ブレワイ&厄黙二次小説




(―――っ―)

 水底より深い処に沈んでいた意識が急に表に引きずりあげられた。
 うっすら開いた目に、血のように赤い空が飛び込んでくる。

(ここは―――)

 長湯し過ぎてのぼせてしまった時のように頭がぼんやりとして、何もかもが判然としない。

 羽根が抜け落ち、スカスカになった頬の地肌を風がくすぐるように撫でていく。
 換羽期でもないのに羽毛が大量に抜け落ちてしまったようだ。

 耳を澄ますと遠くからパラパラと乾いたプロペラ音が聞こえてくる。
 それでようやくここがメドーの上だと理解し、安堵からほぅと息を吐いた。



(…っ!)

 ――次の瞬間、急に腹部に強烈な違和感を感じて体がゾクリと波打つ。

 お腹の外を触られたというより、中をまさぐられているような……形容し難い気持ち悪さに吐き気がわき上がる。

 幸か不幸か、痛みはない。
 だがだからこそ余計気味が悪く、未知の感触に不快感が強まる一方だった。


 仕方なく空を眺めていた視線を自身の体に向ける。

(――あ……)

 そこでようやく悟る羽目になった。
 自分の身に、今何が起こっているのかというコトを。


 忌々しい赤毛の化け物がバカでかくて平べったい顔を赤く染め、僕の骨や臓物を啜っていた。


(……そう、だった――)

 僕はこの化け物に負けたのだ。
 射った矢をことごとく弾かれ、空から叩き落とされて、惨めに……手酷く……完膚なきまでに………。
 そうして最期――胸を光弾で貫かれ、僕は命を奪われた。

 痛みがないのは、きっと…僕の体が既に死んでいるからだ。
 メドーの繰り手になった事によって護られ消滅を免れた魂が、まだ完全に離れきれずにいる己の死体から得られた僅かな視覚や触覚情報を拾ってしまっているのだろうか。

 大一番の戦いで負けただけでなく、普通に死んでいれば経験し得ない目にまで遭わされるとは予想外だ。

(フン……)

 ――つくづく、敗者とは嫌なものである。



 身体に意識を巡らすが、脚の付け根から感覚がなかった。
 奴が覆いかぶさっているせいでよく見えないが、既に食われた後のようだった。


 しかしメドーを手中に収めた今、どうしてまた倒した繰り手の体を食らう必要があるのだろうか。
 もしかしたら死体を取り込むことで神獣とつながった僕の魂をも取り込み、最終的にメドーを完全に我が物にしようとしているのかもしれないが……。

(はっ―――)

 そんなコトしたって、無駄なだけなのに。
 繰り手になれば神獣とは一蓮托生。
 たとえ繰り手が肉体的に死んだとしても、役目を終えるまで僕らの魂は試練を経て繋がった各々の神獣と共に在ると。
 そう、シーカー族の研究者達に教えられた。
 生前は半信半疑だったが、死んだ今ならその意味を真に理解出来る。


 こいつがいくら僕の腹綿を啜っても、既に他に捧げたものをどう明け渡せというのか。
 ハイラルの闇も光も知り尽くしただろう大昔のシーカー族が、どうして神獣をそこまで惰弱に造りあげると思えるのか。
 厄災ガノンは神獣の大半を乗っ取ってしまえばこちらのものだと、繰り手を物理的に取り込めば真に神獣が手に入るものだと、安直に考えているのだろうか。

 ――倒された時はなんて狡猾な化け物だと思っていたが、案外…奴らも馬鹿なのかもしれない。


「……ふっ……あはは……っ……!」

 至った結論に意味もなく笑いが込み上げ、耐えられずに吹き出した。
 既に事切れたはずの喉から懐かしい己の美声が流れ出る。
 ……正直、声が出るとは全く思っていなかったので結構驚いた。


《――?!》


 化け物は背骨や肋骨の二〜三本を小さな口に頬張りながら突然笑い出した僕(死体)を見上げてきた。
 そいつの口周りには血で染まった僕の羽毛がこびりついていてとても汚らしい。

 ――少しは行儀良く食べて欲しいものだ。
 魔物達の食い散らかしを見た時のようにひどくげんなりする。

「ねぇ」

 未だに僕の体を下品に貪る化け物に声を投げかける。

《――――》

 僕を見つめる青い一つ目が何故だか怯えるように震えていた。
 よくよく考えれば、息の根を止めたはずの死体が突然笑い出しただけにとどまらず声をかけてきたのだ。
 化け物だって驚くのは致し方ないのかもしれない。
 その怯えようがひどく滑稽で、ほんの少しだけ溜飲が下がった気がした。


「折角ならもっとお行儀よく食べてよ。まぁ、もしあんたが僕の死体を喰らって腹下したとしても、責任は一切取らないけどね」

 血に塗れ、無残に割れた嘴を皮肉げに歪ませる。
 抵抗らしい抵抗なんてもう出来ないが、せめてそれだけ……化け物に言い放った。


《――、――――》


 ――そうして、また化け物に少しずつ体を食われていく。

 話した言葉を理解したのかは分からないが、化け物は先程より丁寧に僕の体を咀嚼し始める。

「………っ……」

 気味の悪い感触には慣れてしまって、食われていく自分の体の一つ一つをどこか他人事のように見つめていた。

 翼の羽根を剥がされるのも指を一つ一つ文字通り噛み千切られるのも、痛みはないので純粋にくすぐったく感じられる。


 ……ずるずる……ごりがり……
  ………ばりばり……ぶつり………


 不快な咀嚼音が乗っ取られたメドーの背面に厳かに響き渡る。
 それ以外はプロペラが回る音と風の音しかしない。
 ただひたすら、静かだった。


「…………はぁ」

 密やかに息を吐いて、再び空を仰ぐ。


 ――まるで、鳥葬だ。


 啄むのが化け物なだけで、きっと本質は変わらない。
 唯一の救いといえば、僕のボロボロになった体をメドーとこいつ以外は誰にも見せずに済むことくらいだった。

 そろそろ首から上を残すのみとなった時、急に眠気が襲ってきた。
 死んだはずなのに眠気が襲うというのも変な話だが、それ以外に適切な表現を思いつかなかった。
 魂が残り少なくなった体から離れようとしているのだろうか。
 感覚も希薄になり、視点が少しずつ僕の死体からズレていく。
 己の体とも、これで本当にお別れのようだ。
 名残惜しいが仕方がない。
 敗者は黙ってその結果を受け入れるしかないのだから。

 急に身を切るようなヘブラの寒風がメドーに吹き込む。
 その風に僕の青い羽根が一本すくわれ、神獣の外に飛んでいくのが見えた。
 その行く先が気になって背後を振り返ろうとして……。

「――――」

 ブツンと意識が断線し、僕の魂はメイン制御端末の中に吸い込まれていった。
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