クラキア二次小説

【コンラン花騒動】


 ―――ククジャ谷の神殿内、物資搬入場所。

 それは神殿内にカドランが物資を搬入した時に起こった。いや、起こってしまった。

「よし、このコンラン花を搬入すれば終わりだな……うわぁ!」
「どうしたカドラン!? ……きゃあっ!」

 カドランとキア殿の悲鳴が物資の搬入場所でこだまする。

「二人とも大丈夫か?!」

 コンラン花から出る紫色の煙が収まった時、その中心に倒れているキア殿と尻もちをついたカドランの姿が見えた。
 周りには沢山のコンラン花が散らばっている。きっとこれがカドラン達が転けそうになった時にコンラン花が入っていた箱から落ちてしまったのだろう。

「カドランは……大丈夫、だな。あとはキア殿か」

 カドランに手を差し伸べて立ち上がらせた後、倒れていたキア殿の所へ向かう。

「キア殿? 大丈夫かキア殿?」
「うー……」
「うー……?」

 呼びかけて起き上がったキア殿のこちらを見る目がなぜだか警戒の色を帯びている。気持ち少し目がすわっているようにも感じなくはない。

「がーっ!」
「うわっ!」

 違和感を感じていると突如キア殿が威嚇するような声をあげ、俺の腕に噛みついてきた。 

「! 痛い! キア殿痛い!」
「うーっ! うーっ!」
「クラフィカ殿?! キア様、噛みついてはダメです! キア様ー!」
「うーーっ!」

 振り払おうとしてもキア殿の牙が腕に深く食い込んでいて中々離れない。カドランがキア殿に声をかけるが、彼女も意地になっているのか言うことを聞いてくれない。
 というか、いくら勇猛果敢な戦士とは言え、キア殿が仲間である俺に噛みついてくるなんて普通有り得ないことなのだが……。

(やはりさっきのコンラン花、か……?)

 その原因として先程花粉を撒き散らしていたコンラン花が怪しい。が、それより今は。

「誰か! 誰かキア殿を早く止めてくれ!」
「うーーっ!!」

 骨ごと噛み砕く勢いで、キア殿は俺の腕を噛みついている力をどんどん増していく。リト族の骨は軽いので、このままでは折られてしまう。それはとてもマズイ。

 その後すぐ騒ぎを聞きつけたミネル様やラゴールがやってきて、暴れるキア殿をなんとか落ち着かせることができたのである。


 ◇ ◇


 ―――神殿内、医務室。

「いててて……。ゾーラの牙は思ったより鋭いな」
「そうですね、羽毛がなければ大怪我していたかもしれません」

 言いながら、ミネル様が俺の腕に丁寧に包帯を巻いていく。幸い軽い出血で済んだが、大事をとって消毒までしてくれてとても助かった。
 ちなみにキア殿は現在俺の尾羽をぎゅっと掴んで離さない。噛みついていた俺の腕から引き離された後はずっとこの状態である。羽根を千切られてしまわないか少しだけ不安があるが、離そうとしてまた暴れられても困るのでじっとしているしかなかった。

「うぅっ、全てはこのカドランが悪いのです! 私がコンラン花を抱えてキア様にぶつかったせいで……!」
「起こってしまったことを悔いるよりこれからどうすべきかを考えるべきだぜ、カドラン?」
「そ、それはそうですが……しかし……」

 カドランは不安げに俺の背後にいるキア殿に目を向ける。確かに主君があの状態ではこれからのことを考えるのも難しそうだ。

「――それで、キア殿の身に何が起こっているんだ?」
「私の見立てでは、キア殿はコンラン花のせいで幼児退行しているのではないかと」
「幼児退行……?」
「簡単に言えば心だけ子どもに戻っているということです」
「なるほど、どおりで……」
「……?」

 皆から注目され、キア殿は目をまん丸にして不思議そうに首を傾げる。それだけでいつものキア殿ではないことがよく分かる。いや、そもそも俺に噛みついてきた時点でいつものキア殿ではないのは明白だったが……。

「子どもの頃のキア様はとてもお転婆だったゾラ。コンラン花の効き目が切れるまで、誰かがキア様を保護しておくべきかと」
「当然といえば当然、だな」

 ラゴールの言葉に頷く。今のキア殿を自由にさせて、それこそ迷子にでもなられたら一大事だ。

「今のキア様はクラフィカ殿をいたく気に入っておられるご様子。クラフィカ殿、その……」
「分かってる。どのみちここまでくっつかれたら動けないからな。俺がキア殿の面倒を見るさ」
「頼みますゾラ」

 こうして一時的にではあるが、幼児退行したキア殿の面倒は俺が見ることになった。


 ◇ ◇


 ―――神殿周辺、弓の訓練場。

「ここは?」
「弓の訓練場、さ」

 子どもたちの為に作った弓の訓練場にキア殿を連れてきた。幼児退行した彼女には神殿内で大人しくさせるよりその方が良いと判断したからだ。当然だが訓練場は人払いがされていて今は俺とキア殿しかいない。貸し切り状態というわけだ。

「弓を使ったことはあるかい?」
「いや、ない」
「なら、俺が引き方を教えてやるよ」
「! おねがいする!」

 俺が弓を教えてやると言った途端、キア殿の顔がパッと明るくなる。以前本人から子どもの頃から武芸ばかり磨いていたとは聞いていたが、まさかここまで食いつきが良いとは。これは期待できそうだ。

