ブレワイ&厄黙二次小説
【護りと祈りと怒りと……】
「もう……本当に、貴方って強情ね」
「う、うるさいな。今まで怪我の治療なんて全部自分でやってきたんだ。それを急に人にさせるなんて、すぐに慣れるワケないだろう!」
僕とゾーラのお姫様はさっきからこんな調子で睨みあっていた。後ろには呆れた顔をしたゴロンの豪傑…。
ハイラル城の医務室で、平和な争いが繰り広げられていた。
――まだ、この時までは。
◇ ◇ ◇ ◇
「おーい、ミファー! 聞かん坊の青い鳥を捕まえて来たぞ!」
正午を過ぎてすぐの穏やかなハイラル城の医務室に、ゴロン族の大きな声が響き渡る。
ゴロンの英傑が暴れるリトの英傑をその腕でがっしりと抱え上げてやってきたのだ。
「ありがとうダルケルさん! 無理言っちゃってごめんね」
「何、これくらい良いってことよ」
自分の部屋にやってきたダルケルさんに有無も言わさず捕まったらしいリーバルは、憤慨した様子で怒鳴り散らしていた。
「ダルケルっ! いい加減離せよアンタ! 僕をいきなり捕まえて何する気だ!?」
「何って……怪我の治療だよ、治療。昨日の魔物討伐でお前さん怪我しただろ? なのに治療も受けずに帰っちまうから、ミファーが連れて来てほしいって頼んできたんだよ」
「はぁ? 僕が怪我なんてする訳ないだろう。何かの見間違いじゃないの?」
未だに虚勢を張るリーバルに少し呆れる。
「リーバル、貴方嘘付いてるでしょ」
ダルケルに捕まえてもらっている状態で彼の右腕を引っ張ると、焦ったように声を荒げた。
「ちょ、ちょっとミファー?! 気安く僕に触らないでくれよっ」
昨日怪我していたはずの箇所をそっと触れると、彼の顔が苦痛に歪んだ。
「痛っ! ……しまった」
「やっぱり……もう! 怪我をしたら、私に言わなきゃダメだって前も言ったでしょう?」
嘘がバレてふて腐れているリーバルに、私はきつめに注意する。
「……このくらいの傷、大した事ないだろ? 自分で消毒したからいいじゃないか」
「本当に消毒したの? 少し化膿してるんだけど……」
「……」
彼は私の問いに答えず、嫌そうにプイっと横を向くだけだった。
(はぁ、……まるで小さな子供ね)
最近シドがどこで覚えてきたのか『傷は男の勲章だゾ!』と言って、私の治療から逃亡するようになって苦労しているというのに……。
まさか同じ英傑であるリーバルに、同じように手を焼くとは思いもしなかった。
(シド……元気にしているかな)
意地を張るリーバルの姿に、里にいるやんちゃ盛りの弟を重ねて思いを馳せる。
そんな私を見て、彼はムッとしながら呟く。
「……僕を君の弟クンを見るような目で見ないでくれよ、ミファー」
「あれ……バレちゃった?」
「君はあいつと違って分かりやすいからね。ま、僕も確かに大人げなかった。怪我を黙ってて悪かったよ」
ため息を一つ吐いて、彼はダルケルさんに話しかける。
「ダルケル、降ろしてくれないか?君らのしつこさに免じて、大人しく治療を受けるよ」
「リーバルったら……。ありがとう、すぐに傷を治療するね」
こんなにあっさり折れてくれるのも珍しい。
少しは私達への態度も改める気になったのかしら。
ダルケルさんの肩から降ろされた彼を椅子に座らせ治療の準備をする。
「ったく、最初っからそのくらい素直なら俺らもオメェを扱いやすいのによ」
「何か言った?」
「いや、……何でもねえよ」
本当に折れてくれたのよね、彼……。
呆れ顔のダルケルさんと顔を見合わせて、二人で密かに苦笑するしかなかった。
◇ ◇
「よし、……これで最後かしら」
リーバルが思った以上に私達に怪我を隠していた為、治療に時間がかかってしまった。
その都度隠さず言ってくれれば、こんなに手間もかからなかったのに。
そんな私の思いも知らず、彼は傷の治った場所を興味深げに観察していた。
「……君の力って本当にすごいんだね。まさか傷跡も跡形もなく治してしまうなんてさ」
「だから言ったろう? 怪我したらミファーに治してもらうのが一番だって」
初めて私の治癒の力を見て驚くリーバルに、ダルケルさんは笑顔で答える。しかし、彼は少し機嫌が悪そうな顔をしていた。
「でも、少しは負担を考えるべきじゃない? 何度も力を使えば君だって疲れるだろうに」
治りかけの傷は放置してもらって構わなかったのに……と、眉を寄せている。
「大丈夫よ、この位。私は皆の怪我を治せることが何よりうれしいんだから」
私が笑顔でそう強く答えると、彼は少し私を怒ったように見つめてよく聞こえない声で呟いた。
「そういう所が君はあいつやあの姫より危ういんだよ」
「え、何? 何か言った?」
「何でもない」
「…?」
よく分からなくて、リーバルの顔をついジッと見てしまう。すると、彼の上嘴の鼻孔付近にも小さな傷があるのに気が付いた。
「嘴も怪我してるよ。治してあげるから傷を見せて」
傷を見ようとリーバルの嘴に手をかざそうとして、彼がビクリとして身構えた。
「……っ!? と、突然何するんだっ!」
「何って……傷をみようとしただけだよ?」
彼は少し怒ったように私に抗議する。
「上嘴の鼻孔付近はリト族にとって非常にデリケートな場所なんだ。不用意に手を近付けないでくれよ」
「そんなにデリケートな場所なら、余計ちゃんと治さないとダメだよ」
小さな傷でも放置して後で悪化する事だってあるのだから、私だってここは引けない。
「そ、それはそうだけど……とにかくっ! 他の場所ならまだいいけど、こんな所……英傑と言えども君に治療されたなんて同族に知られたら僕の沽券に関わるんだよ!」
[[rb:僕ら > リト族]]のことを何も知らないなら放っておいてくれ、などというものだから私も流石にムッとする。
「何それ……私の治療を受けるのが恥だとでも言うの?!」
「そ、そうは言ってないだろう!?」
埒があかない……。
私はこの聞かん坊の大きな青い鳥をジト目で睨みつける。
「もう……本当に、貴方って強情ね」
「う、うるさいな。今まで怪我の治療なんて全部自分でやってきたんだ。それを急に人にさせるなんて、すぐに慣れるワケないだろう!」
言いたいことは分かるけど、皆の傷を治す為にここにいる私にはリーバルの言い分を受け入れる訳にはいかなかった。
彼と私のやや不毛な睨み合いが続く…。
「おい、リーバル。オメェも小さな傷一つで大人げねぇ。少し位ミファーの言うこと聞けねぇのか」
見かねたダルケルさんが助け舟を出してくれたけど……。
