ホームズ家の姉妹

 ベイカー街の下宿ではひどい騒ぎになっていた。

 ワトソン博士はお縄を頂戴し、留置場に連れていかれたというのである。間男であるマイクロフトを柔らかなパンの間から引きずり出し、肉ミンチにしようとしたのだ。

 ホームズとベスがもどったとき、すべては終わっていた。マイクロフトはバリツもボクシングもフェンシングも習ってはいなかったが、ワトソンの火掻き棒を折り曲げる程度の腕力は持ち合わせていた。

「いったいどうして!」 ホームズの声と拳は震えた。「――そういうことなら残念だが仕方ない。エリザベス。すまないが、私にはどうすることもできない」

「おにいさま。顔が笑っていますわよ」メグがいった。

「兄貴。一応探偵でしょ」ジョーがいった。

「股間隠して。変態」エイミーは相変わらずだった。

 ホームズは出しっぱなしだったポロリをしまった。「私だって同じことをワトソンにされたんだぞ!」

「ワトソン博士とそのズッキーニさん」ベスはがくがくと震えた。「お兄ちゃん以外のおクチに入るのは、私、堪えられないわ!」

「よしよし、ベス。心配いらんぞ。ズッキーニは大丈夫」

 マイクロフトが事情聴取から帰ってきた。「わしの見たところちゃんと機能しておったからな。秘密の鍵穴のほうは保証できんが」

「そっちは別にいいわ。私は鍵を持ってないんですもの……」妹はわっと泣き出した。

「ベス……」上の姉ふたりは顔を見合わせた。

「姉さん。それで本当にいいの?」

 四女は鼻を鳴らさなかった。しゃがみこんだ三女の前で、仁王立ちした。

「鍵がないなら指でもなんでも使いなさいよ。兄さんのソレより、あんたの拳を丸めたほうがよっぽど太いじゃないの」

 そういうと、彼女は姉の目の前にしゃがみこみ、合わせた両手を掴んだ。

「……エイミー!」

「闘うのよ、姉さん。立ち向かうの」

 兄ふたりは四女になら拳で掘られてもいいと本気で思った。





 不本意ながらワトソンを助けることになったホームズは、頭を抱えるふりをしてヅラをなおした。

 警察署どころかロンドン市民公然の秘密だったので、事務員は見ないようにして彼を警部の私室へ通した。

「レストレード君。何度もいうようにだね、私はワトソンを返してほしいだけなのだ」

「ここにはもういませんな」警部は首を振った。「造船所に送るか、鉄工所か炭鉱所か、あるいは先の戦争で捕虜を集めた野戦病院で一生暮らしてもらう手筈を整えておりまして」

「彼は医者の免許なんて持ってないんだぞ!」

「知っている。補助員としてだ」レストレード警部は咳払いをした。「博士の体型なら万が一戦争が起きた場合に備えて、補助食料くらいにはなるでしょう。失敬。あなたが途中放棄した事件の真相究明に忙しくてね。私は関わってられんのですよ」

「レストレード。待ってくれ」

 次の提案は勇気がいった。可愛いベスの昼下がりのお日さまのような笑顔を思いだし、ホームズはいった。

「ワトソン君がいないと困るのだ。もう今後は事件に首をつっこまない、君たちの仕事をとりあげないと約束するから、考えてはくれまいか」

「つっこむなとは言ってませんよ。ほじくり回してほっとくなと言っているんです」

 ホームズは奥の手を使うことに決めた。片足をあげて捜査資料と思われる本の山にのせる。お尻の割れ目に手をすべらせた。

「ここは暑いな」ホームズはちらっと上目遣いをした。

「カツラを脱いであおげばいいでしょうが」レストレードには効かなかった。
7/18ページ
スキ