこか気まずそうに、リンクはミファーから目を逸らしていた。

「リンク、貴方が姫様を蘇らせたいって知ってから、ずっと考えていたことがあるの」

 言葉を丁寧に拾いあげるように、幼子に優しく言い聞かせるように、ミファーはその小さな手をぎゅっと握りしめてゆっくりと語りだす。

「リンク、姫様が死んじゃったのは自分のせいだと思ってるよね?」
「…………」
「私達、皆姫様がそこまで覚悟していたなんて気付けなかった。だからリンクと一緒なの」
「同じ……」
「だから私も、姫様が蘇るならその手伝いをしたい」

 そこまで言って、ミファーは改めてリンクの目を真っ直ぐ見る。

「でも、その為に厄災を復活させたら姫様の想いを無視することになってしまう。それだけは絶対にしたくないの」
「……手段を選んでなんていられない」

 リンクは冷酷ともとれる言葉を口に出すが、それに対してミファーは柔らかく首を傾げる。

「そうかな? 貴方は手段をちゃんと選べてる。アッカレ砦の兵士を殺さなかったのも、彼らが姫様が守った民の一部だったからじゃないの?」
「!!!! おれ、は……」
「だからねリンク、イーガ団じゃなくて私達と一緒に探そう? 厄災を復活させずに姫様を助ける術を……」

 そう言って、ミファーはリンクに限りなく優しく手を差し出した。

「ミファー……」

 リンクがよろよろとミファーの手を取ろうとしたその時……。

「危ねぇ!」
「!」

 シーカー族がよく使うクナイがミファー目掛けて投げられる。
 幸い近くにいたダルケルが手で庇って事なきを得たが、その代わりリンクの捕縛が緩んでしまった。
 その刹那、突風のように赤い何かがダルケルとミファーの間を走り抜け……。

「リンク!」

 気付いた時には戦闘不能だったリンクを奪われてしまった。

「イーガ団か……!」

 リンクを担いでいるのはイーガの構成員のようだが……漂わせる雰囲気がいつもの者達とどこか違っていた。

「…………」

 おもむろにその者がイーガの仮面を外すと、意外な人物の顔が現れた。

「!? あいつ……!」

 リーバルが驚きの声を上げる。
 リンクが出奔する少し前、行方不明になっていたシーカー族の宮廷詩人だった。どうも、彼も姫巫女を復活させる為に国を裏切ったらしい。

「今更、甘い言葉で我々を惑わせるつもりですか」

 低く、炎を滾らせたような声で元宮廷詩人は歌うように告げる。

「貴方も貴方です、リンク。そんな都合の良い話、ある訳ないに決まってるじゃないですか」
「っ!」

 元宮廷詩人に担ぎ上げられたリンクがハッとした顔をする。

「それにミファー様、貴女は本当はゼルダ様の復活を望んではいないでしょう」
「そんなことない……っ!」
「では折角リンクの為に作ったゾーラの鎧も無駄にするんですね。結局、貴女の想いはそんなものだったんですよ」
「……! そ、そんな……違う……!」
「違うならなおのことゼルダ様がいない方が良いじゃないですか。矛盾してますよ」
「……っ! む、矛盾なんかっ……!」

 元宮廷詩人に言葉でやり込められてミファーは泣きそうな声で叫ぶが、彼は至極どうでも良さそうな顔をしていた。

「ほら、いい加減休んでないで動いてくださいリンク」
「あ、ああ……」

 元宮廷詩人に縛られていた縄を解かれたリンクがようやく地に足をつける。
 だがまだ雷のダメージが残っているようでフラフラとしていた。

「とにかく、私達の邪魔はさせませんから」

 そう言って、元宮廷詩人は何かを床に叩きつけた。

「!?」

 眩しい光が炸裂し、気付いた時には元宮廷詩人もリンクもいなくなっていた。

「逐電したか……」
「くそ、あともうちょっとだったのに……!」
「リンク……」

 リンク達が去ってすぐ、ゾーラの里にポツポツと雨が降り出す。
 今後のハイラルの行く末を暗示しているような雨だった。

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