「……小さな傷でも場所によっちゃ色々あるんだよ。ゴロン族みたいに暢~気な種族には、繊細な僕らリト族の気持ちなんて分かりっこないだろうけどねぇ?」
「リーバル、てめぇ…!」
こんな調子で怒らせてしまう。
……リーバルの嘴から出る言葉はバクダン矢ででも出来ているのかしら。
「こら! 少しは大人しくしろっての!」
「ふん、甘いね!」
リーバルは捕まえようとするダルケルさんの大きな拳をヒラリと避けると、そのまま上昇気流を発生させて部屋の高窓まで飛んでいってしまった。
室内で[[rb:猛りの力 > トルネード]]を使うものだから、書類や小さな医療品が部屋に散らかって、私達の動きを邪魔する。
窓から今にも逃げようとするリーバルに向かって、私は叫んだ。
「リーバル! 貴方まさか逃げる気!?」
「逃げる? 極めて合理的な撤退と言って欲しいね! じゃあね、ゾーラの姫君。もっとリト族のことを調べてから治療してくれよ」
そう言うと、リーバルはさっさと窓から飛び出して医務室を脱出してしまった。
◇ ◇
「あいつめ、窓から逃げやがって……! すまねぇミファー、取り逃がしちまった」
「ううん、ダルケルさんは悪くないよ。私こそごめんね」
リーバルが散らかして行った部屋を片付けながら、ダルケルさんは私も感じた違和感を口に出していた。
「しっかし何であいつ、急に逃げ出したんだ? さっきまで一応大人しく治療を受けてたってのによ」
「そうよね……不思議だよね」
二人で顔を見合わせて首を傾げる。
「――それを知る為にも、あいつをここに連れて帰るのが一番じゃないか?」
「!」
突然の声に驚いて振り向くと、医務室の入り口にゲルドの女傑が立っていた。
「ウルボザさん……!? いつの間にここに?」
「医務室が騒がしかったもんで気になってね。あいつも本っ当にお騒がせなヴォーイだねぇ」
「えぇ、……本当に。彼には困ったものだわ」
あそこまで拒否されると、私も少ししょげてしまう。
そんな私を元気づけるようにウルボザさんはウィンクして、少し危険な提案してきた。
「……ミファー、あいつは今監獄所の上空だ。私の雷ならまだ連れ戻せるかもしれないよ?」
「そんなこと出来るの?」
「ああ。雷を落とす場所もある程度制御出来るんだ。あいつだって雷に当たりでもすれば流石に反省して戻ってくるだろうさ」
「雷を落とすってオイ……。オメェも結構過激な事好きだよな」
「あの聞き分けのないヴェーヴィなヴァードにゃ、この位ガツンとやった方がいいんだよ」
やや呆れ顔でダルケルさんがウルボザさんの提案にツッコミを入れているが、彼女はどことなく楽しそうだ。
「どうする? 直撃したらあいつもただじゃ済まなさそうだが……」
あんなに嫌がる理由をちゃんと聞いておかないと、後々トラブルになるに違いない。
強い意志を持ってウルボザさんの提案を受け入れる。
「お願いしていいかな? リーバルが貴女の雷でちょっとくらい怪我したって、私が治すから大丈夫!」
「フフッ、それでこそ神獣に選ばれた英傑だ」
私の答えにウルボザさんも満足そうに頷いていた。
その後ウルボザさんはすぐ窓の方に向き直り、逃げるリーバルに向けて右手を掲げた。
「さあてリーバル、私と勝負だ。私の雷……全部避けきれるかい!?」
ウルボザさんが指を鳴らすと、途端にリーバル目掛けて二発ほど激しい落雷が発生した。
激しい光と大きな衝撃音に思わずビクリとする。
その後すぐリーバルの様子を確認すると、信じられない光景が広がっていた。
「そんな、どちらも躱すなんて……!」
リーバルはあの二発の雷に掠りもしなかったようで全くの無傷だった。……あそこまで俊敏に動けるなんて正直信じられなかった。
目を凝らすとリーバルは呆れ半分、面白半分と言った顔でこちらを見ているのが分かる。
――いけない。こちらの思惑が彼にバレたようだ。
彼はすぐさま方向転換をして、ハイラル丘陵方面に進路を取り始めた。
「ウルボザさん! 彼、西に逃げる気だよ……注意して!」
「………………」
「ウルボザさん?」
向き直ると、ウルボザさんは俯いて肩を震わせていた。しかしそれは武者震いの類のもののようだった。
ゲルドの女傑が不敵な笑みを浮かべてゆらりと顔を上げた。
「それを避けるか。流石『天翔ける事 疾風の如し』って謳われるだけある。フフッ……面白い。雷の制御訓練に、丁度いいさねっ!」
ウルボザさんがすかさずリーバルの進行方向に雷を落とし、動きを止めた彼を更に囲うように連続して雷を落としていく。
まるで雷の檻だ……。すごい、ウルボザさんの雷ってこんな使い方もできるんだ。
「さぁ、これで終いだ!」
完全に周りを雷に囚われたリーバルの頭上から、トドメの雷が落ちる。
――今までで一番強い稲光が彼を襲い、その激しい衝撃音に思わず目を瞑ってしまう。
……流石に、直撃はしていないよね?
少しだけ不安になる。
しかし、いち早く状況を確認出来たダルケルさんが驚嘆の声をあげた。
「なっ……!? アイツ全くの無傷だぞ?!」
「なんだって!? もしやあいつ……!」
その声にウルボザさんも私も身を乗り出してリーバルを見つめる。
さっきより遠くて見づらいが、彼の手には自身の愛弓であるオオワシの弓が握られており、彼のすぐ横を黒焦げになった剣の残骸のようなものが落ちていった。
「雷が落ちる直前に、金属製の剣を矢のように放ったのか……考えたもんだね」
「即席の避雷針にしたってこと? そんなことが……」
リーバルは普段装備はしていないものの、リトの片手剣をいつも持ち歩いていたはずだ。
雷の檻に閉じ込められている最中、冷静に剣を取り出して避雷針として使おうなんて普通は中々考えつかない。
改めて彼の弓の腕とその判断力に戦慄した。
リーバルは、こちらがもう打つ手無しとみて余裕の表情だ。逃げる必要なしと判断したようで、その場で羽ばたいてこちらの様子を見ている。中々腹の立つしたり顔をしているのが非常に悔しい。
「この勝負、あいつの勝ちかねぇ」
「悔しいけど、そうみたいだね……」
私とダルケルさんは諦めの言葉を呟く。
「いや、……まだだ」
そんな私たちを尻目に、ウルボザさんは冷静に呟く。
リーバルの背後から黒々とした雨雲が近づいて来ていたのだ。
「雨雲の雷を集めて、私の雷の威力を増幅させる。あいつが避ける隙も弓を構える暇も与えなければ、私に勝機が見えるだろう」
……威力については怖いので聞かなかった。
ダルケルさんも不安そうに私を見つめてくる。
そんな雷がリーバルに直撃したとして、私の力で治せるんだよね……?
