五周年企画SSまとめ


第124回 試練の汗が滝壷となりゆくその名はライヘンバッハ

【前回のあらすじ】

最大の敵・ホモムズを倒し、ヒロインと晴れて結婚することになった開業医ワトスン。すべては順調に進むかに思えた。しかし度重なる試練は彼を幾度となく襲う……




 会場に鐘が鳴り響く。楽団の演奏は最高潮だ。友人も一人を除けば揃った。料理はハドスン夫人のお手製だった。

 新婦は白いドレスに身を包み、気落ちしたように椅子に座っていた。マリッジブルーだろうか。ワトスンは急に心配になった。これが二度目の結婚式で、歳が少しばかり離れているからだ。

 彼女と出会ったのは遺体安置所だった。解剖の依頼を請けて行った先で、女医の卵として助手を勤めている女学生が彼女だった。

 ひょっとしたら、やはり年が親子ほども離れている自分との結婚は間違いであると、気づいてしまったのかもしれない。優しいワトスンは彼女の前にひざまずき、両手をしっかりと握りしめた。

「もしこの結婚が間違いかもしれないという迷いがあるなら、私にかまわず言ってくれ。君はまだ若いし――」

「と、とんでもないことです、先生……! あっ」

 呼び方に困って顔を上げた彼女は、いつもより数段美しかった。女が医学なんて学んでも、医者と結婚するくらいにしか役立たない証明だ――という男子学生のいやみにも負けず、自分を選んでくれたのだ。

 ワトスンは彼女を抱きしめ、まだ幾分幼さも残る頬に口づけた。

「幸せにするとは約束できないが、君といるだけで私は幸せなのだ」

「せ。先生」

 先生はやめてくれ、ワトスン夫人と耳に息を吹き込むと、彼女は少し笑顔を取り戻した。愛らしい。自分はなんとついているのだろう。病気で失った妻も可愛らしい人だった。必ず幸せになろう。二人で。

 手を引いて彼女の父親のところまでエスコートする。立場は逆だが、とりあえず父親のもとまで一度お返ししなくては。誰だったか。集団から少し離れた、あの人だったかな?

「おお、娘よ」

 立派な黒ひげがほとんど顔を覆い隠している。鋭い目と突き刺さりそうな鼻が印象的だ。娘とはあまり似ていない。

 しかしどういうわけだろう。その声を聞いたとたんに、彼女は私の手を離し、口元を隠してガクガクと震え始めた。

「ああ。ワトスン先生。ごめんなさい。わたくし……やっぱり……!」

 彼女の叫び声に、談笑していた周囲も気づいた。

 男がこちらを見つめてにやついている。

 ああ、そんな。彼は、滝壺につき落としたはず。



 そんな馬鹿な……!

 彼は……! 彼は!

 名探偵ホ……



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