探偵の推理的1日
煙草の吸殻を暖炉へ投げ捨てた。長くて低い格子窓の下に、中庭が見える。芝生に犬が寝転んでいた。
依頼主所有の別荘だった。先祖の遺産の場所について、探偵の意見を聞きたがったのだ。しかし当の主は仕事のせいで私たちを再三待たせた。私は限界だった。
ホームズは椅子に座って蔵書の一冊を読んでいた。彼は本を閉じてため息をついた。
「ひどいもんだ。この家の主人が一度は売り払った叔父の日記なんだがね」
「怨念渦巻く一家の秘密でも書かれていたかい」
「日記そのものが問題なのだ。中身については郊外に別荘を建てた話から今日に至るまでの歴史が記されているんだが」
「耐えがたい自己満足の匂いを嗅ぎつけたな」
ホームズは呆れたように私を見た。
「物書きのいう言葉じゃないぞ。例外的な依頼として引き受けたのを怒っているのかい? 連れてきたことは謝るよ」
私は腹に力をいれた。出版社に送りつけたいくつかの原稿は、驚くほど安く買い叩かれてしまっていたのだ。同じく自分も叔母の日記を所有していた。この分ではそれを売る日も近い。
贅沢な待合室が気に入らないわけではないが、久しぶりの仕事を前にして上機嫌のホームズほど熱中していなかった。「続けて」
「この本によると依頼人は、一家離散の上で心中した波乱万丈の大地主の末裔ということになっている」
「どこを聞き直したらいいのかわからないが、妙だな。文学的に訂正をいれる箇所だ」
「心中しといて末裔がいるのもおかしな話だろう。しかし先に話したように問題はそこではない。もともとは依頼人の――」
「中庭に出てきた。いつまで待たせる気だろう。早く調べて回ったらどうだね。時間は限られているんだから」
「ワトスン」
私はちょっと黙った。
ホームズは腰をあげて、窓の外を見た。真隣に座ると腰を落ち着け、顔を寄せる。「いいかい。日記の所有者は彼だったが、僕に渡せと指示をしたのは大叔母だ」
「ややこしい。作品に書くときは父親と母親ということにしていいかい」
「何とでも書いたらいいが、最後まで聞いてくれ。二人は表だって特に仲違いをしているわけでもないのに、重要な証拠を僕に寄越したのだ。この日記に遺産の在りかが隠されている」
私はうなずいた。「ここで驚きを示すくだりをいれるよ。立ち上がって君を見る。もちろん君は冷静だ」
「遺産の中身についても書かれている――」
「そうだろうとも。さしずめ床下の隠し金庫が口を開けている」
「中身はおそらくその場所にないことまで――」
「手紙と共に駆け落ちした娘夫婦の謝罪の気持ちが指輪だ。よし、一本もうけた。ホームズ! 僕の仕事が始まったから今日は先に帰らせてもらおう」
「早まるな、ワトスン。死者が出てからでも遅くない。僕の予想では執事が怪しい――」
扉が開いて依頼人が現れた。私たちは妄想に区切りをつけ、一瞬で探偵とその相棒の顔に戻った。
「お待たせしました、ホームズさん。ところで今回お話した遺産の件ですが。我が家の愛犬が庭先を掘ったところ、無事見つかりましたので……お帰りくださって結構です」
探偵の推理的一日。
End.
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