芝居がかった動きで、ウルボザが再び右手を掲げる。その緑の瞳は少しだけ憂いを帯びていた。
……口元はすごく笑っていたけど。
「リーバル、リトの英傑たるお前とこんなに良い勝負が出来るとは思わなかったよ。……これは手向けだ。なに、雷の当たり所が悪くてもミファーがすぐに治してくれるさ」
(ウルボザあいつ……これ絶対楽しんでるだろ)
(うん、すごく楽しそうだよね……)
強烈な雷の衝撃に備え、ダルケルさんが展開した護りの結界の中で私達はヒソヒソと話をしていた。
そうこうしている内に、リーバルが飛んでいる場所に雨が降り始めた。
その直後、遂にゲルド女傑の指が鳴り、雷雲がそれに呼応したように激しく光り始める。
――次の瞬間、音と言う音……目に入る色と言う色が全て真っ白に塗りつぶされていた。
◇ ◇
昼下がりの穏やかなハイラル丘陵に、突如恐ろしい規模の落雷が発生した。ハイラル城でもその衝撃で地震のような揺れを観測し、突然の天災に城の者は肝を潰すような心地だったという。
この雷を偶然目撃したシーカー族の宮廷詩人は、後にこう詠っている。
その雷はまるで―――太古の昔、女神とハイラルの大地を賭けて相争った魔族の王が放ったという雷撃のようだったと。
――奇しくも、その雷が落ちた周辺には終焉の谷と呼ばれる場所があった。
◇ ◇
(くそ、油断して酷い目にあった…!)
――あんな恐ろしい雷、フィローネ地方でもチナガレ湿地帯の先でも見たことがなかった。
ウルボザも人が悪い。
彼女の能力で天然の雷を引き寄せることができるなんて聞いてない。
強烈な衝撃と熱とシビレで、生きながらローストチキンにされるようだった。
全身火傷なんて生ぬるい。
僕の自慢の綺麗な青い羽毛はほとんどが黒く焦げ付き、英傑のスカーフも頭の三つ編みも消し炭にならなかったのが不思議なくらいだった。
反射的に弓を盾代わりにしたのが功を奏して、なんとかグスタフ山に不時着出来たのだが…。
その後、雷のダメージによって意識が途絶えてしまった。
……僕の風切り羽は無事なのだろうか。
そこが焼き切れてしまっては、流石にミファーに治してもらわないと困るのだが……。
(あんな逃げ方した僕を、果たして許してくれるのかな……彼女)
それでなくても、僕がミファーの治療を受けないことをとても怒っていたようだし…。
僕だって彼女の治療中の距離があんなに近くなければ、怪我の治療だってもう少し頼みやすくもなるのだ。
だけど英傑の中でもそんなことを気にしているのが僕位だから、説明してもいまいちピンと来ないようだった。
彼女にどう謝って、どう治療を頼めば良いのか……。
考えるのが正直気が重かった。
――ミファーのことを考えていると…何か…心地良い温かな光を感じて意識が覚醒し始める。
「あ、やっと起きた。おはよう、リーバル。少しは懲りたかな?」
うっすら目を開けると、僕が逃げて来たはずのゾーラのお姫様の顔がぼんやりと見えた。
◇ ◇
――中央ハイラル西部、グスタフ山。
ダルケルさん達と別れて一人でグスタフ山までやって来た私は、山の中腹で瀕死になったリーバルを発見し、即座に治療を始めた。
反射的にオオワシの弓で頭を庇ったらしく、急所への重大な損傷は避けられたみたい。
通常のものより巨大な弓であった為か、一回限りの盾としても使えたようだ。
その代わり、彼の自慢の愛弓は無残にも真ん中からボッキリと折れてしまっていたけど…。
しばらくして漸く意識を取り戻したリーバルに声をかける。
「あ、やっと起きた。おはよう、リーバル。これで少しは懲りたかな?」
「……」
いつもはこちらが挨拶をすれば、どんな時でもきちんと返してくれる彼が今日は押し黙っている。
「リーバル……?」
再度呼びかけると、彼はやっと口を開いた。
「懲りるとかそういうモノの以前に、死ぬトコロだったんだけど……?」
まるで黄泉の川の向こう岸を見てきたような、そんな顔をしていた。
「ふふ、大丈夫だよ。私がいる限りこのくらいじゃ死なせないよ」
だから安心してねと、笑顔でそう答えるとリーバルは引き攣った笑いを見せた。肩もわずかに震えている。
(……?)
