ホームズ家の姉妹

「レストレードのところでワトソンの出所後の予定がつかめたぞ」

 ベイカー街の下宿に寝泊まりすれば再度ホームズが留置場送りになりかねないため、一行はマイクロフトの下宿で作戦を練っていた。

 探偵仕事向きではないマイクロフトは離脱した。国家権力を行使してくれるらしいが、弟ひとり助けられなかった実力なので、一度刑が決まれば期待はできない。所詮は会計係だからだ。

「刑務所にはまだ入っていませんわよ」長女はホームズをにらみつけた。「お兄さま。ベスは感じやすいの。不用意な発言は、つつしんでくださいませ」

「そうだったな」

 ホームズは感じやすいベスを裸にむいて蜂のように突き刺しながら、花の蜜を存分に散らすまでの妄想にひたった。勝利のピストンの代償に、内臓を抜き取られても後悔はない。

「ベス――私がついているから大丈夫だ。身も心も私にゆだね、白い脚の上に潜む深い洞窟の探索は、この世界で唯一の諮問探偵に任せておきなさい」

「兄さん。それはベスじゃなくてあなたの顔した蝋人形の胸像」エイミーは冷たくいった。「それと乳首とヘソの位置にピンクのテープを貼ったの、私たちじゃなくマイキーだから」

「私のベスはどこにいった」

 探偵は床にへばりついた。絨毯の足跡は、マイクロフトらしき大きなものしか見当たらない。ひどい臭いだった。

「ベスなら外の空気を吸ってくるって、いましがた出てったわ。兄さんのせいでね」四女は兄をねめつけた。

「兄貴……あの、下半身のテントを隠してくれない?」ジョーは真っ赤になってうつむいた。「私、そそそういうの、無理なんだ……ほんと」

 兄のクロコダイルは節操なく盛り上がった。エイミーはため息をついて椅子から立ち上がった。





「姉さん」

 エイミーはベスの元へ腕を組みながらいった。ベスは路地裏の階段に座って、石畳の間から咲いた花を見つめていた。「どうしたの」

「私、だめね」

「知ってる」

「……エイミーは、慰めてはくれないのね」目の前の雑踏でかきけされそうな声だった。

 妹は肩をすくめた。「口からでまかせの安易な言葉が、助けになったことある?」

「ないわ。でも、気持ちは落ちつくわ」

「兄さんがよくするみたいに」エイミーも隣に座った。「人の手を握って、気持ちを落ちつかせて、安心させといて、聞きたいことだけ聞いて。たとえ相手が傷つく結果になっても、あとのことは知らない。我関せずで、さよならするのよね? ――果てしなく時間の無駄だわ」

「そうね」ベスはくすっと笑った。「でも、それで人を助けているのだから、すごいわよね」

 妹は少し黙った。自分の折れそうに細長い手足を見つめる。姉の体と見比べ、珍しくため息をついた。伸ばした人指し指には、蝶でなく蠅が止まった。

「すごいわよ。こんなに汚く、何が腐ってるのかわからないようなにおいの世界を受け入れて、あれだけお涙ちょうだいの綺麗な物語にしてしまうワトソン博士もね。ただ者じゃないわ」

 姉は妹をのぞきこんだ。「エイミー。ワトソン博士のこと、どう思ってるの?」

 変態中年、と返ってくることを覚悟した。しかしエイミーはわからないわと静かに答えた。

 ――そしていった。

「姉さんこそ、シャーロックのこと、どう思ってる?」
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