 ―――数十分後。

「やった! めいちゅうした!」

 見事、矢を的のど真ん中に命中させたキア殿が飛び上がって喜ぶ。
 流石キア殿、飲み込みがとても早い。

「クラフィカどの、だっこ!」
「だ、だっこ?」
「めいちゅうしたからごほうび!」
「うーん、仕方がない、な……」

 キア殿の要望に応えて彼女をだっこ……もといお姫様だっこをしてやれば、キア殿は本当に嬉しそうに笑う。ただ、彼女の体重は成人したゾーラ族の女性のままなので俺にとっては結構な鍛錬になった。

「クラフィカどののつばさはあたたかくてやわらかいな!」
「ふふっ、キア殿もそう思うかい? リト族の羽毛の心地良さはハイラル一だからな」
「そうなのか! すごいな、クラフィカどのは!」
「俺だけ、というわけでもないんだが……まぁいいか」

 自分の羽毛の柔らかさをこんなにも喜ばれれば、俺も悪い気はしない。キア殿の無邪気な笑顔が見れるなら、今の奇妙な状況も悪くはなかった。

「ちちうえに、あいたい……」
「キア殿それは」

 唐突に、キア殿がポツリと呟く。それはどうあっても叶うことのない小さな願いだった。羽毛の柔らかさに隠していた想いが溢れたのだろう。

「……わかってる。でもやっぱり、さみしい」
「そう、だな」

 キア殿の気持ちは痛いほど分かる。リトの村が壊滅した時、大量に出現した魔物のせいでリト族でも残念ながら何人か犠牲が出てしまったのだ。ギザード達はあれは仕方がなかったと俺を庇ってくれるが、やはり族長として虚しさを覚えたのも確かだった。

「そうやって思い出すだけでも、死んだ人の供養になるさ」
「くよう?」
「亡き人の魂が邪にならない為のおまじないみたいなものさ」
「おまじない……それはちちうえにとってよいことなのか?」
「とても良いことさ。きっと喜んでくれる」
「そう、か……………………」
「キア殿……?」

 返事の代わりにスースーという寝息が聞こえる。どうも、キア殿は疲れて寝てしまったようだ。そういう所も子どもらしいといえばそうだった。

「仕方ない」

 夢の中に行ってしまったキア殿を訓練場に置いてあったクッションを枕にして毛布をかぶせてそっと寝かせる。
 まだ幼児退行したままのキア殿をそのままにするわけにもいかず、寝ている彼女を見守ることにした。

「よっと」

 近くにあった壊れた扇風機のゾナウギアを椅子代わりに持ってくる。これで準備は万端だ。

「ちちうえ、ちちうえ……」
「キア殿……」

 亡くなった父君を呼びながらキア殿は涙を流して小さな嗚咽を漏らす。きっと嫌な夢を見ているのだろう。
 寝ているキア殿に近づき、指でそっと涙をぬぐう。その後キア殿の背中を静かにさすってやると、嗚咽は次第に静かな寝息へと変わっていった。

「――良い夢を、キア殿」

 その後キア殿の寝ている様子を見ている内に、俺も眠くなってきて座ったまま寝てしまった。


 ◇ ◇


 ―――数時間後。

「んんっ……」

 谷底に夜が迫りつつある夕刻、俺は肌寒い風に目を覚ました。

「キア殿は……? よし、いるな」
「うぅっ……ん……」

 慌ててキア殿がいるか訓練場を見回せば、彼女は先程寝かせた場所で起き出す。

「クラフィカ殿、その、これは……?」

 幼児退行していた時の記憶がないのかキア殿はなぜこんな所にいるのだろうかと、首を傾げていた。あの僅かだが有意義な一時が彼女の記憶の中から失われてしまったことはとても残念だった。
 残念だったので代わりと言ってはなんだがキア殿をからかうことにした。噛みつかれたり尾羽を掴まれたりだっこしてあげたりしたのだ、少しくらい良いだろう。

「ああ、良い寝顔だったぜキア殿」
「な……っ……!?」

 満面の笑みを浮かべてそう言えば、キア殿の顔が面白いことになる。すごい、ゾーラでもここまで色んな表情が出来るとは初耳だ。

「ははっ、キア殿の百面相が見れたのは役得かな」
「く、クラフィカ殿……っ!!」

 照れ隠しなのか、キア殿は顔を真っ赤にさせて俺に平手打ちを繰り出す。それはいつもの彼女の攻撃と比べて緩慢で避けやすかった。

「よっと……! 模擬戦ならいつでも相手をするから、今は神殿に戻ろうぜ?」
「ふ、ふざけるな! そもそもなぜこんな所で私はクラフィカ殿と二人きりなのだ?! こ、これではまるで……」

 逢引でもしているようではないかと、キア殿は小さな虫の鳴くような声で呟いた。それがおかしくて可愛くて、本当のことを言うのがひどく惜しくなった。

「ま、似たようなもんさ。キア殿にだっこをせがまれた時は流石に俺も驚いたよ」
「だ、だっこ……だと?!」
「そう、だっこ。一応お姫様だっこしてあげたらキア殿すごく喜んでくれたんだけどなぁ」
「お、お姫様、だっこ……」

 あ、今度は青ざめてる。全く、表情豊かな御仁だと前々から思っていたが、まさかここまでとは恐れ入る。

「ほら、早く神殿に戻ろうキア殿。また迷子になっても知らないぜ?」
「ま、待てクラフィカ殿! あなたには聞きたいことが山程ある故、置いていくでない!」
「ああ、神殿に帰ったらキア殿がいかに面白……いや興味深かったかしっかり説明してやるから」
「面白い?! 今確かに面白いと聞こえたぞクラフィカ殿!」

 そうして二人で神殿に帰ってキア殿がコンラン花のせいで幼児退行していた事実を本人が知るに至り、恥ずかしさから光鱗の槍を持った彼女から俺が追いかけ回されたのはまた別の話である。
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