私何かヘンなこと言ったかな。
顔に疑問符を張り付けていると、彼は深いため息をついた。
「全く……君らはこんな馬鹿みたいな事に、全力で自分の力を使って、何がしたいのさ……」
「……貴方が理由も言わずに飛び出していくから、ちゃんと理由を聞いておきたかったの」
私がそう答えると、リーバルはまだ煤けている顔をこちらに力無く向けた。
「それ、焼き極上トリ肉にされかけた僕に対して胸を張って言える台詞なの?」
「うっ……」
そう言われると、正直何も反論できない。
「やっぱり……やり過ぎだったかな?」
「フン、今更過ぎて笑えないよ……」
そう言いながらリーバルは皮肉げに口を歪めはしたが、その顔は少しだけ穏やかだった。
(なんだ、リーバルもこんな顔出来るんだ)
いつもこんな穏やかな空気を纏ってくれたらこちらも対応に困る事ないんだけど……。
上空をゆっくりと雲が動いていく。先程まで雨雲が発生していたとは思えないほどの快晴だった。
ピクニック日和の穏やかなグスタフ山の中腹で、私は彼の治療を続けながら雨上がりの澄んだ空気を体いっぱいに吸い込んでいた。
◇ ◇
「……ねぇ、リーバル。どうしてあそこまであの場所の怪我の治療だけ嫌がったの?」
リーバルの治療がある程度進んでしばらくして、私は今日一番気になっていた疑問を彼にぶつけてみた。
「それ、本当に答えなきゃダメ……?」
「私達は貴方との勝負に勝ったんだよ? リトの戦士は勝負に負けたら勝った相手に礼儀を尽くすって聞いてたんだけど」
「……………………」
中々答えてくれない彼に、先程のウルボザさんとの勝負の話を持ち出してみたが……果たして教えてくれるだろうか。
しばしの沈黙の後、リーバルが言いづらそうに口を開いた。
「あの場所は……リト族の間では、本来恋人や結婚相手にしか触らせない場所なんだ」
「え……?」
「それだけ敏感な場所なんだ。嫌がるに……決まっているだろう」
リーバルは気まずそうにそっぽを向いていた。
『こんな所……同じ英傑と言えども君に治療されたなんて同族に知られたら、僕の沽券に関わるんだよ!』
少し前、彼の言った言葉を思い出す。
なるほど、そういうことなら合点がいった。
「ごめん、貴方の態度で気付くべきだった」
「もう、遅いよ……。君達のお陰で黒焦げになるし、僕の弓は折れてしまうし……今日は最悪最低の日だよ、本当に」
リーバルは傍らに置いてある自身の愛弓の残骸を見て嘆くように呟いた。私は弓の残骸に手を伸ばして彼に手渡す。
自身のスカーフとお揃いの青い布も消し炭になってしまったオオワシの弓を、彼はしばし悲しそうに眺めていた。
「本当に見事に真っ二つになってるけど……コレって直せるの?」
「多分ね……。今回は君達に修理代を弁償してもらうから、そのつもりでいてくれよ」
「わ、分かってる……」
ジロリと睨んで話すリーバルの顔には怒りも滲んでいて、愛弓が壊れたショックの強さが理解出来た気がした。
◇ ◇
リーバルと話している内に治療の方は大分進んだ。
今まで重度の火傷のせいで少しぼんやりとしていた彼の意識もはっきりしてきただろう。
あとは細かい部分を治せば全快するはずだ。
「治癒はもうすぐで終わるから。もう少し辛抱しててね」
「……? ……っ!? あ、あぁ」
彼を見下ろしてそう声を掛けると、何かに気付いたような顔をしたかと思ったらいきなりソワソワし始めた。
まだ治療は完全に終わってないのに、体力が回復して落ち着きが無くなってきたようだ。
リト族はせっかちだとよく聞くけれど、リーバルもそうなのかしら。
「ねぇ、ミファー。僕ってさ、今ドコの何に寝かされて君の治癒を受けてるの?」
リーバルの落ち着きのない態度を不思議に思っていると、彼が唐突にヘンな事を聞いてきた。
私を複雑そうな顔をして睨みつけているけど、どうしたんだろう?
「な、何って……膝の上だよ、私の」
そう答えた瞬間、彼はライネルもかくやという跳躍で私から飛び退いた。
「キャッ! ……ちょっと、リーバル! いきなり飛び退いたら危ないよ!」
さっきまで黒焦げだったとは思えない身のこなしだ。彼の突然の行動に驚いて、私は後ろにひっくり返るところだった。
「あーもう!! 君って治療の時にホンット距離感無さ過ぎて呆れるよ!」
リーバルの剣幕に気圧される。彼はその翡翠の瞳で私をギロリと睨みつけて言い募ってきた。
「治療の為とは言え……い、異性に膝枕なんてっ! ゾーラのお姫様がしていいことじゃないだろうっ?!」
リーバルが怒った原因はそこらしい。
気絶した怪我人の気道確保に最適だと判断したんだけど……お気に召さなかったようだ。
彼、たまに色々気にし過ぎてすごく面倒くさいと思う。
「しょ、しょうがないじゃない! 黒焦げで瀕死の貴方を休ませられる場所が他に無かったんだよ!」
「僕なんか地べたに転がしたまま治療すれば良かったじゃないか。ホント、何バカなことやってんの……」
君の教育係は一体何してるんだと、ムズリのことまでなじってくるので私もカチンとする。
「わ、私だって誰彼構わずこんなことするワケじゃないよ! 私は貴方を同じ英傑として信頼してるからであって……」
私の言い分も最後まで聞かず、リーバルは怒って更に詰め寄ってくる。
「はん! そんなのただの屁理屈だねっ! そういうのはあいつにしてやってればいいんだよ!」
「へ、屁理屈なんかじゃないわ……!」
何か聞き捨てならないような言葉が聞こえたが、彼に気圧されてしまってそれ以上何も言えなかった。
「全く……! 君は危機感なさ過ぎでこっちが心配になってくる!」
そう言うと、リーバルはいつものように一瞬で空に飛び上がってしまった。
飛べる程度には回復したようだが、このままさっきみたいに治療途中で逃亡されたら意味がない。
「待って! 治療はまだ終わってないよ!」
私は慌てて立ち上がり、まだその場で羽ばたいているリーバルに向かって叫んだ。
「絶対にお断りだっ!!」
今までで一番大きな声で拒否されて、背中を向けられる。その後すぐ、彼は気まずそうに顔を少しだけこちらを向けて言葉を続けた。
「あー、その……治療はちゃんと受けるよ?」
「え、それじゃあ……」
リーバルの言葉に安堵の表情を浮かべると、
彼はすぐにプイッと後ろを向いてしまった。
「でもそれは君の膝の上なんかじゃないっ! 城の医務室で、だ!!」
捨て台詞のようなものを吐いて、リーバルはハイラル城に一目散に飛んで行ってしまった。
後に残されたのは私と、彼が発生させた上昇気流によって揺れる草花だけだった。
「…もう、何なの……!」
私は急いで城の医務室に戻るしかなかった。
治療を受ける気は一応あるようで少しだけ安心する。
(でも……)
ウルボザさんの雷で黒焦げになって尚あの態度では……。
今日は良くても、今後ちゃんと私の治療を受けてくれるか心配でしょうがない。
