クラキア二次小説

【そよ風と墓】


 ――ヘブラ地方、タバンタ辺境リトの村付近。

「久しぶり……だな。クラフィカ殿」

 柔らかなそよ風が優しくヒレを撫でる中、私はリトの村近くの丘に安置された小さな石碑を前に小さく呟いた。
 よく吹雪くと有名なタバンタ辺境には珍しく、今日は突き抜けるような青空が広がっている。もし空を飛べたのならとても気持ちよさそうな空模様だ。

「…………」

 おもむろに、石碑に積もった雪をそっと払う。
 石碑には『封印戦争にて風の賢者として戦った族長クラフィカ ここに眠る』と刻まれていた。

「来るのが遅くなってすまない。タバンタは遠くてな」

 封印戦争を共に生き抜いたリトの族長の訃報が私の耳に届いたのは、あの戦争から80年経ったある日のことだった。

 死因は老衰で、穏やかな午後の陽射しに照らされながらまるで眠るように息を引き取っていたのだと。
 リト族としてはかなりの大往生だと聞かされた。
 前々からクラフィカ殿は沢山長生きしてから死ぬんだと豪語していたので、彼にとってもこの結末は本望だろう。
 今はクラフィカ殿の孫が族長となってリト族をまとめているとのことだった。

「皆、我々ゾーラを置いていってしまうのだな」

 この80年で封印戦争を共に戦った仲間達の多くがこの世を去った。アーガスタ殿、アルディ殿も数十年前に空より高いところに旅立った。もう、封印戦争を直接知る者も少なくなってきている。

「……やはり、寂しいものだな」

 最初から分かっていたことだったが、実際に現実を突きつけられるとひどく悲しい気持ちになった。それでも泣いてしまえば負けを認めるような気持ちになるので涙が流れないよう我慢した。


 ◇ ◇


 しばらく石碑の前に佇んでいると肌寒い風が吹き始めた。少し遠い所からオオカミの遠吠えも聞こえる。そろそろリトの村に戻った方が良さそうだ。

「これは皆には内緒なのだが……」

 軽く咳払いをして石碑の前にしゃがみ、囁くように言葉を紡ぐ。

「クラフィカ殿のこと、本当は好きだった」

 それは今更な告白だった。
 クラフィカ殿には素敵な奥方がいたし、私にも信頼する伴侶が既にいる。今回の長旅にも一緒にタバンタまで来てくれた。ちなみに今はリトの村で待ってもらっている。

「簡単な戦術眼も陸の地図の見方も、あなたのおかげ身についた」

 度々の魔物達の襲撃から里を護るのにクラフィカ殿の助言が本当に役に立った。
 今日一人で迷わず石碑の場所まで来ることが出来たのだって、他でもない彼のおかげだった。

「あなたの翼で抱きしめられたらと、どんなに思ったか」

 それはありえない未来だった。
 私は女王でクラフィカ殿は族長で……。
 結ばれないからこそ、その熱から中々目覚めることが出来なかった。それも彼の結婚によって諦めざるを得なくなったが。

「…………」

 空を見上げる。雲一つない空には白龍が優雅に浮かんでいた。
 "彼女"はゾーラでも気が遠くなるような長い時間をかけて退魔の剣を修復し、元いた時代の自分の騎士にその剣を託すのだと言っていた。
 そこまで信じられる者がまだ生きていることが羨ましくなった。

「ではな、クラフィカ殿。安らかに眠れ」

 振り向かずにその場を去ろうと一歩踏み出せば、まるでクラフィカ殿の起こす風のような軽やかなつむじ風が石碑の辺りを騒がせていた。



【霧雨と墓】


 ――ラネール地方、ゾーラの里付近。

「久しぶり……だな。キア殿」

 冷たい霧雨が静かに翼を濡らしていく中、俺はゾーラ川のほとりに安置された大きな石碑を前に小さく呟いた。
 空は黒い雲に覆われていて、まるで誰かが泣いているように雨が降り続いている。この様子だと夜もずっと降りそうだ。

「…………」

 おもむろに、雨に濡れた石碑にそっと触れる。
 石碑には『封印戦争にて水の賢者として戦った女王キア ここに水葬す』と刻まれていた。

「来るのが遅くなってすまない。ラネールは少し遠くてね」

 封印戦争を共に生き抜いたゾーラの女王の訃報が俺の耳に届いたのは、あの戦争から20年経ったある日のことだった。

 死因は……今でもよく分かっていないらしい。
 キア殿が突然痛みを訴え始めたと思えばみるみる痩せていき、次第に衰弱していったと聞いた。
 キア殿は治癒の力も持っていたが、なんの効果もなかったのだとか。
 何か新しい病気だったのかもしれないが、それを詳しく解明する為にキア殿の体を傷つけることをゾーラ族は良しとはしなかったようだ。

 当たり前だがゾーラ族としてはかなり早逝だと聞いた。
 長命な筈のゾーラ族でさえ病魔に冒されればこんなにもあっけなく逝ってしまうとは、キア殿はさぞや悔しかったことだろう。
 ちなみにキア殿には婚約者さえいなかったが、不幸中の幸いとして遠縁の親戚がいたおかげで跡継ぎ問題はすぐさま解消したとのことだった。

「俺より先に逝ってしまうなんてな」

 基本的に長命なゾーラ族は他の種族に置いていかれることが多い。よくキア殿に俺が死んだらたまに墓参りに来てくれよなんて冗談を言っていたが、まさか逆の立場になるなんて思ってもいなかった。

「……やはり、寂しいな」

 封印戦争を共に戦った仲間の中でキア殿が一番先に逝ってしまうなんて誰が想像出来ただろう。
 確かにキア殿は封印戦争において我ら王国軍の斬り込み隊長だったが、何もあの世にまで先陣を切ることもなかったのに。つくづくあの女王様は愚直な程に真っ直ぐな人だったなとひどく胸が苦しくなった。


 ◇ ◇


 しばらく石碑の前に佇んでいると、ゴロゴロと遠雷が鳴るのが聞こえてきた。そんなに遠くではなさそうだ。そろそろゾーラの里の方に戻らないと危ないだろう。

「これは皆には内緒なんだが……」

 軽く咳払いをして石碑にうんと近づき、歌うように言葉を紡ぐ。

「キア殿のこと、本当は好きだった」

 それは今更な告白だった。
 俺も俺には勿体無いくらい素敵な伴侶を既に得ている。今日の墓参りも俺の気持ちを汲んで気持ちよく送り出してくれた。本当によくできた人だ。

「仲間と共に何かを成し得ることの大切さを、君とカラモのおかげで知ることができた」

 族長としてこれから何を成し得るか悩んでいた時、キア殿の純粋な真っ直ぐさを見て初心に還ることができた。

「君の滑らかな肌を抱きしめられたらと、どんなに思ったか」

 それはありえない未来だった。
 俺は族長でキア殿は女王で……。
 結ばれないからこそ、その熱から中々目覚めることが出来なかった。それも族長としての責務として伴侶を得よと周囲から強く言われ続けて諦めざるを得なかったが。

「…………」

 空を見上げる。雲で見えないが、もっと高いところで今も白龍が飛んでいるのだろう。
 "彼女"は俺達では想像できないような長い時間をかけて退魔の剣を修復し元いた時代の自分の騎士にその剣を託すのだと言っていた。
 そこまで信じられる者がまだ生きていることが羨ましくなった。

「ではな、キア殿。安らかに眠ってくれ」

 振り向かずにその場を去ろうと一歩踏み出せば、雲間から太陽の光が差し込んで青色の美しい石碑をキラキラと煌めかせていた。
2/6ページ
スキ