クラキア二次小説

【地図の読み方】

 ある魔物討伐が終わりに近づいた時、私はとある同じ失敗を繰り返してしまった。

「よし、魔物共の残りはこの先だ! 皆私に続け!」
「キア殿、そっちは行き止まりだぜ?」
「く、クラフィカ殿……!?」

 クラフィカ殿のよく通る伸びやかな声が、私の間違いを素早く指摘する。

「皆、魔物の残党はこちらの道の先だ! 油断するなよ!」
「……っ……」

 クラフィカ殿を先頭に正しい道に向かって走り出した兵士達を横目に、思いきり道を間違えたことが恥ずかしくて悔しくて思わず俯く。

(また、やってしまった……)

 それから三分と経たずに彼らが向かった先から勝鬨を上げる声が私の耳に届いたが、まるで他人事のようにそれを受け止めるしかなかった。


 ◇ ◇


「クラフィカ殿!」
「お疲れ、キア殿」

 先程の戦いの功労者であるクラフィカ殿に声をかけると、彼はにこやかに笑みを返す。

「先程の戦い、間違いを指摘してくれて感謝する。おかげで迷子にならずに済んだ」
「どういたしまして。それにしても、キア殿は本当に迷子になりやすいんだな」

 クラフィカ殿に道の間違いを指摘されるのはこれで十回目だ。我ながら本当に不甲斐ない。

「……自分でも不甲斐なく思っている。作戦会議の時に地図を皆で確認していたのに」
「キア殿」
「地図は、私にはうまく読めぬのだ」
「…………」

 私が苦手なものについて自嘲気味に吐露すると、クラフィカ殿はどこか表情の読めない顔をしていた。
 やはり落胆されたのだろうか。同じ賢者に選ばれた身として少し悲しい。
 そうこう考えていると、クラフィカ殿が何かを思いついたように嘴を開く。それは私にとって魅力的な提案だった。

「――キア殿、良かったら俺が地図の読み方を教えてやろうか?」
「よ、良いのか? 族長の仕事で忙しいのではないのか?」
「それはキア殿も同じだろ? 実は族長の仕事を一休みする良い口実が欲しくてね」

 クラフィカ殿はイタズラっぽく笑みを浮かべて私に囁く。今回の提案はクラフィカ殿の実益も大いに含まれているのだろう。この御仁、飄々としてはいるがその実かなり計算高いのである。

「全く、私をその口実に使おうと言うのだなクラフィカ殿は」
「ダメかい?」

 呆れながら指摘すれば、彼はやや悲しげな顔をして質問を返してくる。この辺りも計算づくなのだろう。つくづくすごい御仁だ。

「いや、ぜひお願いしたい。どのみち地図の読み方は誰かに教えてもらわねばならなかったからな。あなたが一休み出来るなら私も協力しよう」
「ははっ、利害は一致したな。そしたら早速明日の軍議が終わった後なんてどうだい?」

 話がトントン拍子に進んで面食らう。クラフィカ殿は仕事が早いと聞いてはいたが、まさかここまでとは……。
 幸いその時間なら女王としてやらなければならない仕事もない。もし何かあったらカドランとラゴールに対応してもらおう。

「その時間なら私も構わない。クラフィカ殿、どうかお手柔らかにな」
「ああ、任せてくれ」

 こうして、私はクラフィカ殿から地図の読み方を教えてもらうこととなった。


 ◇ ◇


 ――翌日。

「うーん、どうしたものか」
「す、すまない。まさかここまで難しいとは……」
「地図自体は簡単なものなんだがな」
「ううっ、ますます申し訳ない……」
「まぁ、気長にやっていこうぜ」

 自分の見通しが甘かった。
 地図は基本的に北を上にして見るところまでは理解できたが、東西の区別や入り組んだ地形が中々読み取れずクラフィカ殿も途中からだんだん途方に暮れつつあった。
 やはり、私には地図を正確に読める日はやってこないのではないか。これではいつか戦闘中に迷子になってしまう。皆の足手まといになってしまうのである。それだけは絶対に嫌だった。

「……キア殿は川や湖の場所は覚えられるんだよな?」
「ああ、水のある場所なら難なく覚えられる」
「この地図を見てくれ」
「ああ」
「地図の黒く塗ってあるのが水のある場所だ。そこを起点に、各拠点の位置関係を頭に入れることはできそうかい?」