またリーバルが負傷した時に、同様のひと悶着が起きるのかと想像するだけでとても頭が痛かった。
――かくなる上は、これから彼を治療をする際は一度気絶させて行うしかあるまい。
「そのくらいしないと彼すぐ逃げちゃうし……雷なら確実に気絶させられるのかな」
帰ったらウルボザさんにも相談してみよう。
新たな決意を胸に、私は城に戻る為に来た道を足早に戻って行った。
◇ ◇
――その後しばらくして、リトの英傑が負傷する度にハイラル城ではゲルドの女傑の雷が落ちるようになった。
これが後に三大英傑恐怖体験の一つとして城の兵士達に噂されるようになるとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。
「もう……本当に、貴方って強情ね」
「う、うるさいな。今まで怪我の治療なんて全部自分でやってきたんだ。それを急に人にさせるなんて、すぐに慣れるワケないだろう!」
僕とゾーラのお姫様はさっきからこんな調子で睨みあっていた。後ろには呆れた顔をしたゴロンの豪傑…。
ハイラル城の医務室で、平和な争いが繰り広げられていた。
――まだ、この時までは。
◇ ◇ ◇ ◇
「おーい、ミファー! 聞かん坊の青い鳥を捕まえて来たぞ!」
正午を過ぎてすぐの穏やかなハイラル城の医務室に、ゴロン族の大きな声が響き渡る。
ゴロンの英傑が暴れるリトの英傑をその腕でがっしりと抱え上げてやってきたのだ。
「ありがとうダルケルさん! 無理言っちゃってごめんね」
「何、これくらい良いってことよ」
自分の部屋にやってきたダルケルさんに有無も言わさず捕まったらしいリーバルは、憤慨した様子で怒鳴り散らしていた。
「ダルケルっ! いい加減離せよアンタ! 僕をいきなり捕まえて何する気だ!?」
「何って……怪我の治療だよ、治療。昨日の魔物討伐でお前さん怪我しただろ? なのに治療も受けずに帰っちまうから、ミファーが連れて来てほしいって頼んできたんだよ」
「はぁ? 僕が怪我なんてする訳ないだろう。何かの見間違いじゃないの?」
未だに虚勢を張るリーバルに少し呆れる。
「リーバル、貴方嘘付いてるでしょ」
ダルケルに捕まえてもらっている状態で彼の右腕を引っ張ると、焦ったように声を荒げた。
「ちょ、ちょっとミファー?! 気安く僕に触らないでくれよっ」
昨日怪我していたはずの箇所をそっと触れると、彼の顔が苦痛に歪んだ。
「痛っ! ……しまった」
「やっぱり……もう! 怪我をしたら、私に言わなきゃダメだって前も言ったでしょう?」
嘘がバレてふて腐れているリーバルに、私はきつめに注意する。
「……このくらいの傷、大した事ないだろ? 自分で消毒したからいいじゃないか」
「本当に消毒したの? 少し化膿してるんだけど……」
「……」
彼は私の問いに答えず、嫌そうにプイっと横を向くだけだった。
(はぁ、……まるで小さな子供ね)
最近シドがどこで覚えてきたのか『傷は男の勲章だゾ!』と言って、私の治療から逃亡するようになって苦労しているというのに……。
まさか同じ英傑であるリーバルに、同じように手を焼くとは思いもしなかった。
(シド……元気にしているかな)
意地を張るリーバルの姿に、里にいるやんちゃ盛りの弟を重ねて思いを馳せる。
そんな私を見て、彼はムッとしながら呟く。
「……僕を君の弟クンを見るような目で見ないでくれよ、ミファー」
「あれ……バレちゃった?」
「君はあいつと違って分かりやすいからね。ま、僕も確かに大人げなかった。怪我を黙ってて悪かったよ」
ため息を一つ吐いて、彼はダルケルさんに話しかける。
「ダルケル、降ろしてくれないか?君らのしつこさに免じて、大人しく治療を受けるよ」
「リーバルったら……。ありがとう、すぐに傷を治療するね」
こんなにあっさり折れてくれるのも珍しい。
少しは私達への態度も改める気になったのかしら。
ダルケルさんの肩から降ろされた彼を椅子に座らせ治療の準備をする。
「ったく、最初っからそのくらい素直なら俺らもオメェを扱いやすいのによ」
「何か言った?」
「いや、……何でもねえよ」
本当に折れてくれたのよね、彼……。
呆れ顔のダルケルさんと顔を見合わせて、二人で密かに苦笑するしかなかった。
◇ ◇
「よし、……これで最後かしら」
リーバルが思った以上に私達に怪我を隠していた為、治療に時間がかかってしまった。
その都度隠さず言ってくれれば、こんなに手間もかからなかったのに。
そんな私の思いも知らず、彼は傷の治った場所を興味深げに観察していた。
「……君の力って本当にすごいんだね。まさか傷跡も跡形もなく治してしまうなんてさ」
「だから言ったろう? 怪我したらミファーに治してもらうのが一番だって」
初めて私の治癒の力を見て驚くリーバルに、ダルケルさんは笑顔で答える。しかし、彼は少し機嫌が悪そうな顔をしていた。
「でも、少しは負担を考えるべきじゃない? 何度も力を使えば君だって疲れるだろうに」
治りかけの傷は放置してもらって構わなかったのに……と、眉を寄せている。
「大丈夫よ、この位。私は皆の怪我を治せることが何よりうれしいんだから」
私が笑顔でそう強く答えると、彼は少し私を怒ったように見つめてよく聞こえない声で呟いた。
「そういう所が君はあいつやあの姫より危ういんだよ」
「え、何? 何か言った?」
「何でもない」
「…?」
よく分からなくて、リーバルの顔をついジッと見てしまう。すると、彼の上嘴の鼻孔付近にも小さな傷があるのに気が付いた。
「嘴も怪我してるよ。治してあげるから傷を見せて」
傷を見ようとリーバルの嘴に手をかざそうとして、彼がビクリとして身構えた。
「……っ!? と、突然何するんだっ!」
「何って……傷をみようとしただけだよ?」
彼は少し怒ったように私に抗議する。
「上嘴の鼻孔付近はリト族にとって非常にデリケートな場所なんだ。不用意に手を近付けないでくれよ」
「そんなにデリケートな場所なら、余計ちゃんと治さないとダメだよ」
小さな傷でも放置して後で悪化する事だってあるのだから、私だってここは引けない。
「そ、それはそうだけど……とにかくっ! 他の場所ならまだいいけど、こんな所……英傑と言えども君に治療されたなんて同族に知られたら僕の沽券に関わるんだよ!」
[[rb:僕ら > リト族]]のことを何も知らないなら放っておいてくれ、などというものだから私も流石にムッとする。
「何それ……私の治療を受けるのが恥だとでも言うの?!」
「そ、そうは言ってないだろう!?」
埒があかない……。
私はこの聞かん坊の大きな青い鳥をジト目で睨みつける。
「もう……本当に、貴方って強情ね」
「う、うるさいな。今まで怪我の治療なんて全部自分でやってきたんだ。それを急に人にさせるなんて、すぐに慣れるワケないだろう!」
言いたいことは分かるけど、皆の傷を治す為にここにいる私にはリーバルの言い分を受け入れる訳にはいかなかった。
彼と私のやや不毛な睨み合いが続く…。
「おい、リーバル。オメェも小さな傷一つで大人げねぇ。少し位ミファーの言うこと聞けねぇのか」
見かねたダルケルさんが助け舟を出してくれたけど……。
「……小さな傷でも場所によっちゃ色々あるんだよ。ゴロン族みたいに暢~気な種族には、繊細な僕らリト族の気持ちなんて分かりっこないだろうけどねぇ?」
「リーバル、てめぇ…!」
こんな調子で怒らせてしまう。
……リーバルの嘴から出る言葉はバクダン矢ででも出来ているのかしら。
「こら! 少しは大人しくしろっての!」
「ふん、甘いね!」
リーバルは捕まえようとするダルケルさんの大きな拳をヒラリと避けると、そのまま上昇気流を発生させて部屋の高窓まで飛んでいってしまった。
室内で[[rb:猛りの力 > トルネード]]を使うものだから、書類や小さな医療品が部屋に散らかって、私達の動きを邪魔する。
窓から今にも逃げようとするリーバルに向かって、私は叫んだ。
「リーバル! 貴方まさか逃げる気!?」
「逃げる? 極めて合理的な撤退と言って欲しいね! じゃあね、ゾーラの姫君。もっとリト族のことを調べてから治療してくれよ」
そう言うと、リーバルはさっさと窓から飛び出して医務室を脱出してしまった。
◇ ◇
「あいつめ、窓から逃げやがって……! すまねぇミファー、取り逃がしちまった」
「ううん、ダルケルさんは悪くないよ。私こそごめんね」
リーバルが散らかして行った部屋を片付けながら、ダルケルさんは私も感じた違和感を口に出していた。
「しっかし何であいつ、急に逃げ出したんだ? さっきまで一応大人しく治療を受けてたってのによ」
「そうよね……不思議だよね」
二人で顔を見合わせて首を傾げる。
「――それを知る為にも、あいつをここに連れて帰るのが一番じゃないか?」
「!」
突然の声に驚いて振り向くと、医務室の入り口にゲルドの女傑が立っていた。
「ウルボザさん……!? いつの間にここに?」
「医務室が騒がしかったもんで気になってね。あいつも本っ当にお騒がせなヴォーイだねぇ」
「えぇ、……本当に。彼には困ったものだわ」
あそこまで拒否されると、私も少ししょげてしまう。
そんな私を元気づけるようにウルボザさんはウィンクして、少し危険な提案してきた。
「……ミファー、あいつは今監獄所の上空だ。私の雷ならまだ連れ戻せるかもしれないよ?」
「そんなこと出来るの?」
「ああ。雷を落とす場所もある程度制御出来るんだ。あいつだって雷に当たりでもすれば流石に反省して戻ってくるだろうさ」
「雷を落とすってオイ……。オメェも結構過激な事好きだよな」
「あの聞き分けのないヴェーヴィなヴァードにゃ、この位ガツンとやった方がいいんだよ」
やや呆れ顔でダルケルさんがウルボザさんの提案にツッコミを入れているが、彼女はどことなく楽しそうだ。
「どうする? 直撃したらあいつもただじゃ済まなさそうだが……」
あんなに嫌がる理由をちゃんと聞いておかないと、後々トラブルになるに違いない。
強い意志を持ってウルボザさんの提案を受け入れる。
「お願いしていいかな? リーバルが貴女の雷でちょっとくらい怪我したって、私が治すから大丈夫!」
「フフッ、それでこそ神獣に選ばれた英傑だ」
私の答えにウルボザさんも満足そうに頷いていた。
その後ウルボザさんはすぐ窓の方に向き直り、逃げるリーバルに向けて右手を掲げた。
「さあてリーバル、私と勝負だ。私の雷……全部避けきれるかい!?」
ウルボザさんが指を鳴らすと、途端にリーバル目掛けて二発ほど激しい落雷が発生した。
激しい光と大きな衝撃音に思わずビクリとする。
その後すぐリーバルの様子を確認すると、信じられない光景が広がっていた。
「そんな、どちらも躱すなんて……!」
リーバルはあの二発の雷に掠りもしなかったようで全くの無傷だった。……あそこまで俊敏に動けるなんて正直信じられなかった。
目を凝らすとリーバルは呆れ半分、面白半分と言った顔でこちらを見ているのが分かる。
――いけない。こちらの思惑が彼にバレたようだ。
彼はすぐさま方向転換をして、ハイラル丘陵方面に進路を取り始めた。
「ウルボザさん! 彼、西に逃げる気だよ……注意して!」
「………………」
「ウルボザさん?」
向き直ると、ウルボザさんは俯いて肩を震わせていた。しかしそれは武者震いの類のもののようだった。
ゲルドの女傑が不敵な笑みを浮かべてゆらりと顔を上げた。
「それを避けるか。流石『天翔ける事 疾風の如し』って謳われるだけある。フフッ……面白い。雷の制御訓練に、丁度いいさねっ!」
ウルボザさんがすかさずリーバルの進行方向に雷を落とし、動きを止めた彼を更に囲うように連続して雷を落としていく。
まるで雷の檻だ……。すごい、ウルボザさんの雷ってこんな使い方もできるんだ。
「さぁ、これで終いだ!」
完全に周りを雷に囚われたリーバルの頭上から、トドメの雷が落ちる。
――今までで一番強い稲光が彼を襲い、その激しい衝撃音に思わず目を瞑ってしまう。
……流石に、直撃はしていないよね?
少しだけ不安になる。
しかし、いち早く状況を確認出来たダルケルさんが驚嘆の声をあげた。
「なっ……!? アイツ全くの無傷だぞ?!」
「なんだって!? もしやあいつ……!」
その声にウルボザさんも私も身を乗り出してリーバルを見つめる。
さっきより遠くて見づらいが、彼の手には自身の愛弓であるオオワシの弓が握られており、彼のすぐ横を黒焦げになった剣の残骸のようなものが落ちていった。
「雷が落ちる直前に、金属製の剣を矢のように放ったのか……考えたもんだね」
「即席の避雷針にしたってこと? そんなことが……」
リーバルは普段装備はしていないものの、リトの片手剣をいつも持ち歩いていたはずだ。
雷の檻に閉じ込められている最中、冷静に剣を取り出して避雷針として使おうなんて普通は中々考えつかない。
改めて彼の弓の腕とその判断力に戦慄した。
リーバルは、こちらがもう打つ手無しとみて余裕の表情だ。逃げる必要なしと判断したようで、その場で羽ばたいてこちらの様子を見ている。中々腹の立つしたり顔をしているのが非常に悔しい。
「この勝負、あいつの勝ちかねぇ」
「悔しいけど、そうみたいだね……」
私とダルケルさんは諦めの言葉を呟く。
「いや、……まだだ」
そんな私たちを尻目に、ウルボザさんは冷静に呟く。
リーバルの背後から黒々とした雨雲が近づいて来ていたのだ。
「雨雲の雷を集めて、私の雷の威力を増幅させる。あいつが避ける隙も弓を構える暇も与えなければ、私に勝機が見えるだろう」
……威力については怖いので聞かなかった。
ダルケルさんも不安そうに私を見つめてくる。
そんな雷がリーバルに直撃したとして、私の力で治せるんだよね……?