 なるほど確かに水のある場所を起点にすれば、私でもなんとなく覚えられそうだ。

「それなら……うむ、私でもできそうだ」
「よし、じゃあ最初はそのやり方でいこう」

 ようやく習得の糸口を見いだして、クラフィカ殿も一安心したような顔を見せる。

「似たような感覚で水のない場所でも代わりに目印になるものを探せるようになれば、地図の読み方の習得まであと一歩だ」
「分かった、やってみる」

 クラフィカ殿の教え方が功を奏したのか、私は少しずつだが地図の読み方を覚えていった。


 ◇ ◇


 ――数日後。ククジャ谷の神殿周辺。

「じゃあ、良い結果を期待してるぜ」
「ああ、期待して待っていてくれ」

 そう言って、クラフィカ殿は神殿の方に帰っていった。周囲には私だけ。手助けはない。
 地図を見ながら神殿の所まで一人で戻って来るのが今回の課題だ。途中途中にある拠点や道はクラフィカ殿が扉を閉じたり、逆に開けたりしてかなり複雑にしているらしい。私の得意な水のある場所はなく、地図に描かれた目印を頼りに進むしかない。

「……よし、行くぞ」

 クラフィカ殿から渡された地図を握りしめて、私はスタート地点である一つ目の拠点を見回す。
 東側の扉は閉まっている。北か南、どちらかに回り道しなければならないようだ。

「北に抜けなければ先に進めぬようだな……」

 先の道まで地図を何度も確認してから、北へと進む。

「次は……えっと、前方の拠点から南の方に抜けられるようだ」

 一つ一つ、ゆっくりと地図を確認しながら歩を進める。戦場ではここまでゆっくり確認は出来ない。もっと早く地図を読めるようにならなければ。

 そうしてしばらく慎重に先へ進めば、ゴールである神殿が見えてきた。

「よし、このまま行けば……!」

 ここ数日、クラフィカ殿は少ない空き時間を割いて私に地図の読み方のコツを熱心に教えてくれた。
 それに報いる為、私も寝る間も惜しんで様々な場所の地図を読み、その内容を覚えていったのである。
 地図の読み方を教えてもらう内に彼に少なくない好意を抱き始めたのは内緒だ。この想いがクラフィカ殿も同じであれば良いなと、少し虫の良いことを考えていたりもする。

(……この課題を成功させれば、クラフィカ殿もきっと喜んでくれる筈だ)

 クラフィカ殿の笑顔が浮かび、それが早く見たくて自然と速歩きになる。
 そうして神殿の入口まで辿り着いた時、ようやく私を待つクラフィカ殿の姿が見えた。

「クラフィカ殿……!」

 クラフィカ殿に声をかけようとしたら、その隣にゼルダの姿があった。何やら二人は話し込んでいるようで、こちらにはまだ気付いていない。

「……キア殿………大丈夫…………」
「ああ、キア殿なら…………」
「それなら……………ですが……」
「あ…………」

 風が強くて聞こえてくる声は途切れ途切れだが、二人はどうも私のことを話しているようだった。
 思わず聞き耳を立てる。

「キア殿……この数週間…………」
「それは…………ですね」
「……の足手まとい…………キア殿は…………」
(えっ……?)

 思わず、持っていた光鱗の槍と地図を取り落としてしまう。それくらい、今クラフィカ殿の嘴から辛うじて聞こえた言葉に強いショックを受けたのである。

「! キア殿……?」
「……っ!」
「キア殿、待って……!」

 光鱗の槍を落とした音に振り向いた二人が私に気付きこちらを見る。なにかとてつもなく惨めな気持ちになって、思わず来た道を全速力で戻っていた。


 ◇ ◇


「はっ、はっ、はっ……」

 息を切って走る。いつものように泳ぐように移動することさえ忘れてがむしゃらに走っていた。

 何を勘違いしていたのだろう。何を喜んでいたのだろう。クラフィカ殿はただ単に魔物討伐に際して足を引っ張る者をどうにかしたかっただけだ。

(それを私は、私は……!)

 純粋な厚意であることを次第に忘れ、浮かれていたのだ。我ながらあまりにも滑稽過ぎて笑いも出ない。

(結局、元の場所に戻ってきてしまった……)

 しばらくがむしゃらに走り続けて、ついには課題のスタート地点まで戻ってきてしまった。

(今自分がとても恥ずかしい……!)