芝居がかった動きで、ウルボザが再び右手を掲げる。その緑の瞳は少しだけ憂いを帯びていた。
……口元はすごく笑っていたけど。
「リーバル、リトの英傑たるお前とこんなに良い勝負が出来るとは思わなかったよ。……これは手向けだ。なに、雷の当たり所が悪くてもミファーがすぐに治してくれるさ」
(ウルボザあいつ……これ絶対楽しんでるだろ)
(うん、すごく楽しそうだよね……)
強烈な雷の衝撃に備え、ダルケルさんが展開した護りの結界の中で私達はヒソヒソと話をしていた。
そうこうしている内に、リーバルが飛んでいる場所に雨が降り始めた。
その直後、遂にゲルド女傑の指が鳴り、雷雲がそれに呼応したように激しく光り始める。
――次の瞬間、音と言う音……目に入る色と言う色が全て真っ白に塗りつぶされていた。
◇ ◇
昼下がりの穏やかなハイラル丘陵に、突如恐ろしい規模の落雷が発生した。ハイラル城でもその衝撃で地震のような揺れを観測し、突然の天災に城の者は肝を潰すような心地だったという。
この雷を偶然目撃したシーカー族の宮廷詩人は、後にこう詠っている。
その雷はまるで―――太古の昔、女神とハイラルの大地を賭けて相争った魔族の王が放ったという雷撃のようだったと。
――奇しくも、その雷が落ちた周辺には終焉の谷と呼ばれる場所があった。
◇ ◇
(くそ、油断して酷い目にあった…!)
――あんな恐ろしい雷、フィローネ地方でもチナガレ湿地帯の先でも見たことがなかった。
ウルボザも人が悪い。
彼女の能力で天然の雷を引き寄せることができるなんて聞いてない。
強烈な衝撃と熱とシビレで、生きながらローストチキンにされるようだった。
全身火傷なんて生ぬるい。
僕の自慢の綺麗な青い羽毛はほとんどが黒く焦げ付き、英傑のスカーフも頭の三つ編みも消し炭にならなかったのが不思議なくらいだった。
反射的に弓を盾代わりにしたのが功を奏して、なんとかグスタフ山に不時着出来たのだが…。
その後、雷のダメージによって意識が途絶えてしまった。
……僕の風切り羽は無事なのだろうか。
そこが焼き切れてしまっては、流石にミファーに治してもらわないと困るのだが……。
(あんな逃げ方した僕を、果たして許してくれるのかな……彼女)
それでなくても、僕がミファーの治療を受けないことをとても怒っていたようだし…。
僕だって彼女の治療中の距離があんなに近くなければ、怪我の治療だってもう少し頼みやすくもなるのだ。
だけど英傑の中でもそんなことを気にしているのが僕位だから、説明してもいまいちピンと来ないようだった。
彼女にどう謝って、どう治療を頼めば良いのか……。
考えるのが正直気が重かった。
――ミファーのことを考えていると…何か…心地良い温かな光を感じて意識が覚醒し始める。
「あ、やっと起きた。おはよう、リーバル。少しは懲りたかな?」
うっすら目を開けると、僕が逃げて来たはずのゾーラのお姫様の顔がぼんやりと見えた。
◇ ◇
――中央ハイラル西部、グスタフ山。
ダルケルさん達と別れて一人でグスタフ山までやって来た私は、山の中腹で瀕死になったリーバルを発見し、即座に治療を始めた。
反射的にオオワシの弓で頭を庇ったらしく、急所への重大な損傷は避けられたみたい。
通常のものより巨大な弓であった為か、一回限りの盾としても使えたようだ。
その代わり、彼の自慢の愛弓は無残にも真ん中からボッキリと折れてしまっていたけど…。
しばらくして漸く意識を取り戻したリーバルに声をかける。
「あ、やっと起きた。おはよう、リーバル。これで少しは懲りたかな?」
「……」
いつもはこちらが挨拶をすれば、どんな時でもきちんと返してくれる彼が今日は押し黙っている。
「リーバル……?」
再度呼びかけると、彼はやっと口を開いた。
「懲りるとかそういうモノの以前に、死ぬトコロだったんだけど……?」
まるで黄泉の川の向こう岸を見てきたような、そんな顔をしていた。
「ふふ、大丈夫だよ。私がいる限りこのくらいじゃ死なせないよ」
だから安心してねと、笑顔でそう答えるとリーバルは引き攣った笑いを見せた。肩もわずかに震えている。
(……?)
私何かヘンなこと言ったかな。
顔に疑問符を張り付けていると、彼は深いため息をついた。
「全く……君らはこんな馬鹿みたいな事に、全力で自分の力を使って、何がしたいのさ……」
「……貴方が理由も言わずに飛び出していくから、ちゃんと理由を聞いておきたかったの」
私がそう答えると、リーバルはまだ煤けている顔をこちらに力無く向けた。
「それ、焼き極上トリ肉にされかけた僕に対して胸を張って言える台詞なの?」
「うっ……」
そう言われると、正直何も反論できない。
「やっぱり……やり過ぎだったかな?」
「フン、今更過ぎて笑えないよ……」
そう言いながらリーバルは皮肉げに口を歪めはしたが、その顔は少しだけ穏やかだった。
(なんだ、リーバルもこんな顔出来るんだ)
いつもこんな穏やかな空気を纏ってくれたらこちらも対応に困る事ないんだけど……。
上空をゆっくりと雲が動いていく。先程まで雨雲が発生していたとは思えないほどの快晴だった。
ピクニック日和の穏やかなグスタフ山の中腹で、私は彼の治療を続けながら雨上がりの澄んだ空気を体いっぱいに吸い込んでいた。
◇ ◇
「……ねぇ、リーバル。どうしてあそこまであの場所の怪我の治療だけ嫌がったの?」
リーバルの治療がある程度進んでしばらくして、私は今日一番気になっていた疑問を彼にぶつけてみた。
「それ、本当に答えなきゃダメ……?」
「私達は貴方との勝負に勝ったんだよ? リトの戦士は勝負に負けたら勝った相手に礼儀を尽くすって聞いてたんだけど」
「……………………」
中々答えてくれない彼に、先程のウルボザさんとの勝負の話を持ち出してみたが……果たして教えてくれるだろうか。
しばしの沈黙の後、リーバルが言いづらそうに口を開いた。
「あの場所は……リト族の間では、本来恋人や結婚相手にしか触らせない場所なんだ」
「え……?」
「それだけ敏感な場所なんだ。嫌がるに……決まっているだろう」
リーバルは気まずそうにそっぽを向いていた。
『こんな所……同じ英傑と言えども君に治療されたなんて同族に知られたら、僕の沽券に関わるんだよ!』
少し前、彼の言った言葉を思い出す。
なるほど、そういうことなら合点がいった。
「ごめん、貴方の態度で気付くべきだった」
「もう、遅いよ……。君達のお陰で黒焦げになるし、僕の弓は折れてしまうし……今日は最悪最低の日だよ、本当に」
リーバルは傍らに置いてある自身の愛弓の残骸を見て嘆くように呟いた。私は弓の残骸に手を伸ばして彼に手渡す。
自身のスカーフとお揃いの青い布も消し炭になってしまったオオワシの弓を、彼はしばし悲しそうに眺めていた。
「本当に見事に真っ二つになってるけど……コレって直せるの?」
「多分ね……。今回は君達に修理代を弁償してもらうから、そのつもりでいてくれよ」
「わ、分かってる……」
ジロリと睨んで話すリーバルの顔には怒りも滲んでいて、愛弓が壊れたショックの強さが理解出来た気がした。
◇ ◇
リーバルと話している内に治療の方は大分進んだ。
今まで重度の火傷のせいで少しぼんやりとしていた彼の意識もはっきりしてきただろう。
あとは細かい部分を治せば全快するはずだ。
「治癒はもうすぐで終わるから。もう少し辛抱しててね」
「……? ……っ!? あ、あぁ」
彼を見下ろしてそう声を掛けると、何かに気付いたような顔をしたかと思ったらいきなりソワソワし始めた。
まだ治療は完全に終わってないのに、体力が回復して落ち着きが無くなってきたようだ。
リト族はせっかちだとよく聞くけれど、リーバルもそうなのかしら。
「ねぇ、ミファー。僕ってさ、今ドコの何に寝かされて君の治癒を受けてるの?」
リーバルの落ち着きのない態度を不思議に思っていると、彼が唐突にヘンな事を聞いてきた。
私を複雑そうな顔をして睨みつけているけど、どうしたんだろう?
「な、何って……膝の上だよ、私の」
そう答えた瞬間、彼はライネルもかくやという跳躍で私から飛び退いた。
「キャッ! ……ちょっと、リーバル! いきなり飛び退いたら危ないよ!」
さっきまで黒焦げだったとは思えない身のこなしだ。彼の突然の行動に驚いて、私は後ろにひっくり返るところだった。
「あーもう!! 君って治療の時にホンット距離感無さ過ぎて呆れるよ!」
リーバルの剣幕に気圧される。彼はその翡翠の瞳で私をギロリと睨みつけて言い募ってきた。
「治療の為とは言え……い、異性に膝枕なんてっ! ゾーラのお姫様がしていいことじゃないだろうっ?!」
リーバルが怒った原因はそこらしい。
気絶した怪我人の気道確保に最適だと判断したんだけど……お気に召さなかったようだ。
彼、たまに色々気にし過ぎてすごく面倒くさいと思う。
「しょ、しょうがないじゃない! 黒焦げで瀕死の貴方を休ませられる場所が他に無かったんだよ!」
「僕なんか地べたに転がしたまま治療すれば良かったじゃないか。ホント、何バカなことやってんの……」
君の教育係は一体何してるんだと、ムズリのことまでなじってくるので私もカチンとする。
「わ、私だって誰彼構わずこんなことするワケじゃないよ! 私は貴方を同じ英傑として信頼してるからであって……」
私の言い分も最後まで聞かず、リーバルは怒って更に詰め寄ってくる。
「はん! そんなのただの屁理屈だねっ! そういうのはあいつにしてやってればいいんだよ!」
「へ、屁理屈なんかじゃないわ……!」
何か聞き捨てならないような言葉が聞こえたが、彼に気圧されてしまってそれ以上何も言えなかった。
「全く……! 君は危機感なさ過ぎでこっちが心配になってくる!」
そう言うと、リーバルはいつものように一瞬で空に飛び上がってしまった。
飛べる程度には回復したようだが、このままさっきみたいに治療途中で逃亡されたら意味がない。
「待って! 治療はまだ終わってないよ!」
私は慌てて立ち上がり、まだその場で羽ばたいているリーバルに向かって叫んだ。
「絶対にお断りだっ!!」
今までで一番大きな声で拒否されて、背中を向けられる。その後すぐ、彼は気まずそうに顔を少しだけこちらを向けて言葉を続けた。
「あー、その……治療はちゃんと受けるよ?」
「え、それじゃあ……」
リーバルの言葉に安堵の表情を浮かべると、
彼はすぐにプイッと後ろを向いてしまった。
「でもそれは君の膝の上なんかじゃないっ! 城の医務室で、だ!!」
捨て台詞のようなものを吐いて、リーバルはハイラル城に一目散に飛んで行ってしまった。
後に残されたのは私と、彼が発生させた上昇気流によって揺れる草花だけだった。
「…もう、何なの……!」
私は急いで城の医務室に戻るしかなかった。
治療を受ける気は一応あるようで少しだけ安心する。
(でも……)
ウルボザさんの雷で黒焦げになって尚あの態度では……。
今日は良くても、今後ちゃんと私の治療を受けてくれるか心配でしょうがない。
またリーバルが負傷した時に、同様のひと悶着が起きるのかと想像するだけでとても頭が痛かった。
――かくなる上は、これから彼を治療をする際は一度気絶させて行うしかあるまい。
「そのくらいしないと彼すぐ逃げちゃうし……雷なら確実に気絶させられるのかな」
帰ったらウルボザさんにも相談してみよう。
新たな決意を胸に、私は城に戻る為に来た道を足早に戻って行った。
◇ ◇
――その後しばらくして、リトの英傑が負傷する度にハイラル城ではゲルドの女傑の雷が落ちるようになった。
これが後に三大英傑恐怖体験の一つとして城の兵士達に噂されるようになるとは、この時はまだ誰も知る由もなかった。