 そういえばクラフィカ殿はゼルダと良く話をしているが、もしかして彼はゼルダに好意を持っているのかもしれない。
 そう考え出すと中々止まらず、余計に胸が苦しくなった。
 それに加えて皆が魔王討伐の為に懸命に動いているのに、私はなんて自分本位なのだろうと更に悲しくなっていった。

(そろそろ夕暮れか……)

 ひとしきり落ち込んでいると日が暮れてきた。谷底は日の入りが早い。夜にはまた軍議もある。急いで戻らねば。
 振り返った時、私は周囲の異常にようやく気がついた。

「!」

 大きな邪三体が、いつの間にか私を取り囲んでいた。とても嫌な予感がする。
 大きさや動きの俊敏さ……これはもしや。

「もしや、危険種か……?」

 大きな邪達は私の呟きを肯定するように邪悪な笑い声を上げる。
 危険種は同じ魔物の中でも群を抜いて強い種のことで、その危険性は通常の魔物の数倍ある。

(しまった……)

 しかもそれが三体。一体でも手を焼くというのに、今の私は武器さえ持っていない。

「くっ……」

 逃げるチャンスは勿論やってこず、ジリジリと距離を詰められる。邪達の鋭く大きな爪をまともに受けたら即死だろう。

(こんな所で……私の命は終わるのか……)

 好ましく思っていた者から足手まといと思われていたことが発覚し、それが惨めで逃げた先で邪にやられるなど、あまりにもひどい幕引きだった。
 そうこうしてる内に邪の一体が勝ち誇るように大きな爪を振り上げる。逃げ場はない。

(父上、クラフィカ殿……っ……!)

 思わず目をつぶる。やがてくるだろう痛みを覚悟した、その刹那。

「っ!!」

 風の力で推進力の増した矢が三本、私の頭のヒレを掠めて邪に深々と突き刺さる。

「キア殿!! 無事か?!」
「く、クラフィカ殿?!」

 次いでクラフィカ殿が私と邪の間に素早く割って入る形で邪の攻撃を阻止する。確か応撃脚という技だった筈だ。

「今ゼルダ殿が応援の兵を引き連れてこちらに向かってきてる。安心してくれ」
「し、しかし……」

 武器を持たない私を庇いながら戦うのはクラフィカ殿でもかなり骨が折れるだろう。せめてナイフでもあれば身を守るくらいはできたのに……。

「これ、落としてたぜ?」
「これは!」

 クラフィカ殿が私に放り投げて来たのは先程落とした我が愛槍、光鱗の槍だった。これで戦える……!

「ありがとう、クラフィカ殿! ……はぁっ!」

 会話の最中に突っ込んできた邪を槍で薙ぎ払う。

「さあ邪共よ、覚悟せい!」

 そうして、ゼルダが兵を連れて応援に駆けつけた時には私とクラフィカ殿の力で全ての邪を倒すことができたのだった。


 ◇ ◇


「――キア殿が足手まとい……? 俺はそんなこと言った覚えはないぜ?」

 邪を倒してクラフィカ殿と共に神殿に帰る途中、勇気を出して先程の話を彼に話してみれば困惑気味に否定された。

「しかし、確かにそう聞こえたのだ……だから、私は……」
「……今日は風が強いから、聞こえた単語を組み合わせてそう聞こえたのかもしれない。それに……」
「それに?」
「苦手なことをこんな一生懸命克服しようとしているキア殿が、足手まといだなんて有り得ない」
「クラフィカ殿……」

 真っ直ぐ私を見て、クラフィカ殿はそう断言する。その目には真実しか映っておらず、その言葉が嘘偽りではないことが私にも伝わった。

「すまない、私の早合点で……また迷惑をかけて」
「俺の方こそキア殿が帰ってきたことに気付かず話し込んでてすまなかった」
「なっ! あなたは何も悪くない! 悪いのは私で……!」
「そんな悲しそうな顔をされたら、俺だって悲しいさ」
「クラフィカ殿……」
「笑ってくれ、キア殿。俺は君の笑顔が好きなんだ」

 クラフィカ殿は屈託なくそう言う。それが純粋に仲間に対して向けられる言葉だとしても、私にはあたたかく響いた。

「…………しい」
「キア殿?」
「舞を、教えてほしい」
「舞を……?」
「あなたがゼルダと協力して戦う時、とても美しく舞うだろう? だから……」
「ああ、キア殿の望みとあらば」
「……ありがとう」
「ははっ、やっと笑ってくれた。やはりキア殿には笑顔が似合う」

 ぎこちなく微笑んで礼を言えば、クラフィカ殿の表情も柔らかくなる。それが見れただけで、先程から胸につかえていた嫌な気持ちも風に吹かれるように消えていった。

「それでは明日からまた時間が空いた時にでも」
「そうだな。よろしく頼む、クラフィカ殿」

 明日からまたクラフィカ殿と私だけの時間が取れる。そう考えたらまた嬉しくなって、神殿に戻る足取りも軽やかになった。
 空を見上げる。細長い夜空には星々が赤い月の邪悪な光に負けないようにキラキラと瞬いていた。
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